第二百十七話
ニタラズに案内されてアルハレムが山頂付近まで行くとそこには屋敷と言える大きさの家屋が一軒だけ建てられていた。
「あそこです。あのお屋敷にこの隠れ里にいる霊亀の魔女の方々が全員住まわれています」
「あの屋敷に全員?」
「そうでござる。何しろ霊亀の魔女の方々は十二人しかいないでござるからな。それぐらいの人数であれば大きな家が一軒あれば充分と、霊亀の魔女の方々が仰ったのでござる」
山頂の屋敷を指差したニタラズの言葉にアルハレムが疑問を覚えると、すかさずそれにツクモが説明する。
「霊亀という種族はこの世界、イアス・ルイドで最も永い時を生きる種族でござるが、それと同時に魔女の中でも輪をかけて子供が産まれ辛い種族でもあるのでござる。そしてこの数百年の間で産まれた霊亀はヒスイ殿お一人だけなのでござる」
「なるほど。そういう事か」
ツクモの説明にアルハレム達は納得したように頷いた。この隠れ里は霊亀の魔女の種族特性で作られた結界によって今日までの平和が保たれてきた。しかしその霊亀の数が少なく、ようやく産まれた新しい霊亀であるヒスイが拐われたとなれば、猫又達も百年以上の時をかけても彼女を救おうとするだろう。
「霊亀の魔女の方々にはすでに使いを出して皆様の事をお伝えしています。それでは参りましょう」
「いよいよ会えるんですね……」
ニタラズはそう言ってアルハレム達を先導するように霊亀の魔女達が待つ屋敷へと歩いて行くと、ヒスイが緊張した声で呟く。以前より家族と再会する事を夢見ていた彼女だったが、いざ会えるとなると緊張してしまうようであった。そんな霊亀の魔女の肩に主人であるアルハレムが優しく手を置く。
「旦那様……」
「そんなに固くならなくてもいいって。少し肩の力を抜いたらどうだ?」
「はい。……ありがとうございます」
「ヒスイってばまたアルハレム様と二人だけの雰囲気を作って……まあ、今日だけは見逃してあげますけどね」
アルハレムの言葉で若干緊張が解けたのかヒスイは、自分の肩に置かれている魔物使いの青年の手に自分の手を重ね微笑みを浮かべた。そしてその二人の姿にリリアが不機嫌そうな表情で呟き、他の女性陣もサキュバスの魔女と似たような表情を浮かべていたのだった。
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「よく帰ってきましたね。私達の娘、ヒスイ」
ニタラズに案内されてアルハレム達が屋敷に入ると、屋敷にはすでに十二人の霊亀の魔女達が全員集まっており、その中の一人がヒスイに声をかける。
(ひ、ヒスイが大勢いる……)
アルハレムは屋敷に集まった霊亀の魔女達を見て思わず心の中で呟いた。
屋敷に集まった霊亀の魔女達は全員、髪型や身に纏っている着物が違うものの顔立ちがヒスイと瓜二つであり、見知った顔がいくつも並んでいるのは異様な光景と言えた。これにはヒスイも他の仲間達も驚いていて、唯一ツクモだけが「そういえばこの事は言ってなかったでござるね。まあ、初めて見たら驚くでござるよね」と小声で呟いて苦笑を浮かべた。
(ツクモさんの話だと霊亀の魔女って何千年も生きるんだよな?)
そこまで考えてアルハレムは目の前にいる十二人の霊亀の魔女達を見る。霊亀の魔女達は全員ヒスイと同じ若くて美しい女性の姿をしていて、これが何百年何千年もの時を生きてきた存在だと考えると、魔物使いの青年はなんてデタラメな生き物なんだと思った。




