第二百十四話
ツクモとヒスイの生まれ故郷である猫又一族の隠れ里は、シン国の領地の南端に位置する山脈にあった。飛行船エターナル・ゴッデス号を山脈の近くの森に降ろしたアルハレム達の一行は、ツクモの案内の元で隠れ里の入り口に向かって山の中を歩いていた。
「もう少しで着くでござるよ」
先頭を進むツクモが後ろに続く仲間達に振り向いて声をかける。いつも楽しそうに笑いながら話す猫又の魔女であったが、この時の彼女の顔はいつも以上に嬉しそうで解放感に満ちた笑顔であった。
ツクモ達猫又一族は百年以上昔にエルフ族に拐われた霊亀の魔女の子供、つまりヒスイを助け出し無事に霊亀の魔女達の元へ連れて帰るという使命を負っていた。その使命がようやく果たされようとしているのだから笑顔になるのも当然と言えるだろう。
「この先に私が生まれた場所があるんですね。残念ながらどんな所か記憶にないのですけど楽しみです」
そして上機嫌なのはツクモだけでなくヒスイも同じであり、彼女はもうすぐそこまできた生まれ故郷に期待で胸を膨らませていた。
「あの……旦那様」
ヒスイは目の前に続く道から視線を隣に歩くアルハレムにと移して声をかける。
「ん? どうした、ヒスイ?」
「ここに連れてきてもらって本当にありがとうございます。あのダンジョンの森から解放されてこんなにも早く生まれた場所に帰れるとは思いもしませんでした。旦那様には本当に感謝しています」
「お、おい、ヒスイ⁉︎」
ヒスイは感極まった様子でそう言うとアルハレムの左腕に抱きつき、そのせいで霊亀の魔女の豊かな乳房が卑猥に変形する。今まで何度も肌を重ねた際に味わったがそれでも飽きる事のない感触に魔物使いの青年はうろたえた声を上げる。
そんなアルハレムとヒスイの姿を見て一人の魔女が真っ先に動いた。
「はいはい! 何、二人だけの雰囲気を作ろうとしているんですかヒスイは?」
「ちょっ!? リリアまで」
「リリアさん?」
真っ先に動いた魔女はリリアだった。サキュバスの魔女はアルハレムの右腕に抱きつきワザと自分の乳房を押し付けると、対抗意識を燃やした目をヒスイに向ける。
「ていうかアルハレム様の腕に胸を押し付けて誘惑するのはサキュバスである私の専売特許なんですからね」
「……! わ、私は別にそういうつもりじゃ……」
リリアに言われてヒスイは自分がアルハレムの腕に乳房を押し付けていることに気づいて顔を真っ赤にして否定する。だが霊亀の魔女は否定しながらも主人である魔物使いの青年の腕から離れようとはせず、それを見たサキュバスの魔女はまるで好敵手をみるような表情を浮かべる。
「むう……。ワザとではないということは天然の行動ですか。前々から思っていましたが、ヒスイのこういう所は強敵ですね」
「にゃはは♩ やはりアルハレム殿はモテモテでござるな……と、そう言っている間についたみたいでござるな」
アルハレムとヒスイにリリアのやり取りを見ながら歩いていたツクモが足を止めて、後ろ続いていた全員もそれにならって止まる。猫又の魔女の先には石で作られた大きな扉の無い門のようなものが建てられていた。
「ツクモさん、これは?」
「ここが隠れ里の入り口、正確にはその内の一つなのでござるよ」
アルハレムの質問に答えたツクモが石の門に軽く触れると石の門が輝いて扉があるべき部分に白い光が生じた。
「この門の先が猫又と霊亀の一族が暮らす隠れ里でござる。さあ、行くでござるよ」
ツクモはそう言うとまず最初に石の門に生じた白い光の中に入っていって姿を消し、アルハレム達もそれに続いて光の中へと入って行った。




