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第十八話

「それにしてもこの焼き肉、本当に美味いな」


「はい♪ ありがとうございます♪」


 レイアの名前をつけて食事を再開したアルハレムが食べていた焼き肉の味を改めて誉めると、リリアが嬉しそうに笑いながら答える。


「なんと言うか肉のクセと匂いがあまりなくて食べやすいし……何か特別なことでもしたのか?」


「そうですね。お肉は熊をしとめた時にすぐ血抜きをして、後は焼く前に森で見つけた臭みを消す香草で簡単に下ごしらえをしましたね」


「そうなんだ。そういえばリリアって、料理できるんだったな」


 リリアが焼き肉を焼く前に下ごしらえをしていた話を聞いて、アルハレムは軽く驚いた後で彼女のステータスの技能に「★中級調理」の文字があったのを思い出した。


 中級調理の技能の持ち主といえば一人前の料理人と言ってもよく、アルハレムの実家で働いている料理人達も中級調理の技能を持っていた。


「ええ。料理はその昔、お母様から教わったのですよ♪」


「そうなのか? それは、言っては失礼だけど意外だな」


 てっきりリリアが人間の大神官であった父親から料理を教わっていたと思い込んでいたアルハレムはつい本音を喋ってしまったが、言われたサキュバスは己の主の言葉に面白そうに笑う。


「やっぱり意外ですよね。でもそれがいいのです♪」


「それがいい?」


「はい♪ 男は女の意外な姿に弱いとお母様が言っていましたからね♪ そこに美味しい手料理で胃袋を掴めば完璧だと教わりました♪」


「……ああ、なるほどね」


 胸を張って言うリリアのサキュバスらしい理由にアルハレムは心から納得した。ついでに言えば「男は女の意外な姿に弱い」という言葉にも心当たりがあった。


「料理の他にもお母様から色々習ったのですよ? 家事とか歌とか。様々な方法で男を喜ばせることができれば多くの男を虜にできると言われましたからね。……でも一番肝心の性技、ベッドの中での喜ばせかただけは言葉で聞いただけで実践できませんでしたが」


「え? それって本当か?」


「本当ですよ。というかアルハレム様、忘れたのですか? あの、私と貴方の初めての夜のことを? 私の処女を奪ったのはアルハレム様じゃないですか?」


「あー……」


 言われてアルハレムはリリアと契約した日のことを、彼女と初めて肌を重ねた時のことを思い出す。


 あの時のリリアは、男を悦ばせる手練こそ人間の娼婦の遥か上をいくサキュバスのものだったが、肌を重ねた反応は人間の少女そのものだった。この違和感に興奮を覚えたアルハレムは貪るように仲間のサキュバスの体を求めたのだ。


「でも何で性技だけ実践していなかったんだ?」


「それはお父様のお願いだったからです。……お父様ってば『そういうのは心に決めた相手とだけしてくれ!』って言って私とお母様に頭を下げるのですから。ああいうところはやっぱり聖職者なんですよね」


「お前のお父様、苦労したんだな……」


 淫夢の種族と呼ばれるサキュバスの親子に、無闇に肌を重ねないように説得するなど、並大抵な苦労ではなかっただろう。リリアの話を聞いてアルハレムは彼女の父親に尊敬の念を感じた。


「………?」


 ふとアルハレムが夜空を見上げると、夜空に初めて見る優しそうな顔をした神官が目尻に涙を浮かべて微笑んでいるような気がした。……恐らくは幻覚だろうが。


「アルハレム様? どうかしましたか?」


「いや、なんでもない。しかし今更だが、お父さんとそんな約束をしておいて俺と肌を重ねて良かったのか?」


「本当に今更ですね。ええ、勿論かまいません。あの日、アルハレム様を選んだ選択は私の人生……もとい、サキュバス生でも一番の英断だと思っています。……だ、か、ら♪ 私は一生アルハレム様を愛しますから、アルハレム様も私を一生愛してくださいね♪」


 そこまで言うとリリアは立ち上がって、彼女が服と言い張っている体の秘所を隠している帯をずらしていく。彼女の表情は満面の笑みだったが、目だけは獲物を狙う肉食獣のそれだった。


「お、おい、リリア? 何で帯、じゃなくて服を脱ぐんだ? ま、まさか……え?」


 リリアの目を見てアルハレムは嫌な予感を覚えて思わず後ずさりするが、すぐに背中に柔らかい何かにぶつかってしまう。


「………」


「れ、レイア?」


 アルハレムの背中にぶつかったのは、今まで一人で焼き肉をツマミに酒を飲んでいたレイアだった。


 レイアは後ろからそっとアルハレムの首に腕を回すと、酒におねだりする時とはまた違う潤んだ瞳で主である魔物使いを見つめる。そしてそんなラミアの姿を見て先輩であるサキュバスは笑みを深める。


「ふふっ♪ どうやらレイアも食欲が満たされて、もう一つの『欲』を満たしたくなったようですね」


「ちょっ!? ちょっと待て! それはまずいって。レイアはまだ一歳ちょっとの子供なんだろ?」


 流石にリリアの言う「欲」が何かを理解したアルハレムは慌てて言うが、それに対してサキュバスの僕は困ったような苦笑を浮かべて首を横に振った。


「やれやれ……。アルハレム様はまだ私達魔女のことを理解していないのですね。いいですか? 私達魔女は生まれて一年も経てば、そこのレイアのように成人の姿になって子供を産めるようになるのですよ。というかアルハレム様、後ろのレイアを見てくれませんか?」


「………! ………! ………!」


 アルハレムが背後のレイアを見ると、ラミアの僕はリリアと同じ肉食獣のような目をしていて、鼻息も荒くなっていた。


「それが子供の表情に見えますか?」


「………」


 リリアの言葉にアルハレムは何も答えることができなかった。ただ彼の脳裏に「前方のドラゴン、後方のグリフォン」という絶体絶命の意味を持つ言葉が浮かび上がっていた。


「アルハレム様。私達魔女を人間の女性と一緒にするのはやめた方がいいですよ? 何せ魔女はこの世界で一番欲望に忠実な生き物。好きな物を食べて、好きな男と寝る。これさえできれば後はどうでもいい、何を犠牲にしてもいいという生き物なのですから」


「……いや、自分の種族を含めて全ての魔女を否定するなよ?」


「事実ですから♪ まあ、細かい話はここまでにして……アルハレム様? 新しく仲間になったレイアを含めて主従の交流を深めましょう♪」


 このリリアの言葉が合図になってアルハレムに従う魔女二人が行動を始める。


「……ウフッ♪」


「………」


 すでに服を脱ぎ捨てて裸になったリリアが自分の巨大な乳房をアルハレムの顔に近づけ、それと同時にレイアが前にいるサキュバスに負けないくらいの大きさの乳房を彼の後頭部に押し付ける。そして……。


「「「~~~~~~~~~~~!!」」」


 その夜。森には獣のような三つの声が一晩中響き渡ったという。

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