第百三十六話
「………」
「………」
「………」
振り返ったセイレーンの魔女と無言で見つめ合うアルハレムとアルマ。
しばらく見つめ合った後で最初に行動したのはアルハレムで、彼の取った行動とはいうと……、
パチッ。パチッ。パチッ。
先程までの見事なセイレーンの魔女の歌に対する拍手であった。
「マスター。何を呑気に拍手しているのですか? 相手は私達を誘拐した敵ですよ」
「いや、だって……とても綺麗な歌声だったからつい……」
「へぇ、アタシの歌の良さが分かるだなんて中々見る目があるじゃない?」
アルハレムがアルマに答えていると、セイレーンの魔女がまんざらではなさそうな笑みを浮かべる。
「今までの男達ときたら、アタシの歌を聴いてやって来るのはいいけど、アタシの姿を見た途端に悲鳴を上げて逃げ出して……ホント、ムカつく」
「今までの男達って船乗り達のことか? それは仕方がないんじゃないか?」
笑顔から一転して不機嫌そうな表情となったセイレーンの魔女にアルハレムが首を傾げる。
何しろセイレーンは船乗りにとっては死神にも等しい脅威だ。それの歌声の惑わされたと知れば船乗り達は死に物狂いで逃げようとするだろう。
「それよりも貴女。一体何のつもりで私達を誘拐したのですか?」
「それは貴方達にこの船のお客になってもらうためよ」
アルマの質問にセイレーンの魔女はなんでもないように答える。
「アタシは今、この船で暮らしていてね。それでこの船の持ち主が『せっかく大きな街に来たのにお客様が一人もこない』ってウルサイものだから、ここにはいないけどもう一人と一緒に貴方達を連れてきてお客様にしたってわけ」
「船? ここは船の上なのか?」
アルハレムの言葉にセイレーンの魔女が頷く。
「そうよ。ここは『豪華客船エターナル・ゴッデス号』の上。まあ、でもそう呼んでいるのはこの船の持ち主だけで、人間達は別の名前で呼んでいるけどね。確か……」
そこまでセイレーンの魔女が言ったところで強い風が吹いて霧が晴れた。
「………………………………………………えっ?」
「これは……」
霧が晴れたところでアルハレム達は周囲を見回して、そこで見た光景に思わず絶句した。
セイレーンの魔女の言葉通り、アルハレム達が今いるのは巨大な船の甲板の上だった。しかし船の外に広がる光景はどこまでも広がる水平線……海の上ではなく、海と大地を見下ろせるどこまでも広がる空の上であったのだ。
「空の、上……?」
「先程まで視界を遮っていた霧は、霧ではなくて雲だったのですか」
アルハレムとアルマが、空の上という光景に唖然としているとセイレーンの魔女の言葉が聞こえてくる。
「『さまよえる幽霊船』。貴方達、人間はこの船のことをそう呼んでいるのよね?」
「さまよえる幽霊船!? この船が?」
「どの街の人間達もこの船を見たらそう呼んでいるわよ。船の持ち主はさまよえる幽霊船って呼ばれるのを嫌っているけど、アタシもそっちの方があっていると思うわ」
ここがミナルの街で騒がれている「さまよえる幽霊船」だと言われてアルハレムは驚きの声を上げるが、セイレーンの魔女は特に興味なさそうに説明をする。そしてその態度が逆にセイレーンの魔女の台詞に説得力を持たせていた。
「……それで? 俺達をさまよえる幽霊船に乗せてどうするつもりだ? 伝説と同じように俺達を幽霊の仲間にするつもりか?」
「幽霊の仲間にする? 何を言って……て、ああ、そういうことね」
アルハレムが皮肉混じりの質問をすると、セイレーンは怪訝な表情を浮かべるが、すぐに何かに思い当たって納得した表情になる。
「まあ、幽霊の仲間入りするかは貴方達次第ね。……ついてきて。どうせそこにいてもこの船は地上に降りないよ」
セイレーンの魔女はそこまで言うとアルハレム達を船の中へと案内した。




