第百三十五話
…………♪ ……………♪
「……ん?」
ミナル子爵の屋敷で休んでいたはずのアルハレムが微かに耳に届いた音に目を覚ますと、何故か彼はベッドの上ではなく床に倒れていた。
「ここは……どこだ?」
周囲には霧がかかっていてよく見えないが、それでもミナル子爵の屋敷の一室でないことだけは確かだった。
「マスター。気がつきましたか?」
周囲を見回すアルハレムに、彼の腰に収まっているインテリジェンスウェポンのアルマが話しかける。
「アルマか。ここはどこなんだ? 俺達に何が起こったんだ?」
「そのことなのですが、簡潔に言えば私達は拐われたようです」
「拐われた? 俺達が?」
「はい。マスターがベッドで休もうとした矢先に部屋に二人の侵入者が現れ、侵入者の片方が音を媒介にした精神攻撃を仕掛けてマスターと私を眠らせてここまで運んだようです。……私も意識を取り戻したのはついさっきです」
アルマが悔しそうな口調でアルハレムに答える。
「インテリジェンスウェポンのアルマまで眠らせるなんてよっぽど強力な精神攻撃だな」
「……ええ。それでここがどこなのかは……向こうにいる方に聞いた方が早いと思います」
「向こうにいる方? ……え?」
………♪ ………♪
アルマの言葉にアルハレムは霧の向こうから聞こえてくる音に気づいた。それは意識を取り戻した時にも聞こえてきた音で、どうやら先程からずっと流れていたようだ。
「歌?」
「……この声、私達に精神攻撃を仕掛けた者と同じ声です」
アルハレムが呟き、アルマが警戒をするように言う。
歌詞も何もなく、ただ周りの景色を見て感じたままに声を出しているものであったが、それは確かに歌だった。
女性特有の柔らかな声であったが、人間では到底発することは深い音調から紡がれる聴く者全てを魅了する程に美しい歌に、アルハレムが思わず聞き惚れていると突然風が吹いた。
風が吹いたことで霧が僅かに薄れて、アルハレムとアルマを拐ったという歌を歌っている者の姿が見えた。
霧の中から姿を現したのは、十六か十七くらいの小柄な女性だった。水色の髪で幼さが残っている整った顔立ちをしていて、顔立ちとは裏腹に育っている豊満な肉体を踊り子のような露出が激しい衣装で包んでいた。そして彼女の四肢は人間のものではなく、鳥の翼と脚であった。
「……セイレーン」
歌を歌う鳥の翼と脚を持つ女性の姿を見てアルハレムが呟く。
セイレーンとは海の小島に住まう魔女の種族だ。彼女達は輝力を込めた歌声で他者を惑わせる特殊な輝力の使い方を得意としており、海の船乗り達からは歌声で船を引き寄せて惑わし、難破させて乗組員を拐う恐怖の存在として恐れられていた。
「なるほど。相手がセイレーンであれば音を媒介にした精神攻撃でマスターだけでなく私までも眠らせることができたのも納得です。……ですが私達を拐った侵入者は二人だったはず。もう一人は一体何処に?」
アルマがそう言っている間にセイレーンの魔女の歌が終わり、歌い終わったセイレーンはゆっくりと振り返ってアルハレム達の方を見た。
セイレーンは半人半鳥の姿の姿と人魚の姿の二つがありますが、この作品では半人半鳥の魔女として書いていきます。
それとローレライは一説によればセイレーンの一種として伝えられています。
ローレライの魔女をリクエストしてくれたアキュさん、
鳥系の魔女をリクエストしてくれた龍刀さん、
ご期待に応えられましたか?




