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第十一話

「確か……アニーっていったっけ?」


「何で私の名前を……あああっ!? あの時の酔っ払い!」


 名前を呼ばれたことでアルハレムのことを思い出したアニーは、驚きのあまり彼を指差して大声を出した。……しかしその記憶には若干の歪みがあるようだが。


「いやいや……。あの時酔っ払っていたのは君だろ? それよりもどうしてこんな森の中に……何で俺を睨む?」


 訂正を入れた後で話しかけようとしたアルハレムは、アニーが今にも飛びかかりそうな目で睨んでいることに気づく。彼女は怒りに体を震わせると、言葉を叩きつけるように叫ぶ。


「貴方の……貴方のせいで私はねぇ! せっかくの『クエスト』に失敗してしまったのよ!」


「っ!? 今、何て……」


「見なさいよ! これ!」


 クエスト、という言葉に反応したアルハレムにアニーは荷物から一冊の本を取り出すと、ページを開いて突きつけるように見せた。そのページには次のような文章が書かれていた。


【クエストしっぱい!

 ざんねんでした。つぎのクエストはガンバってくださいね。

 しっぱいはあとにかいまでです】


「それは……クエストブックなのか?」


「そうよ。よく知っているじゃない?」


 アルハレムがアニーの持つ本がクエストブックであると気づくと、さっきまで起こった顔をしていた戦乙女は一転して自慢気な表情となって胸を張った。


「貴方の言う通り、この本は伝説にあるクエストブック。そしてクエストブックを持つ私は何千何万のヒューマンから選ばれた、世界に百人しかいない冒険者アニー様なのよ」


 アニーが自分と同じ冒険者であることにアルハレムが驚いていると、戦乙女の冒険者は悔しそうな表情となってクエストに失敗した経緯を語る。


「私が受けたクエストは『魔物と五回戦え』っていう簡単なものだったわ。でもどういうわけか魔物が出るって噂の森を探しても見つからないし、いよいよ時間がなくなってきたところで貴方が現れたのよ……! 街で酒に酔った貴方が私に襲いかかってきて、それを倒したら何でか私だけが街の自警団に捕まって、そうしているうちに時間切れでクエスト失敗……全部貴方のせいよ!」


「ちょっと待てよ! さっきも言ったけど酒に酔っていたのは君だろ。それで街の人に斬りかかろうとしていたところを止めたら、今度は俺に襲いかかってきたんじゃないか。全部君の自業自得じゃないか」


「はぁ? 何言っているのよ、貴方?」


 自分に都合がいいように事実を歪めるアニーにアルハレムは反論するが、彼女は何を言っているのか分からないと言った顔をする。しかもその表情は決して誤魔化しているものではなく本当に分からないといった様子で、どうやら自分の考えこそが絶対に正しいと信じて疑わない性格のようだ。


「いや、だから……」


「本当。いっそ清々しいくらい自己中心的な女ですね」


 アルハレムがどうやってアニーを説得しようか考えていると、空から今まで二人のやり取りを聞いていたリリアの声が降ってきた。


「り、リリア」


「な、何よあの女? 凄い格好をしているけどあれが痴女ってやつ?」


 空を見上げたアニーがリリアのほとんど裸という姿に狼狽えるが、空に浮かぶサキュバスは彼女の言葉に全く取り合わず高度を下げるとアルハレムの横に降り立った。


「アルハレム様。あの様な女は何を言っても無駄ですよ。ああいう面倒臭いのは無視して旅を続けましょう」


「ちょっと貴女! いきなり出てきて何を……って、翼と尻尾?」


 面倒臭い女扱いをされたアニーはリリアに向かって叫ぼうとするが、その時彼女の背中と尻に翼と尻尾が生えているのに気づく。サキュバスの僕は自分の主を傷つけたという戦乙女の冒険者に対し、今気づいたという態度であからさまに丁寧な口調で挨拶をする。


「貴女は確か……冒険者のアニー様と言いましたか? 初めまして。私はこちらにいるアルハレム・マスタノート様に仕えるサキュバス、リリアと申します。先日は私の主人が大変お世話になったそうですね」


 言葉使いこそ丁寧だがリリアのアニーを見る目は険しく、その視線からは隠しようもない怒りと侮蔑の感情が含まれていた。


「……サキュバスって、あの魔女のサキュバスよね? 魔女が僕ってどういう事?」


「それは俺が魔物使いの力を持つ冒険者で、少し前に彼女を仲間にしたからだ」


 困惑するアニーにアルハレムが説明をすると、冒険者という言葉に反応して彼女は更に驚いて目を見開く。


「貴方も冒険者なの?」


「そうだ。だからリリアは人に危害を与えたりしないから安心してくれ」


「失敬な。人を誰彼構わず襲う獣のように……。私が襲うのはアルハレム様だけです」


 アルハレムの言葉にリリアがからかうように返し、アニーはそんな魔物使いとサキュバスの主従を値踏みするように見ていた。


「ふーん……貴方も冒険者だったんだ。……それだったら『神力石』のことも知っているよね。というか今、持っているの?」


「え? 持ってはいるがそれがどうした?」


 現在アルハレムが持っている神力石は二つ。


 一つはリリアを仲間にした時のもので、もう一つは彼女がゴブリンとオーク達を一人で退治したときのものだ。


 自分を強くしたいアルハレムとしてはすぐに使ってしまいたいところだったが、神力石はその特殊効果から貴族や商人などが高値で引き取ってくれるので、いざという時の旅の資金代わりとして持っているのだった。


「そう、持っているのだったら話は早いわ。……貴方、その神力石を私に頂戴」


「「はぁ!?」」


 手を差し出して臆面もなく言うアニーに、アルハレムとリリアは思わず同時に声をあげた。

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