第百十一話
「……………は?」
ヒスイに命令したがあっさりと断られたアンジェラは、信じられないといった表情で呆けた声をだした。
「な、何を馬鹿なことを言っているんだい? 私はこの見えない壁を消せって言ったんだよ? 私が命令しているんだからさっさと消すんだよ!」
「お断りします。私には貴女の命令を聞く理由がありません」
アンジェラはもう一度ヒスイに命令するが、霊亀の魔女には命令に従う様子がまったく見られなかった。
「……!? ぐ、く……! そ、そこの変な服の女! 私の命令だよ! そこの緑の髪の女を殺しな! その女が死ねば見えない壁もなくなるはずだよ!」
「ツクモさんもお断りでござる。何でツクモさんがお主なんぞの命令を聞いてヒスイ殿を手にかけねばならんでござるか? それに変な服とは心外でござる。これはツクモさんの故郷で着られている伝統の服でござるよ?」
「……………!?」
アンジェラはヒスイが命令を聞かないと分かると次はツクモに命令するのだが、猫又の魔女も霊亀の魔女と同じように戦乙女の命令に従う様子はなかった。
「ヒスイとツクモさんにはアンジェラの輝力が通用していない? ……そうだ! リリア、レイア、ルル、お前達は大丈夫か?」
「ええ、私は特に異常は感じません」
「………」
「ルル、も、レイア、も、大丈夫」
アルハレムが自分の側にいたリリアとレイア、ルルの様子を見てみると、三人の魔女達もツクモとヒスイと同じようにアンジェラの輝力の影響を受けた様子はなかった。
「リリア達にはアンジェラの輝力が効いていない? でも一体どうして?」
「……そういえばクーロ男爵が言っていなかった? 少数だけどアンジェラの輝力が効かない女性がいたって。もしかしたらアンジェラが女性を支配するには本人も知らない何らかの条件があって、リリアさん達はその条件に当てはまらなかったんじゃないかな?」
アルハレムが首をかしげているとローレンがクーロとの会話を思い出して自分なりの考えを口にする。言われてみれば確かに、いくら戦乙女といってもこれだけの人数を完全に操れる強力な輝力が何の制限もなしに使えるとは考え辛く、何かの条件が必要だと考える方が自然だろう。
「まあ、その条件が何なのかは分からないけど、これは好機だ。今のうちにアンジェラを……」
「キィイイイー! ふざけるんじゃないよ!」
アンジェラを捕まえよう、とローレンが言おうとした時、アンジェラの怒声が聞こえてきた。
「何で私が命令しているのに従わないんだい!? 知っているんだよ! お前達、そんな『普段の生活が充実してます』みたいな顔をしていても、本当は今の状況に不満を持っていることを! 私のように不便で不自由で理不尽な生活を強いられて、周りの人間に受け入れてもらえないことを! それだったら貴族で戦乙女である私に使われた方がよっぽどマシだってものじゃないかい! 分かったらさっさと私に従いな! 私から逃げた男どもを捕まえるんだよ!」
全身から洗脳の輝力を放ちながらもはや半狂乱となってヒスイとツクモに怒鳴り散らすアンジェラ。霊亀の魔女と猫又の魔女はそんな戦乙女の醜い姿に冷ややかな視線を向けて、アルハレムとローレン達がこの隙に行動を起こそうとしたその時……、
『はい。分かりました』
と、複数の女性が返事をする声が聞こえてきた。
「え? 今の声は?」
「み、皆!? 何をしているんだ!?」
アルハレムとローレンが声が聞こえてきた方を見ると、そこにはローレンに従う三人の戦乙女、メアリとマリーナにミリーがシーレの街の男達に襲いかかろうとしている姿があった。
「ま、まさか三人共、アンジェラの輝力に操られているのか……!?」
「……まったく何なんですか、あの三人は? 旅立ちの時といい、今といい、私達の邪魔をしについてきたのですか?」
自分の仲間であるメアリ達三人の戦乙女がアンジェラの輝力によって操られたことにローレンは驚き、リリアは大量の苦虫を噛み潰したような表情となって呟いた。




