ep:2 変態家庭教師。
私、長谷川呈亜、17歳。
先ほど何でも屋『オリオン』の店主・家庭教師の津田宛音に突然告白されました。
* * *
「ね、ティアちゃん」
意地悪そうに微笑む津田さん。
「僕と付き合ってよ」
ニッコリと微笑み、そういわれた。
津田さんは確かにそう言った。
ビックリしすぎて次の言葉が出てこない。
「ねぇ、ティアちゃん?聞いてる?」
気がつくと津田さんの顔が目の前にある。
ビックリしすぎて後ずさると、背中が壁に当たる。
前からは津田さんの両手が伸びてきて、今さらながらに自分が追い込まれたことに気付く。
前には津田さんの顔。両サイドには津田さんの腕。後には不動の壁。
さて…どうしたものか。
「返事は?」
「何故私なのか、理解に苦しみます」
私は率直に思ったことをそのまま告げると、津田さんはニヒルに笑った。
「ティアちゃんは自分で思っている以上に可愛いって知ってた?」
ワケが分からない。
私が可愛い?天変地異が起こっても、そんなことがあるわけがない。
「想定外の解答です」
「想定内のリアクションだね」
私の頭を子供をあやすように、ポンと優しく叩く。
「第一、私の何処に津田さんの言う“可愛い”の要素があるんですか?」
最大かつ一番の疑問点だ。
地味で、メガネで、特に特徴のある顔立ちというわけでもなく、特に何かに秀でているわけでもなく、平々凡々以下のこの私の一体何処に、世間一般で“可愛い”と呼ばれる要素があるのだろうか。
「そのハーフアップの髪型の時に見える小さい耳とか、腕まくりしたときに見える手首とか、かな?」
と、言い耳に触れてくる。
「そ、そんな所、触らないで下さいっ!!」
み、耳触られた!?
「じゃあ、手首」
「そういう問題じゃありませんっ!!」
「じゃあ、どういう問題なの?」
「み、耳とか…。て、手首とか…、そんな変なところばっかり見ないで下さいっ!!」
何処を見ているんだこの変態は!!
「えぇ?うぅん…もう、ティアちゃんの全部が好きだよっ!!」
突然抱きついてくる津田さん。
「ちょ、津」
「そんな可愛い子にはこうだっ!」
チュッ。
と小さな音と共に、額に柔らかい何かが当たる。
「…」
え?
何だ、今のは?
この家庭教師は今、何をした?
「で。ティアちゃん、答えは?」
止まっていた思考が動き出す。
おい、待て。
この変態家庭教師は何をしたっ!?
「ティアちゃん~?答えはぁ?」
私の額に自分の額をあてて、グリグリしてくる津田さん。
や、やめてほしい…。
こういうことの経験が皆無な私には、つらいものがある。
心臓がバックンバックンなる上に、顔も熱い。
絶対に、真っ赤になっているに違いない。
「ははっ。顔真っ赤だよぉ」
「知ってますっ!!」
もうっ…。
落ち着け、自分。こんな変態に振り回されてはいけない。
深呼吸だ、深呼吸。
ひぃーひぃーふぅー…。
よし、大丈夫。
これで、いつもの私だ。こんな変態に負けるな自分!!
「で、ティアちゃん。返事は?」
「津田さんのことは…、嫌いじゃない、です。…たぶん」
家庭教師としての才能(国語は除く)はともかく、津田さんと世間話とかする時間は嫌いじゃない。
『じゃあ、津田さんは?』と、聞かれると分からない。
「正直、そういうのよく分かりません」
津田さんはそっと微笑むと、その微笑みとは裏腹に私をぎゅっと強く抱きしめた。
「つ、津田さん!?」
「付き合うのがすぐに無理なら、毎日ここで会うたびに告白するよ」
なっ…。ここまで行くと本当にただの変質者だ。迷惑行為だ。
「迷惑行為で警察に訴えますよ」
「えぇ、ひどいよティアちゃん」
「当たり前です」
ふと、外を見るとすでに日が落ちていて、辺りは完全なる闇が支配していた。
「そろそろ帰るんで…。いい加減、離れてください」
未だにへばり付いたままの津田さんを強引に引き剥がす。
「けぇち」
「何とでも言ってくださって結構です」
むくれる津田さん。
可愛いけど…歳を考えろっ!24歳のいい年をした大人がする行動じゃないだろうっ!!
そんなことをしたって私は『キュン』なんてしないっ!
「まぁとりあえず、帰ります。また明日です」
「うん、また明日ね。変な人には十分気をつけるんだよ?」
「大丈夫ですよ。世の中に津田さん以上の変質者は存在しないので」
私はピシャリと言い放つ。
冷たいと思われるかもしれないが、津田さんにはこれくらいでちょうどいい。
「ひどっ。ティアちゃんひどいよぉ。ツッコミが鋭すぎて、僕に刺さりまっくってるよっ!?」
「変質者の言うことは聞こえません。では」
私はそう言い、会話を強制終了させて店をあとにした。