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「……んぐ! いったぁ~……ううう……」
私は全身の痛みに耐えながらも、あの魔窟から逃れることに成功したと言う事実に、涙が出るほどの喜びと開放感と満足感と、とにかくとにかく、嬉しい感覚に満たされていた。
というか実際泣いていた。
沈みかけた夕日が、この偉業を成し遂げた私を祝福してくれている気がした。
だってもう、めちゃくちゃ怖かった!
あんな多人数の悪意ある人間に囲まれる経験なんて今まで無かったもの!
体だってボロボロだ。
窓から落ちるとき、ガラスの破片でそこらじゅう切れて傷だらけだし、落ちた瞬間の衝撃だって凄かった。
立ち上がるだけでもすっごく痛い。
下が花壇じゃなかったら、この程度ですんだかどうか……。
だけど、いつまでもここに止まるわけにはいかない。
もたもたしていてあいつらに追いつかれて連れ戻されたりしたら、それこそもうお終いだ。
とその時。
「おい!」
と、誰かに肩を掴まれた。
――瞬間、ぞわりと戦慄がはしる。
あれだけ用意周到に今日の「親睦会」を企てた連中だ。
外にも見張りをつけていない、なんて保証はどこにもない。
……ああ……最後の、最後で……。
私の両目から、さっきまでとは全然違う種類の涙がこぼれた。
絶望し、視線を落としたその時、私のスカートに拳大ぐらいのガラスの破片が刺さっているのに気付いた。
多分さっき飛び降りたとき引っかけたんだろう。
私は右手でその破片を握りしめると、左の肩に掛かった手の甲に思いっきり突き刺した。
「ぅぎぃってえぇーっ!!」
背後での悲鳴と共に肩に掛かった手から力が抜ける。
その瞬間、全身全霊の力を込めて地を蹴り、私は校門向かって走った。
振り返る余裕なんて、欠片も残っちゃいなかった。
もう二度とさっきの魔手に捕まるまいと、走れる限りの全力で走り続けた。
「……は、はぁ、は、はあ、はぁ……」
私は家までの帰路をこんなに長く感じたのは初めてだった。
登校時、ほぼ一直線の下り坂なら、当然だが帰りは上り坂になる。
そこを全力疾走して家まで保つはずもなく、私は途中に立っている一本の電柱に手をつき、へばってしまっていた。
辺りはもう大分暗くなってきていた。
それにつれて、さっきの手が追いついてくるのではないかと言う恐怖がどんどん膨らんでいく。
一刻も早く家にたどり着きたいのに、足が動かない。
一歩でも先に進みたいのに私の足は、がくがくと震えるばかりで言うことを聞いてくれない。
電柱に明かりが灯る。
それはまるで「アイツ」に私の場所を教えてしまうような気がして、とても恐ろしかった。
「は、……く、はぁ、ぁぐ……はぁ……」
ここにいたらいけない。
せめて、せめてこの明かりの届かないところまで進まなくちゃ……。
震えるだけの役立たずな自分の足を、引きずって無理矢理動かす。
自分でさっき吐きだした汚物を踏みながら、電柱から身を離した。
くらっと目眩がした。
それでも、倒れているところを「アイツ」に見つかる恐怖を思うと、意識は途切れることを拒んだ。
『――チリン、チリン』
反射的に肩が震える。
後ろから自転車のベルの音。
こんなものにまで今の私は脅えてしまうのか。
ふらつきながら、何とか道の端に身を寄せる。
すると、
「あれ? しぶちん?」
聞き慣れた、何もかもから私を解放する、暖かい声を聞いた。
「ど、どうしたのそれ!血!服も!ドロドロじゃん!」
美智……美智……みちっ……!
その、絶対的な全ての終わりの確信を見つめながら、私は糸が切れたようにその場にへたり込み、顔をくしゃくしゃにして、涙をながした。




