エピローグ
エピローグ
「……あっぢぃ……」
あまりの暑さで目が覚めた。
6月も末になり、セミの合唱がけたたましい目前に夏が迫った朝のことだ。
暑いのは当然と言えば当然なのだが……。
だからって、この暑さは異常だった。
"暑い"というか、これはもう熱がこもってしまって、"熱い"と表現した方が適当かもしれない。
周りを見渡してみる。
……と。そこで気付いた。
体が全く動かせない。
……当然である。
私の体は見事なまでにがっちりと拘束されてしまっていたのだから。
もちろんこれは例によって例のごとく、私が眠っているうちに誰かが忍び込んできて、全身を縄で縛ったとか、そんな猟奇的な話じゃない。
私の体を拘束していたのはいつも私が床についている、お馴染みの敷き布団くんだった。
……また、やってしまったようだ。
私は寝惚けて、自らを巻き寿司の具であるかのように、布団で巻いてしまっていたのだ。
ただでさえクソ暑い梅雨明け前のこの時期に、自ら進んで地獄を見に行くとは……。
寝ているときの私は、相変わらず修行熱心な奴である。
私は横に転がって、その布団呪縛を解く。
「うぁ~、汗だく。……きもちわる。……あ~あ、布団も。これじゃ、おねしょでもしたみたいじゃん」
おねしょと自分で言って、昔のことを思い出し、それに連なるようにして、今日が6月25日……今月最後の金曜日だったことに気が付く。
私は立ち上がって時計を見る。
時刻は6時34分。
うん。まずまずである。
最近はいつもこのぐらいの時間には起きるようになっていた。
窓に近づき、カーテンを引く。
外はセミが鳴くわりにどんより曇っていて、あまり気持ちいい天気ではなかった。
まだ梅雨が明けていないのか、連日じめじめとした陽気がつづく。
この汗まみれの布団が干せないのは、ちょっとうっとうしかった。
仕方ないので、とりあえずシーツだけ取り替えて布団をたたみ、風呂場の手前の脱衣所にある洗濯機に放り込んだ。
そしてついでに自分が着ているものも全部いっしょに入れてしまい、洗濯機を回した。
脱衣所に置かれた姿見に、私が映る。
いつも通り、寝癖だらけの髪は、ひと月前より少し明るい色に変わっていた。
このあいだの休みの日に、美智にやってもらったのだった。
私は髪を染めるのなんて初めてで、色選びから染めるところに至るまで、ほとんど美智に任せっきりになってしまったが……。
そのまま、鏡に映っている自分の姿を、上から下まで見回してみた。
そしてあの日、志田が言ってくれたように、女性的な体のラインを感じさせながら、決定的に女性とは違う部分でいつものように目が留まる。
私の秘部には、生理を装うために自ら付け続けてきた生傷が、痛々しく残されている。
一昨日つけたばかりだったそれは、まだこすれるとけっこう痛かった。
これはこれから先も、ひと月ずつに、今までと変わらず癒える間もなく重なって増え続けていくのだろう。
きっと、私に更年期と呼ばれる時期が訪れるまで。
ずっと……。
……だけれど、今の私の心は不思議と穏やかだった。
この、以前は女性として化けるためだけに求められていた義務が、今は私が女性として生きてもいい権利なんだと、そう思えるようになっていたからだった。
私は姿見から目を離すと、そのまま風呂場へと入っていった。
20分ほどして風呂から出た私は、脱衣所に用意しておいた普段着を着て居間に向かう。
居間にはもうおじぃが起きてきていて、座ってテレビを見ていた。
居間の時計は、6時55分を指している。
「おはよ、おじぃ」
「おぅ! おはようさん、しぃちゃん」
「今日は、朝から病院でしょ? ご飯これからだから、ちょっと待っててね」
「おう。すまんなぁ。――ん? あれぇ、しぃちゃん。制服ぅ着てないのかい?」
「あ、うん。私、今日は学校休むから」
「どうしたんだい。風邪でも引いたかい?」
「違うよ。――ほら、元気元気。こんな日に風邪なんか引いたら、怒られちゃうじゃん」
「バッカ。怒るもんかい。こんなぁ良い子なしぃちゃんを、いったい誰が怒るってぇんだい?」
「なに言ってんの、おじぃ。そんなの、お母さんがに決まってるじゃん」
「はぁ、志真さん?」
「だって今日は、私もいっしょに、お母さんのお見舞い行くんだから――」
了




