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無意確認生命体。

6月5日(土)




「わっ!」



「――おわっ」


「わ、やった! 上手くいった。あはは。志田のあわてた顔、初めて見たかも」


「び……びっくりした。……なんだよもう。こんなトコに誰か隠れてるなんて思わないだろ。ってゆーかキミ、学校来て平気なのか? 体は?」


「あ、うん。それはおかげさまで。もう大丈夫。昨日は迷惑掛けました」


「そっか。大したことなくってよかった。……あ~。心臓バクバク言ってる。こんなビビったの久々」


「ご、ゴメンね。こんなに上手くきまるって思わなかったから」


「ナニしてたのさ? こんなトコで」


「え? あ! そうだ。屋上行こうって思ってたのに、いつもの場所に、鍵置いてなかったよ」


「あ? ああ、そっか。昨日はオレ、カギ持って帰ったからな。雌舞希、今日は来ると思わなかったし。……あれ。そういやキミ、カサ持ってるけど、いつからココいたの?」


「え? ……うーん。学校に着いたのは10時ぐらいだったと思うけど」


「じゅっ!? え、ナニそれ? なんで3時間もこんなトコで待ってたんだ? そんならオレんトコに電話とかすりゃよかったのに」


「え、だって私、ケータイ持ってないもん」


「や。そんなら家出る前とかあるだろ」


「だって、その時は志田が鍵持って帰ってるなんて知らなかったもん。屋上入れないなんて思ってなかったから」


「……午前中、雨降ってたと思うぞ?」


「うん。ココ来るときも降ってたね。だからほら……、傘」


「だったら、なんで屋上なんだ?」


「えーっと……。屋上で待ってたら、そのうち志田も来るかと思ったから、かな?」


「いや、それだよ。そもそも雨、降りっぱなしだったら、オレが来たかどうかもわからんかったぞ」


「あっ。……そっか。うーん……言われてみればそうだね。あはは。そこまで考えてなかった」


「おいおい。ホント平気か? そんなボーッとしてて、また襲われても知らんぞ」


「うっ……。も、もういいじゃん。志田、いるんだし」


「まぁ、それはそうかも知れんが。だからってこんな踊り場みたいなトコで待たんでも。……はぁ。わかった。そうだな。いいか。オレ、いるんだし。そんじゃ、今カギ開けるから。そのカサ下ろして、ちょっとそこどいて?」


「うぁ、ゴメン」


「なるほど……。仮に襲われても、その武器がありゃ、平気ってか」


「……なんか志田、怒ってる?」


「うーん。怒るっつーか……。あきれてる」




「わ……。床びちょびちょ」


「ん? ああ。そりゃ雨やんだの昼前だからなー。やんだっても晴れたわけでもないし」


「コレ、上靴で出ちゃっていいのかな?」


「んー。オレは履き替えたことないけど。雌舞希は変なコト気にするんだな」


「だって……、靴下とか濡れちゃわない?」


「平気だって。水たまりんトコばっか選んで踏んだりしなきゃな。……何だ? 雌舞希って小学校なんかでも、校舎からちょっと出るたびに靴履き替えたりしてたのか?」


「うん。……え? それって、変なの?」


「うーん。みんながそうかはわからんけど。オレとかハルミは、朝履き替えたら、学校ではずっと上履きのまんまだったなー」


「え! だって、それじゃ校庭とか出るとき、どうするの?」


「ああ。だから、そん時だけだな。中庭とか花壇とか行くときは、普通に上履きだったぞ」


「でも、それだと靴の裏に土とか付くんじゃない?」


「付くな」


「校舎戻ったら、床汚れるじゃん」


「だから毎日掃除するんだろ?」


「あ、そっか……」


「謎が解けたか?」


「うん。……そっか。なるほどね。今まで掃除の時に土が落ちてるのは、外靴のまま校舎に入ってるヒトがいるからだって思ってたけど、実際は逆だったんだね。盲点だった」


「あー。そのパターンもあるんじゃないの?」


「え、そうなの? ……う~ん……、なんでそんなコトするの? だって、ゴミ増やしちゃったら、掃除するときめんどくさいだけだよ?」


「んー。じゃあ、だからって、わざわざ今から外履き取ってくる方がめんどくさいだろ?」


「……そりゃそうだけどさ。でも屋上は土なんて付かないじゃん」


「あー、そんじゃあれだ。さっきの雌舞希といっしょ」


「え?」


「そこまで考えてなかった、だ。ほれ、しょうもないこと言ってないで、さっさとこっち来い。いつまでそこで突っ立ってんだ? 一応、ココには秘密で入ってんだぞ。扉、開けっ放しにしてんの見つかったらマズイだろ」


「あ。そうだね。あはは。勝手にこんなトコ入ってて、そんな話、それこそ今更だった」




「ねぇ、志田は休みの日って、学校来るのいっつもこれくらいなの?」


「んー……、今日はちょっと早いかな。でも、まー大体こんなもん」


「ふぅん……。私、休日の部活は午前中からやるもんなんだって思ってた」


「ん? そんな決まりあんの? そんなの先人どもは教えてくれんかったけどな」


「さぁ……? 決まりかどうか知らないけど、テニス部はそうだったよ」


「ぷ。ははは。そりゃ、運動部とうちは違うって。ああ、なるほど。それで10時なんかに来たんか? うちの場合は面倒見んのが花壇だろ? 一日にやれることが決まってるから、いつ来たって変わんないんだよ。1時間もありゃ終わる仕事だしな」


「あ、そっか」


「あははは! なんか雌舞希、さっきからそればっか。なぁ、めし食おうよ。昼、まだだろ?」


「え? ……うん。まだ」


「よし。そんじゃパンかおにぎり、どっちか好きな方選べ」


「うそ。……どうしよ。私、お金持ってきてないよ」


「んあ?いいよ、そんなの。こないだ、あんだけパンおごらせといて、今更遠慮すんな」


「あ……あれ、私は止めたんだよ! でも美智、私の言うことなんか聞いてくれなかったし」


「ん? 別に責めてるワケじゃないぞ。あん時は確かに無理矢理だったけど、今日はオレから率先しておごるって言ってんだ。そんなの気にせず選ぶといいさ」


「ご、ごめんね。それじゃあ、うん。パンひとつ、もらうよ。……ありがと。いただきます」


「ん。座って食うか?」


「へ? 座ったら濡れるよ?」


「部室ん中に予備のブルーシートがある。それ敷けば濡れない」


「うわ。見かけによらず、多機能なんだね。部室」


「おうよ。ああ見えても、今まで雨風に負けたことはないんだぞ」






「あ、しまった。飲みもんひとつしか買ってなかった」


「え、いいよ。そこまで気、回してくれなくても」


「うーん。半分ずつ飲むか?」


「いッ、いいってば!」


「なんで?ノド、乾いてないか?」


「そりゃ……乾いてないかって言われたら、乾いてるけど」


「ん? ――あ。もしかして雌舞希、回し飲みとかってするの、イヤなのか?」


「や、だからそういうコトじゃなくてぇ……」


「ん?」


「……はぁ。もういい」


「――ぷっ」


「あ! 今、笑った!」


「……いや、だって……。雌舞希、顔まっかなんだもん」


「うえっ?」


「そんなヤなもんなの? オレ、そーゆうの全然気になんないから、わかんないんだけど」


「ち、違うよ! ヒトを潔癖性みたいに! もうそれはいいから! もらうって言ってんじゃん!」


「ん。わかった。じゃあ先飲むといい。オレの後よりその方がいいだろ?」


「……そうじゃない……。わかってないじゃん。……ばか」




「……だいぶ元気になってきたか?」


「なに? それじゃまるで私が元気じゃなかったみたいじゃん」


「だって実際、会ったときはボーッとしてて、元気じゃなかった。――なぁ。ほんとのトコ、何してたんだ?」


「……え?」


「雨んなか、学校来て、3時間もあんなトコにいた理由」


「……それ、さっき言った。志田を待ってたって」


「なんで?」


「な、なんでって……」


「だって、雨降ってたら、部活なんかやらないぞ。オレが来たかどうかとか、そんなこと以前に、雌舞希があの時間に学校来る理由がない」


「……それこそなんでだよ。……部活やらなかったら、私は休みの日、学校来たらいけないの?」


「うえっ? そーゆうふうに取るか? そうじゃないよ。わざわざ学校で待ってたのがわからんって言ってる」


「私だってわかんないよそんなの! ここで志田と会いたいって思ったら、気付いたら足が勝手に動いちゃってたんだもん! なんでさっきから私の言うことやること否定するようなことばっかり言うの!?」


「し、雌舞希?」


「なんで……? 私はただ、あんたと、楽しく話したかっただけなのに……! なんでこんなイヤな気持ちになるの? なんで私は、こんなに志田に苛ついてるの……?」


「……どうしたんだよ。なに怒ってるんだ?」


「知らないよ……。わかんないんだもん。志田が私のこと、否定するのが悲しくて。イライラして。……自分でも説明できないよ」


「え……? オレ、雌舞希を否定したりしてないだろ?」


「したじゃん! 靴のコトとか! 部活のコトとか!」


「いっ!? あ……、あんなの否定したって言わんだろ! なんでそんなしょうもないコトで怒ってんだよ?」



「知らないよ! 志田のことが好きだからでしょ!」



「……は!?」


「志田のこと……好きだから、……好きだって、気付いちゃったから、……あんたがちょっとでも、私を否定したりするのが、嫌われちゃったような気がして……たまらなく……恐いんだよ……」


「……え。……スキ? ……え? スキって……あの好き? "女"に"子"って書く、アレか?」


「そうだよ!他にどのスキがあるってのさ」


「なっ……。うそ? 雌舞希が? オレを? ……マジ?」


「ばか。マジだよ……。私、こんなこと、冗談で言えるほど、器用じゃないよ……」


「え……、えーっと……。とりあえず、ハナかめ。……話はちゃんと聞くから。ちょっと落ち着け。……な?」


「……ん、うん……」






「……や、すまん。まさか、そーゆうことになってたとは、全然思ってなかった」


「私だって……、自分がこんなふうに思ってるなんて、最近まで気付いてなかったよ……」


「あー……。だからツジの奴、昨日あんなに怒ったのか。そう考えると、確かにサイテーだな、オレ」


「こっちこそサイテーだよ。勝手に苛ついて、あげくに開き直って逆ギレしちゃって。……ううう。何やってんだろ……。こんなはずじゃなかったのに……」


「ん? 謝んなくていいさ。雌舞希の気持ちは、素直に嬉しいよ。オレ、告白されるのなんて初めてだし。実際付き合えるんなら、それは嬉しいって思ってる」


「……え?」


「……でもな、オレ、キミの気持ちに応えてやることは、出来ないよ。オレなんかと付き合ったらさ、きっと雌舞希は傷つく。それをオレは望まないし、見たくない。前ん時はオレ、手遅れになるまでソレに気付けなかったけど……、今は初めっからわかってるから。先に忠告しといてやりたいんだ」


「……忠告……?」


「昨日さ。オレが雌舞希に見せた本、あっただろ?」


「……うん……」


「今持ってきてるけど、――コレな。コレ、ツジが図書室から持ってきたヤツだったんだけど。オレ、こーゆう本が世の中にあるって、知らなかったんだよな」


「……それ……今、なんの関係があるの……?」


「ん。まぁ、最後まで聞いてくれ。別に話をそらしてるってわけじゃないから。この本ってさ、まぁメインは男と女の絡みなんだけど。一応ストーリーはあるんだよ。主人公の男の、……ん~……。頭の後ろあたりにカメラが付いてて、それを誰かが見てて、解説する、みたいな感じで話が進むんだけどさ」


「……第三者的な視点で書かれてるってコト?」


「ん? ああ、ソレ。それが言いたかった。――でさ、そん中で主人公の考えてるコトが台詞みたいに書かれることがあって、相手の女に向かって、よく"愛してる"って単語が出てくるんだな」


「……普通じゃん」


「うん。普通だよな? ――でもさ、オレにはどうしても共感できない場面でも、この男は女に"愛してる"って考えてるんだよ。雌舞希はソレ、どういう場面だと思う?」


「……それは、やばい趣味の男ってことなの?」


「う~ん……。いや、たぶん普通なんだと思う。終わり方も、純愛って感じだったし」


「……それじゃあ……わかんないよ……。私、誰かを好きになったコト、今までなかったから」



「……答えは、主人公と相手の女がセックスしてる最中の場面」



「えっ?」


「意外か?」


「……だって……、えっと……、それって、普通なんじゃ……ないの……? ……よくわかんないけど」


「それが、オレにとっては普通じゃないんだなー……。言いたかったのは、このコト。オレはさ、こーゆう奴なの。恋愛対象に、性的な興奮ってのを、感じないんだ。……昔、医者に言われた言葉を使えば、オレって奴は、欲求と関心が乖離かいり――っつーか、ずれちゃってるんだと。まぁそーゆう、ある種の精神障害者なんだよ。オレ」


「……なに……それ……」


「信じられんか?」


「意味……わかんない」


「うーん。……そうだよな。オレだって自分がおかしいんだって、最初に気付いたのは、ハルミに指摘されたからだったし。……オレってさ、他人の名前覚えるの、極端に苦手だろ?」


「うん」


「実はアレもこの障害の影響だったりするみたいなんだよ。他人に関心があっても、近付こうっていう欲求が、出てこないんだ。……その逆もある。……例えば、この部活だって、そうなんだぞ」


「……園芸部?」


「ん。オレ、ほんと言うとさ、別に園芸なんか好きでもなんでもないんだ。一年の時、家に帰んのがイヤでさ、たまたま校舎裏に来たら、園芸部の先人どもに会って。ソイツらは三年だったから、どうしても跡継ぎが欲しかったらしくて、しつこく勧誘されたんだ。……正直、その時はウザくって、内心ふざけんなって思ってた。――でも、その次の日から、気付いたら校舎裏行くようになったんだ。コレって変なんだろ、普通は。だって別に責任感とか、義務感とか、そんなのオレにゃなんにもなかったんだぞ。むしろ、"何でこんなの来なきゃならん。バッカみてー"って思ってた。……だけど、もう体の方はそれを守るようになっててさ、自分の意志通り、来ないようにする方が、むしろ不快に感じるようになってたんだ。……でもこんなの、オレにとっては当たり前だったし、指摘されるまでは意識もしてなかった。そんで、オレの、この異常さが一番際立ってた……てゆうより問題が出てきたのが、異性への性的な関心の持ち方だったんだ」


「……どういうこと……?」


「……簡単に言えばさ、オレは相手を異性として意識すればするほど、欲情しなくなっちゃうんだよ。……そーゆう欲求から、どんどん離れていくんだ。好きになればなるだけ、ソイツを女としては、見られなくなっていく。でも、そのくせ、ただの性的なラインなら、……そーだな……例えば、豚のケツでも、オレは興奮することがある」


「そんな……」


「――ドラマ、小説、漫画。どれ見たって、好きになった相手には、触れたいって思うのが普通で自然で、重なりたいって思うようになるのが当たり前だけどさ。オレは、違うんだよ。好きになった相手ほど、触れようっていう気が失せるんだ。……な? おかしいだろ? オレの身体はさ、アタマん中じゃやりたくもないって思ってることを、勝手に求めるんだよ。したいことをやろうとすると、かえって苦痛に感じるんだ。アタマじゃイヤな仕事だって、こんなことやりたくねぇって、そう思えることほど、逆に身体は、それを求めちまうんだ。……本当はこんなことがしたいんだって、そう思ってることをしようとすればするほど、逆に身体には、すげーストレスになっちゃうのさ。……ほらな? こんなイカれた奴と付き合ったら、キミはきっと傷つく。さっきも言ったとおり、雌舞希の気持ちは、すげー嬉しいけど……。でも、オレにはどうやったって、自分の意志じゃソレを変えること、出来ないからさ……。もし付き合って、オレが異性としてキミを好きになったとしても、キミの想いに応えられることは、なんにもないから……。だから……」


「うそ……みたい。……ひくっ……う……うう……ふ……うっく……」


「ごめんな。……でも大丈夫だ。きっと雌舞希にゃ、もっと似合いの奴がすぐに見つかるさ。その、男恐怖症さえなんとかできればさ。……あ、うん。それ、治す協力ぐらいだったら、オレでもしてやれると思うし……」


「……ひっ、……う……っく……、そうだったんだ。……わたし……や……と……わかった……ひくっ……うっく……」


「え。わかった……って?」


「私が……何で、志田を……好きになったか……の、理由」


「はい!? ……えっと……、すまん雌舞希。いまの俺のハナシ、ちゃんと聞いてくれてたか? 今オレは、自分は好きになった女に対して、実質インポと変わらんヘンタイ野郎だっつったんだぞ? なんで、それ聞いて、惚れた理由なんぞっつーはなしに、つながるんだよ?」


「だから……だよ。こんなこと言っちゃ悪いかもだけど、私、自分の気持ちに気付いてからも、志田のドコに惹かれたのかって、それだけが……ずっとわからなかった。……それだから、こんなんじゃ、いつか志田に嫌われるんじゃないかって、ずっと……恐かった……。だけど、志田が今、打ち明けてくれた話、聞いて……、やっとわかったんだよ……。私が、貴方から眼が離せなくなった、ほんとの理由。……ねぇ、実は私ね、もうひとつ、貴方に伝えたいことが……ううん。伝えなきゃいけないことが……、あったんだ」


「もうひとつ? えっと……。今のオレの話聞いて、そんで改めてなんか言いたいことがあるってこと?」


「うん……。さっきまで、それを言うのがどうしても恐くて、切り出せなかった……。でも、貴方が話してくれたから、私も伝える勇気が出た。――ねぇ、志田……。私これから、ちょっと変な質問するけど、思ったまま、答えてほしいの」


「……ん~……。なんか、よくわからんけど……、わかった。それで雌舞希の気が済むんなら」


「ありがと。ふたつ、質問するから、深く考えないで聞いてね」


「んー。うん」



「ひとつめ。――ある日、ドーベルマンとチワワが喧嘩をしてしまいました。さて、勝つのはどっちでしょうか?」



「……え? ……質問って、それ?」


「うん」


「……ふーん。ま、いいや。思いついたままでいいんだよな? ――じゃあ……、どっちも勝たない、かな」


「どうして?」


「飼い主が止めるから。だって、チワワの野良なんて、あんま、いないだろ? 仮に、もしいるにしても、ソイツはひとりで生きる知恵を持ってるはずだよ。ドーベルマンに喧嘩売るなんて、そんな結果の決まってるバカなコトは最初っからしないさ。そんなら、喧嘩を売るとしたら、飼い犬しかないだろ。でも、こっちは勝ち目がないことを飼い主が知ってる。……だから、喧嘩なんか起こらない。どっちも勝たない」



「……ぷ! ……あは、あははは!」



「あれ。今のじゃ、おかしかったか?」


「……う……ううん、いいよ。その調子でもうひとつも答えて」


「なんなんだぁ?」



「じゃあ、ふたつめ。――雄猫と雌犬が恋をしました。二匹のあいだに、子供は生まれるでしょうか?」



「うーん……。そりゃあ子供はできないだろうなぁ。でも、生まれるものはあるんじゃないか?」


「――え……」


「子供は作れなくったって、ソイツらはそのぐらい互いに想い合ってるってことだろ? まぁ確かにカタチのあるものは生まれないかも知んないけどさ、たとえば"絆"とか、そういうものだったら、生まれるんじゃないのか? ……だったらさ、ソイツらにとってはきっと、もうそれだけで充分、幸せなんじゃないかな」



「ふっ……あは……くっ……ははっ……は……あは……わあぁあぁ……っ! うぁあぁあぁっ! うぁあぁああぁん!」



「ゲッ!? お、おい! どうした? 大丈夫か! え。い、今の、そんなにマズかったか?」


「ち、ちがう。ちがっ……の……。はっ、あはは……、ひぐっ!う、うれ……しくって……」


「な、何言ってるかわからん! 落ち着け。とりあえず、ちょっと落ち着け。ほら、ティッシュ!」


「あ、ひっく……ありがど……」






「……けっきょく、なんだったんだ? さっきの」


「ご、ゴメンね、バカ泣きしちゃって。あのね、あれ、私が考えた例え話なんだ。どっちも、私以外の誰かと私っていう対比になってるんだけど。あははは! 志田の答えが、あんまり嬉しい内容だったから、思わず泣いちゃった」


「わからん……。雌舞希、ちょっと怖かったぞ。オレ、ヒトが笑いながら泣いてるのなんか、初めて見た」


「ふふっ、ごめん。涙、勝手に溢れてきちゃって、抑えられなかった。……話の、続きなんだけどね、さっきのふたつの例え。どっちも絶望的な組み合わせでしょ? ドーベルマンとチワワなんて、結果なんか見なくたって勝敗は明らかだし、犬と猫で子供なんか出来るわけないもんね」


「え? ……なにソレ。そんなんでよかったのか? そんじゃあオレ、無駄にぶっ飛んだ解釈しちゃってたっつーコト?」


「ううん。そうじゃないの。私はその"ぶっ飛んだ解釈"をしてくれることを望んでた。……だって、じゃなかったら、わざわざこんな答えのわかりきった質問なんて、しないよ。私が志田に伝えたかったコトっていうのは、これ。私はね、普通の人たちと、普通の解釈では、絶対に交わることが出来ない奴なんだ、っていうコトなの」


「……なんだそれ。雌舞希が異常者みたいな言い方だな」


「ん~。それじゃ、志田には私って、どういうふうに見えてるの?」


「どーゆうって……。雌舞希は、オレみたいな変人と違って、マトモな奴だよ。他人の立場でモノ考えられるし、非社交的でもない。スイッチ入ると凶暴になったりするけど、理解できる範囲だし。うん。イイ奴だよ、キミは」


「あはははは! ありがと。その評価、すっごく嬉しい。でもね……、それはあくまでも普段の生活をする上で……っていう条件付きの話。人間として付き合うってなったら……、私は誰とも関われない。……だから本当は、志田に自分の気持ちを……打ち明けるべきじゃなかったはずなの。だって本来なら、男の人は、私が一番遠ざけなくちゃいけない相手のはずだから」


「……"遠ざけるべき"……? 変な言い方するんだな。それじゃあキミ、別に男が怖いってゆうわけじゃ、なかったのか?」


「ううん。……こわいよ。だって、私が遠ざけようって努力してるのに、男の人は、どんどんソレに逆らってくるもの。……私には、その人たちの要求には、どうやったって応えることが出来ないのに……。私の名前。この"雌舞希"っていう変わった名前。コレね、私のお母さんが付けてくれたんだ。どういう意味が込められてるか、わかる?」


「しぶき……。メスマイマレ……? うーん……。女らしく育つように……とか、そんな感じか?」


「半分当たり……、かな。この名前は多分ね、お母さんが"私"を初めて見たときの感想を、そのまま漢字にして付けたんだよ。『この子を"雌"として振る"舞"うように育てることで"希"望を見出そう』……そういう、お母さんの気持ちをね」


「んん? どういうことだ?」


「――"雌として振る舞う"。つまり私は……"ホントは女の子じゃない"って……、そういう意味が込められてる名前なの」


「……え?」


「"異常者みたい"、なんじゃないの。私本当に、文字通り異常者なんだよ。男の人の要求になんて、応えられるはずがないの。初めから受け入れられる器官が、用意されてないんだから」


「んん? ちょっと待て。雌舞希が女じゃない? 意味がわからん。キミ、どう見たって女だぞ。ムネあるし、身体の線も。それが女装っつーには、ちょっと無理がある」


「うん。女装なんかじゃないよ。確かに志田が言うとおり、私の外見は、女性的な形をしていると思う。……でもね、それは見た目だけ。私の身体には、女の子として、絶対的に足らないモノがあるの……。ひと言で言うとね、……この身体には、性別ってものが生まれついてなかったんだよ」



「性別が……"ない"?」



「そう……。私の身体は、生まれつき性を区別する器官がなかった。生まれたときから、この身体には、女性器も、男性器も、付いてなかったの。わかりやすく言うと、生殖機能が欠落した、身体障害者……ってことかな。志田、両性具有って知らない? 宗教の教典とかにたまに登場する、男性と女性、両方の特徴を持った人のことなんだけど……。私の場合は、あれの逆。私のお母さんは、このことを自分の胸の内だけに秘めて、私を女として育てることで、隠し通そうって、考えたんだね。きっと。……だから、その想いを名前に刻んだ」


「……それって、本当なのか?」


「うん。今まで、誰にも話したこと、なかった。小さい頃、お母さんから、誰にも知られちゃいけないって、クギ刺されてたし。お父さんだって今でも知らないんだよ。……私自身もね、こんな体のコト他人に知られたら、どれだけ変な目で見られるかって、わかってたから、誰にも……言えなかった……」


「じゃあ、なんでオレには話した? オレがそんなに善人に見えるか?」


「見える。少なくとも私にはね。だって、志田はたったひとり、私がどんなに抵抗しても惹きつけられて逃げられない人だったから」


「さっきも、んなコト言ってたな。いったいなんだよ。雌舞希が、オレみたいな奴に感じた、その何かってのは」


「ふふ。その眼……。志田はさ、女の子を性の対象じゃなくて、純粋に理性だけで見てくれるでしょ。それにね、私は捕まっちゃったんだよ」


「あのな雌舞希。どうやらキミはオレって奴を勘違いしてるぞ。オレは女を性の相手として見ないんじゃない。人間として意識すると、そう見られなくなる変態だってだけだ。だいたい、それとキミの体の話と、どーゆう関係があるってんだ?」


「あははは! 勘違いしてるのは志田の方だよ。志田が私を性の対象として見てなくて、本当にひとりの人間――近江雌舞希としてだけで、私を見てくれるんなら、私は貴方に自分の全てを知ってもらいたかった。ねぇ志田。私、初めから、あんたに性欲なんて期待してないよ。だから、私があんたを好きでいるコトで傷つくなんて、もうなくなっちゃったんだよ」


「うーん。でも雌舞希。さっきは自分のこと話したら、変な目で見られるとかなんとか言ったぞ」


「それはフツーの人の場合だよね。志田こそ、自分で変人だなんて言ったでしょ? だからこそ、ね、話せたの……ううん。絶対に話さなきゃいけないって、思えたんだよ。あはは! お互いコワレモノだよね。私たち」


「なんだそりゃ」


「こう、ほんとはもっと慎重に扱ってもらわないと、困るってこと」


「ああ、そうか。コワレモノだけにな」


「ふふ。ねぇ、あらためて訊かせてもらっていいかな」


「あ?」




「チワワとドーベルマン、もし勝負しなかったらさ。――そのあとは、どうなるの?」


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