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「お~い! しぶちぃ~ん!」
通学途中、信号待ちをしていた私の後ろから恥ずかしいニックネームで呼ぶ無礼な奴が現れた。
振り返ると、健康的な褐色の肌にショートヘアが特徴的な、いかにもスポーツやってますってな印象の娘が、ママチャリにまたがって片手をブンブン振りながら近づいてくるのが見えた。
クラスメイトの辻美智だ。
小学校からの、良く言えば親友。
悪く言えば腐れ縁である。
彼女は私の隣まで来ると、『キキィーッ!』と、ママチャリを急停止させて、にかっと笑顔を向けた。
「おはよう、美智」
負けずに笑顔で返す私。
「っはよー! ね、しぶちん今日さ、朝の星占い見た?」
「星占い? テレビの話? ううん、見てない。うち、朝は大抵NHKだから」
「あー、そっか。しぶちん家、朝はお爺ちゃんとお婆ちゃんといっしょだもんねぇ。チャンネルも渋いチョイスになるかー」
『しぶちんち』って、なんだかなぁ……などと考えながら応対する。
「まぁ、どのチャンネルでもやってるニュースはおんなじだしね。私は別にいいんだけど。それで? 星占いがどうしたっての?」
私としては興味のない話であろうが、一応聞き返す。
「あ! うん、それよそれ! 今週のアンタの運勢がさ、すん~ごくいいワケよ!」
…………。
なんじゃそりゃ!
一瞬ツッコミかけたが、ココで話を折ると美智は多分キレる。
なので、
「へぇ、そうなの」
と、返事をしておく。
すると美智は、
「何だよその気のない返事はぁ! もっと嬉しそうにしろよ!」
……それでもやっぱりキレた。
「う~ん。だって、当てになんないよ、そんなの。ああいうのってチャンネル変えてみたら全然結果が違ったりするでしょ」
私は諦めて本心を述べる。
「はぁ!? あたしなんか今日凶だったんだよ! 凶! ――ん? げっ! なんか今あたしシャレ言ったみたいになっちゃってる? さぶ! これも凶の悲劇か? くあーっ! それに比べていいよなぁしぶちんは! 『今週、運命の出会いをするでしょう』だってよぉ~! あたしもしたいよ、運命の出会い。なんだよそれ! どこ行きゃできんだよ! ちくしょー! あ! そうだ! 明日からゴールデンウィークじゃん! わかったぞ、くっそー! その連休中にするつもりだな! 運命の出会いを! この裏切り者ぉ~!」
……美智は私の言葉など聞いちゃいなかった。
それどころか、あろうはずもない私とどっかの誰かの運命の出会いとやらを夢想し、呪っていた。
美智はこういった占いとかおまじないとかゴシップとか週刊誌とかが大好きな女なのだ。
ひとしきり喚いてから、美智は何かに気付いたのか急に黙り込んで私の顔をまじまじと見た。
「……え? な、なに?」
私はあんまりにもじーっと見られたので少したじろいだ。
「雌舞希、髪の毛濡れてるよ?」
――ぅあ、そのことか。
「あ。うん。寝癖がすごかったから。落ち着けるのに濡らしたんだ。一応拭いたんだけど、目立つ?」
美智は「はぁ~っ」と大袈裟に溜息をついて真剣な顔で言った。
「そのまま学校行くのはあたしが許さないから。はいほら、後ろ乗って」
ママチャリの後部座席を親指で指す美智。
……逆らう余地はない。
私はおとなしくそれに従った。
「部室にドライヤーなんかは置いてあったな……今から全力でこげば、なんとか……」
美智が何か呟いたかと思うと、計ったかのように信号が青にかわる。
瞬間、美智は勢いよくペダルを踏んだのだった。
「よ~し、オッケイ!これなら校舎に入ってよし!」
私の背中をバシッと叩き、美智はようやく私を解放してくれた。
私たちが今いるのは、私たちの通う学校の校舎に隣接して建っている古い木造建物の一室だ。
この建物はいわば旧校舎と呼べる存在で、この部屋の窓から見える、隣の真新しい校舎ができる以前まで使われていたものなのだそうだ。
――といっても、それほど老朽化が進んでいると言うわけでもないらしく、現在この建物は各部活動の部室として、それぞれの部屋が使われるようになっている。
で、今いるこの部屋はテニス部の部室だ。
あの後、私は美智によって半ば拉致同然でココまで引っ張ってこられたのだった。
「ほら、見てみな」
美智はそう言うと鞄から手鏡を取り出して私に向ける。
鏡の中の私の髪は、私では絶対に再現不可能な、それこそ美容師顔負けと言っても良いほどに凄く綺麗にセットされていた。
「どうよ? あたしの従姉妹の姉さん直伝のテクは! 美容師の冠は伊達じゃないよ。 あの人、教えんの上手いからさ、あたしの実力もウナギ登り、上流向かってまっしぐら進行中ってなわけよ!」
「う……うん……。すごい。ありがとう。何かこれ、動いて乱れちゃったら申しわけない気がする。前に髪切ってもらったときも上手だと思ったけど、ホント。さらに腕あげたね。美智、こういうの才能あるよ」
「ははは! あんがと。ま、こんだけ素材がよけりゃあね。下手には仕上げられないってもんよ。アンタさ、ホント勿体なさすぎるって。ねぇ、せっかくこれだけ可愛らしい顔に生まれたんだよ? スタイルだって悪くないんだし。何でいつまでたってもオシャレのひとつもしないのさ? 年頃の娘でしょうが! ケバい化粧までしろとは言わないけど、せめて身支度ぐらいはまともにしろよな」
お母さんが言うようなことを同い年に言われてしまう私。
「あはは、ん。ごめん。これからはちゃんとドライヤーぐらいはあてるようにするよ」
私がそう答えると、美智はがくっと肩をおとし、
「だから、そう言うことじゃなくてだな~。……はぁ」
とまたも大仰に溜息を吐いた。
「……もういい。ったく。やっぱアンタはもうしばらくあたしがついてないと駄目みたいだね。せっかく今週運命の出会いがあるってのに、そんなんじゃ運命の相手クンも逃げちゃうんだからな」
「あははは。もういいよ、それは。だって私には美智がいてくれるんでしょ?」
「冗談! あいにくあたしはアンタみたいな手のかかる子はゴメンなのさ。早いトコ乳離れしてもらいたいよ」
「なにそれ? じゃあ美智こそ早いトコ子離れしてちょうだいよ」
「んだとー! そんな悪いこというのはこの口か! うりうりうり!」
「い! いはいっ! やめへみひ!」
「思い知ったか!アンタは黙ってあたしにお世話されてなさい!」
「さっきと言ってることが違う。横暴だ」
軽口をたたきながら私たちは部室を後にした。
美智がこういう風に過保護なほどに私に配慮してくれるのは、今に始まった事じゃなかった。
さっきもそうだったけど、いくら友人とは言え、普通他人の占いの結果まで気にする人はあんまりいないと思う。
だというのに出会い頭、美智はまず私の運勢を教えてきた。
自分の結果ではなく。
……何故そこまでしてくれるのか。
訊いてみたことがあるわけではないが、どうやら美智は彼女の中にある『理想の女の子像』というものを、私に反映したいらしいのだ。
まぁ、理想の女の子といったって、別に彼女は私をお嬢様に仕立て上げたいのでもなければ、学年一のアイドルにしたいというわけでもない。
ただ凡庸な16歳の女子高校生らしい振る舞いを私に望んでいるのだ。
美智という子は普段、活発で男勝りでちょっぴりお馬鹿な振る舞いをしているが、その皮一枚下には凄く女の子らしい内面を潜ませている。
ただ、その普段のがさつさがコンプレックスとなって、年相応の内面を表に出すのが躊躇われるのだろう。
その点、――私には自覚もなく、迷惑な話でしかないんだけれど――私の面は他人から見ると、その、かなり可愛い……らしい。
そこで美智は内面のコンプレックスを満たす矛先を私に定めた。
……つまるところ、私は美智のそういった"女の子らしさ"をさらけ出す捌け口として使われちゃっている、というわけだ。
だが、当の私はこの通り、彼女が望むようなオシャレやらに全然関心がない。
そういったものに必要性を感じていないのだ。
だって私と言う人間がいくら着飾ったり、キレイに見せたところで、何の意味もないのだと言うことを理解してしまっているんだから。
むしろ、そんなふうに自己主張してしまうのは、本当は私にとって困ることだった。
だから、美智がいくら熱心になってくれたところで、私にとっては今日も今日とて、のれんに腕押しなのであった。
だけどそれでも私は、美智のこの世話焼き自体は嫌いじゃない。
彼女が私にしている事は、『少しでも雌舞希が光って見えるようにしよう』だとか、『色々なことに楽しみを持って触れられる人間になってもらおう』といった、私からしてみればマイナスにしか働かないものばかりだ。
でも、長年の付き合いから私はよく知っている。
美智が私に向けてくれる、こういった親切には何の邪心も含まれていないことを。
コンプレックスの捌け口とされているのは事実だけれど、それは私たちが思春期を迎え、いわゆる"お年頃"になってからの話だ。
彼女が私に対して過保護なのは、まさしく"今に始まったことじゃない"。
美智がただ純粋に私を想って、それが私のプラスになると信じてやってくれているのがわかるから、私はこのお節介がむしろ嬉しかった。
……こんな私でも、たとえ美智のお人形さん代わりとしてでも役に立てるのなら、それは光栄なことだと思えた。




