27.
6月3日(木)
27.
中間テストが終わった。
……疲れた。
園芸部は、テスト前どころか、テスト中でさえ活動続行だった。
それは理由を考えれば当然だ。
だが、テスト自体は昼前に終わってしまうから、当然ながら学食も購買も開いていなかった。
私はそのことを失念していた。
月曜日、テスト一日目。
テストが終わり、花壇へ行ってみると、志田は用意周到にも、コンビニ弁当を持参してきていた。
ようやく包帯が取れた志田は、
「利き腕が使える!」
と、最初大喜びで弁当を頬張っていたが、半分ほど食べたところで私になにも食べるものがないことに気付いたのか、残りを食べろと勧めてきやがった。
初々しいと言うなかれ。
私は男の子との箸の使い回しや弁当の食べかけをもらう、なんて経験がこれまでになかったのだ。
当然、私はそれを断った。
が、志田はことのほかしつこかった。
「それじゃ、力が入らん」
だの、
「食事を抜くダイエットは良くないってハナシだぞ」
だの、果ては、
「これで足らないんなら、もう一個買ってきてやろうか?」
と、全然的外れなことまで言ってきた。
まったく。
変なところ鋭いくせになんでこういうときに鈍いんだろうかこいつは。
私は別に潔癖症なわけじゃない。
実際、美智がかじりかけのパンなんかをくれた時には平気で食べていた。
だけれど、この時の相手は志田だ。
柏木をフッた時の言葉を使うのなら、志田はもはや、私にとって「興味のある」相手だった。
これを"好き"とイコールで考えるのは早計だとは思うものの、とりあえず、そんな相手から弁当の食べかけをもらうのは、"拒絶"と言うよりは"恥ずかしかった"だけなのだ。
……まぁ結局、根負けした私は、そのお弁当を食べることになってしまったのだが。
くそ、きっとあのとき私の顔は耳まで真っ赤だったに違いない。
――しかし、同じ枷は二度踏まないのが私だ。
この雌舞希さんを甘く見てもらっては困る。
えぇ、もう翌日はバッチリ準備万端で自家製弁当を所持して学校へと赴きましたとも!
わざわざ早起きするために、前の夜は9時に床について!
勉強はどうした!
と思われるかもしれない。
だが甘い。
私は普段の授業の段階である程度の理解を得ている。
しかもテスト前日までは、しっかりと復習していた。
この積み重なった学の理解の前には、一夜漬けの付け焼き刃なんぞ、
まさしく足元にも及ばない!
……と、思っていた私こそが甘かった。
しかして現実は、そう上手いこといくもんじゃなかった。
結果は散々。
テスト二日目の一発目、日本史。
これはまだ良かった。
完全な暗記系は、私の得意とするところだからだ。
問題は二発目と三発目。
保健体育と英語のリスニングだ。
まず保体。
保健はこの際どうでもいい。
問題は体育なのだ。
私は極度の運動音痴で、スポーツはルールはおろか、競技の名前も出てこなかったりする。
それを完全に失念していた。
そして、リスニング。
これが私はすごく苦手だった。
書くのはいい。
単語や文法を覚えていれば、何とかなる。
だが、聞き取るのには耳を使う。
どうやら私は生粋の日本人らしく、カセットテープから流れる英語は、何度聞いてもこの世界に存在するものとは思えないのだった。
……まぁ、平たく言えば、聞き取るのに理解が追い着かなかったのだ。
私はこの自信過剰が招いた情けない結果にがっくりと肩を落としつつ花壇に向かった。
すると志田は花壇のフチに座り込み、いつものボケッとした顔で出迎えてくれるのだった。
ヒトが落ち込んでるってのに、どこまでもいつも通りの志田に私は腹が立ち、(自分でも理不尽だったとは思っているが)今日のテストの結果を問いただした。
それに志田はひょうひょうと語った。
「あー、うん。オレ、人の名前は覚えないけど、暗記とかは得意でさ。日本史は上々。保体は――アレ、やる意味あんのか? 一学期にやってた競技のルールとか埋めるだけじゃん。保健だって、一般常識レベルだし。リスニングは、ただテープの質問に答えるだけだろ? なんつーか、あーいうのってホントにこれから役に立つんかね?」
……"だけ"?
私があれだけパニくり、悩んでなんとか埋めきったテストを、"だけ"扱いですか!
私は目の前の無礼者に向かって、自家製弁当&当日テスト教科書群入りの、中々の重量を誇るバッグを叩き付けてやった。
(重ねていうが、理不尽だったとは自覚している)
しかし、それでも志田はケロッとした顔で、
「キミって時々、ツジより凶暴だよな」
なんて失礼極まりないことを言いやがった。
さらにおまけに、せっかく早起きしてこしらえた私の手製の弁当は、志田に叩き付けてしまったせいで蓋を開けてみると中身がグチャグチャになってしまっていた。
……そしてトドメの三日目。
私は今度こそ、勉強の復習もバッチリ万全。
少し寝不足気味だが、弁当だって用意した。
今日こそは志田に遅れはとるまいと思い、意気揚々寝不足で少しふらふら学校へ向かった。
が、この日も私は完敗した。
まず、寝不足だったおかげで、少なくとも各教科三問は答えられたはずの問題の答えが浮かんでこなかった。
そして、その寝不足の原因となった昼食だが。
この日はテスト最終日で部活動が再開されるため、購買が開いていたのだった。
つまり、私は作らずともよい弁当をこしらえるために睡眠時間を削り、あげく、そのおかげでテストでは実力を発揮出来なかった、という目も当てられない醜態を晒す羽目になってしまったのだった。
……いや、もちろん私以外の誰が知るところの話でもないのだけれど。
そして、この時、今更気付いた。
どうして私は自分で作ることに固執してしまったんだろう、と。
馬鹿だ。
志田みたいに登校途中のコンビニで買えば良かったってゆうのに。
無意識に主婦的経済観念に囚われて自家製弁当で済ませようと考えてしまったのだ。
だが、この日はまだ、これで私への打撃は終わってくれなかった。
この、テスト最終日。
この日は朝から雨だった。
それはつまり、何を意味するかというと――、
「あ、雌舞希。今日は部活なしだ。天の恵みが我らの植物共に栄養をやってくれてるからな」
最後の最後でこの仕打ち!
くそう! やられたよ園芸部。
さすがだよ志田部長。
私は家に帰り、おじぃ達とそのお弁当をみんなで仲良く食べることになったのだった。
まぁ、そんな私にとって無駄に疲れる内容だった中間テストもこうして終わりを迎え、今日は木曜日。
担任の新井先生は中間テストが終われば席替えをすると私たちに事前に伝えていた。
どうせテストを受けるときは名簿順に座り直すんだから、それならせめて、最初のテストまでは席替えは延期にしよう、ということになっていたのだ。
私もそれは妥当な判断だと思ったが、今の席の居心地の悪さを思うと少しでも早く替わってもらいたかった。
そんな待ちに待った席替えは、終わりのHRの時間に行われた。
方法は無難にくじ引きだそうだ。
箱に入れられ、四つ折りにされたくじを名簿の順番で引いていく。
私が引いたくじには、27の数字。何とも中途半端だが、一体どこの席なんだろう――。
――何故ですか神様、こんなのってあんまりです。
私が引いたくじは、ずばりビンゴで教卓真ん前の最前列という、特等席。
黒板が近すぎて、逆に見づらい。
……首痛めそうだ。
それに教師がやたらと近い。
新井先生のごついガタイによく似合う、荒い鼻息がこっちまで届いてくるような気がする。
……ん? いっとくけど、今のはシャレじゃないぞ。
……そして何より、一番の問題は私を囲むメンツだった。
後ろの席は浅瀬さん。
これは良かった。
仲のいい人と席が近いのは素直に嬉しい。
問題の右と左の席。
左・東堂。
右・香川。
またも、先の事件の主犯一味ふたりに挟まれてしまったのだ。
――今思えば、全部で七人もいたんだ。
全員と離れた席になる確率の方が低いのかもしれない。
しかも、たちの悪いことにこのたび私の左の席になった東堂という男は、柏木よりだいぶ血の気が多い。
あの日、私に向けて椅子を投げ返してきたのもコイツだったし。
……正直、怖い。
下手をすれば、これは前の席より居心地が悪いんじゃなかろうか?
……なるべく左右のふたりには関わらないでおこう。
幸い、後ろには浅瀬さんがいる。
コイツらふたりは休み時間になれば柏木の席の周りに集まるだろうし……。
ちなみに、柏木とはだいぶ席が離れた。
面白いことに、アイツは席替えの前と後で全く席が替わらなかったのだ。
つまり、一番窓ぎわの最後列。
あそこにこのふたりが集まるなら、これは授業中だけの苦痛で済む。
……まぁ、それでも充分に耐え難いのだけれど……。
ううう。
なんだか今週は災厄続きな気がする……。
教えてください美智先生。
今週の私の運勢は、一体どうなっていたんでしょうか?
「あはははは! 席替えしてそれじゃ報われんなー」
その日の放課後。花壇にて。
私の今日の一瞬の期待と、直後の絶望の話を聞いて、大笑いする志田少年。
「笑い事じゃないよ! 香川って方は、まだあのときも付き合いって感じだったけど、東堂は完全に主犯だもん。性格も喧嘩っ早い感じで、おっかないんだから!」
「大丈夫だよ。もうあいつらだって懲りてんだろ。それに、後ろにはハルミだっているんだろ?」
「うん……。まぁ、それが唯一の救いって感じだけど」
「なら問題ないさ。アイツって、喧嘩とかめっちゃ強いんだぞ。護身術みたいのもバリバリ修得してるし。オレ昔、何回か喧嘩したことあったけど、一回も勝ったことなかったもん。いっつもボコボコ。むこうが悪かろうが関係なし。こっちが謝るまで殴るのやめないの」
「え、嘘!? 意外……。私、浅瀬さんってすっごい穏やかな女の子ってイメージだったんだけど」
「ん? あー。最近は猫かぶってんじゃないの? 男が寄りつかんだろ。そんなツジみたいな感じだと」
さらっと非道いことを言う志田。
「美智を悪く言うな! この無礼者!」
「ん。悪く? 違うよ。逆じゃん? 自然体の方が良いって言ったんだよオレは。でも、アイツも年頃だからな。わからんでもないんだけどな。異性を意識っつーか、皮被ってんの見るのは、ちょっと嫌なんだよ。本性知ってるオレとしては」
「……ふぅ~ん。そういうのは兄妹いないから、私にはわかんないなぁ」
……異性を意識、か。
「ん、まーそれはいいんだよ。ちょっと話し逸れちゃったけど、とにかく、そのドードーだっけ?」
「とーどー、ね」
「なんでもいいや。そいつが万一絡んできたら、ハルミ頼ればいい。そういうの放っといてまで、猫かぶるような奴じゃないからさ。――あ、それとツジも呼べば、これでもう無敵だな! よし、これで安心だ」
「ぷっ! ……そうだね。それなら確かに。もう無敵だよ」
「さ、問題解決したトコで、始めんぞ。もうじき梅雨入りだからな。色々と準備せんといかんのだ」
「は! 部長、では指示を願います」
――やっぱり、志田と話していると、どんなに不安な心境でも、安心させられる……。
毒を抜かれてしまう。
東堂のことにしたって、ホントにもうどうでもいい、大した問題じゃないような、そんな気分にさせられてしまっている。
まるで、他人事であるかのように。
これは何故なんだろうか。
これが、本当に美智の言う、"好意"なのか?
世間一般の人間が言う、"好き"とかいう感情にあたるものなんだろうか。
果たして、私がそういう尺度で男性を見ることが可能なんだろうか?
……わからない。
第一、私という存在が、男性に対してそのような感情を持つ意味が、どこにある?
……答えが、見つからない。
私には、この志田に対する思いが、一般に異性に抱く、"好意"と同じものだとは、どうしても思えなかった。
確かに限りなく、それに近い感情ではあるとは思う。
……もう否定するつもりもない。
私は志田にかなりの関心――干渉したいという思いを抱いている。
だけど同時に、私にそのような情感が働くはずがないという確証があるというのも確かだった。
"好き"という感情に、限りなく近く、この上なく遠い。
私は依然として、この"思い"の答えを見出すことができなかった。




