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21.

21.



志田と私は旧校舎屋上で、先の『園芸部伝説』を始め、他愛のない会話をしながら、夕方まで時間を潰していた。


なんとも不思議だった。


この志田という男に対して、私はどうしても、全く、警戒心を持つ事が出来ないようだからだ。


今だって、この屋上の鍵さえ掛けてしまえば、それでもう密室と変わらない状態になる。


だというのに、私の心の中には、僅かばかりの不安もなく、志田に対する不信もなかった。



なんというのだろうか。


美智や、他の女友達と一緒にいる時とはまた全然違う、説明しにくいが、安心感のようなものを、私はこの志田に対して抱いているらしかった。


何故なのかはわからないが、私は「志田はそんなこと絶対しない」と、根拠なく確信をしていた。


そして実際、少なくとも今この間には、志田が私を傷つけるような悪意をぶつけることはなかった。






「なぁ、雌舞希のクラスに、『ハルミ』って名前の奴いるよな?」


「え?」


志田は唐突にこの話を始めた。


「苗字は、んー。今のはちょっとわからんけど。ほれ、いるだろ。教卓の前んとこの席で集まって、飯食ってる奴らん中に。髪の長さが、ちょうどキミとツジのあいだぐらいの奴」


私は、こいつの口から個人を特定するような言葉が飛び出したことに少し驚いたが、


浅瀬晴美あさせはるみさん?」


とりあえず思い当たった名前を口にした。


「ん、あ! 多分ソレ! な、アイツって、普段どんな感じ?」



……何でこんなことを訊くんだろうか。



「どんな感じって? 私、まだほとんど喋った事ないし、わかんないよ。美智は結構よく話してるみたいだけど。何で? 浅瀬さんのこと、興味あるの?」


「ん? やー、そうゆうんじゃなくて。いじめられたりとか、してないかと思って」


……?


どういう意味だ?


私の怪訝そうな表情を察したのか、志田は両手を挙げて言った。


「あー、これ。一応内緒にしてほしいんだけどな」


「うん」


「アイツ、オレの妹なのよ」


それを聞いた私は一瞬意味が飲み込めず、文字通り、固まってしまった。


そして、


「……は?」


と、思わず間抜けな声を上げてしまう。


え? だって同級生で妹?


えぇ? じゃあ志田ってもしかして――。


「え。留年生?」



――あ。


……思わず指さして言ってしまった。



ところが、


「ちがうよ。オレは現役」


志田はそれを否定した。


私の顔に、あからさまなまでの疑問符が浮かぶ。


きっと私の顔は今、柏木が私と話すときによく見せる、すっかり煙にまかれたような、あんな感じの表情になっているに違いない。


それは志田にもすぐ伝わったようだった。


「う~ん。こういう家庭の事情とかってあんまヒトに話すもんじゃないんかなー。まぁいっか。オレとアイツはもともと親が違うんだ。ん、俗に言う義理の兄妹ってヤツだな。オレの父親と、10年前に再婚したアイツの母親の、互いの連れ子同士だったんだよ。そんで、親は3年前にまた離婚して、また互いの連れ子だけ連れて別れたってワケ。それから、ずっと会ってなかった。こないだ、――雌舞希と初めて話した日だな。あの日、昼にB組行った時、初めてアイツがいるのに気付いた。……それまでは、同じ学校にいんのも知らんかった」


私は、呆気にとられていた。


そりゃそうだ。


答えとしてはすごくわかりやすかったかもしれないけど、こんなこと、本人が言うまでもなく、ポイポイ他人に話す事じゃない。


「え、え? 何で? 何で、わざわざ私にそんなこと、言うの?」


「だって、説明した方が伝わりやすいじゃん。キミ、アイツと同じクラスなんだしさ。ツジはなー。こういう話は真剣には聞きそうだけど、駄目だな。猪突猛進ちょとつもうしんすぎるし」


「だから! そうじゃないよ。どうして私に言うの? そんなこと。自分で直接、浅瀬さんと話をすればすむ事でしょ?」


私は当然の疑問を口にする。


「んー。それが難儀なんだよなぁ」


「何で? 心配なんじゃないの?」


すると志田は、少しバツ悪そうに頬をかきながら、


「オレ、嫌われてんだわ、アイツに。ハルミのヤツ、オレに気付いてるくせに、目も合わせやがらん。……ん~、だからさ――雌舞希。こんなの、オレが頼むのも変だってわかってんだけど。アイツと仲良くしてやってくんないかな。オレの代わりにってんじゃないんだけど。アイツがいじめられるようなことがあったら止めてくれ、とまでは言わないけどさ。優しくしてやってほしいんだよ」


と、告げた。


私には兄妹なんていないから、その間のいざこざや、志田の兄心(?)なんて到底理解できないけれど、志田の言葉の中に、暖かい、何の邪心もない愛情が含まれているのは感じることが出来た。


私は、「はあ……」と軽く溜息をつき、


「……まぁ、そんな事情なら、しょうがない……のかな。でも、なんにしたってここまで聞いちゃったら、私もさすがに無下には出来ないよ。うん。わかった。……ふふ。その手の借りもあるしね」


と、答えた。


それを聞いた志田は、


「ん。ああ、そうか。その手があった」


なんて、包帯巻きの左手を見ながら言った。



こいつが私を気遣って、敢えて手のことに触れなかったのには気付いていた。



だから私も深く触れず、返答する。


「あはは。なにそれ。シャレのつもり? 美智がいたら、みぞおちグーだよ。――でも、私なんかと、仲良くしてくれるのかな。浅瀬さん」


私がそう言うと志田はキョトンとして、次の瞬間、


「あ? っはははははははは!」


と、無礼にも笑い出し、


「キミのこと、嫌う奴なんていないって!」


……なんて言いやがった。


そして、今まで見せたこともないような、とても優しい顔になり、


「大丈夫。雌舞希なら、オレは安心してアイツを任せられる。大事なんだよ。オレにとっては、とっても。……ん、まぁ。向こうにゃ嫌われちゃってるけどさ」


と、フェンス越しに下界の風景を眺めた。


その姿は、なんだかとても優しくて、同時に少し寂しそうでもあった。


「んー。努力するよ」


私は応え、彼と同じように景色を眺める。


そこで初めて気が付いた。




――ここからは、あの病院がよく見えるんだっていうことに。


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