9.
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「はい。これ飲みな」
美智は私にホットミルクを手渡してくれた。
「ちょっとは落ち着いた?」
「ん」
私は首を縦にふった。
ここは美智の部屋だ。
あの後美智は、わんわん泣くボロボロの私を自転車の後ろに乗せてここまで運んでくれた。丁度部活の帰りだったそうだ。美智は、例の「親睦会」の騒ぎには気付いていないらしく、私はほっとした。あんなどうしようもなく下らない事に、美智を巻き込むのは避けたかったからだ。
美智は私を部屋に通すと、傷の手当てと、着替えまで用意してくれた。
……私は、その間ずっと黙り込んでただ泣いているだけだった。
「で、何があったの? 制服着て、あんなトコにいたってことは、学校行ってたんでしょ?」
「……」
「誰がやったの? 服も体も傷だらけ。体の方はアザもいっぱいあるじゃん! 誰にやられた! ほら、雌舞希! 答えなさい!」
「……私」
「はぁ! あのね、しぶちん? 自分でこんな傷、つけられるわけないでしょ! 嘘はこういう時につかないこと! はい! どこのどいつにやられたの!」
「……」
言えるわけない。そんなこと、美智には一番知られたくない。その、私が自分で傷つけたって言うのは、嘘ではなかったし。
「なんか、言えないわけがありますってこと?」
「……明日、学校行けば、だいたいわかるよ」
「はぐらかすな! 今日、あたしのケータイに電話したよね? それと関係あり?」
う……けっこうきわどいところを……。
「あり、か。で、それ以上は言えない? ふむ。じゃあ、あたしが犯人当てて見せようか?」
美智はわざとおちゃらけた言い方をしてみせる。
「んー。そうだねー。例えば……、あ、そうだ! 柏木修!」
意識すまいと思っていても、その名前をいきなり出された瞬間、ビクッと勝手に体が反応してしまった。そして美智はそれを見逃してはくれなかった。
「ああ? マジ! 柏木がやったのかコレ! あ、ああのやろおおおっ! 殺す! 明日! 朝殺す! 見つけたら即殺す!」
「や。ち、ちがくって。この怪我はほんと自分で――」
「いい? 雌舞希! 今日はうちに泊まってく事。明日はあたしと登校する! で、柏木発見次第即処刑! わかった? それと、制服はあたしの予備のヤツ着て行きな。あげるから。こんなボロボロじゃ、もう着れないしね。ああ! くそ! マジムカつく! 何をどうやったらココまでひどい怪我させられるわけ! もしかして、無理矢理迫って来やがった? そんなクソ野郎だったのかあいつ! くそ! なんで気付かなかったんだろ。サイテーじゃん! 二人でお昼なんかさせるべきじゃなかったんだ! あたしの馬鹿!」
「やめて美智。アンタのせいじゃないってば。そういうこと言わないでよ」
「だって! だってさ!」
美智はいつの間にか涙目になっていた。あぁ、これだから美智には知られたくなかったのだ。
美智は他人の痛みを我が事のように感じられる性分だ。だから友達も多いし、人徳もある。
しかし、その性格のためにこの子は余計なことまで自分のことのように背負い込んでしまう。特に、私には理想を重ねる自責があるからなのか、私の近辺で良くないことが起こると、過剰に傷ついてしまうのだ。
私は美智に泣いてほしくない。私なんかのために自責の念を感じてほしくない。
今回、私がはめられたのは私の油断のせいだ。過剰な性欲を持っている、性欲を優先する男の絶対数を私が計り損なっていたからこんなことになった。
お母さんが言っていたじゃないか。「常に」危機感を持てと。「アイツ」は特殊じゃなく凡な存在だったんだ。そこを勘違いしていた。馬鹿なのは私だ。私こそ馬鹿!
こんな体なのに! 他人よりよほど、ああいった連中に気をつけなくちゃならないっていうのに!
危うく、お母さんを裏切るところだった! その上、美智まで泣かせてしまった! 馬鹿だ! 馬鹿だ馬鹿だ!
「ごめん。ごめんね。ごめんなさい、ごめん。ごめっうああ、うあぁぁ……」
「な、なんでアンタが謝るの! 悪いのは柏木でしょ? ねぇ! 雌舞希! ねぇ!」
「美智は、わるくない、わるくないから! ごめん……ごめん……」
馬鹿な私が泣きながら謝るのをやめなかったので、美智は泣かずにいてくれた。自分を責めることを口にするのをやめてくれた。
やっぱり私は馬鹿だ。
こんなことしたら、美智は結局ますます気に病むだけだって言うのに。
右手に持ったカップの中のミルクは、とっくに冷めてしまっていた。




