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02話 紀霊怒る

9/15 加筆修正

 気づいてみれば為す術もなく曹操の軍に囲まれいたりする訳だ。

 なんて、本当は気づいていたが、一刀と俺でこの数をどうにか出来るわけもない。せめて綾がいてくれればと何か違ったかもしれないが、賊を追わせてしまった以上後の祭りである。


「んー、なんで北郷殿は残ってしまったんだか……」


「いや、その、どこに行けばいいかもわからない状況で」


 申し訳なさそうに言う一刀。正直に言わせてもらえば俺だってどうすればいいかわからない。

 足手纏いな事この上ないんだが、見捨てるのも忍びない。


「そりゃそうか」


 当たり前だよなとばかりに受け答えをして話を流す。愚痴は後にして、とりあえずこの状況を打破する為に知恵を絞る事にした。


 何処かでドドドという地響きが聞こえてきたが、今はとにかく考えなければならないので、無視して目の前にやってきた者達を見る。


 あの覇王曹操たる美少女は見覚えがある。もちろんその傍に付き従う夏侯惇に夏侯淵の姿も記憶と一致する。


「華琳さま! こやつらは……」


「どうやら聞いていたのとは違うようね。連中はもっと年かさのいった、それこそ中年ぐらいの男だと聞いたし」


 画面の中では曹操チビッ子だなとか、ツンデレ最高とか思っていたけれど、実際目の当たりにすると流石に圧巻だ。

 周りの兵に物怖じせず、常に堂々とし、王者足らんとする覇気が漏れでているのは、さすがは曹操といった所か。

 チビっ子あるのは違いがないが、そんなことを言えばまず間違いなく首を狩られてしまう。

 傍に居る夏侯惇も目をギラギラとさせてこちらを見ているし、下手なことは出来ない。


「どうしましょう? 連中の一味という可能性もありますし、引っ立てましょうか?」


「そうね……。けれど、逃げる様子もないと言うことは、連中とは関係ないのかしら?」


 夏侯淵はさすがに冷静というか、夏侯惇が常に頭に血が登っているのに対し、冷静にこちらを見極めようとする。


「我々に怯えているのでしょう。そうにきまっています!」


「怯えているというよりは、面食らっているだけのようにも見えるだけれど……」


 正解である。正直ゲーム上で好きだった曹操出会えて、少しびっくりしている。

 とはいえ、いつまでも嬉しくなって観察を続けている場合ではない。

 さすがに雲行きが怪しくなりそうになってきた為、そろそろ口を挟もうかと思案する。

 このまま成り行きに任せていると、下手をすれば曹操LOVEな夏候惇に、俺達が賊という結論を押し切られてしまいそうだ。

 けれど口を挟んだところであの夏侯惇である、反発してくるのしか目に浮かばない。正直面倒臭くなりそうだし、口なんて挟みたくない。


 そう、俺の知っている夏候惇と言えば驚くほどに、曹操と戦闘の分野以外にはとことん興味を示さない人間で、尚且つ戦闘以外に関しては全く頭の働かない体育系馬鹿である。

 賊かどうかの判断を任せればきっと頭で考えるのが嫌になり、全員賊扱いしてしまうに違いない。


 口を挟まなければならない。そう結論を出して、頭が若干痛くなってくるが我儘し、口を開く。


「すみません、突然発言する無礼をお許しください」


「……何?」


『うああああああ!!』


 発言の許可を取ろうとした矢先、後方を取り囲んでいたはずの兵が前方へと吹っ飛んで行った。

 地響きが近づいてきている事は聞けばわかるので、綾が来ている事は把握していたけれど、特に問題ない思って気にしていなかったのが裏目に出てしまった。


 何故突っ込んできたのかは理解できないが、没交渉に終わったのだけは理合できた。


「時雨! 大丈夫か!」


 原因たる綾は自体を悪い方向に把握しているらしく、紅い長髪を大剣と一緒に振り乱して敵陣をかき回していく。

 飛影に乗っていることも災いしているのだろう、巧みに曹操軍の攻撃を避ける飛影に、上で暴れる綾、もう収集がつかない。


 もしかしたらと希望がなかったとはいわないが、この時点で交渉の可能性は完膚なきまでに潰えた。


「貴様。何奴!」


「お前らこそ何だ! 私が名は荀正! 大勢で2人を囲むなど、お前らのようなやつは……っつ〜〜〜〜!」


 終わったかもしれながいが、何もしないよりはした方がいいに決まっている。

 暴れる飛影を呼び寄せて、何か発言している綾を殴って飛影から降ろし、正座させた後自分も膝をつく。

 なにやら綾が涙目で訴えてくるがここはあえて無視だ。


「これはとんだ失礼を、俺の名は紀霊。この荀正と義勇兵の招集に応じはせ参じようとした道中賊に会い、こちらの御仁を助けていたところです」


「ほう、それで助けてもらったそちらは一体何者なのかしら?」


「えっと、北郷一刀。日本で、聖フランチェスカ学園の学生をしている。日本人だ」


「……はあ?」


 今のその気持ちはわからんでもない。この時代で突然日本だの学園だのいったところで、例え曹操であったとしてもわかりはしないだろうし、気がふれているとしか思えないよな、うん。


「それより、出来れば教えて欲しいのだけれど、ここはどこ? 日本でも、中国でもないっていうし……」


 おい、調子に乗らないでくれ、頼むから現状を把握してくれ。そう視線で訴えかけた所で一刀は首を傾げるのみ。なんというのだろうか、かゆい所に手の届かない感覚、それに近い感覚を今得ている。


「貴様! なにわけのわからぬことを言っている! きちんと華琳様の質問に答えんかっ!」


 夏候惇はイライラしている。武器を地面に何度もたたきつけるぐらいイライラしている。恐らく俺が刃向ったのと、綾の乱入と、さらには一刀の意味不明な発言がそれぞれ最大限の効果を発揮したおかげだろう。


 もしここに曹操がいなければ切りかかられている所だろう。


「い、いやだから! 日本人で、北郷一刀だってちゃんと答えてるじゃないか……」


 一刀の答えは真実だとわかってはいるが通じない事を理解してほしい。いや本当に、さっきから夏候惇が怖いんです。


「姉者。そう威圧しては、答えられるものも答えられんぞ」


 さすが夏侯淵ナイスアシスト。これで状況が改善される可能性が出てきた。正直曹操か夏侯淵が夏候惇を御してくれないと、話が進まないというか、武力解決でOKみたいになってしまうので助かる。


「ぐぅう、し、しかしだな秋蘭」


 ここでまた一刀の言動で、趙雲たちみたいに混乱させる訳にもいかないので、少しばかり口を挟む。


「それは俺が説明した方がいいかもしれませんね」


「……どういうことかしら?」


 少し不機嫌だった曹操は更に眉を寄せてこちらを睨む。

 正直視線が鋭すぎて、もう考えが全て読まれているような気がして怖い。


 こんな状況なのだから、怪しまない方がおかしいというのはわかっている。先ほど助けた御仁の事をなぜ説明できるのか? 普通なら説明できないのだから怪しまれても文句はない。


「実は信じがたいことですが、我らがこの御仁を助ける前に星が落ちてきたのです。彼の意味の分からない言動から察するに、もしかするとこちらの御仁は天の国より使わされた御使いなのかもしれません」


 苦しい言い訳の様な気もするが、事実なのだから仕方がない。

 それに一刀についての説明がこれひとつで出来てしまう。状況証拠とばかりに衣服を見れば、普通の人間ではないことは誰の目にも明らだ。


「紀霊……といったかしら?」


「っは!」


「すまないけれど、そこのものが天の御使いなんて信じられしない……。それに貴方達はどちらかといえば賊という可能性のほうがあるのだけれど?」


 その返答は予測済みだったけれど、些か疑問を感じてしまう。あの曹操であるならば、疑いつつもある程度納得し、妙案を提示してきてもおかしくないはずだ。

 だというのにこちらを疑ってきている。ということはなにかを要求、あるいはその可能性をさらに見たがっているということである。

 綾が暴れた手前、何もせずにいるというのはさすがに勝手がすぎるだろう。


 なら何をやるべきか……。

 正直一刀の持ってきた日本の品を提示すれば終わりだとも思えるが、それでは俺と綾が困った処罰をされかねない。

 ならどうするべきなのか。


 そうだ。早々たちが来た時の言葉を思い返してみると、賊を追っていたのだとわかる。構成員の年齢をある程度把握している様だったから、ある程度賊だとは疑われていないはずだ。

 ならこれでいけるかもしれない。


「ならばこの紀霊と荀正が、敵の首領を討伐してきましょうぞ」


 結論を出せた俺は、考えていた通りに慌てず答える。前世に比べて随分と頭の回転が速くなったと思う。


「ほう……」


 俺の答えを聞き若干目を細め、興味深げに、そして面白そうにこちらを見やる曹操。

 一般人を震え上がらせる冷笑というのだろうか、何故かそこに魅力を感じてしまう。

 ゲームで見せたあのギャップをもう一度見せてほしい、なんて思ってしまうのはダメかな。


 などと俺がダメダメな思考をしていると、冷笑を向けられた綾が慌てて耳打ちしてくる。


(ちょ、ちょっと時雨! 何勝手なこと言ってるの、私が見てきた限り相手は10人や20人じゃないんだよ!)


 格好よく言った傍から、こういった非常な現実を突きつけられると悲しくなる。

 現実を直視したくないわけではないが、もうちょっと浸らせてくれたっていいじゃないか。


(わかってる、でも俺と綾なら出来ると思うんだ。それにこれは綾が言っていた武を見せる最大の好機じゃないのか?)


(むぅ。確かにそうだけど……)


 若干納得がいかないような顔をしつつ、曹操へと顔を向ける綾。

 大変な事に付き合わせてしまうのですまないとは思う、けれど今はこれしか方法が思いつかないのだから仕方ない。


 子供の頃に誓った誓は今でも有効だと豪語する綾である。遠慮なく初めて綾を倒した特権(ボスは絶対権力)を行使させてもらおうじゃないか。


「わかったわ。ならばこの天の御使いとやらは貴方達が賊を討伐できるまで預かっていましょう。戻ってこなかった時はどうなってもしらないけれど……」


 その言葉と共に、身の毛もよだつ様な凄惨な笑みを浮かべる曹操。

 瞬間、この人だけとは殺りあいたくない。などと思ってしまうほど凄まじい殺気を辺りにまき散らしている。


「わかりました。天の御使いが付いている俺らに敵はいません、すぐにけりをつけてきましょう」


 事態が事態なのですぐにそう返答する。

 すると、ポカンとしていた一刀があわてて口を挟んでくる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は天の御使いなんかじゃ……」


「あなたは黙っていなさい」


 曹操の言葉に一刀はうつむいてしまった。こうなってしまえばもう一刀の意志主張などさほど重要ではない。重要なのは俺たちが使えるかどうかに移り変わっているのだから。


 けれどちょっと悪い事をしたなという想いはあるので、一刀に近づき安心させるように耳打ちする。


(まぁ、俺達にまかせとけ悪いようにはしない)


(わ、わかった)


 助言してて思うのだが、一刀はまったくもってお人好しというか、自分で道を切り開こうとしない、というよりは出来ないと思い込んでいるのだろうか?

 こいつは本当にこの世界の主人公で、これからこの世界で生きて行けるのだろうかと不安に思ってしまうものの、右も左もわからない今はそれでもいいのかもしれないと思う自分もいる。


「では、行ってまいります。すぐに戻りますのでその間天の御使い殿のことよろしくお願いいたします」


「わかったわ」


 曹操の一声で周りを囲んでいた兵が囲いを解き、一刀を捕える。それを見届けて、俺と綾は飛影にまたがり、すぐさま賊のいる山へと向かう。


 そして溜息をつきながら今後の事を考える。

 見捨てないと決断したのは俺だというのは確かだが、もしかしたらこれは主人公補正の働きというやつだろうか?

 もしそうなら色々主人公補正で楽出来そうだが、そうもいかないのが現実というやつだろう。

 まだこの世界の事を何も理解できてないから、仕方ないので助けるだけが、後は自分でどうにかしてもらおう……ってなんかしらんが綾がニヤニヤしている。


(時雨ってば優しいよね………にふふ)


 殴りたいな衝動が沸き起こるものの、それをぐっと我慢する。


(あー、そういえば今回は久々の不運と言える不運だったかも)


 今は遠い昔、不運に見舞われ続けたあの日を思い出し、それに比べれば今はまだましだなと考えを改める。

 『お人好し』とい言葉が思い浮かぶが、あえて気にしないようにして一刀のために飛影に飛ばしてもらうのだった。



◇◇◇◇



 曹操と別れて1,2時間ほど馬を走らせ、綾の情報をもとに賊がいるらしい山へと踏み入る。


「敵の規模と場所は把握してる?」


「もちろん! 敵の数は大体だけど100程度かな、賊を取りまとめてるっぽいのは数人で奥の洞窟に引き籠ってるよ」


 思っていた以上に数が多い。賊でこれだけの規模を維持するのは並大抵のことではないと思うが、曹操が直々にキテることを鑑みれば、相当なことをやっているのだろうと思う。

 少し厄介すぎるかも、なんて事を思ってみたものの後の祭である。


「綾の情報を信頼するなら、下手に敵と接触して全員と戦うより、俺が敵の大将を殺してから名乗りを上げた方が早いな」


「あたしの情報は確実だよ! なんたって嗅ぎましたから。それと簡単にいうけど、時雨って人殺したことあるの?」


 綾の並外れた嗅覚は信頼に値する。贅沢な食事を準備した時に限って、突然の来訪とともに暴飲暴食の限りを尽くす綾の行動は、村の者達に恐れられていた。

 そんな事が出来たのもすべてこの嗅覚が役立っているのだ。どんな料理を誰がどのように何を作っているのか、そんな事を嗅ぐだけでわかるという綾の嗅覚はもはや獣以上である。


「いや、殺しはないけど……。でもそうしないと被害が広がるんだったらそうしたほうがいいにきまってる」


「私がやるよ」


 この言葉の真意はわからんでもないが、綾はどちらかと言えば平原で武器を振り回して一騎当千の働きをするタイプだ。

 潜入して対象だけ殺す、などという繊細な作戦には向いていない。


「綾がやるといらん犠牲がでる。もっと違う場で活躍しろ」


「な、なにさ。人が親切でいってるのに………」


 拗ねている時の綾は、普段の勝気な態度とギャップがあって大変愛らしい。

 なのでとりあえず撫でる。昔から拗ねた綾にこうしていたから、こういった対処は慣れたものである。


「………な、なにするの!」


 若干顔を赤くしつつ俺の手から頭を遠ざける綾を見て、やっぱり女の子らしくなったよなと思う。

 遠ざかってから子供っぽい寂しい顔をするのは相変わらずで、いまいちどうしたらいいかわからない。

 とりあえずこういう時は褒めてごまかすのが一番だと、この歳まで生きるとさすがに覚えるものである。


「いや、すまんな。ついつい可愛くて」


 俺の言葉を聞いたせいか、真っ赤になってうずくまる綾を見て、やはり女の子の扱いは難しいと思った。

 何せ子供の頃はコレで喜んでいたのだ。今となってはコレ以上できることがなく、このまま放置するしかない。

 傍から見るとダメ男だなと思われそうで怖いものがある。

 けれどこれが俺の限界なのだから仕方がない。


 正直赤くなった綾は眼福なので、対処せずに見ている分には可愛い奴である。


「んじゃ、行ってくるな」


 そういって綾が立ち直り、反論してくる間も与えず、気配を回りに溶け込ませて行動に移る。


「その、気をつけてね………」


 さすがに見送りはしてくれるらしく、背後から声をかけてきてくれた。昔は見せなかった気遣いに、精神も少しずつ成長しているんだなと感動し、顔を真っ赤にしながら綾からの精一杯の激励を素直に頂く。


 頑張るしかないかな、これは。


 既に戦場に足を踏み入れているのにも拘らず、今更ながらに気合を入れ直し、駆けていった。



◇◇◇◇



 山の奥へ奥へと進んでいく、途中で警戒している賊や休んでる集団を見かけたがこちらに気づいた様子はない、順調そのものだ。


 時折同じような風景を見ながらしばらく進んでいると、ちょっと開けた場所に出た。

 目の前の空洞を見て、どうやらここが綾のいっていた洞窟だと見当をつける。


 入り口に見張りが2人、中は良く見えないが明かりがともっているのがわかる。


(ふぅ……落ち着け。今までイメージのなかで何人も殺してきたし、俺が使っている技は元々そういった用途のものだ。)


 失敗するはずがない。大丈夫だ、いけると自分に言い聞かせる。


 言い聞かせながら、気合を入れるために拳に入れ、手が小刻みに震えてるのがわかった。


 初めて人を殺すのだから、きっと震えて当然だ。

 これからも繰り返すであろうその行為に対し、震えていられるのも今ぐらいだろう。

 正直こんな体験したくはなかった。でもこの世界に来たからには逃れられない。逃げてしまえばきっと身近な、大切な人が犠牲になってしまう。


 そんなのは絶対嫌だった。


 殺すのは嫌だが、大切な人が汚されて殺されるなんて耐えられそうにない。

 だから俺はエゴを通す。

 自分の助けたいものを助ける為に、やつらを殺すのだ。

 震えを押さえつけ、今から人を殺す自分自身に震える資格なしと烙印を押す。


 俺は今から一般人ではなく、人殺しなるのだからと。


 そう決意した勢いを利用し、次の瞬間には木の枝から飛び、俺は見張りの二人の背後へと降り立ち早々と殺しにかかる。


「ッハ」


 気合いを込めた短く小さい掛け声と共に一人目を小刀で一刺し、もう一人が声をあげる前に小刀を抜いた反動を利用し、そのままのどを切り裂き、血を飛び散らせながら絶命させる。


「っく……、これは思った以上にきついな……」


 気分がとてつもなく悪い。


 肉を切り裂き、刃を食い込ませる感触、そして生暖かいドロリとしたものが飛び散ると共に、命が散るを血生暖かさとともに感じる。


 一つ一つの感触、行為がとてつもなく気持ち悪い。すぐにでも吐いてしまいそうで、でも必死に歯を食いしばり、我慢してみせる。

 これが人を切る感触なのだと思うと逃げ出したくて仕方がなくなる。けれど、逃げるわけには行かないのだ。


 死んだのが大切な人ではない、という事実がまだ俺を戦場にとどまらせてくれる。きっとこれが正しいことなのだと自分言い聞かせられる。


 早く済ませよう……早く、早く。


 たった僅かな血が鉛のように感じられ、重くなった体を無理やり動かし、洞窟の奥へと進んでいく。


 そこには想像だにしなかったゲスがいた。


「グハハハッ! 馬鹿な官軍だ。あれだけの兵でワシを阻もうなどと、片腹痛い! ほんとワシに貢いでくれてどうもありがとうってな!」


 喋る男に賛同するように周りの男よりひとつ頭のでた、がたいのいい男が下品に笑いながらリンゴをかじり、頷く。


「ギャハハハッ! お頭、食い物もいいですけど、今回は別嬪を連れてきたんだ。もっと堪能してくれよって言うまでもないか! ギャハッギャハハ!」


 近くには攫って来たと思われる女が服をボロボロにし、目が虚ろにしてこの世に絶望している。

 唖然としながら女たちの居る方を眺めていると、その中に幼い少女と、幾つもの女の死体と首が転がっているがわかった。


 何故息絶えているのかは簡単に分かった。

 女達は賊に飽きられたのだ。


 事態を正確に把握した時、生きてきた中で見たことのないほどの、壮絶で凄惨な光景を目の当たりにした為か、俺の世界は一瞬停止した。


 今までのほほんと生きてきた俺自身に苛立つ、先ほどまで後悔していた自分自身を唾棄する。

 世界には、これほどまでに醜い輩がいるのかと思い知らされると同時に、こうまでも悲惨な死を遂げなければいけなかった女達が、少なくない数いるという事実に涙で目が霞む。


 不幸だと思ってた。誰よりも惨めだと思ってた。

 それがどうだ、実際は幸せな方ではないか……十分人生を謳歌しているではないか。


(ゲスが。ゲスがゲスがゲスがぁぁぁああああああああああぁああああああ!!!)


 うっすらと涙の跡を残した、悲しみにくれていたはずの女達の生首を見て、よりいっそう頭に血が上って行くのがわかる。

 これがもし知り合いだったら俺はどうしただろうか、許せるはずもない。許したくはない。


 だから殺す。殺す殺す殺す。


 気配を消すことが出来なくなり、自分でも押さえつけることが出来ない殺気が膨張し、小さな洞窟に充満していくのがわかる。


 それを感じ取ったのだろう、驚いたような顔をする賊どもを、俺は容赦のない一太刀で首をきりはなしていく。


 賊から悲鳴があがるがそんなの気にしない。否、気にしたくもない。女たちが味わった責め苦に比べれば何と生ぬるい事か。


 ただ淡々と殺せばいい! こいつらを心の赴くままに殺すのが俺のやるべきことだ。


 死ね……死ね死ね……死ね死ね死ね死ね死ねぇえええええええええ!!


「ッシ! ッハァァアアアアアアアアアアアアアア! ァ゛ァァアアアア゛アアァ゛アアアアア!」


 ただただ殺していく、己を恥じながら、怒りに身を任せながら賊を原型も残らないただの肉片に変えていった。



◇◇◇◇



 ようやく冷静になって周りを見られるようになると、気づけばいくつもの元は人間の形をしていたと思われる肉片が、周囲へと無数に散らばり、悪臭を放っていた。


 そんな中で1人震えながらへたり込んでいる少女を見つけ。その虚ろな瞳を覗きこむと、返り血を浴びた己の姿が映りこんだ。


「…っう、うええ。ぅっうぇええ」


 興奮で忘れていたはずの嫌悪感、不快感が一気に体を駆け巡っていく。


 吐いて、泣いて、とどまることのない感情の波に翻弄される。


 どれだけ吐いても不快感は収まることがなく、胃のものなくなり、胃液さえもなくるというほどに吐き続けた。


 そしてわけもわからず出てくる涙に怒り、こんな人間を殺したことで涙した自分自身を叱咤する。


 そうした事を続け、いくばくかの時間が流れた。


 不意に誰かが背をさすってきた。まさか綾が、そんな思いが頭をよぎり背中をさすった人物を見た。


「お、お前……」


 心配になって駆け付けた綾かと思いって振り向き、驚ろかされるはめになった。

 そこには虚ろな瞳の少女が、自分のことを顧みず俺の背中をさすってくれていたのだ。

 これだけの、背中をさするという行為だけで、気分がとても和らぐのがわかった。


「お……、おにい……ちゃ……ん、なか、なかない、で……」


 哀しかったし、悔しかった。

 これほどいい子をこの男達は攫い、自分たちのいいようにしようとしていたのだ。まだ手が付けられていなかったことがどれほどの救いか……。

 それでもこの子にはその生涯において大きな傷を、大切な心に負ってしまった。


 気持ち悪さで嘔吐しながらも再び怒りが込み上げてきたが、既に奴らはいない。


俺は涙を拭き立ち上がる。俺が泣いててどうするんだ、この子のほうがもっと辛い思いをしているのだと自分に言い聞かせる。


「ありがとう、もう泣かないから」


 そういって少女の頭を優しく、ゆっくりと労わる様に優しく、優しく撫でてやる。


 少女は嬉しそうに微笑むと服の端をぎゅっと握り、俺を見上げてきて一言つぶやいた。


「つれ、つれてって……」


「わかったよ」


 したったらずな喋り方で懇願する少女に対し、俺は微笑みを向け、少女の手を握る。


 辛うじて残っている賊の親玉の首を空いている方の手で拾い、洞窟の外へと向かう。


 洞窟の外に出ると周りを囲まれていた。さっきの賊の悲鳴のせいだろう……。


「お前らの頭の首はもらった……投降しろ! さもなくばお前らの命、この紀霊がもらいうける!」


 そういいながら片手に持っていた首を放り投げ、背中の太刀を鞘から出す。

 すると怖いのか、少女が手を強く握ってくるのがわかった。

 本当なら一人残らず切り刻み、生きてきたことを公開させるところだが、今の実力で処女を守りながら無双出来るなどとも思えず、あえて見逃す選択をする。

 安心させるように強く握り返し、一刻もはやく状況を打開するために再度口を開く。


「早く、投降しろ。今の俺は気が立っているのでな。早くせねばこの紀霊、修羅の道に入りお前らを地獄に落としてやろうぞ!」


 太刀をわざと大きく振るい、風を起こす。予想以上の風圧に前にいた賊の何人かが腰を抜かし尻餅をつく。

 目の前に投げ捨てられた無残な生首と、たったひと凪ぎで実力の違いを見せつけられた賊共は、保身から辺りをキョロキョロとし始める。


「ぅ、ぅゎあぁあああああっ!」


 そして一人の賊が悲鳴を上げながら逃げ去ったのを皮切りに、賊がどんどん辺りへと散ってゆく。


 それに追い打ちをかけるでもなく、ただ黙って見届けた後、太刀を収め、少女へと笑いかける。


「それじゃ行こうか」


「う、ん……」


 少女と山を下っていく。曹操を相手取るよりまだ簡単だと思っていた賊討伐で、まさかこんな思いをするなんて思ってもみなかった……。


 本当に平和ぼけしてたんだなと今更になって思い、それと同時に先程のことを思い出し怒りそうになる。


(このことは忘れん……)


 あえてその怒りを抑え込み、今はただ理不尽な横行を許す世界へと向ける。


 いつか必ず変えてみせる。そう決意を新たに綾と飛影の下へと向かっていく。



◇◇◇◇



 降りてくる時雨を見て綾は悲しくなった。


 いつも、どんなことがあっても笑顔を絶やさなかった時雨が、今は辛そうで、怒りたくても怒れないような、そんな遣る瀬無い顔をしている。


 人を殺すのはここまですさまじいものなのか……。

 いずれ私もあの道を通ることになる。


 時雨さえあんな事になるのなら、私はどうなってしまうのだろうか……。

 いや、時雨は優しいからこそああなってしまったのだ。ならば私はそんな優しい時雨を助けるだけ、ただそれだけだ。


「綾……」


 時雨の苦笑い、綾はとりあえず思考をやめ。時雨の心を少しでも軽くしてあげるために笑いかけるのだった



◇◇◇◇



 綾が山から下りてきた俺を見て、悲しそうな顔を一瞬したのを俺は見逃さなかった。

 取り繕っているつもりではあったが、さすがに幼馴染にはばれてしまうものらしい。


「綾……」


 綾の笑顔には救われる。俺を励まそうと笑ってくれているのが痛いほどわかる。


「ありがとな……」


 だから万感の想いを込めて礼を言った。そんな俺に綾は笑いながらお礼なんていわないでいいと放った。

 それから何が起こったのか、俺がどうしたのかを話した。


「そういえばその隣の女の子は誰?」


 今更気づいたように改めて訪ねてくる。

 けれど俺も今更ながらに、それもそうだと説明することにした。


「賊に捕まってた」


 綾は俺でなければ気づかないような一瞬に悲しい色を瞳に宿らせる。恐らくこの一言だけで全てが伝わったのだろう。さすがは俺の幼馴染と言った所だろうか。


「そっか……」


 綾はそういうと気分を即座に切り替え、少女に明るく、優しく笑いかける。


「私の名前は荀正、真名を綾っていいます。あなたは?」


 少女は俺の背中へと隠れながらひょいと顔を出し、必死に綾の問いへ答えようと口を動かす。


「え、えっと……えと。わ、わたし、わたしは………」


 焦りながらも一生懸命答えようとする少女に対し、落ち着けるようにと優しく、優しく撫でてあげる。

 少し目を瞑り気持ちよさそうな顔をし、深呼吸を繰り返してまた


 落ち着いたのを確認し、撫でるのをやめると少女は改めて口を開いた。


「わた……しは、李福、字を、孫徳。ま……真名が、かごめ……です」


「そっか、かごめちゃんだね! これからよろしく」


「よ、よろし……くです。おにい……さんも」


「おう! よろしくな、かごめ。俺の事は時雨って呼んでくれていいからな」


 頑張ったかごめをさらに優しく撫でてやる。顔が可愛いからだろうか、笑っているかごめの顔は見ているだけで癒される。


 って癒されている場合じゃないか、そろそろ一刀のために戻らないと不味い。


「そろそろいこうか」


「そうだね」


「かごめと綾は飛影にのってくれ」


 そういうと飛影が不満そうに抗議の嘶きを上げる。


「ん? 俺も乗せられるのか?」


 肯定するように頭を下げながら近づいてくる飛影。なんてハイスペックなやつだろうか……。


「そっか、すごいなお前は……」


 そういってご褒美とばかりに撫でてやると、フンスと鼻息を鳴らし、満足そうに俺に乗る様にと体を横付けしてくる。


 まるで全員乗せられるのが当然だといわんばりである。もしこいつが人間だったらかなりのイケメンではなかろうか。


 と考えながら3人で飛影にまたがった所で重大なことを思い出す。


(あ、首持ってくるのを忘れたが大丈夫だろうか……大丈夫? だよな……ちょっと一刀やばいかな……)


 ほんの少しばかり不安に駆られながらも時間が惜しいと思い、結局首は持たずに曹操の元へと急ぐのだった。

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