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01話 出会い

 目が覚めると青空一杯夢一杯な景色が目の前に……


 などと馬鹿な事を考えていたせいで気づくのが遅れたけれど、どうやら体が動かないようです……どうしてでしょう?


(お答えしますなのです!)


 おお!? 天からロリ声が……これが世に聞く天啓ロリバージョンか!


(ふざけてないで、今の状況をちゃちゃっと説明しますのです)


 ちょっとぐらい構ってくれたり、困ってくれたり、もじもじしてくれたりしてもいいんじゃないだろうか……、最初はあんなに可愛かったのに……。


(っ……う、うるさいのです! いいから今は黙って聞けです。

 貴方の今の状況は生まれたての幼い赤ん坊。そして願い事の成長値MAXですけど人体の細胞の成長速度以外はほぼ全部MAX状態なのです)


 いや、今更ながらに言いますけどそれ俺の願い事じゃないよ? そして赤ん坊ってどういうことだよ、精神的に追い詰めたいのか?


(そしてこの世界は貴方の部屋にあったエロゲなるものから勝手に厳選させていただきましたのです)


 このコスプレロリっ子スルー技術をいつの間にか習得していらっしゃる。って人のエロゲ漁ってるんじゃねぇええええええええええ! いくら可愛いからってやっていいことと悪いことがあるって母ちゃんに習わなかったのか!?


 ま、見られてしまったものは仕方ない。可愛い補正は目の前にいない限り働かないのか、正直腸が腸が煮えくり返りそうだが……。

 今はそんなことよりも状況確認が最優先事項だ。てなわけでエロゲの題名教えてくれ。


「ぉ……ぉっ! おほおほ! ぉおおぉぉぉおおおううう!」


 うぉ!? 目の前に今すぐにでも死んでしまいそうなほどプルプルと震えつつ、奇声を発する変態ともつかないお爺さんが突然現れたんだがどうすればいい? どうすればいい俺? どうすればいい神様?


(説明も終わったことですし私はもう行きますねー、この世界で頑張ってください)


 ちょっとまてぇぇええええいいい! いやまじでお願いします。心の中で土下座しますから、本当にお願いします。


(………)


 え? 冗談だろ、まさかもう居ないのか?


 うぉおぉおぉおおおおいいい!


「ウッヒャイ! これぞ天啓じゃぁあ!」


 いやいや、突然どうしたお爺さんや、一体何が天啓なんだ? そしてテンションおかしいぞ? おい、俺に手を伸ばすな、てか抱っこしながらプルプルすんな! 落ちそうで怖いわ!


「お前の名はこれから紀霊! 真名を時雨!」


 このおじいさん名前をどうやって? というか紀霊とか意味がわからんのですが? ここは何処の何時代ですか、お爺さんは何故俺の名前を知っておられるのですか?


(ああ、おじいちゃんにあんたの名前教えといたですから)


 ああ、どうりで天啓ね……ってまてぇえええい! いるなら返事して下さい! 心の底からお願いします。


(とりあえず貴方にはちょっと悪いことしたちゃったし、親ぐらいサービスぐらいしといてあげるから後はがんばりなさいなのです)


 いやいやいや、サービスも何も変態地味た死にそうなお爺さんなんだが、ってそんなことよりこの世界が何処か教えてください。マジで何処ですか……、そもそも何が何だか、本当頼みますから話聞いてください……。


(そんなのここで生活しているうちにわかるはずなのです。それでばいばーいです)


 待ってくれええええええええええ!


 俺の心の中の叫びは結局幼女神には届かず、お爺さんの家に強制的に連れて行かれた。

 そしてそこには今にも死にそうなおばあさんがいた。


 不安しか沸かないんだ俺、おかしいだろ……。



◇◇◇◇



 そんな不安だらけの両親だったが、俺は無事に爺さんと婆さんに育てられた。


 ここが何処かもわからず、途方に暮れても育っていく自分自身が一時憎たらしかった。

 しかし、例え神様命令だったとしてもきちんと育ててくれる2人に対し、感謝の念が湧かないはずはなく、目的もない俺は立派になって恩返ししようと努力することにした。


 育ててもらって分かったのだが、なんでも昔はこんなじじばばでも偉かったらしい。

 見た目じゃ絶対お金持ちって分からない格好をしている。正直私塾に通わされるまで全くわからなかった。


 俺は私塾に通わされながら神様の言っていた成長値MAX、それが一体どんな効果を持つのか色々試してみることにした。


 時には道端の猫を撫で、時には手違で毒キノコをちょこっと食べて死に掛かり、またある時には道端の犬を撫で、またまたあるときは色んな武器を使い武を磨き、そして空腹に負けて道端の毒キノコを食べるという愚行を犯す。なんていう毎日を過ごした。


 俺は不幸じゃないんだから毒キノコなんてそうそう食わねえ、なんて思い上がりは早々になくなったのはいいことだったのかもしれない。


 しかし、成長値MAXってのは伊達じゃないらしく、自分から見ても嬉しいぐらいの成長があった。例えば最初は毒キノコを食べたら泡吹いて倒れたが、今ではもう普通に食べても平気だ。


 正直な所、なんで不幸ではなくなったはずの俺ばっかりが、偶然にも毒キノコを食べてしまうのか不思議でならなかったが、慣れてしまった上に大きな発見があったのだから、それは考えないことにした。


 与えられた恩恵を把握するにつれ、自分自身の成長が楽しくて自重を忘れ、やることがどんどん過激になっていったものだから、当然周りの人間からは避けられ、無駄に動物が群がるようになり、人からは狂気の天才などと侮蔑を込めて言われるようになった。


 自分でも馬鹿だとは思ったが、恩返しのためと張り切った結果がコレだ。加減を知らなかったおかげでこの世界でも友達が少ない。


 というか一人しか出来なかった。


 けれどそこは別に気にしてはいない。強がりなんかじゃない。木にしていないんだ。

 そうだ、前の世界なんて不運のおかげで一人もいなかったのだから、一人だけでも十分嬉しいのだ。


「おーい、時雨ーー!」


「お、荀正か」


 その唯一の友 荀正は幼い頃に会った時あまりにも生意気(年相応です)だったので、大人げなく倒してしまった。


 それからというもの俺を勝手にボス扱いし、べったりくっついて回るようになった。仲良くなったと言っていいのか当時はわからなかったが、今ではいい友だちだと思えるようになっている。が、誤算が一つあった。幼くてわからなかったのだが荀正は女の子だったのだ。


「もうっ! 荀正じゃなくて綾って呼んでって言ってるでしょ!」


「そうはいってもな真名で呼ぶなんてなんか恥ずかしくてな……」


 真名を呼ばいことも含め、自分自身失礼なことだとはわかっている。だが女の子と分かったその日から、荀正が女の子らしい反応をした時の対応は困難を極めている。

 まさか人生初の友達が女の子だったなんて思いもよらなかったのだ。本当に困ってしまっている。

 いくらボッチではなくなったとはいえハードルが高い。高すぎる。だいぶ時が経った今でも全く超えられないほど高いハードルだ。


「か、顔を赤くしないでよ! 真名預けてるんだからちゃんと呼んでくれなきゃ私に失礼だと思わないの?」


 顔を赤くしないでというなら綾も顔を赤くしてほしくないものである。精神年齢的に上だけれど、そういった反応をされてしまうと、困り具合が限界を突破してしまう。

 今思えばあのロリッ子神様見習いは驚くほど可愛かったが、それゆえに現実味がしなくて付き合うのが楽だった。


「それもそうだよな、えっと、綾……これでいいのか?」


「……うん」


 先ほどよりも赤く頬を染めながら返事をする姿は、生活の中での凛々しい一面と大きく違い、ギャップでとても萌えます。ええ、ギャップで大変萌えます。


 萌えますよ! そして悶えるのをこらえながらだと、さらにどう対応していいかわからないよ!


「ってそうじゃなくてさ、なんでも近くで賊が出たらしくて、義勇兵を募ってるらしいの」


 俺が萌は文化などと脳内で復唱しているうちに、綾は話したかったことを思い出したらしい。って義勇兵って穏やかじゃないな。


「ふーん、そうなんだ」


 といってもその話を聞いたからといって俺に関係ないのだから、何ら感想も出ないのだけれど、こんな話なら困るとしてもまだギャップを楽しんでいたい気もする。


「なに呑気な声だしてるの! 時雨の武を世界に見せ付ける絶好の機会じゃない!」


「そうは言ってもなー、俺にはじじばばがいるし……家を空けられないよ」


 なんて言ったところで、あの爺さんと婆さんいつも死にそうなのに、いつまでも経っても死なないという不思議で恐ろしい輩のだが……。

 もしかしたらロリっ子神様見習いがなにかしたのかもしれない。してなくても十分に納得できる不気味さを持っているのは確かだが。


「時雨んとこの不死身のじじばばはあんたを行かせるみたいだったけど? なんでも太刀? とかいって細長い武器を打ってこれを渡すんじゃーとかなんとか」


 実際にその場面を思い描いていく。ここに渡ってきた頃から変わらない姿で俺を育ててくれている爺さんと婆さんが武器を打ちながら、この武器を時雨に渡すんじゃーと発言してるその場面を……。


「なんで武器が打てるんだ。育ててもらったけど一向にあの人達が理解できない。本気であのじじばばが何者か気になるな……」


「そんなことよりさっさと支度してきなよ! 私はもう大丈夫だから!」


 元気に声をあげると綾は自分の家へと走り去ってしまった。


「へ? お前もついてくるのか?」


 などといった俺の問いかけは一歩遅く、空中に霧散して消えてしまった。

 大事な友だちを戦場に連れ出すなんてしたくないし、ましてや女の子である。

基本的に女の子が強すぎる世界なので、心配しなくてもいいのかもしれないが、やはり心配である。


 基本的にこの世界に来てからというもの不運な出来事が減った為か、かなり能天気になったと自覚してる。とはいえ、如何せんこの世は物騒すぎる。

 賊がよその村を襲ったという話はよく耳に入る。


 この村は神がかっている、というより幼女神がなにかしたのか、驚くほど平和だったから助かっていたのだけれど……。


 兎も角、悩んでいても仕方がないので、俺はとりあえずじじばばに事情を聞いてみることにしたのだが……。


「ぉお! 時雨帰ってきたか……そうじゃ、見てくれこの自慢の一品。ワシと婆さんが打ったんじゃよ? すごいじゃろ? 波紋なんて本当にもう、すんばらしぃぃぃいいいんじゃ!」


 そんな思惑はこのじじばばを相手にすればあっさり崩壊する。


 まず言動がまず気持ち悪い。次にじじばばが打ったって言ってもそんないいもんじゃないだろと思ってたのに、立派過ぎるほどの太刀と小刀が置いてあるのも異常だ。

 まじであんたら何者ですか。


「そこはほれ、爺さんんとわたしじゃから」


 パチリと婆さんがウインクしながら心の声に答えてくる。そろそろ歳を考えてほしい、切実に。

 というかこいつらは本格的に化けものだ、などと生まれた頃から思ってはいたが……改めて化けものだと思う。


「でもまたなんで急に? 俺はここでじじばばと暮らせればそれで幸せなんだが」


 化け物を相手にするなんて嫌すぎるが、逃げていても仕方がない。少しでも事情が聞けるようにと、俺はわざと少し泣ける話の切り出し方をした。


「なにを言うておるのじゃ! 可愛い子には旅をさせなきゃいけないキリマンジェロというじゃろ」


「いや意味がわからないから!」


 意味がわからなかった。そしてなんんだかんだ爺さんに突っ込みを入れる俺は案外この家に染まっているのかもしれない。

 変なところでこの奇怪な老夫婦に教育されてるなー、などとしみじみ思う。


「まあ、お前の心配は分からんでもないが、ワシと婆さんは不死身じゃから別にお前さんがいなくても大丈夫じゃよ」


 なんてことを差も当然のように、軽く言い放った爺さん。なんなんだろう、この説得力……半端じゃねぇ!


「いや、べつに俺は家をでて………」


「だまらっしゃい、もう帰ってこんでええ!」


 怒鳴る爺さん。無言でグイグイと荷物を押し付けてくる婆さん。


 荷物既に準備されてる上にこの連携、一体なんなんだろ、いやはやさすがですといったほうがいいだろうか。


「わかったから、怒るなって寿命が縮むだろ」


「キエェェェエエエエエーーーーーーー!」


 奇声を発するのがこの老夫婦のデフォルトなので、さうがにもう気にならない。が、うるさい事この上ない。


「ああ、んじゃ行ってくるからそんなに騒ぐなって!」


「パイのみ……達者でなああああ」


「それ誰だよ」


「キエェェェエエエエエーーーーーーー!」


 じじばばがいつものように壊れ始めたので、家を急ぎ出る事にする。言う事聞かない限りあの奇声を発し続け、人の名前を間違えまくるはた迷惑な人たちなので、急ぐという選択肢しかないのが辛い。

 ちゃんと別れの挨拶がしたいというのに、あの状態になってるからそれすら叶わないとか……。


 しかし、あれはやっぱり人間じゃないよね。


 奇声を出し続けるじじばばに見つめられ続けながら、村の出口までやって来ると綾が既に待っていた。


「遅いよー、まったく集合時間に遅れたらどうするんだか!」


「俺道知らないけど荀せ……綾はわかってるのか?」


「もっちろん!」


 胸を張る綾、近年で急成長した胸が豪快に揺れる。


 ……ゴクリ、なんて唾を飲み込んでしまいそうだ。この女らしく育った友達は目の毒すぎる。


「ちょっと何処見てるの! さっさといくよー」


 こいつは確信犯なのか? わからないが変なところで照れるだけじゃなくて、もう少し女の恥じらいというやつを持ってほしいと思う。

 そうすればもうちょっとまともに相手できると思うんだ、俺。


「ほんと、もうちょっと気にしてくれよな……」


 ちょっとした願いを口にしながら、ほんの少し耳が赤くなっている綾をとぼとぼ追いかけて行く。


 その道中、これまでの出来事が頭の中を過ぎ去っていく。

 まるで走馬灯のようで縁起が悪いことこの上ないが、この村も見納めになるかもしれないのだから仕方ない。

 義勇兵に志願して取り立てられれば間違いなく戻ってこれないのだから。



 いい仕事にありつく為に寂れた故郷を出るのは仕方ない。……のかもしれないが不安しか覚えないのはなぜなのだろうか。



◇◇◇◇



 故郷を発ち、暫くの間近隣の森に沿って歩いていると、馬の群れが見えてきた。

 健康的で引き締まった凛々しい肢体。目を向けるとついつい見惚れてしまう。


「ねぇ、時雨馬欲しくない?」


 少し馬を見て感動していると、唐突にそんなことを言ってのける綾。


 俺は世の中を知らなさすぎる友達に対し、親切に教えてあげることにした。


「いいか、荀せ……綾、野生の馬はな凶暴でとてものりこなせやしない……っておおい!」


 頑張って慣れない真名を使って呼び、教えてあげようとしたのに、いつもながらに俺の言うことなどお構いなしの綾。


 馬の群れへと見事に突っ込んでいく。


 ああ、蹴られてるね。蹴鞠状態だね。なんて馬鹿なことを考え、さらに綾……お前の死は無駄にはしない! などと冗談を心の中でいいつつも、助けるためにあえて馬の群れへと突っ込んでいく。


 綾がいる方向へと、襲い掛かってくる馬を避けながらひたすら走っていく。


「っ喝!」


 威嚇の意味合いを込めて腹の奥底から声を張り上げ、それを耳にした馬が怯む一瞬の隙を突き、さらにスピードを上げて走る。


 そんな威嚇にも屈せず、こちらのスピードなど歯牙にもかけない速度で、豪快に嘶き前足を振り上げこちらにも猛然と突っ込んでくる馬が一頭。


 正直怪我させたくないから来てほしくはなかった、けれどきてしまったのだから仕方がない。


 怯んでいる馬をある程度避けて体制を整え、突っ込んできた馬を良く観察する。


 燃えるような濃い赤い毛を靡かせて、その群れの長たる威圧感を放っている姿は堂々としていて、とても只の馬とは思えない。きっとあれが名馬って呼ばれるやつなんだと思った。


 もちろん俺はそんな名馬の姿に目を奪われてしまった訳だ。


「ん〜〜っカッコイイ!、是非友達になって欲しい」


 なんて思わず呟いている間にも、真紅の馬の嘶きで怯えを払拭し、それに答えるかのように迫ってくる馬! 馬! 馬!


「他の動物みたいに撫でれば大人しくなるか? 馬は試したことはないけど、大抵の動物はもう行けると思うし、ものは試しとも言うし、俺の実力見せてあげましょうかお馬さんや!」


 いまこそ日頃動物を撫でまくり、可愛がり続けることによって鍛えた手腕を見せる時!


 互いに迫り、交差する影と影と影……。


 周りに群れていた馬たちとの決着は一瞬で終わりを告げた。


「ブルルッ」


 周りの馬が傅く(単に座っているだけ)光景はさながら王様っぽいなと思ったり。


 なんて下らないことを思いつつ、最後に残った馬を見る。そこにはやはりと言うべきか、真紅の馬が悠然と立っており、鋭い視線を俺に向けていた。


 これ本当に馬なんだろうかと思える重圧が伸し掛かかってくる。


 素晴らしくすぎる脚力、胆力、統率力。真剣に欲しいと思える馬である。


 この出会いに感謝しつつ、敬意を込めて少しばかり力を出すことにする。


 息を殺し、気配を回りに溶け込ませ、相手から認識できなくなるほど存在を希薄にする。前の世界で修得済みの不運家伝承の暗殺歩法である。


 なんでこんな歩法があるのかと問われれば、主に自分の存在を薄くして迫りくる不運という存在に対応するためのものです! なんて恥ずかしい回答をしなければならなくなる。


 風に吹かれた木の葉が水面を進むようにゆっくり、ゆっくりと真紅の馬に近づき、その頭めがけて手を伸ばし、撫でて、撫でて、愛でまくる!!


 殴ったり蹴ったりなんて論外である。動物に対してそんなことはしたくないのだ。

 しかし、どうやら効果抜群のようで、馬は見事におとなしくなった。


 俺に向けて頭を下げ、つぶらな瞳で見詰めてくる。

 まるで撫でを要求しているかのようだ。さすが俺の妄想だとは思うが、可愛いので撫でてしまう。


 それにしてもやっぱ動物はかわいいなー。


 撫でている時に何か忘れている気がしたものの、撫でることに全力を注ぎ続ける。


『ブルルッ』


 満足そうにする馬を見ながら、俺は撫でを鍛え続けてよかったと心底思った。そしてそんな馬の反応を見て調子に乗った俺は、自信満々に馬鹿なことを言い放った。


「よし! 今日からお前の名は飛影、俺の馬だ!」


 ノリ、というものがこの世には存在するわけだが、まさしく俺は馬を撫でられて気分を良くした結果、ノリでこんなことを口走ったのだ。


 だというのに、驚くことにその言葉に反応し、馬は小さく嘶き、しっぽを若干揺らしたのだ。

 もしかしたら見間違いかもしれないし、勘違いかもしれない。けれどそれを見て嬉しくなってしまい、再度撫で始める。


 そんな風に和んでいると、近くから聞いたことのあるような悲鳴が聞こえてきた。


「時雨ーー助けてーーーー!」


 ボス的存在の馬をおとなしくさせたのだから安全になったと思ったのだが、どうやら綾は馬に服を引っ張られて大変らしい。

 少し忘れていたことを棚に上げ、まったく無茶なんてしなければいいのにとぐちぐち言いつつも、すぐに助け向かってしまう俺は果たしてお人好しなんだろうか?



◇◇◇◇



 綾を助けている間、踊らいたことに飛影は他の馬と別れをすませたらしく、俺達に付いてくると言わんばかりにつきまとってきた。


 馬が居て困ることもないので、連れて行くっても良かったのだが。仲間との別れが悲しいのか何度も振り返り、黒い瞳がうるうるしているのが可愛くて哀しくて少し辛かった。


 そんな気持ちを無駄にしないためにも、これから精一杯可愛がってやろうと心に決めた俺だった。


「ねーねー、時雨前に乗せてよー」


「飛影が嫌がるからダメだ! 綾はたてがみ引っ張るだろ?」


「ぶーぶー」


 綾が前に乗るとその度に飛影のたてがみを引っ張って振り落とされるのだ。だというのに懲りずにジト目で文句をたれてくる綾。飛影が悪いんだよとか言い訳をするのであえて無視しながら道を急ぐ、馬と戯れていたおかげで義勇兵の招集時間に遅れてしまいそうなのだ。


 だというのに幽州啄群の五大山付近にさしかかったところで、ことは起こってしまった。


 道の直線状に光が落ちてきたのだ。


「おー、時雨あれなんだろうね? 見にいこ見にいこ!」


 まったくもって好奇心旺盛である。そして無駄にトラブルメーカー……俺も人の事は言えないが。


「わかった、でも迂闊に近づくなよ?」


「わかってるって」


 そういいつつ興味の色を隠せない綾は、ニヤニヤが止まっておらず、傍から見てとてもダメなやつだった。


 仕方がないと綾と一緒に近づいてみると、見慣れない服を着た男と黄色い布を頭に巻いた3人組、相当の使い手と思われる武将1人と女の子が2人いた。


 どうやら口論になっているようだ。交渉に失敗でもしたのか武将っぽい人が声を張り上げているのがわかる。


「たった一人の庶人相手に、三人掛かりで襲い掛かるなど……その所行、言語道断!」


 あれ? この声どこかで聞いたことあるような……? ん~~、誰だっけ。


「そんな外道の貴様らに名乗る名前など、ない!」


 言うが早いか武将っぽい女の人が三人組をばったばったと、ばったばったと、ばったったと……ちょ、ちょっとやりすぎな気がするぐらいばったばったと倒していた。


 顔をある程度目視出来る所まで近づいて気づいたのだけれど、あの男……恋姫の一刀さんではありませんか?


 それに近くにいる武将っぽい女の格好にあの武器……あれはまさかの趙雲だったりするのかな?


 え? じゃあかなり今更な感じは否めないけれど……この世界は恋姫無双か!


 ああ……だから真名! と本当に今更ながらに思いだした。


 あれ? でも確か一刀と会うのって蜀の関羽と張飛じゃ? てかほかの女の子は誰かわかんないな……。


 うーむ、謎だ。


 そんなことを考えてうちに三人組が逃げ出し、それを趙雲が追って行ってしまった。


 恋姫で見たことのない人だったし、様々な可能性は考えられるが、もしかしたら恋姫の並行世界なんて荒唐無稽なことも考えられるわけで、つまりは考えても仕方のないことだと結論付ける。


「綾、飛影に乗ってあの逃げてる三人組を追ってきて、俺は残ってる人に話を聞いてくるから」


「わかったー」


 そういうと綾は飛影に乗って三人組を追って行こうとする。


「だからたてがみ掴んだらダメだって!」


 まったく反省の色が見られない綾をちょっと叱った後、残った三人に向かって歩き出す。そしてもうすぐたどり着くという所で何か話している三人の下に追うのをやめたのか、趙雲さんが戻ってきていた。


 その時一刀が誰かの名前を喋ってから、周りの空気ががらりと変わったのがわかる。というより明らかに周りが殺気立っていらっしゃる。


 これはちょっとまずいんじゃ? 趙雲さん槍構えてるんですが? 主人公ここで死ぬの? いや、さすがに見殺しは良くないよな。


 そう決意すると俺は縮地と呼ばれる特殊な歩法で急いで距離を詰め、割り込むように身をいれながらすかさず小刀を鞘から抜き、趙雲の一撃を受け止めることに何とか成功した。


 正直斬撃が重くて止められたのが奇跡の様な気もするが、鍛錬のたまものだと思いたい。


 なんだか綾の声が聞こえた気がするが、今はとりあえず相手出来ないので無視しておこう。


「邪魔だ! 貴様!」


「おいおい……あんた、こいつが何をしたって言うんだよ」


「こやつ、どこの世間知らずかはしらぬが真名を呼んだ! 一体どうゆう了見だ!」


 あちゃー……まじですか。種馬一刀のくせに女の子の反感を買うなんてらしくない、わけでもないか。


「あんた、訂正したほうがいい」


 とりあえず助かるための提案をしてみる。この提案をのまなければ死ぬのは明らかだが、果たしてどうなるだろうか。日本人っぽいし大丈夫だとは思うけど。


「へ?」


 と思っていたのだが、現状の把握が全くできていなのだろう、間抜け顏をさらす一刀。


 なにも知らないのだからこんな反応も仕方ないのかもしれないが、これはさすがにまずい、いきなりBADEND確定したようなものだ。


 そして今は耐えられているからいいものの、さすがに趙雲の一撃を凌ぐのにも今の武器では限界がある。


「名前を呼んだことを訂正して詫びろ! そうすりゃ収まる!」


 もうどうでもいいから訂正してくれと願いを込めて怒鳴りつける。その声に他の女の子が同意するように訂正を求めてくる。


「わ、わかった! すまん。訂正する、するから! その槍、引いてくれ……!」


 あわてて一刀が言うと趙雲が槍を下ろした。重すぎる、今の武器じゃ折られて終わりだな、確実に。


「結構」


 女の子が安堵したのがわかる。これで安心だが、とりあえず説明はしておいた方がいいだろう。


「えっとだな、真名は心を許した、もしくは認めた相手ぐらいしか呼んじゃいけない名前なんだよ。重要なことだから覚えといて」


「ま、真名……ねぇ。じゃ、なんて呼べばいいの?」


 まぁ、そうなるよね。真名なんて一刀が知ってるはずないし、ここは俺から名乗っておいた方がいいだろうな。


「俺は紀霊という」


「風は程立と呼んでくださいー」


「今は戯志才と名乗っています」


 やはり程立と戯志才は初めて見る。この世界って恋姫だけど恋姫じゃない、つまり別の外史なのだろうか。うろ覚えだが確かこんなストーリーは微塵もなかったはずだし、どうなってるんだろうか。


「ええっと、三人の名前からして、ここは中国?」


「ちゅうごく?」


 疑問を押し込めてとりあえず話を聞いていたのだが、どちらの事情も知っている俺から見てとてつもなく可笑しな会話が目の前で飛び交っている。


 仲裁するのもいいが俺の素性を疑われるのもなんだし、ここは流れに身を任せるのが吉かな。


 なんて考えているうちに、どうやら3人で一刀をどうするか決めたみたいだ。


「ここは陳留の刺史殿にまかせるとしようか」


「ん? ここの刺史というと」


「ほら、あそこに小さくだけど曹の旗が見えるでしょ?」


 旗を見た瞬間吹き出してしまう。


 よりにもよって曹操って危なくないかなー。ツンデレっ子でかなり可愛いやつではあったけど、折り紙つきの凶暴さだ。


 そして今更だが、俺達が目指してた場所はもしかすると、あの曹操さんのところだったんじゃないだろうか?


「我等と貴族がともにいれば疑われるのは必須。そうなっては困るからな」


 そういうと決着はついたとばかりに趙雲は一刀との話を切り上げ、俺の傍まで来て話しかけてきた。


「確か紀霊殿でしたか? さっきは突然とはいえとんだご無礼を」


「いえ、無礼なんて! こちらから勝手に間にわって入ったわけですし、どちらかといえばこちらが無礼を働いてしまい申し訳なく思います」


「そんなことはありませぬ、つい怒りに任せて槍を振るってしまった未熟な私を止めてくださったのですから、感謝の気持ちはあれど起こったりなどできませぬよ」


「そうですか。それならば俺もありがとうと言えばいいのかな?」


「はっはっは! そうですな! しかしさっきの太刀筋はなかなか見事なものでしたな」


「まだまだですよ。趙雲殿の一撃を止めるだけで精一杯でしたし」


「ん? 私は名前はなのっていないはずですが? そういえばなにやら見慣れぬ武器であったし……ふむ」


 キョトンとした顔で趙雲がこちらを見やる、これはまずい。


「あはは! いやなに、趙雲殿の出で立ちを風の噂で聞いていたのですよ! それにこの武器は俺の故郷では結構出回っているものでして……」


 あー、冷や汗が止まりません。言い訳が苦しいです。誰か助けて


「ふむ、そうですかな? もう私の名もそこまで伝わっているとは」


「趙雲殿の武勇は有名ですからなー、はははー」


 獲物を見つけたようにニヤリと微笑む趙雲。綺麗なだけに怖いです。


「まあ、詮索も野暮というもの。今はそういうことにしておきましょう」


「星さん、そろそろ」


 結構話し込んでしまっていたのか、いつのまにか戯志才と程立がよってきていた。


「うむ、そうですな。紀霊殿さえよろしければ一緒にきませぬか? 手合わせの一つでもしたいところだが」


「オウ! あんちゃんが一緒なら心強いぜ!」


 何故だろう、いきなり話に混ざってきた人形に和んでしまう。ってこの程立って女の子えらく可愛いな。


 いやはや、この世界は可愛い子が多くて少し困る。


「はは、可愛いお人形さんと趙雲殿には悪いけれど、今回は遠慮させていただきしょう。丁度所要もありますし」


 そういって人形を乗せた程立の頭を軽く撫る。反応に困った結果、慣れきった動作をしてしまったのは失態だったかもしれない。正直俺にしては気の利いたセリフだと思ったのだけれど、緊張しすぎて変なことをしてしまった。

 綾との付き合いで身につけたコミュ力なんて、所詮この程度なのだろう……。


「……オウオウあんちゃん女ったらしだねー」


 テレレッテレー 紀霊は女ったらしの称号を手に入れたー 撫で力が2上がった! などと現実逃避に走る。

 ってこれ綾と同じ感じで対応したのだが、間違っていたのだろうか? 女たらしと言われるとは思ってなかった。やっぱり女の子の相手は難しい。


「ついつい撫でてしまって申し訳ない。面白い冗談だけど、今まで女の子に好かれたことはないからそれはないだろう」


 自分で言ってて哀しくなるな………。だがここで否定しないとまるで非モテの俺がプレイボーイみたいである。


「ふふ、紀霊殿は大物ですな。今度会った時はちゃんと手合わせ願いたいものです」


「そうですね、今度会った時はよろしくお願いします」


「お兄さん弁明はまた今度です」


 各々挨拶を告げて足早にさっていく。趙雲たちと見送った後、曹の旗がすぐそこまで来ていることに気づいた。恐らくあれを見て急ぎこの場所からいなくなったのだろう。


「あの……紀霊さんでしたっけ?」


「あれ? 何故北郷殿はまだここに?」


「いや、行くあてもないので……」


 あー、そうだった。しかし、今近づいてきてるのがよりにもよってあの曹操である。怪しい輩ならすぐさま切り捨ててしまいそうだ。


 俺はどうして趙雲たちについていかなかったんだろ、そりゃ賊討伐に加わるつもりだったからなんだけどさ……。


 んー、ここまできて見捨てるって選択肢はさすがにないな。というか主人公死んだらこの世界終わってしまうかもだし。

 赤ちゃんから頑張ってきたのにココで死ぬとかやってられん。


 なんだろう、自分で決めたこととはいえ、この逃れられそうで逃れられない運命みたいなものは……。


 本当に俺の呪いって解けてるんだろうか……。

9/12 加筆修正

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