幕間◇冷徹なる策謀
【個体名】ギ・ダー
【種族】ゴブリン
【レベル】36
【階級】レア
【保有スキル】《槍技C-》《槍の心得》《投げ槍》《威圧の咆哮》《往生際の悪さ》
【加護】なし
【属性】なし
警戒を終えたミールとフィックが冒険者の休んでいる野営地に戻った時、野営地にはラニード領の兵士が満ちていた。
互いに顔を見合わせるミールとフィックが野営地の中心に向かうとそこには、聖騎士である二人が仁王立ちして向き合っていた。一目で察するその雰囲気は好意的とは言いがたく、むしろ一瞬でも気を抜けば斬り合いが始まりそうなほどに張り詰め緊張していた。
二人を囲むように兵士、そしてワイアードを始めとした冒険者が見守る中、ガランドの口が開かれる。
「で、鉄腕の騎士様はどうしてこんな雑魚どもを俺達と一緒に戦わせたいのかねぇ。はっきり言うが足手まといでしかないんだが」
口元を歪ませて嘲笑するガランドだったが、ゴーウェンは常と変らず冷静に切り返す。
「ゴブリンどもは数が多い。ならば折角の好機、取り洩らしの無いようにすべきだ。こちらの10分の1しかいない卿らでは不安が残る」
確かにゴブリンの数は100匹に近く、例え戦力で圧倒する冒険者達であってもその全てを殲滅できるとは限らない。だが冒険者には冒険者の矜持がある。はい、そうですかと引き下がれるはずがない。それになんといっても、最前線で戦い続けここまで敵を追い詰めて来たのは彼ら冒険者なのだ。
「最後の美味しい所だけ奪っていくってのは虫が良すぎねぇか? あぁ?」
ガランドが背に負った大剣に手をかける。冒険者たちもガランドの本気の殺気に身構える。最悪ここで領主側と一戦交えることにもなりかねない。
「最初の取り決めを忘れたわけではあるまい。各々の才覚で森への侵入を果たし、各人毎に聖女奪還を試みる。そう取り決めてあったはずだが」
仁王立ちしたまま腕を組むゴーウェンの冷たい瞳がガランドを見下ろす。ガランドの炎のような殺気に冷気すら感じさせる視線で釘を刺す。
「……ふん。躍った俺らが馬鹿なだけって言いたいわけか」
ガランドの視線は未だに鋭いままだが、握った大剣の柄から手を離す。
「ま、自由にやればいいさ」
口元に嘲笑を取り戻すガランドに。
「そうさせてもらおう」
ゴーウェンは冷淡に返した。
話は決着したらしく二人は離れて行く。それを見計らってフィックが如才なくガランドに先ほど発見したゴブリンの集団について話をする。
「ふん……情報はゴーウェンの糞野郎にくれてやれ」
「いいのかよ?」
驚いた風のフィックに、ガランドは猛々しく笑うと、頷いた。
「全員を集めろ。向こうがその気なら、こっちにも考えがある」
肩を竦めるフィックがゴーウェンにゴブリン達の情報を渡す。
「よろしいのですか? この情報を信じてしまって」
斥候長ユアンの言葉に、少し考えた後ゴーウェンは頷いた。
「恐らく奴らは我らを出し抜く算段をしているのだろう。だがそれでいい」
細まったゴーウェンの視線の先にはまだ見ぬゴブリンの大群がいるはずだった。
◇◆◇
「朝とともにゴブリンを強襲する」
ゴーウェン指揮下の領主軍およそ100が、森の中をゆっくりと進む。革製の防具に身を包み、手には槍と盾、そして長剣を携えた装備は、ゴーウェン自らが手塩にかけて育てた少年達に与えた装備だった。
「無理をする必要はない。地形は展開するには不利であり、100と言う数を活かすには困難を強いることだろう。こちらの目的はゴブリンどもの主力を引き付けることだ」
頷く青年、そして少年達に指示を出すゴーウェン。
主力を引き付けている間に、ほぼ確実にガランドがこちらを出し抜くべく彼らの背後から襲いかかるはずである。この遠征の最大の戦果である聖女の奪還。未だ聖騎士に取り立てられたばかりのガランドには、喉から手が出るほど欲しい戦果だ。
そこまで読み切ってゴーウェンは作戦を組み立てる。
取り残された集落までの道は確保した。当初考えていた戦果の、一歩目は確保したのだ。後は聖女を誰が奪還するか。ジェネは森に入ってから行方がわからない。或いはモンスターにやられてしまったのかもしれないが、生死不明などということはよくあることだ。
残るゴーウェン自身と、ガランドのどちらが聖女を奪還し生還したほうが今後この森に対する開発が進むのか。その展望を考える上で、ゴーウェンはガランドが奪還した方が今後の森の開発には有利だろうと考えていた。
冒険者から這い上がった聖騎士が聖女を奪還。
何とも無知なる若者を誘う謳い文句ではないか。恐らくガランドは英雄として国に帰還を果たすだろう。そして森の開発は夢見る冒険者達の登竜門となる。
目先の戦いよりも尚先の展望をその冷徹なる瞳に宿らせて、子飼いの兵士を死地に追いやる。正面からゴブリン達に攻撃を仕掛ける彼らは囮である。被害が最も大きくなるのはやむを得ない。
「ジェネらが居ればまだ違いもあったか」
それにほんの僅かだが後悔をにじませて、だがすぐ後にはいつもの氷のような冷たい表情に戻る。内なる計算と苦悩を毛ほども見せず、ラニード領の領主は軍に出撃を命じた。
◇◆◇
「こっチダ」
槍使いのギ・ダーに先導されてレシア達集落を後にした人間と、戦闘に堪えぬ雌達、赤子達。その護衛として6匹のゴブリンが走る。争いの激震地から少しでも離れようと、西へと向かってひた走る。先を行くギ・ダーは槍を器用に操って打ちかかってくる木々の枝を払い、レシア達が走りやすいように道を作る。
後ろを警戒するゴブリン達も集落の中では精鋭と言って間違いないだろう。ギ・ガーがあらかじめ選んでおいたゴブリン達は周囲を警戒しつつ、朝焼けの中を森へ向かった。
30分も走っただろうか、ゴブリンと人間との争いの音も聞こえなくなったところで、やっとギ・ダーは立ち止まり、走り通しだったレシア達に休憩をすると宣言した。ギ・ダーは休む間もなく、周囲に手下を走らせると辺りを警戒する。
ギ・ガーから必ずレシアを守り通せと言われているからなのか、ギ・ダーの表情にはいつもある愛嬌の欠片もない。
そのギ・ダーが何かに気づいたように、槍を両手で構える。
「リィリィどノ……」
小さく囁いたギ・ダーの声に、リィリィは自身の剣を構える。
「誰カいル」
散らばっていたゴブリン達を集め、レシアの周囲を固めると、ギ・ダーは音を立てないように指示した。その指示に従って全員が僅かな動きさえも躊躇う。
耳が痛くなるほどの静寂の中で、森を吹き抜ける風が梢を揺らし常緑の葉が擦り合わせる音が聞こえるばかり。ギ・ダーが静かに前を見据えると誰もいなかったはずの場所に小柄な人影があった。
「誰ダ!?」
穂先を向けるギ・ダーに、小柄な人影は鉤爪を構えた。
「魔物風情に名乗る名などない」
静かに応える声は、燃え滾る激情があった。頭からすっぽりと黒い帽子を被り、几帳面にも顔を晒さないために頬当てまでしている。顔を隠すのとは反対に、体は急所に防具をつけただけのぴっちりとした格好だった。
「リィリィどノ、たノム」
黒い襲撃者が走り出したのと、ギ・ダーが勝負どころを悟って走り出したのは同時だった。だが速度は比べるべくもなく襲撃者が速い。その小さな体のどこにそんな力があるのかと思わせるほど、その動きは俊敏だった。
ギ・ダーが槍を突き出すのを悠々とすり抜けて、その肩ごしに宙を舞う。一気にリィリィの前にまで来て着地するが、リィリィが思わずと言った形で抜き放った長剣を鉤爪で受け止める。
「くっ……私は敵ではないっ!」
リィリィに剣を向けられたのがよほどショックだったのか狼狽え気味に応える襲撃者。
「んっ……!?」
相手に敵意がないのを知ってリィリィも混乱する。僅かに緩んだその間に、護衛に就いていた他のゴブリンがリィリィの危機と悟って襲いかかる。
「くっ!?」
左右両方から襲いかかってくるゴブリンの棍棒を宙を舞う蝶のようにひらりと躱して、再び地に足をつく襲撃者。その背後から再びギ・ダーの槍が襲撃者を襲う。気配も音も押し殺したはずの一撃を、襲撃者は間一髪と言えど完璧に避けた。咄嗟に距離を取る襲撃者にギ・ダーは相手が自分達よりも随分格上の存在なのだということを悟らざるを得なかった。
「ギ、ギ──」
レシアとリィリィを庇うように立ち塞がるとギ・ダーは目の前の襲撃者に槍を向ける。
「リィリィどノ、頼ム」
声を低めてギ・ダーはリィリィに頼み事をする。
「我ラが、アレを抑エル。こノ先は、リィリィどノが守リを──」
ギ・ダーが言葉を最後まで言い終わる前に襲撃者が動いた。それに呼応して、ギ・ダーが、護衛のゴブリンと3匹1組になって襲撃者に襲いかかる。
「続ケ!」
満身の力を込めて槍を突き出すが、襲撃者は苦もなくそれを躱し鉤爪を振りかぶる。すぐ後に降ってくるだろう鉤爪は予想の範囲内だ。敢えて受けることによって決定的な隙を作り出す。襲撃者の鉤爪が振るわれたのは槍を持つ肩口。僅かに急所を外したその傷口を、鉤爪ごとギ・ダーは抑えつける。
「──っ!?」
声に出さず僅かに狼狽した襲撃者に、ゴブリンの棍棒が迫る。足と腹へ同時に一撃。ギ・ダーのその身を犠牲にした連携の一撃が襲撃者の華奢な体を吹き飛ばした。
「がはっ……くっ」
地面に投げ出され、激痛に身を捩る襲撃者の姿にギ・ダーは膝を突きそうになり、だが槍を支えにして堪え立った。
◇◆◇
「こんな傷っ……」
のたうつ襲撃者の頬当てが外れ、露わになった正体は魔術殺しのミール。【スキル】《火神の恩寵》によって炎に対して耐性を得ると同時に回復力上昇の効果が常時働いてる彼女ならば、少しすれば傷は立ち所に癒える。
その少しが、ミールにとっては問題だった。
「リィリィどノ、行ケ、走レ!」
肩口から血を流し、槍を持つ手さえも血で染まったギ・ダーが護衛すべき対象を逃がす。倒れたまま無理に伸ばす手はレシアに届くはずもない。
「くっ……」
込み上がってくる吐き気を堪え、ミールは慎重にギ・ダーとの間合いを測る。どの道走りだしたレシア達に一撃を貰った足では追いつけようはずもない。ならば、ここは何としても耐え凌がねばならなかった。
目の前のゴブリン・レアもミールの一撃を受けた後では俊敏な動きなど期待はできないのだろう。レシア達を逃がした後、襲撃者であるミールを仕留めようと最後の力を振り絞って槍を構えている。
痛む脇腹と足を引き摺りミールは立ち上がった。思えば焦りがあったのだ。単独でゴブリン達に挑んだのも目の前のレシアを奪い返さんがため。突如向けられたリィリィの剣に戸惑ったのも、焦りが彼女の思考を硬直させていたからだ。
外れた頬当てを横目に、ミールは鉤爪を構え直す。目の前の敵を倒してレシアを助ける。焦っていた彼女の精神は恐ろしいほどに澄み渡り、極限とも言える程の集中力を引き出す。
張り詰めた一本の細い糸のようなその佇まいに、ギ・ガーの元で槍を教わるギ・ダーは踏み込めずにいた。
獲物は弱っていて、後一撃を加えれば問題なく葬れるはずというギ・ダーの認識は間違ってはいない。
だがその認識を上回る圧倒的に不吉な気配が、ギ・ダーをして踏み込むのを躊躇わせた。
ぎり、とギ・ダーは歯を噛み締める。不吉な気配が何だというのだ。この敵を倒さねばギ・ガーから申しつかった役目が果たせないのだ。
恐怖を押し込めじりじりと間合いを詰めていく。構えた槍の穂先に必殺の気を込めて、ギ・ダーは流れる血を意識の外に追いやり、襲撃者との間合いを詰めた。
あとほんの一歩分。ちょうど向かい合う両者の間合いが重なるか重ならないかの境界に来た時、甲高い人間の悲鳴が聞こえ、反射的に一人と一匹はその声の方を振り返った。
◆◇◆◇◇◆◇◇
【個体名】ゴーウェン・ラニード
【種族】人間
【レベル】90
【職業】聖騎士・鉄腕の騎士・領主
【保有スキル】《斧技B+》《剣技B+》《槍技A-》《弓技B+》《統率A-》《錬磨無尽》《歴戦の騎士》《千鬼殺し》《父なる神の恩寵》《武神の探求者》《武錬の結界》
【加護】なし
【属性】なし
《錬磨無尽》
──成長率が上昇します。ただし、倒した敵の数により成長率(低)~(中)
《歴戦の騎士》
──低い階級・同じ階級の相手に対して魅了効果。上位者からの精神攻撃無効化。
《千鬼殺し》
──モンスター討伐の際に、回復力上昇(低)攻撃力上昇(低)防御力上昇(低)
《父なる神の恩寵》
──同じ種族を率いる場合のみ、魅了効果(中)率いる種族は攻撃力上昇(低)
《武神の探求者》
──魔法による攻撃に耐性(中)
《武錬の結界》
──あらゆる武器の攻撃を無効化(中)、防御力上昇(大)ただし体への負担(中)
ギ・ガーのレベルが上がります。
89⇒90
◆◇◆◇◇◆◇◇
作者時間がなさすぎて、日曜日まで更新出来ません。感想などの返信もその時に、お許しください。