幕間◇逢魔が時
【個体名】ギ・ダー
【種族】ゴブリン
【レベル】36
【階級】レア
【保有スキル】《槍技C-》《槍の心得》《投げ槍》《威圧の咆哮》《往生際の悪さ》
【加護】なし
【属性】なし
集落に入った冒険者は家々の扉を蹴り破り、中に居た人間を用心深く探ってから、ゴブリン達の行方を尋ねた。
「奴らはどこだ?」
ベランが元騎士という経歴を買われて尋問に当たる。一方のミールは集落に残っていた女性に聖女レシアの行方を尋ねていた。尋問が終わり、ゴブリン達の行方とレシアの無事が確認されると、彼らは警戒をしつつも追跡の速度を上げる。
突き出た枝を刎ね飛ばし大地を蹴り飛ばし、風を切って進む。その先頭を行くのは、斥候を兼ねた魔術殺しのミール・ドラ。
レシアに係わりのある彼女は、無事と知れたレシアをなんとしても取り戻そうと、一番危険な先頭を買って出た。俊敏さには元々定評のある彼女が先頭を走ることによって、冒険者全体の速度も増す。
だがそれでも、一日に進める速度には限界がある。半日で湖の近くまで来たところで魚鱗人の襲撃を受けるも、鬼気迫る勢いのミールと、戦いこそが生きる糧と言わんばかりに大剣を振るうガランドの活躍で瞬殺すると、更に追撃の速度を速める。
その日は遂に追いつけず、冒険者たちは夕闇が迫る森の中で野営準備を始めた。
「もう少しだけ、もう少しだけ前に進もう」
言い募るミールに、ガランドはにべもなく首を横に振る。
「……ワイアード」
「今回はガランドが正しいだろう」
しゅん、と音がするほど落ち込むミールの肩を、鷹の眼のフィックが叩く。
「警戒の割り振りなんだが、俺一人じゃ何かと不安でね。どうだい一緒に」
フィックが軽くウィンクすると、その意図に気がついたのかワイアードが苦笑し、ガランドは勝手にしろとばかりに背を向ける。当のミールは二つ返事でフィックの後についていった。
そして1時間も野営地の周囲の捜索をした時に、フィックが立ち止まる。
「おいおい、こりゃ参ったぜ」
笑おうとして失敗したフィックの表情は、口元が微妙に引き攣っている。
「何かいたのか?」
「ああ、目当てのものを見つけちまった。しかも100匹近い大群だ」
音を立てずに下がるフィックは、ミールの背中を見て立ち止まった。
「おい、何するつもりだ」
「あの中にレシア様がいるのなら、今すぐ助け出す。フィックありがとう。皆んなに知らせて!」
飛び出そうとする彼女の肩をフィックが抑えて、声を潜めて怒鳴る。
「馬鹿。状況をよく見ろ!」
辺りはすでに夜の帳が降り切っている。これからは人間よりも魔物の時間だ。態々相手が有利な時に勝負を仕掛けるなど、自殺行為に他ならない。
「離せっ!」
逃れようとするミールと抑えようとするフィックの耳が同時に茂みからの音を捉える。一瞬二人ともそのままの態勢で固まり、次いで臨戦態勢へ移行する。
「……下がるぞ。良いな?」
「くっ……必ず、お助けします。レシア様っ!」
フィックの決定に従い、二人は急速にゴブリンの群れから離れて行った。
◆◇◆
同じころ、冒険者達の去った集落にゴーウェン・ラニード率いる領主の軍勢が駐屯していた。領主であるゴーウェンの前には、兵士と同じ質素な食事。そして常に追ってくる領主としての仕事の羊紙が何枚か積み上げられており、更にはこの集落で“保護”された住人達の姿がある。
「それで、お前達は一体なぜここにいる?」
書類にサインを書きこみながら、絶対零度にも似た視線を目の前に引きたてられた元住民に向けた。
「いえ、私達は……」
代表して応えるのは、王の家や集落を囲む柵を作る中心となった男。その迷いを、冷徹なる領主の瞳が置物でも見るように観察する。
「私達はゴブリン達に攫われてきたのです」
言い切るのはその妻。驚く夫を尻目に、彼女は自分達が攫われたと力説した。
「なるほど、よくわかった。それは災難だったな」
ほっと息を突く二人の様子を見ながら、領主は平坦な声で告げる。
「ならば護衛をつけたうえで我が領内に迎え入れよう」
「ありがとうございます」
「下がれ」
そう言ってラニード領主は5人の住民への対処を決める。
「よろしいのですか? あるいはゴブリンに誑かされている可能性も」
副官の言葉に、ゴーウェンは視線だけを動かして応えた。
「構わん。どうせ我が領内に戻れば、滞納している税を払わねばならんのだ。ゴブリンと通じる余裕などあるまい」
その答えに副官は息を呑む。ゴーウェンは、彼らがどこの領民で、いつ逃げ出したのか見当がついていることになる。それらを考えて滞納した税を戻った後に払わせるつもりなのだと宣言していた。
領民が重い税の負担に耐えかねて逃げ出すのは珍しいことではない。1年の税だけでそれなのだ。それを最低でも2年分の税をまともな方法で払えるはずがない。例えば家族の誰かしらを奴隷として売り払えば話しは別だが……。
情の欠片さえも見せぬ領主に、副官は畏敬の念を強くした。
「そろそろ猟犬どもが獲物を捉える頃だ」
「はっ……」
冒険者達の動向を斥候から得られる情報から適時解析したゴーウェンは、集落の様子やゴブリン達の出立時刻などを鑑みて予測を立てる。
副官にはそれが神がかったことに思えるのだが、ゴーウェンにしてみれば当然の予測でしかない。
「部隊を編成して猟犬と共にゴブリンどもを殲滅する」
「ですが時刻は既に夜です。このまま行けば……」
夜の闇は化け物たちの味方だ。副官の危惧に、ゴーウェンは頷いた。
「無論、私が率いる。お前は集落を守り、周囲の篝火を絶やさぬようにせよ」
「はっ」
どこまでも冷徹な瞳は、得られる戦果を計算していた。
◇◆◇
王の命を受け先遣隊として出発したのは、古獣士ギ・ギーとハールー率いるパラドゥア氏族が誇る鉄脚の20騎。徒歩のゴブリンを混ぜない純粋な騎獣兵のみの速度は、昼夜を問わず森の中を駆け抜けると、一昼夜でその行程の半ばを踏破した。
「グルゥゥ」
短い休憩を挟み、また走りだすゴブリン達の表情は険しい。強行軍に強行軍を重ね、殆ど眠る間もなく走り続けているのだ。彼らの駆る黒虎とて、少なくない疲労の色をにじませる。
ギ・ギーの乗る大角駝鳥が茂みを掻き分ける。案内役のギ・ギーを先頭にパラドゥアの騎獣兵達が走るが、その古獣士ギ・ギーに、ハールーの声がかかる。
「ここいらで一度休憩だ」
「……分かった」
集落の方を睨みながら、ギ・ギーは悔しそうに歯噛みする。この速度で行けば、恐らくあと1日程で集落の近くまで辿りつけるだろう。ギ・ガーが賢明な判断をするなら、或いは近くで合流できるかもしれない。
その場に蹲るトリプルヘッドにエサとなる干した果物を3つの頭それぞれに与えると、大きな駝鳥の体に背を預け、ギ・ギーは目を瞑る。そうすれば聞こえるのは騎獣の息遣いのみだ。
──がさり。
茂みを掻き分ける音がして、ギ・ギーは瞑っていた目を開けた。視界の中、闇の向こう側にぼんやりと光る緑の輪が浮き出ていた。騎獣すら入れるほどの大きさ。何事かと息をつめて見守るゴブリン達の前で、その緑の輪から人間が吐き出されてきた。
「……人間」
低く呟いたギ・ギーの言葉に、近くで身を伏せていたハールーが付け加える。
「妖精族もいるな」
身を低くして様子を窺うゴブリン達には知る由もなかったが、それは妖精の小道を使ったジェネ達だった。
「……面倒だ。迂回して進む」
ギ・ギーはここで倒さなくていいのかという視線を向けるが、先遣隊の首領たるハールーは首を振った。
「俺達が今一番やらなきゃいけないのは集落の奴らを救うことだ。人間や妖精族を狩ることじゃない」
ギ・ギーは頷いて緑光の輪から離れ、休んでいる騎獣を起こすと先遣隊を導いて集落への道を走りだした。
◆◇◆
集落から離れて5日目の朝。その襲撃は突然の暴風雨に似ていた。
「白き神は偉大なり」
「敵ダ!」
敵襲の声が掛かると同時に、どこからともなく降り注ぐ混乱を助長する魔法の声。ばらばらと走り出てくる人間側の兵士の姿に、ゴブリン達は覚醒直後を襲われた。
「ギ・ダー、レシア様を逃がせ! リィリィ殿、後ろを頼む」
騎獣に飛び乗ると、ギ・ガーは人間達目掛けて黒虎を走らせる。人間達をリィリィに任せ、その護衛を槍使いギ・ダーに命じて、自身は追ってきた人間の対処に回る。
「必ず3匹一組で懸かれ! 連携すれば人間など恐るるに足らん!」
ギ・ガーの檄に応えて一度は混乱したゴブリン達がギ・ガーに続いて人間の兵士達に突撃していく。元々の素の状態で比較すれば、ゴブリンの方が力は上なのだ。それが人間を真似て連携を会得し、襲いかかってきているのだからどうしても人間側は不利になる。
更に──。
「なんだ、あのゴブリンは!? 何に乗っている!?」
初めて見る騎獣の姿と奇形種であるギ・ガーの長腕。振るわれる鉄の槍が易々と一人の兵士の胸板を貫く。その勢いのままに更に槍を振るうと兵士の体が宙を舞い、ぐしゃりと地面に激突した。一瞬の間に、奇襲を仕掛けた側の精神的・物理的優位は完全に消し飛んでいた。
「続けェ!」
暗き森の中を騎獣に乗ったギ・ガーを先頭としてまとまったゴブリン達が人間に襲いかかっていく。奇襲を受けたはずのゴブリン側だったが、ギ・ガーの適切な判断により森の中では乱戦が繰り広げられることとなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
【個体名】ワイアード・キノブーグ
【種族】人間
【レベル】65
【職業】凄腕の冒険者
【保有スキル】《金剛》《シールドラッシュ》《不動》《鼓舞》《剣技B-》《斧技C+》《歴戦の戦士》
【加護】なし
【属性】なし
《金剛》
──防御力を一定時間のみ飛躍的に上昇させる。ただし、発動した時間に応じて筋力が減少し、攻撃力が低下する。
《シールドラッシュ》
──シールドを使った攻撃が可能。その際にシールドは傷つかない。
《不動》
──敵から攻撃を受けるまで、体力回復(中)
《鼓舞》
──率いる味方の混乱を鎮める(中)
──士気を上昇させ味方全体の攻撃力を高める(低)
《歴戦の戦士》
──下位の敵と戦う場合クリティカル上昇、上位の敵と戦う時、防御力上昇。
◆◇◆◇◆◇◆◇
どっちが魔なのかわかりませんね。着実に迫るガランド、ゴーウェンと不気味に迫るジェネ、あなたはどちらがお好みでしょう?