幕間◇ギ・ガーの決断
王様の影が最近薄い……。
【個体名】ギ・ガー・ラークス
【種族】ゴブリン
【レベル】89
【階級】ノーブル・ガーディアン
【保有スキル】《槍技C+》《威圧の咆哮》《雑食》《必殺の一撃》《王の信奉者》《投槍》《武士の魂》《不屈の魂》《閃き》
【加護】なし
【属性】なし
【状態異常】欠けた足を義足で補うことにより、戦力30%減
騎獣に乗って帰って来たギ・ガー・ラークスは、どこか火の消えたような集落の様子に眉を顰めた。
「何か、あったのか?」
ゴブリンの数も少ないばかりか、いつもは真っ先に迎えに来るはずの水術師ギ・ゾーの姿がない。
「ギ・ガー殿!」
ギ・ガーの帰還を知って駆け付けて来たのは、槍を担いだギ・ダーだった。焦った様子に首を捻りながらギ・ガーは問いただす。
理由を聞いたギ・ガーは騎獣から降りて、考え込んでしまった。
「アッラシッド殿……すまぬが、別れの宴はまたの機会に」
「そうですな」
頷くと、アッラシッドは槍を引き抜く。疑問に思うギ・ガーにアッラシッドは至極なんでもないことのように言った。
「我が氏族の慣わしでは、再会を誓って槍を打ち合わせるのです。勇士ギ・ガー・ラークス殿。貴殿はその資格があるとお見受けする。こちらの我儘だが、どうか聞き届けてもらえないだろうか?」
提案に驚いたのはギ・ガーだ。
パラドゥア・ゴブリンは誇りを何よりも重んじると目の前のアッラシッドから聞いていただけに、彼のその提案の重大さが分かった。
「……願ってもない」
片腕で槍を引きだすと、軽く打ち合わせる。響く音が集落にこだまする。
「必ず生きて会いましょう。では!」
風よりも速く、アッラシッドはパラドゥアの集落へ向かって全力で駆ける。ギ・ガーを始めとする集落の戦力で防げればいい。だが、どうしてもアッラシッドは不安を拭い去ることが出来なかった。氏族は人間という者達を直接見たわけではない。
だが、伝え聞く彼らは強力で残忍だと聞く。ならば誰かしらが援軍を連れてくる必要があるだろう。これが笑い話で終わればどんなにいいことか。
「間に合えばいいが!」
アルハリハの元へ。そして王の元へ……この危機を知らせねばならない。後ろ髪を引かれる思いを振り切って、アッラシッドは騎獣を走らせた。
◇◆◇
ギ・ゾーが死んだ。
その知らせが舞い込んで来た時、ギ・ガーはすぐさま集落を捨てる決心をする。広場に集めた人間達に向かってギ・ガーは決定を伝える。
「湖を経由して、王のいらっしゃる砦まで退く」
驚いたのはレシアを始めとする人間も、或いはギ・ダーを筆頭とするゴブリン達も同じだ。
「人間の力が未知数である以上。王の財を危険に晒すわけにはいかん」
「待ってくれ!それじゃあ、この集落はどうなる!?」
声を上げたのは、人間の男だ。新しく入って来た男だ。名前はそう、何と言ったか──、思い出せないと判断してギ・ガーは結論だけを伝える。
「捨てる」
「そんな!」
一刀両断とでも言うのか、ギ・ガーの言葉に悲鳴を上げる男。
「侵入してきたのは、そんなに強い人なのですか?」
問い掛けたのはリィリィだ。レシアは何やら思いつめた顔をして俯いている。勝気なレシアには珍しいことだとギ・ガーは疑問に思いながらも、リィリィの疑問に答える。
「ギ・デーとギ・ゾーが死んだ。他にノーマルが20匹はやられている」
その被害の大きさに、戦いに関わってこなかった人間達が愕然とする。それもやられた20匹は、この集落にいる精鋭中の精鋭だ。ギ・ガーがいるとはいえ、その差を埋めて人間と戦えるとは限らない。
「決定に従えないのなら、それはそれで構わない。だが王の財──レシア様方はどうあっても一緒に来てもらう」
人間の男たちが互いに顔を見合わせる。幼い子供を、女達を守るにはどうしたらいい?
「だが……」
「決定は以上だ」
尚も何か言い募ろうとした人間の男の言葉を、ギ・ガーが遮った。
「レシア様。ご支度を」
急きたてるようにレシアを立たせ、王の家に連れていく。その後を追うようにリィリィも王の家の中に入ると、広場に居た人間達は再び顔を見合わせた。
どうしたらいい、と。
結局人間達はバラバラに行動することになった。レシア達を慕って着いて行く者、或いは集落に残る者。それぞれが自分の道を定め、そして慌ただしくゴブリン達は住み慣れた集落を後にした。
◇◆◇
ギ・ゾーを討ち取ったガランドは一晩をその周囲で明かすと、冒険者全員に集合を命じるため連絡を入れる。白き癒し手とは既に合流済みであったから、残るは破杖のベランだけだった。その破杖のベランと合流できたのは更に1日後だった。
破杖のベラン達が合流したあと、今までの中間報告と今後の予定を立てる冒険者のグループ。当然のことだが誰一人欠けることもなく、それぞれに狩りの成果を報告し合った。
「オークが散発的に見つかるぐらいで、大規模な獲物はどれもいないようだな」
ガランドの感想に、ワイアードが頷く。
「後はゴブリンが徒党を組んでいるぐらい、か」
「俺はオークよりもゴブリンの方に脅威を感じるがねぇ」
冒険者ヴィットが白き癒し手の方を確認しながら口を挟む。
「確かに数は多かったが」
ワイアードは首を傾げる。
「ゴブリンがオークよりも好戦的とは珍しいな。棲み分けが為されているのか、或いは強力なリーダーとなるべき個体がいるのか」
「私もゴブリンの方に脅威を感じる」
珍しく口を出したのは破杖のベランだった。いつもなら喋るのはワイアードに任せておくのだが、余程気になることがあったのだろうか。
「珍しいな」
視線に気がついた破杖のベランが、理由を説明する。
「ゴブリンの中にレア級のものが混ざっている。だがそれは唯の小間使いだ。更に大物がいると私は睨んでいる」
「ノーブル級がいると?」
黙って首を振るベランに、冒険者たちが顔を見合わせる。
「デュークが、こんなところにいるってのか?」
だとすれば、オークなどよりそちらの方が余程脅威が高い。
「決まったな。ゴブリンを狙う」
にやり、と獰猛な笑みを浮かべるガランドに、反論の声が上がる。
「待ってくれ。聖女様はどうなるんだ!」
舌打ちで応えるガランドに、魔術殺しのミールの視線は鋭いままだ。
「きっと聖女様もゴブリンのところだろうよ」
苛立った顔で返すガランドの言葉を、白き癒し手が補足する。
「もし聖女様が生きているのなら、この周辺で最も力を持つモンスターの元に居る確率が高いでしょう。そしてそれは恐らくゴブリンの集落であると言えます」
渋々引き下がるミールにガランドは嘲笑を浴びせ、朝一で出発することを告げると解散させた。
「ミール。ちょっといいか?」
呼び止めたのはワイアードだ。
「なに?」
ぶっきらぼうに答える彼女に、ワイアードは年長らしい柔らかい笑みを向ける。
「どうした。随分とガランドと角突き合わせてるじゃないか」
普段なら殆ど誰とも口を利かずに仕事をこなす彼女には珍しいことだった。
「聖女様を救いだすと言うから、私はこの仕事を受けたんだ。それなのに……」
拗ねた子供のような様子にワイアードは苦笑した。
「何もガランドだって、聖女様を救い出さないとは言ってないさ」
「だったら、なんでもっと必死に!」
「ミール……」
優しく頭に置かれる手は、年の離れた同僚に向けるものというよりは、父が子供を諭す様子に似ていた。
「お前の気持ちは分からんでもない。確か聖女様とは、多少なりとも関わり合いがあったんだよな」
小さく頷く彼女を労わるように、ワイアードは言葉を重ねる。
「きっと聖女様は生きているさ。ゴブリンどもを倒して救いだした後、今度はしっかりお前が守ってやればいい。そうだろう?」
またもこくり、と頷くミールに、ワイアードは苦笑して手を離した。
「では、しっかり眠れよ」
「ワイアードもね」
「子供が生意気を言うなよ」
苦笑してワイアードとミールはそれぞれの寝床に戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
【個体名】ミール・ドラ
【種族】ハーフ・エルフ
【レベル】49
【職業】熟練の暗殺者
【保有スキル】《混じり合う魂》《火神の恩寵》《妖精の尻尾》《魔を忌む者》《反骨》《静寂の月》《万能の使い手》
【加護】火神
【属性】火
【状態】4分の1妖精族の血が混じっているため、俊敏性に補正がかかる。
《混じり合う魂》
──人間とエルフ両方から嫌悪感(低)
──身体能力向上(低)
《火神の恩寵》
──火神の恩寵により、炎に対する耐性(中)回復力上昇(中)
《妖精の尻尾》
──森林内を行動するときに気配を自在に操ることが出来る。
《魔を忌む者》
──自分より階級が低い者の放った魔術を無効化(中)
《静寂の月》
──気配を遮断する
──一撃のみに限り、必ず先制攻撃を仕掛けられる。ただし失敗すると自身に対するダメージ2倍
《万能の使い手》
──全ての武器を使用する技術がC-にまで上昇する。
◇◆◇◆◇◆◇◆
種族ハーフ・エルフについて。
4分の1ならクォーターなのですが、種族として他種族の血が混じっている場合は全てハーフ(混血)で統一させてもらいます。
と言っても隔世遺伝でもない限り、クォーターぐらいまでしか能力の引き継ぎはないのですけれどね。
以前に感想欄でゴブリンどういう交配になってんのこの小説!?
という意見がありましたが、ゴブリンが他種族と交配するとほぼ確実にゴブリン側……つまりオスの方が優勢遺伝となります。(ゆえに他種族を攫ってごにょごにょできる)
今回登場したミール・ドラさんですがこれもおじいちゃんが人間(故人)、おばあちゃんが妖精族(行方不明)であり、ミールさんのお父さんお母さんは人間(既に故人)という家族構成になります。
彼女の場合は隔世遺伝で、おばあちゃんの能力が突然蘇ったため冒険者として二つ名まで持っているという設定です。
つまり、ゴブリン×人間=ゴブリン
人間×妖精族=人間or妖精族
が出来あがると言うことですね。