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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
94/371

幕間◇強襲Ⅲ

冒険者とギ・ゾーの対決は如何に……

【固体名】ギ・ゾー

【種族】ゴブリン

【レベル】19

【階級】ドルイド

【保有スキル】《魔力操作》《水術操作》《鼓舞》

【加護】水神(イレン)

【属性】水



 水弾が鋼鉄製の盾を歪ませる。

 水術師ギ・ゾーの放つ水弾が、冒険者の盾を変形させていく。威力を抑えつつも小刻みに連射されるそれは、冒険者一人の動きを封じるのに充分な威力と精度を兼ね備えていた。

 しかしギ・ゾーの表情はいつにも増して、苦い。

 理由は二人の冒険者の後ろに控える魔法使いの存在。

白き神の御心のままに(ヒール)

 忌々しい白い光が冒険者を包み込むと同時に、今まで押していたはずの冒険者に力が戻る。“盾役タンク”にして強大な防御力を誇る無口な冒険者。素早い動きでノーマル達を切り裂く“剣役(アタッカー)”の冒険者。そして何より厄介なのが、防御と回復を兼ね備えた回復役(ヒーラー)

 尽きることがないと思わせるその魔素の多さに、ギ・ゾーは周囲のゴブリン達の様子を窺う。

 数では圧倒的に有利である。だが、徐々に焦りが募る。

 あちらは何度も回復が可能だが、ゴブリン達にはそのようなものはないからだ。傷つけばそれだけ戦力が減っていく。盾も剣も優秀であるだけに、後一押しというところで、回復役の出番を許してしまう。一撃で敵を倒せない以上、徐々に体力を削っていくしかないのだが……。

白き神は偉大なり(コンフュージョン)

水弾ウォーターバレット!」

 少しでも油断すれば、こちらの数の利点を崩そうと状態異常を来たす魔法を発動してくる。回復役を狙ったギ・ゾーの水弾が盾役の冒険者に止められる。

「くっ……」

 苛立たしさが舌打ちとなって、ギ・ゾーの口から漏れる。

 このままでは勝てない。

 焦る心情を胸の内に秘め、ギ・ゾーは策を練らねばならなかった。

 戦えないゴブリンは既に30匹中の5匹にまでなっている。なんとかして敵の数を減らさねばならない。あるいは、足止めを……。

 そこまで考えた時、ギ・ゾーの脳裏に知恵の女神(ヘラ)の恵みが芽吹いた。

「投擲、用意っ!」

 ギ・ゾーの命令に従ってすぐさま3匹1組のゴブリン達が近くにあった石を拾い上げる。

「狙いは奥の人間だ」

 回復役に狙いを付けたギ・ゾーはノーマル級ゴブリン達に、投擲を命じた。

「ちっ……気が付きやがったか!」

 軽戦士、剣役の冒険者がその身を盾にして投擲から白き癒し手の身を守る。

 その様子を見たギ・ゾーは、悪巧みをしているようにしか見えない顔に笑みを浮かべた。

「……狙い目は分かったぞ。続けて放て!」

 投擲部隊を使って白き癒し手の足を止める。もしくは、剣役の冒険者にゴブリンを斬らせないようにする。そうすれば援護を失い、盾役といえども決して盤石ではない。

 投擲が続けられている限り、剣役は盾役の援護には回れないし、積極的にノーマル達に攻撃を仕掛けてこれるはずもない。なにせあの、回復役が人間達の生命線なのだ。

白き神の御心のままに(ヒール)

 盾役の負う傷が圧倒的に増えてきた。その証拠に、かなり早い頻度で回復を使ってきている。

 ならば。

「勝ちは見えた! ギ・デーの仇を取るのは今ぞ!」

 ゴブリンが気勢をあげる。


◇◆◇


「こりゃ、ちとまずいな」

 飛んでくる石を叩き落としながら、軽戦士の冒険者が歯噛みする。まさかゴブリンにここまで頭が回る奴がいるとは予想外だった。

 ゴブリン達の連携した攻撃といい、投擲でこちらの動きを封じる作戦といい、一端の冒険者も務まろうと言うほどだ。

 僅かに後ろを振り返れば、白き癒し手が息を乱しながら、歯を食いしばっていた。

白き神の御心のままに(ヒール)

 何度目か分からない神の恩寵が体を癒す。敵を防ぎ止めている重戦士も、その武具は相次ぐゴブリンどもの攻撃で既に往時の見る影もない。このままいけば早晩全滅だ。

 身の毛もよだつ想像に、口の端を歪めて無理矢理笑う。

「ここらで、いっちょ……」

「活路を、切り開きます」

 後ろから聞こえた声に、冒険者はぎょっとして振り返った。白いローブを全身に纏った白き癒し手が息を上げながら、その合間からこちらを見つめていた。初めて見たその顔は、美しい女だった。

「……策があるんだな?」

「はい。ここは一か八か──くっ、白き神の御心のままに(ヒール)!」

 会話の途中で盾役の冒険者にゴブリンが群がった。ヒールを発動してなんとか力を取り戻すと、群がるゴブリン達を薙ぎ払う。

「おちおち会話もできねえ!何をすればいい!?」

「一点突破で、下がります。順番は、ユギル、私、ヴィットの順番です」

 軽戦士──ヴィットはまさか自分の名前を覚えているとは思わず、僅かの時間だけ瞠目して彼女を見つめる。凡百の冒険者である自分の名前を、まさか高名な冒険者である白き癒し手が覚えているとは思わなかった。

「質問でも?」

「いや、ない」

 美人のためだ。命をかけるには十分な理由だろうと自身を納得させて、剣を構える。

「ユギルに、後方に道を。貴方はそれまでの間、敵との戦いを任せます。後は任せてください」

「おう!」

「ユギル! スイッチだ!!」

 無口な盾役の冒険者──ユギルが僅かに驚いた顔をしたがすぐさまゴブリンに背を向けて走ってくる。すれ違いざま、纏わりついてくるゴブリンどもに剣戟を見舞う。

疾風乱舞(ウィンド・スマッシュ)!!」

 疾風の一撃を持って纏わりついてくるゴブリン達を剣で払うが、ゴブリンの癖にしっかりと防御を決めやがる。精々一匹か2匹程度しか怪我を負わせられないのを確認するが、今は時間を稼ぐことが第一。

「目移りしてる場合じゃねえぜ!」

 言いざま横を擦り抜けようとするゴブリンを一薙ぎする。渾身の力を込めた一撃で、防御したゴブリンごと吹き飛ばす。

水弾ウォーターバレット!」

疑似見切り(パリィ)

 剣の平で柔らかく水弾を掠めるように掬い上げる。そのまま軌道を変えた水弾を、明後日の方に撥ね上げてヴィットは口の端を歪ませた。

「俺に魔法は効かんぜ。さあ、どんどん来い!」

 ゴブリン・ドルイドの得意技を苦もなく弾き返したように見えたゴブリン達は、一瞬怯んだ。だがそれはヴィットの張った命がけの虚勢であった。

 今のはたまたま上手く行っただけで、早々何度も出来るはずがない。パリィ自体も、確率が決して良いとは言い切れない技なのだ。良くて五分五分の賭けになる。

 それに勝ったのだから、精一杯利用させてもらうとしよう。

「ヴィット下がって!」

 白き癒し手の声が聞こえると同時に、ヴィットは全力で逃げにかかる。

「追え!」

 苛立ったようなゴブリンの声が後ろから追ってくるが、もはや躊躇することもなく全力で走った。


◇◆◇


 一目散に逃げる冒険者の姿を認めて、ギ・ゾーは己の判断を悔やんだ。あの冒険者が見せた技は虚勢に過ぎない。あれはそう何度も繰り返せる類のものではない。

 そう判断して、逃げた冒険者を追う。

 その時突然目の前を光が覆う。

神の光は道を示す(ライト)

 人間の声が聞こえると同時に目の前を焼くような光が周囲に満ち、しばらく身動きが取れなくなってしまう。やっと視界を取り戻せた時には、人間の姿は跡形もなかった。

「……追うぞ! 決して逃がすな!」

 人間達が逃げたと思われる場所はすぐ分かった。草が掻き分けられ、何かが通った跡が明瞭に分かるのだ。それに人間の独特の臭いもする。

「怪我を負ったものは集落へ戻れ。ギ・ガー殿が戻っていればその指示を受けろ!」

 怪我を負った者を除けば20匹になってしまったゴブリンを率いてギ・ゾーは人間達を追う。進むごとに、人間の臭いが濃くなっていく。

 あれはギ・デーを殺した人間ではない。だが、だからこそ生かして返すわけにはいかなかった。ギ・デーの部下が報告をしてきた人間の数は多い。

 それこそ数え切れないほどだという。

 たった3人であの強さなのだ。今削っておかねば、集落など消し飛んでしまうだろう。

 例え王が健在であったとしても、数え切れないほどの人間を相手に勝てるかどうか不安が残る。ならばこそ絶対に人間をここで仕留めておきたかった。

「追え! 必ず人間を殺すんだ!」

 ギ・ゾーの声にゴブリン達が走る速度を上げる。元々森の中で自由に走り回るゴブリン達と人間達とでは速度が違う。

 最後尾を走る人間の姿が見えてきた。その背に向かって水弾を放つ。

水弾ウォーターバレット!」

 振り返りざまに身を屈めて水弾を躱す人間。だが走る速度は一層落ちる。

「囲め!」

 ノーマル達を走らせ、人間達を逃がさないように包囲する。互いの背を庇い合う人間達に、油断をしないように投擲部隊から攻撃を始めさせる。

 焦る必要はないのだ。徐々に体力を奪い、抵抗する力もなくなった時に殺せばいい。

 自分自身の怒りに蓋をすると、ギ・ゾーは冷静に指示を下した。


◇◆◇


 飛んでくる投擲を苛立ちのままに叩き落とす。

「本当に、ここでいいんだな!?」

「ええ、間違いありません」

 それぞれ三人が正面から飛んでくる石を叩き落とす。白き癒し手の策に乗り、ゴブリン達をこの場所に誘導したのだ。

 だが、ヴィットには状況が変化したとは思えない。むしろ蟻の這い出る隙間もないほどに包囲され、絶対絶命としか思えなかった。

「大丈夫」

 そういう彼女に、渋々引き下がる。元々命を賭けたのはこちらの勝手だ。策が当たらなかったからといって恨む筋合いのものでもない。

 徐々に投擲の密度が増えてくる。山なりのものから直球のものまで、頭を使ってこちらを追い詰めようとしているのだろう。まったく嫌な相手だった。

 その内の一石が足を掠め、気を取られた時に頭上から落ちてくる石が頭を直撃する。

「くっ!?」

 朦朧とする意識の中、立ち上がろうとする視界の中で次々に石が降り注いでくる。水弾を使うゴブリンの攻撃もその中に混じっていたのだろう。

 ユギルの大盾は既に唯の鉄塊へと成り下がり、身に纏う防具は破損だらけ。白き癒し手の全身を覆うローブのあちこちにも赤い染みが見える。

 これまでか──。

 諦めかけたその時、ゴブリンの悲鳴が森に響いた。

「──間に合ったようだな」

 ユギルよりもさらに大きな大盾を軽々と扱うのは、飛燕の血盟(スワロークラン)の雄である金剛力のワイアード。

「いやいや、信号がなければ危なかった」

 軽い調子で素早く駆け寄ってきたのは、鷹目のフィック。

「後は任せろ」

 いつの間にか自分達を背にした魔術殺しのミールの姿。そして……。

 ゴブリン達の悲鳴と引き換えに、振り翳される大剣が大気を切り裂く。振り上げた剣に纏いしは、その二つ名の通り、風が渦を巻いて嵐を呼び込んでいる。

「ハッハッハッハッハハッハッハ! 死ねェ! 汚らわしいモンスターども!!」

 嵐の騎士ガランド。猛る魂そのままに、荒々しく振るわれる大剣が、一撃でゴブリンを弾き飛ばし木々に打ちつける。返す刀で振るわれた一撃が棍棒諸共、ゴブリンを引き裂いた。

 青雷の大剣と名付けられたその得物で、一気にゴブリンを蹴散らす。その姿はまさに英雄そのものだった。


◇◆◇


 その光景をなんと呼べばいいのか。

 ギ・ゾーには思いつかなかったが、敢えて言えば──絶望。

 それが人間の姿をして自分達を襲っているとしか思えなかった。

 手強い人間をもう少しと言うところまで追い詰め、後は止めを刺すばかりとなっていた寸瞬の後には、形成が逆転していた。大剣に纏う嵐が風を呼び、体の自由を奪う。

「お、おのれ……」

 負ける。

 目の前に突き付けられた無情の事実に、ギ・ゾーは打ちのめされ。

「これ以上、殺されてなるものか!」

 だが、決して叶わぬと知りつつも、抗わぬわけにはいかなかった。勝てるはずがなくとも、時間稼ぎをせねばならない。

「退け! 一人でも多く集落へ逃げ延びよ!」

 部下に指示を下すと、新たに増えた人間に向かって水弾を撃ち込む。だが、それをいとも容易く女の冒険者が切り裂いた。

 空中を走る水弾を、鉤爪の一撃で消し去ったのだ。

「相性が、悪い」

 言葉少なにそう言うと、ギ・ゾーに向かって駆け出す。瞬く間に接近するミールに向かって更に水弾を放つが同じくかき消されるだけだった。

 魔術殺し。魔素に対して絶対的優位を誇るその力が鉤爪に宿っている。爪を振りかぶり、まさにギ・ゾーを引き裂こうとした瞬間、その身を一瞬にして翻しギ・ゾーから距離を取った。

「なん……!?」

 だが、その彼女のすぐ後ろから剣戟の風が、嵐となってギ・ゾーの体を切り刻む。幾百幾千の無尽の刃がギ・ゾーを切り裂き、その命を奪った。

「ガランド……貴様っ」

 ミールの視線にもどこ吹く風のガランドは、次なる獲物に刃を振り下ろしていた。

「ウロチョロするなよ小娘。俺に殺されたくなきゃあな」

 ゴブリンを葬る彼の口元には、酷薄な笑みが浮かんでいた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆


【個体名】ガランド・リフェニン

【種族】人間

【レベル】88

【職業】聖騎士・嵐の騎士・踏破する者

【保有スキル】《剛腕》《剣技A-》《カリスマ》《魔窟の探索者》《狂乱の剣》《狂戦士の魂》《吼え猛る強欲》《百鬼討伐》《火神の守護》《反骨》

【加護】火神

【属性】炎

【装備】青雷の大剣


《剛腕》

 ──スキル使用時の反動を抑えます。

《カリスマ》

 ──周囲の者から尊敬を集めます。影響力が増大します。

《魔窟の探索者》

 ──ダンジョンで戦う場合に筋力、マナが上昇します。(低)

《狂乱の剣》

 ──離れたところに居る敵に対して剣の嵐による連続攻撃が可能。

《狂戦士の魂》

 ──精神への負荷と引き換えに、自身の力を何倍にもします。

《吼え猛る強欲》

 ──倒した敵からアイテムを奪う確率が上昇します。また相手がアイテムを持っていない場合、与えるダメージが上昇します。

《百鬼討伐》

 ──モンスター討伐の際に回復力上昇(低)

 ──マナ上昇(中)

《火神の守護》

 ──炎によるダメージを減らします(大)

《反骨》

 ──上位者と戦う場合に限り、精神系の攻撃を無効化します。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ゴブリン側戦死者ギ・デー、ギ・ゾー他ノーマルゴブリン。人間側なし。

ゴブリン側負傷者ノーマル20匹。人間側、白き癒し手の力で回復のためなし。



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