幕間◇強襲Ⅰ
【個体名】ギ・デー
【種族】ゴブリン
【レベル】34
【階級】レア
【保有スキル】《剣技C-》《威圧の咆哮》《雑食》《獣の気持ち》《獣士》《直感》
【加護】なし
【属性】なし
日が高く上る頃。
今日もギ・ガーは騎獣との触れ合いに余念がない。最近は振り落とされることも滅多になくなり、己の意志で騎獣を進みたい方向に駆けさせることもできるようになってきた。
義足で補った足は、騎獣の上でなんとか踏ん張れるまでに鍛練を積むことで、槍を振るうことも可能になっている。もちろん、地上で振るう時よりは威力も精度も落ちてしまうが。
手綱を口に加えると、槍を手にする。
ハクオウと名付けられた黒虎がギ・ガーの意志に従って森の中を駆ける。
──いた。
森の中を獲物を求めて彷徨う内に、双頭駝鳥を見つける。軽く黒虎の腹を蹴ってやると同時に手綱を軽く引いて黒虎の視界にも獲物を、映らせてやる。すると、黒虎は肉食獣の本能に従って、ギ・ガーの望む速さで双頭駝鳥に向かって駆け出す。
双頭駝鳥もハクオウの動きに気がついたと同時に、駆けだす。捕食者と被捕食者の覆しがたい実力差を見て取って一気に逃げにかかったのだ。走りにくい木々の間をすり抜け、足場の悪い岩場を自身の最高速度で駆け抜けていく。
だが森の中で獲物を狩るのに慣れた黒虎は、双頭駝鳥の予想を遥かに超える速度で追い縋る。加えて背には、狩猟に慣れたギ・ガーという騎手までいるのだ。追い付くと同時に、背中に乗ったギ・ガーが持ち前の長腕による一撃を加える。速度が落ちた双頭駝鳥に向かって黒虎が襲いかかり、命懸けの追いかけっこは終わりを告げた。
「ハクオウを完全に乗りこなしましたな」
パラドゥアゴブリンから使者として訪れていたアッラシッドは、ギ・ガーの狩りを見て満足げに頷いた。
「これもアッラシッド殿のおかげ」
槍を鞍の槍筒に仕舞いこみ、ギ・ガーは手綱を手にして、丁寧に礼を言った。
「いえいえ、これで私も心置きなく帰れると言うもの」
「では、いよいよ戻られるので?」
「明日の晩にはこちらを出ようかと思います。黒虎の脚力をもってすれば5日もかからぬとは言え、そろそろ戻った方がよろしいでしょう」
「寂しくなります……では今日は、この肉で宴を開きましょう」
今獲れたばかりの双頭駝鳥を指してギ・ガーが提案する。
「そうですな、出来れば干し肉というアレを少し分けてもらいたい。あれは中々に美味だった」
「喜んで」
アッラシッドが双頭駝鳥を自身の騎獣に乗せ、二匹は並んでギの集落へと向かった。
◇◆◇
獣士ギ・デーは一昨日から連絡のないコボルト達に胸騒ぎを覚えていた。
「どうかしましたか?」
鬱々とした獣士ギ・デーの様子に声をかけたのは、水術師ギ・ゾー。ギ・ザーの集落から移住してきた祭祀の中でも水の魔法を使いこなすゴブリンだった。その為、王にもギ・ザーにも期待を寄せられている。
実質、ギ・ガー・ラークスと二匹でこの集落を取り仕切っている水術師ギ・ゾーに、獣士ギ・デーはコボルト達から報告がないと懸念を訴える。
「コボるト、連絡なイ。不安ダ」
今まではよくエサを強請りに、2日に一度は必ず訪れていた王の従属魔も姿を見せない。
「自分達でエサを取る術を見つけたのでしょうか?」
今までエサを強請りに来ていた者が、突然来なくなる。何かあったのかもしれないという不安は、元々悪いギ・デーの人相を更に悪くしている。
「不安ダ。俺、見てくル」
「そう、ですね……。ギ・ガー殿には私の方から相談しておきましょう」
「たノむ」
王が残していった東の監視線を構成するコボルトからの情報は、今は大人しいオーク達と人間を見張る為の大事な防衛線である。その認識をギ・ゾーは理解していたが、ギ・デーは理解はしていなくとも直感的に嫌なものを感じたのだろう。
自身の使役する三角猪を先導させて、東に向かう。
「まさかオークの反乱……?」
人間側が森を越えて侵攻してくると言う可能性よりも、オークがブイに率いられて反乱を起こす可能性の方をギ・ゾーは考える。何しろ少し前までは敵だったのだ。ゴル・ゴルに率いられこの集落に大挙して押し寄せてきたのは記憶から風化するには早すぎる。
「難しイ顔ヲして、ドウしタ?」
ギ・ガーの弟子のような立場に収まっている槍使いのギ・ダーが声をかけてくる。
「いえ、実は……」
事情を話すギ・ゾーの話を聞いてギ・ダーは首をかしげる。
「あノオークが反乱ヲ起コスとは、思エなイが……」
心底、王の威圧に恐怖していたオークが、少し勢力を盛り返したぐらいで反乱に踏み切るだろうかと槍使いギ・ダーは訴える。
そう言われてしまうとギ・ゾーとしても首を傾げざるを得ない。
「とりあえず、ノーマルらを集落に集めておいてください。貯蓄は充分ありますので、コボルトに連絡が取れるまで狩りをせずに監視を続けても大丈夫でしょう」
頷くギ・ダーを確認して、ギ・ゾーは足を王の家に向ける。王の財である人間達に事情を説明するためだ。集落の責任者であるギ・ガーは遠乗りに出かけて留守なのだ。今実質集落の責任者はギ・ゾーと言っても過言ではない。
「何も、なければ良いのですが……」
悪い予感ばかりが募る。険しい視線で、東の空を見上げた。
◇◆◇
三角猪を先頭にして、自身の配下である野犬を使役するノーマルゴブリンを率いてギ・デーはコボルトの集落を目指した。
半日駆け通しでコボルトの集落へ近づいて行くと、自身の胸騒ぎが大きくなっていく。三角猪を筆頭に野犬達も、何かを感じて唸り声を上げ始める。
「なにカいルのか?」
なるべく慎重に歩を進めるギ・デー。四方に野犬を放ちながら、オークや人間を警戒しながら進む。野犬の一匹が何かを嗅ぎつけたのか盛んに唸り声を上げる。配下のノーマルゴブリンが、野犬を抑えつけ、何かを見つけたらしく驚いて駆けてくる。
「なんダ、どうシタ?」
「ニンゲン、キタ、イッパイキタ」
震えるゴブリンを後に残しギ・デーは茂みをかき分けて、そのゴブリンが見た物を確かめた。
「……なんダ、これハ!」
鎧を纏った大量の人間が木を切り倒し、土を盛り返し、森を削っている。この人間達は何をやっているのか、ギ・デーには正確には理解できなかった。だが、自分達の住処を荒らしに来たということだけはよく分かった。
だが、ここで飛び出て行っても相手の数はかなり多い。それこそオーク達よりも多い。数え切れないほどだ。
「ギ・ガー殿に知らセねバ……」
侵略者に対して、歯噛みしながらギ・デーは踵を返す。
「そう急ぐ必要もなかろう?」
その背に向かって、場違いなほど冷たい声がかけられる。咄嗟に最大級の警戒を取るギ・デーら獣士達。その声の主は悠々と彼らの前に姿を現した。
「あれだけ派手にやってれば、周りに獲物が飛び込んでくると読んだガランドの慧眼だな」
「さっさと殺して宴にしよう」
「オークどもを殺し尽くせなかった鬱憤を晴らさなきゃな」
行く手に現れたのは、破杖のベランを筆頭とする三人の冒険者だった。
「グルゥルル……」
唸り声を上げて威嚇するギ・デーに、冒険者の一人が興味深げに呟く。
「この辺りのリーダー格のゴブリンだろうが……。獣士だけで群れを為すとは珍しいな」
「まぁ、オークと言い、コボルトと言い、変わった群れが多いみたいだからな。居ても不思議じゃないさ」
「どっちでもいいから、さっさと殺しちまおう。さっさとしないと他のチームに追い抜かれちまうよ」
まあな。と頷いて冒険者3人がギ・デー達に向き直る。
ギ・デーとてレア級のゴブリンである。普段からノーマルクラスのゴブリンを率いての狩りは留守を預かる水術師ギ・ゾーや槍使いギ・ダーには負けるつもりはない。
良く狩りを行うものは、瞬時に相手との力関係を見抜く……いや見抜いてしまう。野生の感とも言うべきそれが、ギ・デーに絶対に勝てないと告げるのだ。狩る者と狩られる者、その隔絶した差に、ギ・デーは彼らが雑談に興じている間でさえ、襲いかかろうという気を起こせなかった。
だとすれば方法は一つ。
「……そういうことだ。悪く思うな」
今まで一言も喋らなかった破杖のベランが、殺気を漲らせて宣言した。
「散レ!!」
破杖のベランが一歩前に出るのに合わせて、ギ・デーは自身の使役する三角猪を突っ込ませる。
「ぬ」
「くっ!?」
自身が破杖のベランに突っ込むと同時に、三角猪をもう一人の冒険者に向かわせる。他のノーマルゴブリン達は、脇目も振らずに集落へ向かってばらばらに逃げ走る。
「しゃらくせえ!」
「逃がすか!」
敵の向かっていなかった二人の冒険者がノーマルゴブリンを追うが、森の中を走る速度ならゴブリンの方に分がある。後ろから魔法を浴びせ掛けられ1匹は殺されるが、他のゴブリン達はその場から逃げ去ることに成功した。
「……仲間を逃がす為に囮になったか」
破杖のベランが突っ込んできたギ・デーを一薙ぎして吹き飛ばす。逃走するゴブリンの背を見つめながら、冷たく光る瞳でギ・デーを見つめた。
「グルゥゥ……」
「ゴブリンにしては見上げた心掛けだ。だが、無意味だぞ」
見れば、三角猪は既に冒険者によって倒され、骸となっている。
「鷹の眼に連絡してやれ。ゴブリンの集落を襲えるぞ、とな」
冒険者の一人が、宝石を取りだして喋りかけている様子に、ギ・デーは襲いかかろうと身構える。
「お前の相手は、俺だ」
破杖のベラン。その右手に持つ杖が、赤く光を帯びて伸びて行く。
「炎よ孕みて刃と成せ」
杖の先端に埋め込まれた赤い宝玉が、炎を生み出してまるで刃のように炎の形を変えていく。炎の刃と杖が合わさって薙刀状となった得物を構えベランは、裂帛の気合いをこめた。
「破杖の技、とくと味わえ!」
頭上で旋回する炎の薙刀が、恐ろしい速度でギ・デーに襲いかかる。
この敵には勝てないと、直感で判断しているギ・デーはまともに戦おうとはせず時間を稼ぐことに終始しようと後ろに飛び退く。地面とぶつかり、衝突した場所を焼く薙刀の穂先。
「甘いぞ!」
真っ直ぐに下がったギ・デーに向かって、衝突した地面から炎が刃となって伸びてくる。身を捻ったギ・デーの腕をまるごと、その炎は焼きつくした。
「グギャァァアゥウアア!?」
腕を焼かれる苦痛に悲鳴を上げるギ・デー。そこから更に一歩踏み込んで来るベランが、石突きに当たる部分でギ・デーを殴り飛ばす。
なんとか立ち上がるギ・デーだったが、既にその腕は使い物にはならない。片腕だけで剣を構えると、再びベランと向かい合う。
「ベランさん、連絡終わりました。手伝いましょうか?」
「要らん世話だ。騎士の戦いに手助けなど無用」
「そうですか」
肩を竦める冒険者に対して、ベランは一瞥もくれさえしない。元はとある国の騎士だったベランにとって戦いとは神聖なものだ。自己と敵との命をそれこそ全てを賭けて奪いあう儀式にも似たものだ。
「……来ないならこちらから行くぞ」
ギ・デーの動きを見極めると、ベランは素早く動いた。踏み込むと同時に、炎の薙刀を突き出す。その下を掻い潜ろうとしたギ・デーに向かって、またもや炎の刃が追尾してくる。背中を焼かれてのたうちまわるギ・デーに、ベランは止めの一撃を見舞おうと薙刀を振りかぶる。
「グルゥゥアァ!」
「ぬ」
その時、最後の力を振り絞ったギ・デーが己の身を顧みずベランに突っ込んだ。同時にベランも振りかぶっていた薙刀を振り下ろす。
「……僅かに足りなかったな」
一瞬早く振り下ろした炎の薙刀によって、ギ・デーは一刀両断に断ち切られていた。
「ふむ」
「どうかしました?」
戦いを見守っていた冒険者が、思案顔のベランに話しかける。
「……いや、こいつは或いはこの辺りのボスではないのかもしれん」
「ゴブリン・レアならこんなところじゃ充分リーダーとして通用すると思いますけど」
「……だとすれば解せん。なぜこいつは仲間を逃がした?」
「そりゃ……」
「これがボスなら、自分の身が一番可愛いはずだ。仲間を盾にしてでも自分が助かる道を選ぶ」
群れのボスとはそういうものだ。生き残った誰かをリーダーに指名するよりも、自分自身が生き残って群れを逃がした方が、より安全だから群れのボスは自分の命を大事にする。
「じゃ、これより大物がいると? こんな辺境にノーブルやデュークがいますかねえ?」
「ちくしょう! 逃げられちまった」
「方向は大体目星はついたから、今から追えば他の奴らよりは、先に追いつけるはずだ」
「行くとするか……」
息切って戻ってきた冒険者二人と合流して、ベランらは森の奥へと進む。
その瞳には、更なる強敵との出会いに期待する炎が揺れていた。
作者引っ越しのため、更新がまたしばらく止まります。
次回更新予定は、11日前後になります。
では、今後ともゴブリンの王国をご贔屓に。