王の帰還
今回にて一区切り
【種族】ゴブリン
【レベル】89
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《叛逆の魂》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《神々の眷属》《死線に踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)
見上げるほどの大扉の前に立つ。負傷していないものはいないが、全員無事に生き延びたのを喜ぶべきだろう。そうしてクザンが大扉の前に傅いた。
「腐敗の主様、お答えください」
傅き彼女は祈りを捧げ始めた。ただ慕う者の為に祈りを捧げるその姿は、何か神聖なものを感じさせた。
彼女が祈りを捧げてどれほど経っただろう。大扉が軋みを上げて開く。
「……王よ。中へ、お進みください」
振り返ったクザンの瞳は、焦点すら合わず虚ろに光る。
「……大丈夫なのか?」
進もうとした俺の肩に手をかけるギ・ザー。
「心配ない」
それを制して俺は扉の中に進む。闇に耐性のある俺の視力をもってしても見通せない闇の中、生温い風が俺の肌を撫でる。
『……懐かしい匂いだ』
響いた声は、その闇の中全てを震わす低い声。
「お前が、腐敗の主か」
闇の中に居るであろう腐敗の主に向けて言葉を発する。
『いるのか。真の黒』
俺ではない何かに話しかける腐敗の主に、違和感を感じる。
『言葉も忘れたか? それとも話せぬわけでもあるか?』
前も見えぬ闇の中、その声のする方に足を進める。
「……っ!」
そうして俺は目の前にいる存在に足を止めた。レシアから神話を聴いたときに出てきた世界を敵に回した4匹の蛇。冥府の女神と共に戦いし神話の中の存在。
その中の1匹である双頭の蛇が目の前に居る。
その大きさは、先ほどの巨大鬼の比ではない。見上げるばかりの大扉が高さ15メートルはあっただろう。それが狭く思える程の大きさだった。二つの頭が地面につきながら、目をつむり細い息を吐きだしている。
その大きさからくる威圧感は、並大抵のものではない……だが。
だが、世界に立ち向かえるだけの力があるにしては思った以上に圧力を感じない。冥府の女神の魅了に慣れているからなのか、先ほどの巨大鬼のほうが威圧感があるように思えた。
「弱っているのか?」
語りかける言葉が、双頭の蛇に届く。
『……真の黒の宿主か。ふむ、自我があるのか』
思案するようにその言葉が直接脳裏に響く。
『クザンの導きでここまで来たのだな?』
「そうだ」
微動だにしない双頭の蛇が、語りかけてくる。
『お前が、混沌の子鬼どもを統べる王か……だが、おかしな匂いもする』
風向きが変わり、後ろから風が吹く。
いや、これは目の前の蛇が息を吸ったのか。どちらにしても俺と比べればあまりにも巨大な存在だ。
『汚らわしい人間の臭いがするぞ。我が母を追いし、汚らわしい人間のな』
徐々に聞こえる声には憤怒の色が見え始める。
じゅうじゅうと、死んだはずの右腕が音を立てて再生を始める。右腕に巻きついていた真の黒がのたうつ。黒い刻印となっていたヴェリドが、徐々に俺の右腕の中でその黒の面積を増やしていく。同時に、右腕が俺の意思を離れて持ちあがる。
──弟よ、話をさせてくれ。
聞こえた声と同時に、脳裏に響くのは双頭の蛇とは別の声。
『久しいな。双頭の』
『おおォ! ヴェリド。懐かしき我が友よ』
声は憤怒の色から歓喜の色へ。だが、やはり目の前に居座る双頭の蛇に変化はない。驚愕はしたものの、俺は敢えて抵抗せず右腕の会話に任せた。
『我が母は壮健なるや?』
『ああ、今も変わらずお美しい。我らが忠誠を誓うに相応しいままよ。お前のことも忘れてはいないぞ』
『そうか。我が母はあのときのままか……』
脳裏に流し込まれた映像は、幾千の神々の軍勢に立ち向かう神々しき女神の姿。振るう剣の一薙ぎで巨人を薙ぎ倒し、妖精族の魔法を駆逐する。
『……だが我は老いた。冥府へ繋がる門を守りしこの年月が、忌々しい時の神の呪いが、我を蝕んでいる』
『双頭の……』
『……今の我は、死に体よ。最早体を動かすこともままならぬ。再びの戦は無理であろうな』
何も言わないヴェリド。最早この2匹の間に会話は必要ないのか。
俺の予想は恐らく間違いない。腐敗の主は死にかけている。
『ヴェリドの宿主に問う』
ゆっくりと双頭の蛇の瞼が開く。白く白濁した4つの瞳で、だが真っ直ぐと俺を見つめる。
『汝は、この門を守れるか?』
それは死にゆく者の最後の願いか。
「俺は、王としてこの地に君臨する。それを侵す者には、必ず報復を与えると誓おう」
『その言や良し』
俺の中のヴェリドが、珍しく焦った声をだす。
『双頭の……まさか!?』
『ヴェリドよ、母に伝えてくれ。貴方様の子は立派に門を守りましたとな。時の神の呪いに侵されたこの体……ならば次代に役目を繋ぐのも、我の使命であろう』
双頭の蛇が頭を擡げる。二つの巨大な頭が俺の前まで来ると、その巨大な首を開く。口の中に並ぶ歯は俺の大剣程もある。
『ヴェリドの宿主よ。力を与えよう。この地を守る力。我らが悲願を成し遂げる力……』
その声は力強く、最初に見たときの印象など吹き飛んでしまう。その圧力。世界を敵に回せるだけの蛇が俺に語りかける。
『託すぞ。混沌の子鬼の王よ』
一陣の風が吹き抜ける。双頭の蛇が雄叫びを上げる。大地を揺るがし、空気を震わせ、遠く遠く冥府の母の元まで届くように双頭の蛇は咆哮を上げた。
そうしてそのまま倒れ伏す。
今度こそ全ての力を失ったかのように、その巨大な蛇の体を横たえた。徐々に始まる崩壊は、双頭の蛇の体を水に変えて流れ出していく。
『友よ』
そう言ったきり、ヴェリドは何も言わず沈黙した。同時に俺の右腕の支配も、自分の元に戻ってきた。
ヴェリドが支配していた右腕は、既に先ほどの戦闘が嘘だったかのように完治している。
歩き出そうとして、内側から突き上げてくる感触に方向感覚を失う。
「これはっ……」
進化の時の内臓を食い破られる感触。内側から自分自身が作り変えられていく感触に、俺は膝をついた。
◇◆◇
クザンはその声を聞いた時、自分達の氏族が担っていた役割が終わったのだと悟った。ごとり、と手にした死の水晶球が彼女の手から転がり落ちる。
「クザンさま?」
慌てて駆け寄るイェロに、クザンは泣きながらしがみ付いた。
「お父さん……腐敗の主様が居なくなってしまわれたよ」
その言葉に、イェロは開いたままの大扉を見て、泣きじゃくる我が子を抱きしめた。
「……声が、出るように!?」
「主様が、主様が……最後の力で私に声をくれたの……」
奇跡と呼ぶに相応しいその所業に、イェロは腐敗の主が死んだのだというクザンの言葉を信じることができた。
「……そうか。最後に主様は何か仰っていたかい?」
「長きにわたり、大義であったと……」
「そうか……その一言で我ら氏族は報われよう。終わったんだね、ディーナ」
「それが、私の名前?」
「そう。“クザン”になる前のお前の名前だ。お前の母と二人で付けた名前だ。私の愛しいディーナ」
「お父さんっ……」
涙を流すディーナとイェロを遠巻きに見つめていたナーサはギルミに話しかける。
「やはり、ゴルドバの氏族は変わっているな。泣くことが出来るのか。我らには出来ないことだ」
ゴブリンは涙を流すことなど出来はしない。ナーサ自身も父であるギランが死んだ時、悔しくはあっても涙を流すことなど出来はしなかった。
「或いは、我らよりも妖精族に近いのかもしれません。ですが……」
首を傾げるナーサに、ギルミは言葉を続けた。
「氏族の使命を果たしたゴルドバは、敬服に値するかと思います」
「始祖からの400年来の約束か……」
深淵の砦──その奥に居る腐敗の主を守るべく、氏族の始祖がこの地に渡ってきてからそれだけの月日が流れたのだ。ガンラ、ゴルドバ、ガイドガ、パラドゥア。それぞれの始祖の名前を冠したゴブリン達の今があるのは、偏に今日のためのものかもしれない。そう考えればナーサも不思議と悪い気はしなかった。
「そういえば。聞いたぞギルミ」
「はっ、何をでしょう?」
「王に妖精族の姫を約束したそうだな。宛てはあるのか?」
「……恥ずかしながら、西の者達と交渉しようかと考えておりました。ガイドガの脅威が除けるならば、ゴルドバ氏族を通じて交渉も可能かと」
横で話を聞いていたラーシュカが、興味深気に口を挟んだ。
「王は妖精族の姫が好みなのか? 氏族の娘を献上しようと思ったのだが」
ガイドガ・ゴブリン達には非戦闘員である雌や子供らを殺さず保護した王に非常に信頼を寄せている。それもガイドガでもっとも強いラーシュカを下したゴブリンともなれば、力を尊ぶ氏族には引く手数多と言っていい。
「王の好みは、わからぬ。元々妖精族の姫を献上するという約束だったが、それだけを目当てに我らの救援を引き受けてくれたとも思えぬゆえ……」
この話題をまさかラーシュカとするとは思わなかったギルミは微妙な表情だったが、当事者のラーシュカ自身はあっけらかんとして話す。
「なるほど。まぁ追々その辺りも考えねばならぬだろうな。俺を一度でも降したのだ。それ相応の待遇を用意せねば、氏族の名が廃る」
「随分と今日は多弁だな。巨大鬼を討ち取った王とあの呪術師の技に興奮しとるのか? ラーシュカ」
揶揄うような口調は、氏族で最年長であるアルハリハ。騎獣から降りて、その頭を撫でながらラーシュカに話しかける。一方話しかけられたラーシュカは憮然として口を噤んだ。
確かに多弁であった。普段寡黙な分、余計にそれが引き立ったのだが、子供っぽいと自覚したのだろう。ここで怒りだすのも、また子供っぽいと感じて、ラーシュカは憮然としたのだ。
反論を口にしようとして、東の集落のギ・ザーと名乗った呪術師の声が聞こえた。
「王!」
振り返った先に居る存在に、思わず膝をつく。自分自身驚いて周囲の様子を見れば、他の者たちまでも全員片膝をついて帰って来た王を出迎えていた。
僅かに挙げた視線から見える王の姿は、思わず膝をついてしまう威風に満ちていた。
体格はラーシュカよりも、頭一つ分だけ小さいだろうか。一角獣のように天を衝く一本の角が頭から生え、牛頭人のように、湾曲した二本角が並ぶ。周囲を睥睨する瞳は赤く、瞳孔は蛇を思わせる縦に走る。
引き締まった筋肉は無駄なものを一切取り払ったかのように太すぎず、肌の色は黒い。腰より少し下まで伸びた右腕には、黒い肌よりも更に深い黒の刻印が絡み付き刺青のようになっている。同じように左手の甲の辺りに浮き出ているのは紫色に近い宝珠のような何か。腰から伸びる尾が左右に揺れている。
「宣言する」
開いた口からは長く伸びた4本の犬歯が見えた。響く声は、ラーシュカを始めとするその場にいたゴブリン達の心を揺さぶった。
「この地に、同胞達を集めよ」
ぞくりと、ラーシュカの背を興奮の寒気が走りぬける。不敬と思いつつも、思わず顔を上げてしまう。威厳と威風に満ちたその顔つきは、確かに王のもの。
「ここに我らの王国を築く」
握り締めた手の平にじんわりと汗が浮かぶ。大地を踏みしめていた足が震えそうになる。これが、王なのか。我らを導く王なのか。歓喜の熱が全身を揺さぶる。見れば他の氏族の者達も同じような様子だった。
──王が還られたのだ。
遥か伝説の向こう側から、我らの元へ。王が帰還なされたのだ。
「族長達よ。氏族に伝えよ。俺は帰ってきた」
腹の底から声を絞り出す。この歓喜を他にどう表現したら良いのか。
我ら氏族を統べ、ゴブリンを統べるべき王が確かに今、我らの元へ帰還なされたのだ。
◇◆◇◆
レベルが100を超えたため、階級が上がります。
ロードからキングへ。
深淵の砦の主である、双頭の蛇より守護を受けます。
冥府の女神の眷属である真の黒より祝福を受けます。
冥府の女神の祝福を受けます。
ステータスが一新します。
【種族】ゴブリン
【レベル】1
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A-》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
《混沌の子鬼の支配者》
──種族ゴブリンに対して、魅了効果(大)
──支配下のゴブリンの能力上昇(中)
──信奉者以外は死後その魅了効果解除
《天地を喰らう咆哮》
──階級の低い敵に対して、スキル、魔法発生の妨害
──効果範囲周囲500m
《剣技A-》
──達人一歩手前
《覇道の主》
──統率可能な個体数極めて増大
──ゴブリン以外の種族に対して魅了効果(小)
──直接率いるゴブリンに対して絶対命令権
《王者の心得Ⅲ》
──敵のリーダーと戦う場合に被ダメージ増大、代わりに相手に与えるダメージも増大
──一騎打ちの際、名乗りあい同じ武器を使用することで、筋力、機敏性、魔力、防御力が増大
──一騎打ちの際、相手を殺さずに降せたならその相手に魅了発動(中)
《王は死線で踊る》
──自身の受けたダメージを2倍にして返す
《猛る覇者の魂》
──精神攻撃に対する耐性(大)
──一騎打ちの場合に限り被ダメージ軽減、相手に与えるダメージ増大
──致命的な精神侵略と引き換えに、被ダメージ軽減、相手に与えるダメージ増大
《冥府の女神の祝福》
──冥府の女神の加護を受けた者に対する魅了効果(中)
──光属性を持つ者からの嫌悪(小)
──闇属性を持つ者に対しての魅了効果(小)
《一つ目蛇の祝福》
──体力回復(中)
──魔素の操作が容易になる
《双頭の蛇の守護》
──深淵の砦で戦う限り、体力回復(大)
──暗黒の森で戦う限り、体力回復(小)
──支配するゴブリンの成長率上昇(小)
◇◆◇◆
次回からは、別の章が始まります。