王の信奉者
今回少し短め。
【種族】ゴブリン
【レベル】72
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《叛逆の魂》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《神々の眷属》《死線に踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)
繰り出す攻撃のことごとくが通用しない。
「ゴォゥアァオァア!」
それに巨大鬼の咆哮を受けるたびに、魔法を中断させられる。怒りのままに魔法を連発するギ・ザー。ギ・ゴー・アマツキは残り一本しかない剣で慎重に攻撃を仕掛けるが、如何なる加護を持っているのか巨大鬼の体は傷がつかない。
正面から、背中から、足を狙った攻撃を全て受けても巨大鬼は小揺るぎもせず、悠然と構えているのだ。
「……どうなってやがるんだアレは」
黒光の一撃を乱発したラーシュカの息は荒い。その中から絞り出すように愚痴が出る。
「何かの加護でもあるのか?」
アルハリハが眉を顰める。そもそも深淵の砦に住み着くこと自体が異様なのだ。ここはゴブリン達の聖域にして、彼らの信奉する腐敗の主の住処。
腐敗の主の意に沿わぬ者が存在できるはずはない。
だとすれば……。
そこまで考えて、アルハリハは頭を振った。
「……まさか」
今考えるのは止そう。
「目を狙う。援護を!」
ナーサ姫の言葉に、二匹は頷いて駆けだす。
ナーサ姫が矢筒から矢を取りだす。
「矢羽根よ!」
鏃に灯るのは、拳大の燃え滾る炎。生物全般に弱点といえる眼球。そこを狙う発想は良かったが、巨大鬼の身長が思わぬ障害となった。
騎獣に乗ったアルハリハ、巨躯を誇るラーシュカをもってしても巨大鬼の頭まで手が届かないのだ。
一発勝負に出るのは危険に過ぎる。誰か一人でも欠けたなら、劣勢はもう覆せない。
「焦るな。慎重に行くぞ」
アルハリハの言葉に、氏族の者達は頷いた。
ラーシュカ、アルハリハ、ギルミの援護の元にナーサ姫が矢を放つ。
だが、いくら攻撃しても効かないのだ。そういつまでも援護攻撃が効果を発揮できるはずもない。
「小癪な」
一行に数の減らないゴブリンの攻撃に、巨大鬼は苛立ちを見せる。
「震えろ大地よ!」
振りかぶった大斧が地面に叩き付けられるとその振動で、走り寄っていたラーシュカ、アルハリハがバランスを崩し、狙いをつけていたナーサとギルミの矢は大きく外れる。
「我が心は風に乗る」
空気が揺れる。ゴブリン・ドルイドの周囲に現れた小さな竜巻4つ。ギ・ザーの放った竜巻が、巨大鬼の一閃で吹き飛ばされるが足を止める程度の効果はあった。
「くそっ……足止めにしかならん」
枯渇しかけた魔素に、ギ・ザーは焦りを感じる。元々少ない勝機が殆ど絶望的にまでなっている。だが、それでも戦いをやめるつもりはなかった。
王を殺した者を許せるはずがない。
「震えろ空気よ!」
どうする、と迷った瞬間、巨大鬼の怒声が響き渡った。
巨大鬼が斧を振るう。空気を切り裂き、狂暴な唸りを上げる。地面に叩き付けたわけでもないのに、地面が揺れる。同時に巨大鬼の周囲の空気が礫となってゴブリン達に襲いかかった。
元々満身創痍で身を削るようにしながら戦っていたゴブリン達に、この一撃は止めと言ってもよい。魔素が枯渇しかけていたギ・ザーも、既にフラフラだったのだ。
強烈な一撃がギ・ザーを弾き飛ばし、立ち上がる気力すらも奪い去る。
「お、のれ……仇も、とれんの、か?」
苦痛に喚く肉体を酷使し、なんとか立ち上がろうとする中、気づけば巨大鬼がアルハリハに狙いを定める。
「……豪風の如く旋風の如く」
土煙を巻き上げた刃二つが止めを刺そうとした巨大鬼に突き刺さる。
これで完全に打ち止めの魔素に、ギ・ザーが苦笑する。
「そんなに死にたいなら貴様からだ」
嘲笑を上げる敵が、徐々に近づいてくる。見えるのは巨大鬼の巨躯。そして振り上げられた大斧。
己の死を悟ってギ・ザーは口の端を釣り上げた。
「王よ……俺は」
「我が身は砂塵の如く!」
瞬間目の前に、懐かしい背があった。
「まさか……」
聞き覚えがある声も、その呪文も、これではまるで……。
「俺は、死んで夢でも見ているか? 王よ」
巨大鬼の巨躯を跳ね除けた王は僅かばかり振り返り口の端を歪めて笑った。
「愚痴なら、後で聞こう」
間違いない。と思った瞬間ギ・ザーの体の奥から訳のわからない感情が湧きだし、思わず顔を伏せた。
湧き出てくる熱。体の内側から湧き出てくるこの熱さはなんなのだ。
疑問に思うギ・ザーを余所に王は敵に向かい合う。
「まだ戦えるか? ギ・ザー」
立ち上がれと、その背が言っている。臣下として追うべき、雄大なるその姿。
震える手を、軋みを上げる腕を、苦痛を訴える足を捩じ伏せてギ・ザーは立ち上がった。
「……当然だ。誰に言っている」
共に戦場に立つのだ。これほど嬉しいことはない。
例え戦う力がなくとも、魔素などなくとも、この王と共に──。
体の内から、風が吹いた気がした。
◇◆◇
ギ・ザーに止めを刺そうとした巨大鬼にアクセルを使って体当たりをする。隙をついたからなのだろう。盛大に吹き飛ぶその巨躯を視界の隅に収めながら、ギ・ザーの無事を確認する。
「俺は、死んで夢でも見ているのか? 王よ」
らしくない震えるギ・ザーの声に、どうやら俺は死んでいたのだと思い知らされる。それほどの常識外の出来事だったのだろう。
死んでから生き返るというのは。
だが、今はともかく。
「愚痴なら、後で聞こう」
見たところ魔素の枯渇と多少の裂傷以外は傷らしい傷もない。
「まだ戦えるか? ギ・ザー」
立ち上がれ、ギ・ザー奴を殺すのにはお前の力が居る。
「……当然だ。誰に言っている?」
相変わらずの強気の口調。そうだ。お前はそうでなくてはな。弱気など、お前には似合わん。
「ぐ!? これは……」
後ろから聞こえた声と、感じる風に巨大鬼に注意を払いつつも振り返る。そこには膝をつくギ・ザー……だが淡く光っているこれは、進化!?
もともと人間に近い容姿が更に磨きがかかっている。青白い肌は無理をすれば人間と言えなくもない程度にまでなっているし、指先も5本指だ。身長は俺の胸のあたりまでしかないが、人間とすればそう小さくもない。
それに、魔眼を発動させるまでもなく男前だった。怜悧としたほうがいいような冷たい表情だったが、それでも男前だ。
ちくしょう、俺は獣以下だぞ。
【スキル】《一つ目蛇の魔眼》を発動させると、そのステータスが浮かび上がる。
【個体名】ギ・ザー
【種族】ゴブリン
【レベル】3
【階級】呪術師・サブリーダー
【保有スキル】《魔力操作》《三節詠唱》《詠唱破棄》《知恵の神の導き》《風の守護》《王の信奉者》《風操作》《魔素転移》
【加護】風神
【属性】風
階級が上がっている。祭祀から呪術師へ。そういえば俺がギ・ザーのステータスを確認するのは初めてじゃないだろうか。
「進化か、久しぶりすぎて忘れていたな」
至極冷静に自分の状況を分析するギ・ザー。いや、並みのゴブリンでいけばノーブル級になるのだから新たな家名を考えなくてはいけないか。
「王よ」
あまりの出来事に呆然とする俺を、ギ・ザーの一言が遮った。
「来るぞ」
何が、とは聞く暇もない。強烈な咆哮が俺の耳を劈く。
「援護を頼むぞ」
「任せろ」
俺とギ・ザーは再び強敵と向かい合った。
ギ・ザー次回も活躍の予定。