王の矜持
前回死亡してしまった王様。
今日からギ・ザーを主役にした物語がはじま……
【種族】ゴブリン
【レベル】24
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)
「王!」
叫んだ声は、祭祀の主ギ・ザーのもの。
その光景にクザンは目を見開いた。巨大鬼の一撃が王の体を一刀両断に切り裂き、体を壁際まで吹き飛ばしたのだ。
「くっ……、王を救え!」
ギ・ザーの悲鳴に似た声に、固まっていた全員が我に返る。
走りだす氏族の族長たちと東の集落出身のゴブリン達。それを尻目に彼女は王の元へ走り寄る。駆け寄った彼女が見たのは、無残な光景っだった。
切り裂かれた傷口からは臓物が顔を覗かせ、流れ出る血はもはや彼の死が決定的であると覚悟せねばならなかった。何よりその心臓は既に止まっている。
王は死んだ。
ゴブリンの全てを担い、ゴルドバの氏族を救い、腐敗の主までの道を切り開くはずだった王は──目の前で死んでいる。
絶句する彼女の隣に、ギ・ザーが立つ。
「……そんな」
ぺたりと、腰を抜かす祭祀の顔色は真っ青を通り越して土色に近かった。
「……お、の、れ……」
地の底から全てを呪うような声が、ギ・ザーの口から漏れ出してくる。地獄の亡者を彷彿とさせるその怨念の声にクザンが振り返った時、ギ・ザーは巨大鬼に向かって駆け出していた。
無謀にも正面から突っ込もうとしたギ・ザーに、大岩の如き斧が振り下ろされる。それを自身の体をぶつけて庇ったのは、剣神の加護を持つギ・ゴー・アマツキ。
「王は、無事なのか!?」
倒れたままのギ・ゴーの問いかけに、ギ・ザーは絶叫した。
「許さん! 王の仇だァァ!」
その声は戦っていたゴブリン全てに届き、全員が凍りつく。
「ガッガッガ……あれが王か」
その声は巨大鬼が発したもの。
「あれは、無様に逃げ回り、俺に許しを請うて死んでいったぞ」
その高笑いに、氏族とギの集落の全員が激昂した。
「我らの王を侮辱した罪は、万死に値する」
アルハリハが蛇の鎌槍に紫電を灯す。
「例え、どうあろうと……氏族を救ってもらった恩には報いねばなるまい」
きりり、と弓を引き絞ったギルミ。それに合わせてナーサ姫も矢無き弓に魔力を練りあげる。
「俺の、敗北を……返してもらおう」
怒りの首飾りが、肌を食い破り肉に牙を立てる。ラーシュカの怒りのままに、筋肉が盛り上がる。
「……あれは俺が斬るはずだった王だ」
ギ・ゴー・アマツキの眼に光るのは凶気の光。集落を救ってもらった恩義で今まで封じていられた剣神の精神浸食が、ギ・ゴーの精神を染めていく。拭いがたい敗北の記憶が、剣神の精神と結びついて、ギ・ゴーの意識を喰っていく。
「──斬る」
すらりと抜いた刃に、鬼気すら宿して敵を見据える。
「王、仇……」
「かタき、取ル」
獣士ギ・ギー、隠密ギ・ジーは、叶わぬと知りつつも巨大鬼に向かって刃を構える。
「許さん。絶対に許さんぞ」
地獄の亡者をしてこれほどの言葉が出るのかと思わせる恨みの声。祭祀ギ・ザーは懐から石を取り出して、砕いた。
ギ・ザーの周囲から巻き上げる竜巻が、暴れ狂う風の竜となって顕現する。
「……許さんぞ、貴様ァァ!」
それが開戦の合図となった。
◇◆◇
クザンは目の前の光景がまだ信じられなかった。
巨大鬼は強い。それは分かっているはずだった。だが、同時にどこかでやはり甘く見積もっていたのかもしれない。
ギ・ザーの放つ風の竜が、斧の一撃でかき消される。ラーシュカの放つ黒光も、アルハリハの槍の一突きも巨大鬼の鎧の如き肉体に傷をつけることすら叶わなかった。
「ガッガッガ!」
それどころか、それらの攻撃を受けてなお巨大鬼は嘲笑していた。
お前たちなど問題ではないのだと。
弱者はいつまでも弱く、強者はどこまでも強いのだと。
あの巨大な敵は哂っていたのだ。
悔しかった。死の水晶球を握る手に力が籠る。使ってしまえば僅かなりとも勝機がある。
だが、もし使えばクザンは死ぬ。
死ねば、腐敗の主に会うことはできない。恋焦がれたあの声を、狂おしいまでに求めたあの声を、彼女は永遠に失ってしまう。
だがこのままでは、全員死ぬだろう。
イェロを──父親だったゴブリンを見る。
白く変化したゴルドバ・ゴブリンの肌の色。弱きゆえに4氏族をまとめられず大鬼達の侵入を許してしまった過ち。力なき預言者の言葉など、誰も聞いてはくれなかったのだ。
力なきゆえに、ゴルドバは、家族は死んでいく。
母も、姉も、みな白い肌に生まれ、そうしてクザンを残して死んでいった。
いっそ逃げ出してしまおうか。しばらくの間だけだが、3氏族の者達で持ちこたえるだろう。クザンが逃げるだけの時間は稼げるはずだ。
一歩後ろへ後ずさってしまう。
「クザン様?」
イェロの言葉に、クザンは泣きたくなった。
そう、自分は“クザン”なのだ。
ゴルドバをまとめるべき、当主クザン。その名が彼女を縛る。今は良くとも、逃げだせば周りに居る同胞達は死に絶える。幼い自分によくエサをくれた兄や姉も。生まれて間もない弟や妹達も、全て死に絶えるのだ。
──宝具を使おう。
イェロの瞳に驚きの色がある。彼女が宝具を使えばどうなるか、彼は知りすぎるほど知っていたのだ。
「本当に、よろしいのですね?」
こくり、と頷いて彼女は死の水晶球に力を込めた。
◇◆◇
まるで泥の中を彷徨っているようだった。粘りつく粘液は重く俺の体を縛る。
瞼が重い。
そうして強烈な飢餓が、臓腑を締め付ける。耐えがたい苦痛だった。
「あ゛ぁ゛ァあぁあ゛……」
出るのは声言葉にすらなっていない音。
眠ってしまえば、全てに片がつく。魂すら残らないような苦痛が待っていようとも、今はそれでいいとすら思える。
掠れた喉から出るのは、枯れ葉舞い散る秋の空っ風。
「あ゛ぁ゛ァあぁアア゛……」
目を見開けば、そこにあるのは燃え滾る溶岩の海。
「あーァァアァーあぁ゛」
眼下には肌を焼く溶岩の海が広がっていた。
──なんだ、これは。
見上げれば、そこにあるのは焼き切れたかのような赤い空。文字通り灼熱の大地と、嚇怒の空が俺の目の前に広がっている。
──なぜこんなものを見せる?
これが地獄だとでも言うのか。
大地と空を眺めている景色から一転。急速に高度を失って俺は落ちていく。噴き上げる炎が渦を巻き、強大な火柱となって乱舞する中を、ただ俺は落ちて行った。
そうして地面に激突する寸前、俺の視界は漆黒に覆われ、闇の世界へと暗転する。洞窟の中のように暗い世界で、朽ちた屍に突き刺さる剣が見える。
一つ目の蛇がその剣に絡みつき、俺を見る。ちょうど視線がぶつかった瞬間、俺の脳裏に走馬灯の如く駆け巡る画像が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。
「あ──」
──王、助ケる! 俺、王助ケル!
これは誰の声だった?
「──あ」
──良いだろう。俺の全てを持って行け。
これは、誰の?
「ぁ──」
──タダ、戦エ! 俺と撃ち合エ!! ゴブリンの王よ!!
「ぁぁあ」
──東の集落を統べる貴方様に是非とも我ら、ガンラを救っていただきたいのです。
──分かった。ひとまず、お前に降ろう。
──王よ。パラドゥアは、貴方に槍の穂先を捧げます。
──我らは待ち続けたのです。我らを解放してくれる王を。
──お許しあれ、貴方には何の因果もない。ですが、我らを助けてほしい。
「アあぁ──」
──私を殺してください。でなければいつか、貴方を殺すでしょう。
「あ、があぁアアァ!」
泣いた女の顔が見える。この女はなぜ泣いている?
その憂いに満ちた横顔に重なるのは、記憶の彼方の女性。もはや名前も忘れた女のことだった。
救わねばならない。
その涙を拭い、出来ることならその悲しみの根を絶たねばならない。一人の男として、理由などないのだ。
「レェ、ジァ……」
自分を殺せという女に俺は、何と答えた?
抗い続けろと。自分の意志を貫き通せと言ったのではなかったか。
「れ、シあ……」
積み上げて来たものが、敵に通じない程度で心が折れてどうする?
あの女が、そして俺が立ち向かうのは神の意志だ。
たかが……たかが化け物程度、俺がどうにかできなくて、あの女を救えるか!?
「レシア!」
枯れた喉の奥から、忘れかけていた彼女の名を呼ぶ。いつの間にか目の前に、剣がある。
闇の中伸ばした手が、蛇の巻き付く剣に触れた。
◇◆◇
「ガ、アァァあ゛ァあがあァァア!」
死の水晶球が淡く光を放つとともに、死した王の体が痙攣を始める。死んだはずのゴブリンの口から漏れるのは、この世のものとは思えない苦痛の声。
切り裂かれた傷口が、じゅくじゅくと音を立てて修復し始める。砕かれた右の腕が、切り裂かれた胴体が、軋み折れた足が。
体の傷を全て癒し終わっても王の痙攣は止まらない。
ぶるぶると震える腕が、中空に伸ばされる。
「ガァァウゥゥガァアぁあ゛ぁ゛」
口から涎を垂れ流し、激痛に見開かれた瞳は焦点すらままならない。まるで何かに引っ張り上げられるかのように、その体は立ち上がる。
「グ、ゥルゥゥアァガぁあ゛」
その眼は亡者のようだった。激痛に苛まれ、死者の国から無理矢理引き戻したのだ。まともな理性が戻っていることなど、期待する方がおかしい。
「グルゥゥウァアァアア!」
地を鳴動させ、天を震撼させる死者の声。
啼く声は亡者の悲鳴。
クザンは、己の成すべきことを知っていた。宝具死の水晶球は死者を蘇らせることができる。
ただし──。
蘇ったものは正気を失い、蘇らせた者の命を奪う。
そうしてやっと死者は正気を取り戻す。
死者を襲うのは極限の飢餓。生きとし生ける者の生命の息吹を自身の中に取り込まねば、死者は決して生き返らない。
故に彼らは蘇らせた者を喰らうのだ。
代々受け継がれたクザンの技。それを使うものは、初代の他には彼女が二人目だった。正気を失い凶相に染まるゴブリンの顔は、恐ろしいなどというものではない。あるいはこちらがゴブリン本来の貌なのかもしれないが、クザンの知っている王のものではない。
言葉の発せない彼女は、王たるゴブリンに触れて言葉を伝える。
『我が命を持って死を乗り越え給え』
獣じみて今にも彼女を喰い殺そうとゴブリンの王が牙をむく。
『……我らが王よ』
「グ、ルゥゥアガァ……オレは」
彼女の小さな体に喰らい付こうとした王が、その名を呼ばれた時、動きを止めた。
「俺は、誰だ……」
彼女は信じられないものを見るかのようだった。極限の飢餓と想像を絶する苦痛の中、自我を失わずに言葉を発している。
『……貴方は王。我らを救い、この地を統べる王。さあ、私を喰らって死からの脱却を』
呆然としながらも彼女は応える。
「俺は王、か……ぐっ!?」
膝をつき痙攣する体を、自分の意志とは無関係にクザンを喰らおうとする体を抑えつける。
『……抑えつけては意識が保てません。欲求に従ってください』
無理に抑えれば発狂する。現に初代が使ったときには蘇った者が欲求を抑えつけてしまい、精神が捩じ切れたという。
「分かって、いたのか……自分が、どうなるか?」
死の水晶を使った結果彼女は食い殺される。その結果を分かって使っていたのかと問いかける王に彼女は頷いた。
『貴方は王です。我らが、王』
「……俺が、俺が、王ならば、この程度の苦痛に屈してなどいられるか!!」
小さなクザンが己の身を犠牲にして救おうとしたその矜持。
対して己は小さきクザンを食い殺して浅ましく生き延びようとしている。
そんなことが、王の矜持にかけて許せるはずがなかった。
「俺こそが王! 何物にも屈せず、この世界を手に入れるべき王! であれば、こんな痛みに屈して良いはずがないっ!!!」
王が叫ぶ。その身の全てを振り絞るかのような絶叫に右腕から黒い炎が噴き出る。
「ヌウゥォオアオアアアァオオオ!」
右腕に絡みついた真の黒から無理矢理魔素を引き出す。
『王……』
「クザン!」
呼ぶ声は死者とは程遠く、生気が満ち溢れて。
『そんな……大丈夫なのですか?』
「俺を蘇らせたお前にならわかるだろう? 俺はもう揺るがぬ。王たる俺を見届けろ。お前の王がどれほどの者かを!」
スキルと魔素を封じられているはずの深淵の砦で、確かに王は魔素を顕現させていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
レベルが上がります。
24→72
【スキル】《反逆の意志》が《叛逆の魂》へと変化します。
──精神に対する攻撃の緩和(大)
──上位種に対する攻撃力、防御力、与えるダメージ増大
──顕現する神の力を奪います。
【スキル】《青蛇の眼》《赤蛇の眼》が《一つ目蛇の魔眼》へと変化します。
──階級が下の者のステータスを読み取ります。
──味方の人数が敵より多い場合、敵の弱点を探り出します。
【スキル】《神々の眷属》真の黒の力を奪ったため、神々の眷属の力を得ます。
──冥府の女神以外の神々に対して、精神攻撃に対する耐性が上がります。
──冥府の女神の魅了に対する耐性が下がります。
──同種族に対する魅了効果(大)
◇◆◇◆◇◆◇◆
……りませんでした。
王様復活。