罠
【種族】ゴブリン
【レベル】15
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)
轟と風が鳴る。
耳元を掠めた大鬼の斧が、地面に縦横に亀裂を刻む。
「グルゥルゥゥゥア!」
「ゴォォゥゥオオ!」
挨拶代わりの《威圧の咆哮》をしようとして失敗。逆に咆哮を浴びせられる始末だ。鋼鉄の大剣に力を込める。目の前に迫る第二の岩石じみた斧の一撃を大剣で弾き飛ばす。痺れる手を無視して、態勢を立て直す前の大鬼に追撃を加える。
《剣技B+》の補正を受けた大剣が縦に弧の軌道を描いて大鬼の腕を狩りに行く。《青蛇の眼》を使おうとして失敗。
思わず漏れる舌打ちに、この城塞に張り巡らされた罠の悪辣さに罵声を叫ぶ。
「忌々しい!」
弧を描いた大剣が大鬼の腕を絶ち切るかと思えた寸前、驚異的な筋力で力任せに俺に向かって振るわれた大鬼の腕が大剣の根元と衝突した。
大鬼の腕を深く切り裂く代償に俺は衝撃に吹き飛ぶ。地面を滑り、何回転かして俺はやっと止まった。必死に保っていた意識を総動員して体中の痛みを堪えてすぐさま立ち上がる。
あいにくと敵はあの程度で怯むような柔なものじゃない!
顔を上げるとすぐ側に、痛みで我を忘れ怒りに狂う大鬼の拳が迫っていた。繰り出される拳に合わせるように体を捻る。大剣を拳に合わせて盾代わりに繰り出す。
直後大剣を持つ両手に走る凄まじい衝撃。まるで交通事故にでもあったかのような、衝撃に一気に手の感覚がなくなる。
大鬼の手からは大剣の刃で傷ついた血が流れている。だがそれを気にする素振りも見せず再び拳を振りかぶっていた。
──くそ、痛みがないのか化け物め!!
「我は刃に為り往く!」
いつもの癖で刃に炎を纏わせようとして、失敗。虚しく響いた声だけが戦場に反響する。
──落ち着け! まだ負けると決まったわけじゃないだろう!?
感覚のない両腕に力を込める。僅かの間にも俺の化け物の体は感覚を取り戻しつつある。大鬼が振りあげた拳の内側へ、全速力を持って間合いを詰める。
振ってくる腕の内側から、二の腕に向かって振り上げるように大剣を振るう。
吹き出る血飛沫。上がる大鬼の悲鳴に朧げながらも勝利の幻想を抱き、直後目の間にあった大鬼の膝が俺を直撃する。
《直感》に従い咄嗟に大剣を盾とするも、余りの衝撃に大剣は俺の手から弾け飛び、俺自身は真っ直ぐ壁に向かって吹き飛んだ。衝撃を大剣を盾にすることによって頭上に逃がすことに成功していなければ、まず間違いなく死んでいた。
地面を引き摺られるようにして吹き飛びながら、生きているのを確認する。
「グ、ハ……」
立ち上がり腹に力を込めようとして、吐血した。
思わぬ衝撃に、俺は膝をついて血を吐き出す。力が抜け落ちるのを自覚しながら、視線だけで大鬼の動作を窺う。
ここで一気に追撃に来られたら流石に厳しかったが、俺の与えた傷も大鬼に軽くはないダメージを与えていたようだった。両腕は使い物にならず、まるで痛みで泣きわめくかのように上がらぬ腕をだらりと地面に垂らしたまま、天を仰いで吼えているのだ。
──大剣は……。
止めを刺す機会の到来に、鋼鉄の大剣を探し求めるが、視界を巡らせて見つけたそれは壁に半ばまで突き立っていた。
拳を握りしめる。
──武器がないのなら、この身を武器にするまでだ。
「グゥルゥウアウウアァ!」
挨拶代わりの咆哮と相手と同じ素手という条件が整い《王者の心得Ⅰ》が発動。
さらに、蓄積されたダメージによって《死線に踊る》第二段階の同時発動。
異常に膨れ上がった筋力が、腕に収斂していく。
俺の殺気に気がついたのか、大鬼が天を仰いでいた視線を俺に向ける。大口を開けて咆哮をあげる。聞いているだけで腹の底が竦むような、恐ろしげな声を受けながら俺は吼えた。
「グルゥゥルゥアァァ!」
──スキルなんぞ、顕現しなくてもなぁァ!
地面を蹴ったのは敵も俺も同時。振り上げた拳をそのままに、俺は駆けた。
一気に縮む距離。大口を開けて俺を噛み殺そうというのだろう。身を沈めた大鬼の頭が目の前にある。
──俺は、負けん!!
振り上げた拳を大口を開けた大鬼の眉間に叩きつけた。
俺の拳が砕けた音に続いてブチブチと引き裂かれる破裂音。振り抜いた筋肉が所々で血を噴き出すのを刹那の間に見て取って、この後に襲ってくるであろう激痛に歯を噛み締めた。
「ルゥゥォオオアアアァ!」
それでも振り抜いた拳が、大鬼の頭をスイカか何かのように破砕する。
渾身の一撃は大鬼の命を確かに殴り殺したのだ。
だが、代償はかなり大きなものになった。失ったのは半分の体力と、最早この戦いでは使い物にならないであろう右腕。
これからの巨大鬼との戦いにおいて、絶望的なダメージだと言っていい。
「……それが、どうした」
だが、それでもまだ。
轟々と燃え盛るこの胸の炎だけは俺の戦いを諦めていない。
俺は、必ず勝たねばならない。
今も必死に足止めをしている奴らのためにも──。
◆◆◇
今思い出しても後悔の念が胸を過ぎる。果たして俺の決断が正しかったのか、もっと別の手段があったのではないか。
いや、今さら迷っている暇などない。
クザンの案内によって進んでいた俺達は最初に出会った大鬼を消耗しながらも何とか倒し、油断していたのだろう。
結果として俺達は単純な罠に引っ掛かってしまった。
回廊を抜けた先にあった広い空間。広間なのだろう。そこに到達した時、頭上から落石があったのだ。もちろん、大鬼どもの仕掛けた罠だ。
前に来た時にはこんな場所はなかったと首をかしげるクザンの言葉に、俺はその広間の探索を命じた。それが結局は、俺達を引き裂くこととなった。
舞踏会場のようになっていたその2階から石の柱を落石に見立てて、落としたのだ。
「落石、上だっ!!」
真っ先に気づいた俺の声で全員がその場から飛び退く。無論俺も例外ではなく、目の前にあった通路に飛び込んだのだが、石の柱が落下した直後、今度は落盤が始まった。
「くっ……」
ともかく躱すのが先。落下する岩盤の合間に声を張り上げる。
「無事か!? ギ・ザー、ギ・ゴー!?」
あっという間に積み上がる瓦礫の山が俺の視界を塞いでいく。
「ギ・ギー、ギルミ! ラーシュカ!」
次々呼ぶ名前に、応える者はいない。そのうち全てを岩盤がふさいでいき、広間との間には絶望的な壁が出来てしまった。
「クザン、アルハリハ! ナーサ! ギ・ジー!?」
積み上がった岩盤を叩きながら、呼びかけるが反応はない。
ダメか、と諦めの思いが胸を暗色に染め上げるが、ロードにまで成り上がって強化された聴覚がそのか細い音を捉えた。
「王よ、先へ進め!」
ギ・ザーの声がする。その直後に聞こえる大鬼のものと思われる咆哮。
この壁の向こうで、俺の配下達は戦っている。
戦っているのだ。
俺の手の出せない戦場で、俺のために。
ぎり、と砕けるほどに歯を噛み締める。
──この胸の激情が力になるというのなら、こんな目の前の壁など砕いてやるものをっ!
「……進むぞ。俺は」
巨大鬼を倒す。本来なら同じ種族で群れることがない大鬼どもが群れているのだ。巨大鬼さえ倒してしまえば、奴らが仲間割れを起こしても不思議ではない。
俺は自然と走り出していた。
胸を突き上げる焦燥を憤怒で押し殺し、俺は走った。
◆◇◆
「ふぅん」
黒き部屋に悪魔の彫像。人型の物もあれば、のたうつ蛇の形を模った物もある。広い部屋に林立する彫像達の中心に彼女はいた。
世界を統べる王の玉座に、純白のトーガを纏って深く腰掛けていた。
彼女の眼前には魔鏡があり、愛憎入り混じる生者の国の風景が映し出されている。そしてそれは一匹のゴブリンを捉えていた。
「進むのね。愛しい子」
溜息に似た声には、確かに慈愛の響きがある。血色の良い唇から漏れるのは間違いなく母の愛。
「……でも早くしないと」
黄金色の瞳が鋭さを増す。彼女の意志に呼応して魔鏡の画像が一変する。森を進む3人の人間を主力とした捜索隊……いや、討伐軍。三者三様異なる力を持った神の尖兵どもだ。
蒼穹に似た青い色の髪をかきあげて、彼女は口元に笑みを浮かべる。
「……飽きないわね。坊や、貴方の生は波乱と激動に満ちている。運命の三女も干渉している気配がないのに」
足元に侍る蛇たちが彼女の喜悦の気配を感じ取り、頭を上げて首を傾げる。
「力を封じられ、武器を奪われ、仲間は閉ざされた壁の向こう。満身創痍な上に、敵対するのは上位種たる巨大鬼……。でもね、私は貴方に賭けたのよ」
聞こえるはずのない独り言に、魔鏡は再びゴブリンを映す。
その気高く強い魂。嘗て自身が胸に抱いていた誇りと強さ。それを確かに、あのゴブリンを通じて見たのだ。
「もし貴方が志半ばでこちらに来るのなら、貴方の苦痛も、苦悩も、悲しみも……全て母たる私のものよ。慟哭の涙の味は甘いかしらね? 絶望に打ちひしがれてあげる悲鳴は、極上の旋律かしらね? 守りたかった者を守り切れず、屈辱に歪む貴方の顔はっ……」
火照った顔に手を当て、彼女は薄く笑う。
「ふふふふ、楽しみね。貴方が強くなればなるほど、こちらに来た時の私の楽しみは増えるのだから」
でもなぜか。
「……出来ればずっと見守っていたいのだけれど」
冥府に堕ちる彼を嬲る楽しみ。気高く強い魂を持つ彼が、困難を乗り越えてほしいという思い。どちらも偽らざる彼女の本音だった。
応える者のない冥府の間で、悪魔の彫像と蛇たちだけが彼女を見守っている。
生と死の境でしか会えないのを残念に思いながら、彼女は再び魔鏡を覗きこんだ。
レベルが上がります。
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