侵入者
【種族】ゴブリン
【レベル】32
【階級】ノーブル・群れの主
【保有スキル】《群れの統率者》 《反抗の意志》 《威圧の咆哮》 《剣技C-》 《強欲》 《彷徨う魂》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
当面の脅威がなくなると同時に、俺は生活圏の拡大を目論んでいた。
今占領している廃墟の周囲には生きていくだけなら不自由しない程度の食料や、湖があり、水の補給にも事欠かない。
獲物とする動物も数多く存在してると言っていい。
だが、俺の野心はこんな辺鄙なところで終わるものじゃない。こんなところで王を宣言したとしても、服従させられるのは、高々50前後のゴブリンどもだ。
それでは足りない。まったくもって足りないのだ。
まずもって、俺が今いるのが世界のどこなのかということも知らない。
人間がいることからも、この地上に俺たち以外に覇権を握っているであろう存在がいるはずなのだ。
竜であれ、人であれ、またそれ以外であれである。
まずは、周辺地理の把握だ。
この森がどこまで続いて、そして森の外には何があるのか。森の中で危険な領域はどこからどこまでなのか。
地理に関する情報を収集するために、そして組織というものを理解させるため、俺はゴブリンどもを仕込まねばならない。
三匹組みという制度を作ってゴブリンどもを行動させる。
雄のゴブリンどもを、三匹で一つの組として、それぞれに狩猟をさせる。
罠を使い、道具を使って、獲物をとらせる。
同時に雌どもは、そのスリーマンセルで優秀な成績だったものとだけ交尾を許すことにした。
人間の感覚が残っているからなのか、俺にはゴブリンの雌に欲情するなんてことはなかった。……喜ぶべきなのか?
元離反グループが活動していた地域を、踏破区域と呼ぶ。比較的安全で罠の備えも多い地域だ。
ギ・グーとギ・ガーに狩猟の指揮を任せ、俺は未踏地域へと向かう。
森林の未踏破地域、まずは湖の周辺からだろうか。
集落から湖までの距離は、歩いて半日ほどである。武装としては、オークどもを殺して手に入れた皮の鎧と長剣を二本と短剣のみ差している。
軽装といえなくもないが、どちらかといえば群れ全体の強さをあげなければならない今、俺だけが武器を持っていても仕方ない。
使えそうな物は全てゴブリンどもに投げ与え、俺は自身のためだけに湖の周辺を散策する。
茂みに隠れながら周囲をうかがい、生き物の気配を探る。
今の俺ならオークと互角以上に戦えるだろう。だが、この森には俺より強いものはいくらでもいる。巨大蜘蛛や、まだ見ぬ大鬼、魚鱗人などもそうだ。徒党を組まれれば厄介なのはゴブリンよりも弱いとされているコボルトだが、いまだ俺はまみえた事は無い。
だが、それでもあえて俺が一人にこだわるのは、根本的なところでゴブリンというものを俺が信頼していないからだろう。
つまり、奴らの裏切りを俺は常に恐れている。
所詮、やつらはケダモノ。人らしい言葉を話し、人のような生活をしようと、人ではない。だから理解仕切れない部分もあるし、その中で居場所を見つけていく自分自身が不思議でならない。
狩りの高揚感の中、強大な敵を追い込み、俺が討ち取る。高揚感すら覚えるその狩りの途中に、やつらが怪我をしたときなど怒りで頭がはちきれそうになる。
その感覚自体が俺にはおぞましかった。
自分が化け物になっていく。
肉体に精神が付随していくかのような錯覚を覚える。
──俺はいったい何なのだ。
人か、それとも化け物か。
明確な線引きの無いまま、ずるずると引きずられていくような──運命。
ぎりりと、犬歯をかみ合わせる。
冗談ではない。
俺が俺の意志で、王となるのだ。
化け物どもを支配し、人を支配し、そうして……そうして……。
◇◆◇
取り留めの無い考えは、目の前を通り過ぎた初めて見る生き物に中断される。
鎧を纏ったような土色のウサギ──アーマーラビット──群れで移動するらしく、5匹ほどの集団を作って草を食むその様子を眺める。
──そういえば、腹が減った。
急な空腹感を覚えると、その獲物との距離を徐々につめる。
ゆっくりゆっくりと地面を這ってアーマーラビットに近づいていくが、突如ぴんと張った耳に背後から近寄る俺の存在に気がつく。
──ばれた!
思った瞬間俺は全力疾走で獲物に近寄る。
最高速まで瞬時に駆け上がると、間合いぎりぎりのところで剣を振り上げる。
まるでそこに俺の剣が振ってくるようなことがわかっていたかのように、バラバラの方向に逃げるウサギの一匹──まだ小さな個体に狙いを定めると、振り下ろすのを我慢して、さらに一歩跳躍。
完全に間合いに入ったところで、地面をえぐれるほどの一撃を叩き込む。
過たず首を跳ね飛ばした一撃は、血の花を咲かせて、ウサギの命を刈り取った。
アーマーラビットの鎧の部分から丸かじりしようとして歯を立てるが、意外に固い。このままだと俺の犬歯のほうが折れてしまいそうだったので、短剣で鎧部分を剥ぎ取って肉だけを口の中に放り込み咀嚼する。
狙った個体が小さかったからというのもあるが、ほとんど一口で食い終わってしまった食事に、なんだか味気なさが残る。
剣をしまうと、細かい骨を噛み砕きながら俺の歯が突き立たない、アーマーラビットの鎧の部分をしげしげと見つめてしまう。
跳ね飛ばした首を見れば、ちょうど首の辺りだけ鎧が薄くなっていたらしい。
狩りの成功は、ただ単に運が良かっただけに過ぎ無いようだ。もし、外殻の部分であったなら、俺の剣は跳ね返されていたかもしれない。
「ふむ」
と思わず考え込まずにはいられない。
これを急所を覆う防具に使えないだろうか。だがそのためには、おそらく専門の知識を持った縫裁をする技術や、急所を守る形に合わせた加工をする技術が必要になってくる。
短剣を使って余計な部分を切り取ってみるが、いまいちうまくいかない。やはりゴブリンの手では、こういう繊細な動きは無理らしい。
とすれば、人の手でやってもらわねばならないが……。
何かの役に立つかもしれないし、持ち帰るだけ持ち帰ろうという結論に達する。
鎧の部分に張り付いている皮の部分に穴を開けてツタを紐としてくくりつけ、背中に背負う。
──次だな。
水辺の周りを調査することにして、茂みの中を延々と日が沈むまで歩いていた。
収穫としては、アーマーラビットの皮を3枚ほど。羽の生えた小型のワニ──シェープアリゲーターの牙と革を手に入れてその日の散策は終えた。
◇◆◆
帰ったら集落の中が騒がしい。
なにやら喧騒に沸いているその様子に、眉をひそめながら声をかける。
「どうした?」
「王!」
老ゴブリンが、恭しく頭を垂れるが、どこか興奮した様子だった。
「人間です。人間どもが、森に入ってきます」
思わず舌打ちしたくなる報告だった。
「数と、やつらはどんな武装をしている?」
ギ・ガーが俺の前に進み出る。
「奴等ハ、6人でス。斧が2人、剣ふタり、槍が1。雌が2でス」
早すぎる。いつかは人間と接触を持たねばならないにしろ、このタイミングで──。
その目的も不明だ。
奴等は何の目的でここにきた? 俺たちを掃討か? いや、だが人間に関るような事は……ゴブリンに捕まった娘のことを思い出す。
あれが理由なら向かってくる人間は、敵でしかありえない。
しかも捜索に来るということは、そういう訓練を受けていることが考えられる。
どうする? どうする!
やるか、だが今回は凌げても次回を考えなければならない。断続的に襲ってくる人間を退け続けるのは至難だ。人間だったからこそわかる、人間の持つ悪意、害意、あるいは恐怖か。それらを原動力とする執拗さはおそらく想像を絶するであろう。
逃げるか、だがどこへ? 集落全ての手下を従えて逃げられる場所など当ては無い。安易に夜間歩き回れば、夜行性の巨大蜘蛛や獣に襲われいらぬ損害を出すのは火を見るより明らかだ。
どうする? どうすればいい!?
「王、どうぞご命令を」
かしこまる老ゴブリンを見下ろして、俺は考える。あるいは、こいつらを切り捨てて……。
「奴等は何度かこの森に来たことがあるのか?」
腕を組んで考える俺の声に、老ゴブリンが不思議そうに見上げてくる。
「人間は、年に何度かこの森に迷い込むことがあるのです」
年に何度か、頻度としては悪くない。俺がこの世界で生まれて約一ヶ月。
後せめて一ヶ月の時間が稼げるなら、俺は今よりもっと大きくなっているはずだ。
「人間を討ち取る、ギ・グー支度しろ。ギ・ガーは留守を守れ」
ゴブリン40匹を従えて、俺は森の中を走る。
宵闇をその活動の拠点とする巨大蜘蛛や、巨大蜥蜴との遭遇を避けながら、人間がいると思われる地域へ慎重に、だができるだけ急いで進む。
俺がその人間達を捉えたのは、ゴブリンよりもさらに強化された夜目のおかげだ。松明を掲げた人間が声をだしながら、森の中を彷徨い歩いているように見える。
ゴブリンどもに声を出さないように命じると、石を拾ってこさせる。
一人俺は奴らの叫び声に耳を傾けた。
「フィンラーいたら返事をしておくれ!」
「どこにいるんだ!?」
どうやら人を探しているらしい。
斧を持った男二人は戦いの心得などなさそうなへっぴり腰。だが、もう二人の剣をもった男女二人は、かなり危険な部類になるだろう。
わからないのは、その中心に居る修道女らしき格好をした女と男だ。
戦う力などないようにみえる。だが俺の嗅覚は、最もそいつらが危険だと告げていた。身にまとう違和感、とでもいうのか。異質な雰囲気をかもし出しているその二人組。
男の方は、禍々しく強大な。
女のほうは、神々しく圧倒的な、そんな力を秘めた二人組に見える。
最初は乗り気でなかったが思わぬ獲物の到来に、口の端を歪めて笑う。
彼ら6人の進行形路上に前もって手下を伏せると、狭い獣道の真ん中に俺は立ちふさがった。
「何の用だ、人間」
相手の反応を見るために、《威圧の咆哮》を叫ぶと同時に問いかける。
結果、斧を持った二人の男と、女の剣士は怯みが見える。
だが、男女の修道士と男の剣士にはまったくそれが見られない。
俺の胸の奥底でスキル《反抗の意志》が吼え猛る声がする。
「こんなところに、ゴブリンの上位種が!?」
目を見張る男の剣士。斧を持った二人の斧持ちは恐怖のあまり徐々に後ろに下がり始めている。
「しかも人語を喋るなんて……かなりの高位だ! 気をつけろ!」
修道士の男が叫ぶと、修道女をかばうように前にでる。
一人ひとりの動きを冷静に見極める。
「あの、話が通じ合うなら話してみるのも──」
俺の聴覚が捉えた修道女の小さな声は、修道士の男に遮られる。
「馬鹿な、あれは魔物だぞ!」
ほかの全員の意見に押されるように、後ろに下げさせられる修道女を尻目に、主力とそうでないものを見極める。さらに、それぞれの弱点までも。
「ケイフェン、頼めるか?」
修道士の言葉に応えるように、剣士の男が前に出てくる。にじみ出る気配が、物々しい。身にまとう空気は熟練した剣士の風格を備える。まだ二十代……あるいは三十代に届くか届かないか。
構える剣は、両手で扱わねばならないほどの肉厚の重厚な刀身。
「恨むな、これも運命!」
重厚な両刃の剣を肩に乗せたかと思うと、十歩からある距離を零にまで縮める脅威の踏み込み。
──まずい!
とっさに判断した俺は、後方へ下がると同時に短剣を投げつける。
俺の立っていた場所に寸分の狂いなく叩き落とされる衝撃と地を穿つ大穴。
ゴブリン一匹ぐらいが丸々入りそうな穴を開けたその力に、俺はしばし唖然とする。
──これが人の力か。
見れば投げつけた短剣が、真っ二つに叩き折られて、剣士の左右に散らばっていた。追い打つように、剣士の体が、淡い光に包まれる。
後方に居る修道士の男が、呪を組みながら口元で何かをつぶやいていた。
「問答無用か」
ならば、こちらも思う存分化け物としての戦い方をしてやろうじゃないか。人対魔物、その枠組みの中でなら……それ相応の戦い方というものがあるのだ。
「やれ」
《威圧の咆哮》の叫びにより、手下に投石を命じる。
たかが石といえども、拳大の石が左右の茂みから一斉に投射されたらたまったものではない。飛来した石は、斧を持った二人の男を直撃し、意識を昏倒させる。
「ゼオンさま!」
「レシア様!? いけません!」
さらに、修道士自身も足に怪我をする。女の剣士はとっさに悲鳴を上げる修道女をかばい、男の剣士は一瞬だけそちらに気を取られた。
そのわずかな隙を、待ち望んでいた俺が逃すはずがない。
地面を蹴る足の裏にすべての力をこめると一気に最高速まで駆け上がる。驚愕にゆがむ、剣士の顔を加速する景色の点景として捉え、それと同時に右から左に剣を一閃。
確かな手ごたえに、加速から一気に停止。そして地面にめり込む左足を軸に半身を回転。剣士に向き直ると同時に、背後からさらに首を狙った一閃を加える。
「くっ……神は我を守り賜う」
遅すぎる修道士の言葉に反応して、彼らの周囲に展開する防壁。これがおそらく魔法というものなのだろう。投石される石を、空中ではじき返してしまう無色の半円状のもの。
砕かれる石の粉が、半円状に広がっていた。
その膜の中で吹き出る血潮。
ゆっくりと剣士の体が崩れ落ちていく。上がる悲鳴を彩りに、俺は再び剣を振り上げる。邪魔なのは、修道士だ。
「リィリィ、レシアを連れて逃げろ!」
掲げる手に火炎の玉。
「神の恩寵は炎に注ぐ!」
拳大の炎の塊が一直線に俺の頭をめがけて飛んでくる。だが、それが何だというのか身をかがめて避けると同時に、俺は獣の様に四肢を這い蹲らせると同時に、踏み込む。
下段に下げていた剣を獣の姿勢から、突き刺した。
「おのれ、化け物……」
刃の欠けた長剣が、修道士の臓腑を抉り、腹腔から背中を貫いていた。
血と呪いの言葉を吐きながら尚も、すがりつくように俺の行く手を阻む修道士の目に浮かぶのは狂信者のそれだった。
「我ら神の使徒。死など恐れはせぬ。魔の尖兵ごと我が身を──」
その聞くに堪えない罵詈雑言に、俺は突き刺した剣で臓腑をえぐることで応える。
魂が途切れるような悲鳴をあがる修道士。
その魂が彼らの神に召される寸前、俺は敬意を表して耳元に修道士にだけ聞こえる声で囁く。
「美味そうな女だ。嬲りながら、殺してやる」
どちらの女を思ったのか、驚愕に目を見開いたまま、修道士は息絶えた。
崩れ落ちる修道士の体から、力任せに刃の欠けた剣を引き抜いて、一振り。血糊を払う。
その血糊が、修道女をかばう女剣士の顔にかかった。
女剣士の震える剣先に、我知らず嗜虐の笑みが浮かんでいた。
◆◇◇◆◆◇◇◆
アイテム:鋼鉄の大剣を手に入れました。
【レベル】が32→43にあがります。
【スキル】剣技がC-からC+へと進化します。
◆◇◇◆◆◇◇◆