策謀の手腕
【種族】ゴブリン
【レベル】15
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)
当代のクザンはまだ生まれてから1年と経っていない。
病弱な体もあって、外に出ることは叶わず狭い洞窟の中だけが彼女の遊び場だった。
クザンという名はゴルドバの氏族の初代族長の名前である。代々引き継いできたその名前と共に、か弱い雌であった彼女はある責務を引き受けることになった。
腐敗の主の神託を聴くこと。
初めてクザンが神託を聞いたのは、クザンとなってから僅か10日後だった。
『東より魔が来たれり。4つの宝を持たせ、我が前に』
断片的に聞こえるその声に、扉の前で祈る彼女は震えた。
その言葉は彼女の中に眠っている先祖の血をはっきりと目覚めさせたのだ。何もわからぬままクザンの地位についてから不安で押しつぶされそうだった心も、今はもうない。蘇るクザンとしての記憶。彼女としての記憶をそのままに、温かな先祖たちの温もりが小さな彼女の中に入ってくる。
喜びと共に、彼女は扉の向こうに居る門番を受け入れた。
だが。
魔とは何のことだろう。4つの宝とは間違いなく氏族の持つ4つの宝のことだ。初めて神託を聴く彼女にはこれをどう判断してよいかわからなかった。
添え役。彼女を補佐するための役職に就くイェロ──彼女の父親に相談してみたものの、東から何かが来ることしかわからない。更なるお伺いを立てようと扉の前に向かった彼女が見たのは、深淵の砦を闊歩する大鬼の姿だった。
しかも相手は一匹ではない。複数の大鬼に加えて、明らかに図抜けた力の持ち主であるオーガがいる。群れの主だった。
急いでその場から逃げだした彼女は、イェロに相談する。
氏族の協力を仰がねばならない。
そして今最も力を持っているのは、ガンラのギラン、時点でガイドガのラーシュカだ。長老格のアルハリハも呼び集めた会合は、結局物別れに終わった。
主導できる力なくば、ゴブリンが言うことを聴くはずがない。それを思い知らされたクザンは一計を案ずる。
神託を偽装させたのだ。
400年の不可侵条約。元は冥府の女神の置き土産のそれが覆されたと吹聴した。もちろん神託の場となっている冥府の扉の前にはオーガ達が居座っているのだから、そんな神託を受けられるはずがない。
一番神託に好意的に見えたガイドガのラーシュカにそれを吹き込んだ。
──魔とは敵のことである。
──王となり門番の力を得ればその敵に立ち向かえる。
元々野心のあったラーシュカは、それを機にガイドガ氏族の増強に走る。
魔素の素養があったラーシュカの才能を見抜いたクザンは、その操り方を伝授する。そしてこう名乗れと。
「冥府の門の祭祀の地位を受け継いだ」
冥府の門の祭祀の地位は、元々ゴルドバ氏族が担うもの。実質的にゴルドバは、ガイドガの支配下に入ると言ったも同然だった。ゴルドバの一族からの反発は、クザンの発言ということで殆どを抑えつけた。
眼を見開いたラーシュカに、クザンとイェロは頷いた。
──機は熟した。今こそ王を得る時。貴方こそが王となり4氏族を救うのだ。
その甘い言葉に、ラーシュカは乗った。
「御伽話の王などに頼るつもりはない。自身の力で自身の道を切り開く!」
若く気高い心意気を、老練ともいえる手管でクザンは操る。
ガイドガ・ゴブリン達を率い当時最大の勢力を誇ったガンラに戦いを挑んだのだ。立ち塞がるのは、初めに射る者にしてガンラ氏族の族長であるギラン。当代一の弓使いにして、最大派閥の長。
魔素の力を使いこなすラーシュカに対して、歴戦とも言える経験で立ち向かうギランの攻防は最終的に若く勢いに乗るラーシュカの勝利に終わる。
だがここで問題が起こる。
冥府の門にいるオーガ達が深淵の砦の外に進出し始めたのだ。
ラーシュカ率いるガイドガゴブリンに討伐を依頼しても、著しい戦果をあげることはできない。何しろ一匹一匹が強いのだ。
魔素を使いこなすラーシュカ、騎獣を乗りこなすアルハリハ。そして彼らに率いられるゴブリン達をもってしても、オーガの脅威は決して軽くない。
そうこうしている間に、ガンラのギルミが東から強力な助っ人を呼び込む。
──東より、侵略者来る。
そのゴブリンのあまりの強さに、イェロから話を聴いたクザンは神託の意味を悟った。
求めていたものが来たのだ。
自身の策略の愚かさが身に沁みる。だがこの役目だけは果たさねばならない。
冥府の門を守る者の言葉を、実行せねばならない。
魔と呼ばれたゴブリンの元に、4つの宝を集める。
イェロに傀儡の術を使わせ、凶鳥により彼らの動きを追う。
その行動一つ一つに、心惹かれる。確信が深まっていく。
ああ、この方こそがゴブリンを、自分達を救ってくれる。
一騎打ちの末、ラーシュカを破ったそのゴブリンをゴルドバの住処に誘う。
「俺が腐敗の主までの道を開く!」
その言葉のなんと心強いことか。寄る辺のない弱きゴブリンに、救いの手は確かに差し伸べられたのだ。
◇◆◇
所詮は神ならぬ身だ。全てを先読みしようとしても上手くいくはずはない。
ならばその中で最善を尽くすべきだ。俺は常々そう思っている。だが、その最善を求めた結果がこれなのか。
ゴブリン同士の要らぬ摩擦。
流れた血の量の多さは、俺の眉を顰めさせる。結果として俺の傘下に全ての氏族が収まっている事実。
確かに、4氏族の結束が緩まなければ俺が彼らを傘下に収めることはなかっただろう。偉大なる指導者ガンラのギラン。その主導の元ではラーシュカはその野心の牙を研いでも、反旗を翻すまでには至らなかったかもしれない。
だが、だが。それでも俺はこの所業に、嫌悪を感じている。
イェロとクザンにより語られた舞台裏。俺が登場するまでの紆余曲折を、俺は彼らから聞かされていた。いや、聞かされていたというのは語弊があるか。俺が問いただしたのだから。
目の前に傅くクザンに俺はどうしたらいいのか迷っていた。
「王よ。なにとぞ冥府の門に居座るオーガ達を駆逐してください」
解せないのはそこだ。なぜ今急にオーガが居座る必要がある?
何者かの意志を感じないわけにはいかない。
くつくつと俺の中で笑う気配がある。
──真の黒と名付けられた赤蛇。俺の右腕に巻きつく黒き炎の化身は、俺の葛藤を楽しんでいるようだった。
流石に冥府の女神からの贈り物だ。意地が悪い!
「良いだろう」
ケジメをつけねばならない。冥府の門の先に居るのが何者であろうと。
「ナーサの到着を待って深淵の砦へ向かう」
深淵の砦の内部に最も詳しいのはクザンだ。彼女の長年クザンとして蓄えた知識が必要だった。嫌悪すら抱くその策謀の手腕は俺の王国にとって危険ではないか。
最も効率的なのは、腐敗の主まで辿りついた後で断罪し、氏族の結束を固める方法だ。
一方で、俺には葛藤もある。
善悪定まらぬ無垢故に目的のためには何者をも犠牲にする。
これを俺は断罪できるのか?
クザンの眼に映るのは生きることに執着することですらない。ただ、門の中にいる腐敗の主と言葉を交わしたいと願う一途な思い。
あるいは恋と呼ぶべきものなのか。
それを俺は断罪するのか。
俺の目指した王とはそのようなものだったのか?
答えの出ぬまま、俺はナーサの到着を待った。
◇◆◇
「お久しぶりです。東の主殿」
流星の弓を携えたナーサが到着したのは2日後だった。
以前に見たときよりも晴れやかなその表情は、迷いを振り切った者の清々しさがある。
「何か、あったのか?」
つい口に出した愚問に、ナーサはギルミに一瞬だけ視線を泳がせ、苦笑した。
「いえ、大したことではありません」
「そうか」
ギルミとの間に何かあったのだろう。今の俺にはわかりようもないが、それが彼女の内面にプラスに影響しているのなら決して咎めるべきことではない。
「今回呼んだ要件はわかっているな?」
「はい」
一瞬の間を置いて、彼女はその場に片膝をつく。
「クザン殿より伺いました。深淵の砦に跋扈するオーガを討伐なさると」
なるほど。ナーサの変化はクザンの差し金もあるか。
「その為に私達の4つの宝が必要になるのだとお聞きしました。是非お役立てください」
以前は対等な同盟者だったはずが、今では臣下の礼を取りさえしている。
「必ず深淵の砦を取り戻す。力を貸せナーサ」
「御意のままに!」
ガンラは正式に俺の配下となった。