薄幸のクザン
【種族】ゴブリン
【レベル】15
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)
暗く湿った洞穴が延々と続く。所々に発光する苔が生えていた。頭上から垂れ下がる岩の氷柱から、ぽたりと水滴が地面に落ちて音を響かせる。
ゴルドバの誘いに乗って俺が足を踏み入れたのは、ガンラの集落から北に2日の距離にある洞窟の中だった。
「こちらでございます」
先導をするために進むのは、凶鳥の姿を借りたイェロ。
一体どういう理屈、魔術なのか、屍を利用して俺の前に姿を現すと慇懃な態度で俺達を案内する。東の集落出身の配下達はその奇異な姿にあからさまに警戒の視線を向けるが、氏族は慣れたものらしく、警戒する俺と俺の部下に“そういう奴らです”と苦笑していた。
片眼になったガイドガゴブリンの族長であるラーシュカ、ガンラの英雄である初めに射る者ギルミ、歴戦の騎獣兵たるパラドゥアの長老アルハリハらを引き連れて、ゴルドバの洞穴へと向かう。
途中ガンラの集落からどうしてもと聞かないドルイドの長であるギ・ザーが加わり、俺たちはゴルドバの集落へと向かうことになった。
地下へ続く階段状になった洞穴の中は暗夜を苦にしないゴブリンだからこそわかる程度の暗さに保たれている。大柄なラーシュカが窮屈そうにその洞穴の中を進んでいくが、並みのゴブリンならそこを通るのに問題はない。ラーシュカが規格外なだけだ。
「狭い、苦しい……ついでに長ったらしい!」
憤怒も露わに愚痴を溢すラーシュカに、長老格のアルハリハが混ぜっ返す。
「ならもう少し痩せれば良かろう?」
「横ではない、縦の問題だ」
憮然と返す会話にギルミが加わる。
「ギ・ゴー殿は剣が達者と聞く。戻ったら削ってもらったらいかがか?」
「なるほど、それも一興」
頷くラーシュカに、俺は内心でそれは死ぬだろうと突っ込んでおいた。どこを切るんだ? 足か? 頭か?
笑いあうゴブリン達のセンスに内心付いていけないとため息をついて、俺は先頭に進むイェロに問いかける。
「この先はまだ長いのか?」
「いえいえ、もうすぐでございます」
さっきから4度目のその答えに不毛な問いかけをしたらしいと気づく。諦めて俺は鍾乳洞を利用したゴルドバの住居を観察した。
長い年月を経て伸びた鍾乳石が、タケノコのように上下から洞窟を侵食している様は随分見ごたえがある。観光名所にでもなりそうな所だが、より目を引くのは所々にあった小さな地底湖ともいうべきものだ。上から下に降りていく過程において、その数は4,5個を数える。その色も透明ではなく淡く緑に発光しているのだ。
幻想的な風景だった。
視界の隅に動く何物かを見つけて視線を向ければ、色の白い小さなトカゲが走り去っていくところだった。
「到着いたしました」
目の前の凶鳥が頭を下げて俺達を導く。
目の前には装飾された扉。黒く禍々しいと表現すればいいような扉がある。音もなく開け放たれたその扉の奥にいたのは、小柄な白色のゴブリン2匹だった。
ばたり、と倒れる凶鳥。
「お初にお目にかかります。イェロと申します。こちらが当代クザン様でございます」
当代、ということはゴルドバの族長は代々クザンを名乗るということか。
あどけないと表現した方がいいゴブリンが頭を下げる。クザンの眼をのぞきこめば、あるのは恐怖と興味に近いものだった。
「東の集落から来た」
素っ気なく名乗りを上げると、頷くクザン。
「申し訳ありません。クザン様は生まれつき言葉が不自由なのです」
コクコクと頷くクザンの様子に、鷹揚に頷いておく。
「意志疎通に問題がないのであれば、構わぬ」
だが、俺はちょっとした違和感を覚えた。こいつらの容姿はゴブリンというには些か整い過ぎている。ゴブリン特有の醜く歪んだような顔つきや、捩じくれたような筋肉の付き方ではない。顔の作りとしては眼が大きく、表情は人間に近しいが無表情に近い。
ゴブリンとしても小柄な部類に入るのだろう。ガンラのギルミと比べても更にその背丈は小さい。クザンといえば、ギョロリと目だけで意志を伝えるべく周りを見る。この洞窟に長く住むからなのか、色素の抜け落ちたとしか思えない色白の肌。他のいかなるゴブリンとも違うその容姿に、俺は少しだけ面食らった。
ゴブリンというよりも物語に出てくる小人か妖精を思わせる。
どう見ても力仕事が得意には見えない。
「それで俺に臣従したいということだったが?」
平身低頭するイェロと直立不動で俺を見上げるクザン。
「貴方様にゴブリンの王となっていただきたく。お話をさせていただく機会を待っていました」
呆然と俺ではない何かを見るように見上げるクザンの表情には、何のさざ波もない。
罠、という可能性は低いだろう。ではこいつらは王の条件というものを示して俺を試そうとしているということになる。
力だけでは、ラーシュカのように氏族の長として認められるに過ぎないということか。
「クザンは何の病なのだ?」
勧められるままにゴルドバの居住地に進み、祭祀の間と呼ばれる場所で椅子に座る。俺が腰かけても問題ないほど巨大で丈夫な作りの椅子に満足しながら話を聞く。
王になる為の試練の前に諸事を片づけてしまいたい。
「我らの体の色を見てもらえば分かる通り、我らは他のゴブリン達とは違います」
イェロからの話をまとめると、彼らゴルドバは王の地である深淵の砦への入り口を守る祭祀の氏族なのだそうだ。
「事実か?」
他の氏族の代表たちに確認するが、皆一様に重々しく頷く。
「言い伝えには、王たるものが現れたなら深淵の砦への扉は開かれると……」
一番の若手であるギルミの言葉に、クザンは困ったように首を傾げた。
「俺は深淵の砦を見たことがあるが……別に中に入れないというわけではなかったぞ?」
ギ・ザーも首を傾げる。
「もちろん深淵の砦と呼ばれている建物はございますが、あれは地表のほんの一部。ギ・ザー様のご覧になったのは、ここから北に1日行った所にある砦でございますね?」
頷くギ・ザーにイェロは言葉を続ける。
「偉大な建築物だった。王の住処としてあれ以上のものはない」
以前にギ・ザーが言っていたゴブリン統合の象徴。別に不可思議な力があるわけではなくて、お前の独断と偏見……あるいは趣味か? そういえば集落の中でも一番大きな建物を建てて喜んでいたような……。
ちらりとよぎったレシアの不満げな顔に苦笑する。
随分俺はあの娘に熱を上げているらしい。
「確かにあれだけでも、ゴブリン達の王の住居として相応しいと思います。ですが我ら氏族の目指すのは更にその奥。冥府への扉と呼ばれるその中のお方にこそ、用件があるのです」
話が核心へ迫りつつある。
「どういうことだ?」
「冥府の扉の奥には、腐敗の主殿がいらっしゃいます。その瘴気により、我らは寿命が著しく短くなり、力は弱くなっていきます。そしてクザン殿は日の光に当たることができません」
なるほどと頷く。その話が事実だとすれば確かに俺の元へ来ることはできない。
精々が薄暗い洞窟の中に招くのが精いっぱいだ。
「病気の件はわかった。で、王になる為の条件とはその腐敗の主を討てというのか?」
一瞬右腕に絡みついた真の黒が脈打つ感覚がある。
「とんでもないっ! 我らの保護者である腐敗の主殿を討つことなどできません」
本気で言っているのだろう。クザンも首を振り、イェロも慌てて俺を止めようとする。
聞いている感じでは災厄ばかりを運んでくるような気がするのだが、それでも保護者なのか。まぁ俺がここで憤っても何も変わりはしない。話を先に進めるとしよう。
「王となる条件とは、深淵の砦の中に棲みついた大鬼を殺すことなのです」
大鬼か。未だ出会ったことはないが……。
「それさえ為して頂ければ、再び我らは腐敗の主殿の声を聞くことができる。それゆえに、我らは貴方を王と認めましょう」
どうにも納得のいかない話だ。
それだけが原因の話ならば氏族が協力してことに当たれば良い。見たところラーシュカ、アルハリハ、ギルミもクザンに対してはそれ相応の配慮をしているようだ。
クザンがその気になりさえすれば、オーガを仕留めることぐらい出来ないはずがない。
「納得のいかない話だ」
クザンを初めとした氏族の長達全員を見まわして俺は口を開いた。
「まずラーシュカはなぜガンラの集落を襲った? お前ほどの力があればオーガなど容易に、とは言わぬまでも倒すことは出来たであろう」
表情を歪ませるラーシュカ。
「ギルミ、お前は初め俺に言ったな? 遥か太古よりの呪いがあると。4氏族を従えたものこそが、ゴブリンを統べる王となるとな」
頷くギルミの表情も硬い。
「アルハリハ。お前は何も語ってはいないがそれゆえに問いただしたい。氏族の長老として一体王について何を知っている?」
俯くアルハリハの表情は見えない。
「最後にクザン……いやイェロか? お前は俺に何をさせたい? 見れば他の氏族はゴルドバに敬意を払っているようにも見える。お前が自ら動けば、このような騒動にならなかったのではないか?」
詰問に近い形だが、ここで真意を問いたださねばならない。
こいつらが俺に反旗を翻すとは思っていないが、王という存在がゴブリンの中でどの程度の存在なのかはっきりとさせたいのだ。そして嘘をついて俺を導いてきた理由も。
呆然と立っていたクザンの瞳が、初めて俺を見つめる。
片膝をついて臣下の礼を取るとともに、イェロが口を開く。
「……慧眼恐れ入ります。確かに、我らは王に隠し事をしていました。我ら氏族の持つ4つの秘宝をご存じでしょうか?」
ガンラの流星の弓は知っている。
「ガンラに加えて、ガイドガの怒りの首飾り、パラドゥアの蛇の鎌槍、そして我らゴルドバの死の水晶球。これら4つの秘宝を持たなくば深淵の砦でオーガに勝つことは叶いません」
言い切るイェロの言葉に俺は眉を顰める。オーガがいくら難敵だろうと、4つの秘宝程度でどうにかなるものなのか? 前に見た流星の弓に、そこまでの威力があるとは思えなかったが。
「問題は武器の持つ祝福の力です。深淵の砦の中では一切の魔素の行使ができません。そればかりか技の使用も不可能です」
平伏するイェロに視線を向け、以前に侵入したことがあるギ・ザーに視線を向けるが、肩を竦めるばかりだった。わからないということなのだろう。
「その中で唯一力を失わないのがこれら4つの秘宝なのです。ゆえにこの4つを携えない者は王としての資格がないと看做されます。ラーシュカ殿がガンラに攻めかかったのもそれが理由。始祖より受け継がれる流星の弓を易々と渡すはずがない、と」
確かにと思う反面、一度疑ってしまったならどこまでも怪しく見えてしまうのは俺の性根が臆病だからか?
「アルハリハ殿がそれに協力したのは、深淵の砦から漏れ出す瘴気が獲物の数を減らしてしまっているためなのです。このままではパラドゥアの氏族は騎獣を失います」
騎獣は誇りであると、アルハリハは言い添えた。
「ギルミ殿の呪いの話は、ラーシュカ殿に語った話が元です。元はギラン殿に語ったことが間違って伝わってしまったのでしょう」
「確かに私がその話を聞いたのはギラン様からだが……」
「最後に、ゴルドバの呼びかけでは……氏族がまとまることなどなかったでしょう」
「何故だ?」
声を震わせるイェロに、視線を向ける。
「我らは弱い……何より氏族達をまとめ上げるには彼らを従わせるに足る力が必要なのです」
単純明快ではある。だがどこか納得がいかない。
「王よ。我らは待ち続けたのです。弱き我らを解放してくれる王を」
臣下の礼を取っていたクザンが俺の側に拠って来る。俺の手を取ると、手の平を重ね合わせる。
『人の心を持つゴブリンの王よ』
俺はその時ほど驚愕したことはなかった。こちらに生まれ出てから、人だったという感覚すら日々薄れていっていたのだ。
『お許しあれ』
響く声は少女のように高い。
『貴方には何の因果もない。ですが、我らを助けてほしい』
ぎょろりと覗くクザンの眼を見ると、悲しげに揺れている視線とぶつかる。
太古の昔より、ゴルドバは弱かった。瘴気に晒され続け今や滅びかけている。それを救ってほしいと。
手を離すと再びクザンは臣下の礼を取る。
「良かろう。ギルミ、ナーサ姫を流星の弓と共に呼び寄せよ。俺が腐敗の主までの道を開く」
真の黒に意識して呼びかける。神話に登場した双頭の水枯らす蛇。それが今回の腐敗の主と呼ばれている者の正体ではないのか?
疑問を添えて質問するが、低く笑う声が返ってくるだけだった。
懐かしい、懐かしいなぁ──弟よ。
そう言って笑うヴェリドの気配に俺は確信を深めていく。
同時に湧き上がる怒り。
冥府の女神め! 余計なものを残していきやがって!
苦しみを残していってどうする!? それが神のすることか!
神を名乗るなら、せめて己に傅く者ぐらいは幸せにして見せろ!
7月の半ばまで休みがとれません……。
更新速度は落ちるでしょう。
楽しみにしている方には申し訳ございません。