ゴルドバの誘い
【種族】ゴブリン
【レベル】15
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv40)
ラーシュカとギルミのやり取りを見て、ほっと俺は息を吐く。
「……主、面目ありません」
そんな俺の側にギ・ゴーが寄ってきて頭を下げる。
「いや、いい。俺も一瞬のことで油断した」
「……はい」
「流石は氏族といった所だ」
「どういうことでしょう?」
ギ・ゴーが首を傾げる中、俺は説明をしてやる。
「誰もがギルミが構えを解いたとき、ギルミはラーシュカを射るのを諦めたと見た。仁王立ちするラーシュカの迫力は中々のものであったし、その中で眼球だけを射抜くなどというのはもはや神業に等しい」
「はい」
神妙に頷くギ・ゴーに俺は言葉を続ける。
「だがそれをギルミは、瞬時に射ぬいて見せた。しかも絶妙に手加減をしながらだ」
「手加減……?」
「奴はラーシュカを殺すつもりがなかったということだ。眼球の奥、脳髄に突き立たない程度の力加減をして矢を放った」
「まさか……」
弓矢さえ満足に扱えない俺たち普通のゴブリンからすれば、それがどれだけ異常なことかよくわかる。ギルミがその気になれば、あのままラーシュカを射殺すことなど容易であっただろう。
「そしてラーシュカも周囲が緊張感を薄れさせたあの時も、必ずギルミは自身の瞳を射抜くと気を切らさずに待っていた。でなくば、突然の痛みに無様な姿を見せただろう」
「それは、確かに……」
覚悟をすればある程度の痛みには耐えられる。予期しない痛みは、なかなか耐えられるものではない。瞳を射抜かれるのが、そのある程度に収まってしまっているのはラーシュカの化け物っぷりを示すところなのだが。
「恐らく、ギルミは全て計算して行ったのだろう。事実、あれ以来ガンラとガイドガの間であった蟠りは消えている」
これは少々穿ち過ぎな考えかもしれないが。
「……ラ・ギルミ、油断なりませんな」
「中々の手腕だ。だが弱点もある。ギルミはガンラの英雄だ」
ガンラを守り、ガンラの隆盛を築く。ギルミにはその才覚が確かにあるだろう。だが、ギルミの思考の中には常にガンラがある。それがラ・ギルミというゴブリンの足枷となるだろう。
瞠目して言葉もないギ・ゴーは、一度首を振ると、失礼しますと言って俺の側から去っていった。
わざわざ不協和音を奏でることもない。
切磋琢磨をしてくれればいい。
残るはゴルドバか。
どう攻略するか、まずは情報収集からだな。
自然と宴になっているその場に戻り、俺は肉を食らった。
◆◇◆
宵も更け、草原から流れる風は草の音を奏で、遠く獣の声がする。空に昇る二つの月は、今は重なりあって、その明るさを誇っていた。
炎が照らす集落の中では、思い思いの場所でゴブリン達が眠りを取っている。穏やかな夜だった。昼間まで殺し合いをしていたなどと思えないぐらいに。優しく頬を撫でる風と空から降りそそぐ月の光。美しい世界だった。
バサリと、その静寂を破って音がする。
見上げれば頭上から一羽の凶鳥が俺の眼の前に降りてくるところだ。手元にある鋼鉄の大剣の握りを確かめる。
何があっても動けるように、体の隅々までを僅かに動かして確かめる。
「ご機嫌麗しゅう。お初にお目にかかります。王よ」
目の前に降りてきた凶鳥が口を開く。今の今まで凶鳥が喋るなど俺は知らなかった。
「何者だ」
思わず低くなった俺の声に、凶鳥が僅かに怯んだ様子を見せる。あるいはそれも演技のうちだろうか。
「そう、警戒をなさいますな。私は決して敵ではございません」
黒い羽根を広げバサバサと全身を使って俺の警戒を解こうとしている。
「俺は凶鳥に知り合いなど居らん」
「私はゴルドバの使者。クザン様に仕えるイェロと申します。本来ならば私自ら赴くところ、使い魔での挨拶、平にご容赦を」
立て板に水の如く流れるように言葉を紡ぐ凶鳥に、俺は胡乱な眼を向ける。
使い魔……? この凶鳥を使役していると言いたいのか。
魔獣を使役する一族とは聞いていたが、獣士ギ・ギー達の使役する魔獣とは多少毛色が違うらしい。どのような魔法を使ったのか凶鳥が喋ってやがる。
「それで、何用だ?」
「王に対する臣下の礼をお許しくださいますよう」
俺の配下になりたい、ということか。それ自体は悪くない。だが、なぜだ? ガイドガを下したこのタイミングを狙っていたとしか思えない。高みの見物を決め込んでいたのか?
「ならばなぜ、俺の前に姿を現さない?」
「我が主クザン様はご病気にて、御前に姿を現すこと叶わず。どうかご容赦を」
イェロと名乗ったゴブリンがクザンの代理ということか。
「ならば、貴様自身はなぜ俺の前に姿を現さない?」
「私自身もクザン様の看病をせねばなりませぬゆえ」
どうにも、胡散臭い話だ。
確かめるにも目の前にいるのが使い魔では、どうにも埒が明かないような気がする。
「では、俺自ら貴様らの住居に赴けば問題はないのだな」
「おお! そうして頂けますか!」
誘いこむ罠、か? 今一度クザンに関する情報を整理せねばならないだろう。場合によってはそのまま攻める必要がある。
「支度を整えて待っていろ。近日中にはゴルドバの集落へ向かおう」
「ありがたき幸せ。では、私はこれにて」
びくり、と体を震わせるとスキューラはその場に倒れる。
目の前の凶鳥はすでに事切れていた。
「屍を操る、か」
冥府の門をすり抜ける術を知っているのか。或いはもっと別の何かか。
ゴルドバか、少し興味が湧いてきたぞ。
◆◇◆
暗黒の森の外側、北東に広がるのはアシュタール王の治める土地である。
王から与えられている西の領地。暗黒の森と境を接する領主の館に一人の初老の男が馬車から下りた。品よく整った顔立ちに背筋を伸ばした様子からは執事を連想しそうだが、眼に宿る鋭さと身に纏う武の気配がそれを否定する。蓄えた口髭と撫でつけられた髪は白に近い銀色であり、存在そのものが周囲を威圧している。
最も目を引くのは、鉄の手を持っていることだろうか。鉄腕の騎士ゴーウェン。この国の最高戦力である聖騎士の内、最古参であるこの男は自身の領地に兵力の確認に来ていた。
理由は先日下った王命である。
ゼノビアの聖女を生きたまま取り戻せ。
暗黒の森に囚われた一人の乙女を救いだせという、吟遊詩人が聞けば物語にでもなりそうな面倒な命令だった。
「ご領主さま、おかえりなさいませ」
「うむ。家宰……首尾は?」
「ご要望にお応えすべく腕利きのものを集めております。後十日もすれば全員集まるかと」
「急がせよ。揃い次第引見する。それまでは補給の支度だ」
「心得ております」
王より三名の聖騎士に下った命令に対して、ゴーウェンは功を競うことを提案した。どうせまともには連携などするはずもない。それどころか、森に入った途端寝首を掻かれかねない。
国の最高戦力といえば聞こえはいいが、個性が強すぎてまともに全員を従えられるものがいないのだ。ならば、目の前に餌をぶら下げて競わせる方がいい。
捜索範囲は広く、3人だけで捜索などとてもではないが終わるはずもない。ならばそれぞれの伝手を使って、独自に捜査した方がいいだろう。森に巣食う魔獣どもも近場の地域ではそれほど強いものはいなはずだ。
「焦る必要はない、が……後れを取るわけにはいくまい」
長年聖騎士として国に尽力してきたのだ。態々功を焦せる必要もない。ならばあの二人をうまく使って見せねばなるまい。
王国の城下町には様々な商店がひしめいている。武器・防具・雑貨・魔法書様々な有象無象を抱き込んだ混沌は王の住まう城から遠ざかるほどに顕著だった。その中を屈強を絵に描いたような一人の若い男が歩いていく。不遜なる視線を左右に飛ばしながら、巌のような体躯をその鎧に仕舞いこむ。鉄でも噛み砕きそうな顎と、爛々と野心に燃える猛々しい青き瞳。短く刈りそろえられた髪も天を向いて逆立っていた。
その男が、一つの店の前で立ち止まる。
大陸の共通文字が読める者なら、その看板に描かれた文字を見て眼を見張っただろう。剣と魔法がデフォルメされた木製の看板の下には、【冒険者ギルド】の文字がある。
「よお、邪魔するぜ」
「おおお! ガラントじゃないか!」
店主の声に、店の中にいた殆どの者が振り返る。ガランド・リフェニン。嵐の騎士ガランドと言えば周辺国にすら名声を轟かす豪の者だ。
「どうした、騎士を首にでもなったか?」
テーブルを囲んでいた歴戦の戦士を思わせる男が軽口を叩く。それに対してガランドは獰猛な笑みを口の端に乗せて笑った。
「なに、今度は勇者の真似事をしろとさ」
「勇者? 強盗じゃなくてか?」
わはは、と店内に笑い声が響く。冒険者とはその名の通り未開の地に分け入り、その土地を探索する者達の総称だ。当然、発見した貴重な財宝などは冒険者の手の内へ入る。無論、依頼という形で依頼を請け負ったりもするが、その相互扶助組織がギルドだ。ガランドはその冒険者出身の聖騎士だった。
冒険者の騎士。嵐のガランド。彼を物語る二つ名は多い。
「残念ながら本当に勇者の真似事だ。森に囚われた乙女を救いだす!」
ガランドの声に、店内が騒めく。
「そこで冒険者出身の俺としては、クエストをギルドに請け負ってもらいたい。勇者一行に名乗りを上げる者を募集する。数は30人……報酬は金貨1枚」
「英雄ガランドの依頼とあれば断る謂れはねえが……」
店主の溜息交じりの声に、ガランドは苦笑する。
「頼むぜ」
「ああ。告知を張りだしておこう」
殺到するであろう応募に、これからの忙しさを思って店主は再度溜息をついた。
王都の治安を預かるのは警備隊と呼ばれる警察機構だが、彼らとて全ての犯罪を撲滅するのは不可能だ。城下町は王城から離れるに従ってその治安は悪化の一途を辿る。
王都の最も外側を囲むのは貧民層の暮らすスラムだ。
その内側は職を持つ者達の暮らす平民区。続いて内側へ行くたびに金と権力を持つ者達の住処となる。そんな王都の平民区と商人区の境界に、一種独特の雰囲気を持つ商人達の住処があった。
彼らが扱うのは、人、亜人、妖精族。
奴隷という名の鎖に繋がれた彼らは命までも既に商品として扱われ、労働力として、戦力として、又は金の有り余る者達の玩具として売買される。
ジェネ・マーロンは奴隷を扱う店の前に来ていた。本来なら使用人達に行かせる場所なのだが、今回は彼自身が見定めなければならないので、態々足を運んだのだ。
赤き鎧を身に纏った長髪の男。黄金色に輝く髪は女性と見まごうばかりに美しく、細身の体躯に日に焼けたことのないような白い肌は一層女性らしさを強調するが、その口元に漂う皮肉気な笑みと周囲を見下ろす切れ長の瞳は、隠すことなく嘲笑を浮かべている。
必要なのは森で探索を可能とする奴隷だ。多少値が張るだろうが、少人数で挑むつもりの彼は特技を持った奴隷になら金に糸目をつけるつもりはなかった。
出来れば妖精族の女がいい。
楽しみが増えるに越したことはないのだから……。
そう考えて彼は目的の奴隷を探し始めた。
一週間ほど更新できそうにないので、書き上げた分を今のうちにUPしておきます。
感想についても、返信出来るのがそのくらいになりそうです。
さて、久々に登場の聖騎士さんたちそれぞれに準備に余念がありません。人間の中で森の探索というのは、結構な危険な仕事と認識されています。
ガランドさんの提示した金貨1枚というのは、平均した依頼の値段よりも割と高めです。眼を引く金額の依頼、しかも依頼者は冒険者出身の英雄となれば依頼が殺到するのは当然で……。
貨幣の価値としては、金貨1枚で半年ほどつつましく暮らしていけます。
ジェネさん、外道路線を突っ走ってますね。
ですが、この世界観では特に非難されるような行為ではないので、聖騎士の名声が傷ついたりはしません。奴隷の地位は最底辺まで低いので、無暗に殺すでもしない限り、非難を受けたりはしませんね。
使い捨てと割り切って使えれば、兵士よりも有用だという考えもあります。
鉄腕ゴーウェンさんについては、他の二人に比べて領地経営に熱心で自前の兵士もたくさんいるという環境にある為、自前の兵力を使う算段です。流石に最古参ともなると、色々権力も持ってますからね。
では、次のお話をお楽しみに。