閑話◇ブイの奮闘
御礼お気に入り5000HITということで、本編とはあまり関係ない移住を強制されたオークの行く末を書いてみました。
【種族】オーク
【個体名】ブイ
【レベル】36
【階級】キング・群れの主
【保有スキル】《暴食》《自然の癒し》《強者の素質》《魔術素養》《統率C+》《王を継ぐ者》《彷徨う魂》《束縛された魂》
【加護】知恵の神
【属性】なし
【状態】ゴブリン・ロードに従属
【状態異常】常時弱気・実力半減
あの怖いゴブリンにゴル・ゴル様が敗れてから僕は同胞達を率いて、より人間側に近い所に移り住んでいた。僕らが元住んでいたところよりは森の木々が少なくて、湖が近くにある。綺麗だ。
最初住処を移れと言われた時には、どこに飛ばされるのかと思ったけど、思ったほど悪くはない。見上げるばかりに巨大な木は、たぶん母なる大樹。周辺の木々を枯らしながら自分の若木だけに生存を許すモンスターの一種だ。
ゴブリン達は、天穿つ大樹と呼んでいたみたいだけど、正確には違うのだ。
根元に穴を掘った跡がある。たぶんゴブリン達のだろうけど、体が大きな僕らには入りきることはできなかった。
「とりあえず、住処を整えよう」
みんなを集めて提案してみる。なんでそんな微妙な顔なんだろう。
「エサ、ほしい」
「食い物、先」
む。
それはわかるけど、歩いてここまで来たときに大分つまみ食いをしていたのを僕は確認している。
「でも、食べ物も保存できる場所がないと!」
「全部食べればいいじゃない」
「そうだそうだー」
食べ物が保存できないなら、全部食べればいいじゃない? どこの頭の悪いオークだ!
ここいらでオークの敵となりうるのは、巨大蜘蛛ぐらいしかいない。その巨大蜘蛛もゴブリン達が狩り尽くしているという話だった。東に住むコボルトと南に住むゴブリンとの境界さえ守れば、ここは天敵もいない天国に近いのだ。
食料は豊富にあるし、水場も近い。
僕はここにオークの平和な村を作っていこうと思っていた。
幸い対他種族で強硬派と言われるオークは、先の戦でほとんど全滅に近い。今この永年樹の根元にいるのは、比較的若いオークと老人と雌達だった。
「ブイ様肉が食べたい」
「肉、にーく、にーく!」
我儘なことを一人が言うと、同調するように他のオーク達が頭上に右拳を突き上げ、胸のあたりまで振り下ろす。
無駄な一体感は何なのだろう?
むぅむぅ。
「分かったから! じゃ半分に分かれよう。グーイは3人で食べ物を取りに行って。湖の近くには槍鹿がいるから、皆んなの分も取ってきてね。他の人は木を集めてきて」
「グーイ達だけズルイ~」
「ずるい! ずるい!」
また無駄な一体感を出しそうなところを、断固として拒否する。
「だめ!さっき鎧兎つまみ食いしてたの見たよ!」
「けち!」
「けーち! けーち! けーち!」
このノリやめない……?
◆◇◆
周囲の岩をどけて、母なる大樹以外の木々をへし折って雨風を凌げる場所を作っていく。雑草を抜いて、住処と定めた場所を明確にしておく。なんというか、気分の問題なのだ。周囲一体に荒れ地を作っておくと安心する。
一息ついたところで、グーイ達が槍鹿を取って戻ってきていた。
「ブイ凄いぞ。槍鹿いっぱいだ。湖には、魚もいっぱいだ」
「ゴブリンに住処を変えられてからどうなるかと思ったが、ひとまず安心じゃの」
「よかったよかった」
そのあとはみんなで食事になった。
本当にそうだと思う。でも、決して僕達が安全だとは思っていない。これほどの立地条件の土地に移り住まわせたあのゴブリンの思惑は、僕達のことを考えて、というものじゃないはずだ。
たぶん東にいるコボルトのさらに向こう。ゴル・ゴル様が戦いを挑もうとした人間の対策なのだろう。人間の勢力を防ぎとめるための防波堤が、僕らオークというわけだ。
恐ろしいことを考えると思う。小さき者、矮小なる者と侮っていたゴブリンの思考過程に恐怖する。だがこれはチャンスでもあるのだ。
これだけ立地条件の良い場所なら、僕達オークが増えることだって当然視野に入ってくる。人間の侵入がどれほど激しいかにもよるけれど、それほど激しくないのなら数を増やして再びオークの天下を取り戻すことだって出来るはずなのだ。
でもその為には基盤が必要だ。
僕達が安心して住める場所。巨大蜘蛛やゴブリン達、或いは人間から守られるような場所を作っておかなくちゃいけない。
「食べたらまた集落の整備をするからね!」
「えー、眠い!」
「ねむいー、ねむいー、ねむいー!」
ぐずる同胞を立たせて、岩を東側に移動させる。食べ終わった槍鹿の骨を母なる大樹の根元に固めておくと、僕は周囲に水場はないかと散策に出かけた。
しばらく歩くと湖に流れ込む川を発見する。母なる大樹の根元から、北へ半日ぐらいのところだ。水の匂いがすると思ったからその辺りをうろうろしていたら、案の定だった。
うぅん、お腹がすいた。でも我慢だ。食料を保存するという概念がない同胞達に、安定した食料の供給を教えなければならない。
僕が率先してやらなければ、同胞達はいつまでもあのままだ。
川を辿っていくと、湖に到着する。どうやら母なる大樹の根元を西側に半円状に迂回して湖に注ぎ込んでいるらしい。どうにかして水を引き込めないだろうか。
もし水を集落の中に注ぎ込めれば、川の水が利用できることになる。体も洗えるし、魚も食べられるかもしれない。
とりあえず戻ってから考えよう。
道々歩きながら考える。お腹がすいたけれど、なんとか構想を練ってみる。
湖に注ぎ込む川はいくつかある。そのうちの細い一本の流れを変えて、集落の周りに水の堀のようにしてみてはどうだろうか。これは、先の戦で僕達が堀から上がるのに苦労した経験から言うのだが、あれをそのまま真似るよりも、水があったほうがきっと侵入者は苦しむと思うのだ。
人間であれ、ゴブリンであれ水の中で呼吸できるという話は聞いたことがない。
なら深い水堀を作ればきっと越えてくるのに苦労するはずだ。
うん、きっとそうだ。
問題はどうやって水を引いてくるかだけれど、川をそのまま引き込んでしまえばいいか。
食べ物は問題ないのだし、とりあえずやってみよう。
「みんな、穴を掘ろう!」
「そんなのゴブリンの仕事だ」
「穴の中には食べ物居ない!」
「でも大事なことなんだ! 聞いてよ!」
頑張って説得してみるけど、話を聞いてくれるのは半分にも満たない。そしてその中で僕の意見に賛成してくれるのは、さらに半分程度。
結局その人たちに話を取りつけて、僕は他の同胞を説得に回ることになった。湖から川まで集落を通るように、穴を掘っていく。地面に潜れるようなものじゃなくて、水が通るような穴を地面に掘っていくのだ。
集落の周りを回るように、計画した穴を掘りながらせっせと僕は同胞達を説得に回った。
穴掘りなんてゴブリンの仕事だという同胞には、ゴブリンに出来たことが僕等に出来ないはずがないと強調する。まさかゴブリン達に、貴方達が怖いので穴掘り作業を手伝ってくださいとは言えない。
僕らでやるしかないのだ。
穴の中に食べ物がいないと主張する同胞には、川の流れをそのまま引き込めば、魚食べ放題だと力説してみる。
本当にいるのかどうかは、未知数だけど。
その甲斐があって集落が一団となって穴掘り作業をすることになった。食べ物は豊富にあるし、移動しながら食べ物を探す必要がないっていうのは、良いことだ。
掘った土を掘の両側に並べて、土塁としてそのまま使う。湖までの距離を掘り進めるのは体力のある僕達でもかなりの日数を要したけれど、比較的順調に進んだ。
大きな岩が出てきてもみんなで力を合わせて押しのけ、木を切り倒し、切り株を引っこ抜く。30日近くかかってやっと大まかな水路ができあがった。
後は本来流れている川をせきとめて、流れをこちらに持ってこなくちゃいけない。
引っこ抜いた切り株や、余った木々を川の中にどんどん投げ込むと同時に、残っていた最後の土壁を壊して僕等の作った川に水が流れ込む。
流れ込む水のしぶきに思わず同胞達から歓声があがる。
うんうん、僕も感無量だった。
急いで走って集落を見に行く。集落の周りを走る水路には水が満ち、勢いを増して湖に流れ込んでいる。
「魚、いるかな?」
後の不安はそこだけだった。
◆◇◆
困った。川の流れが大地を侵食してしまって、水路が形通りに行っていないのだ。これじゃ水路に幅を作ってしまうし、無駄に広くなってしまって水堀が浅くなってしまう。なんとか水の勢いを弱めようと、川の中に石を投入してみる。
この際、流れが急な所には岩を置いてしまって、そこを重点的に守る要点とした方がいいかもしれない。そんなことを考えながら、また食べ終わった骨とか革を母なる大樹の根元に捨てに来た時だった。
妙に良い匂いがするなと思って頭上を見上げれば、大樹の枝から実が落ちてくるところだった。ちょうど僕の手のひらに収まるような大きさ。狙い澄ましたかのように、僕の手の中に入った木の実が、甘い芳香を放っている。
じゅるり、と涎が出てくる。思わず口に含んでしまったそれの甘いこと! 初めて食べたんじゃないかと思わせるほどの果汁と食感は、この世のものとは思えないほどだった。
──こんにちは。
何か声が聞こえた気がして、左右を見てみるが何もいない。
──こっちこっち。
再び呼ばれて左右を見渡すが、やっぱり誰もいないのだ。首をひねる僕に、再度甘いにおいが漂ってくる。
──上よ、上。
上……いわれるままに見上げてみれば、母なる大樹が聳え立っているだけだ。
──そうそう、それが私。初めまして。
木が……喋った……。
愕然とする僕に、微笑みかける意識がある。前はこんな感じはなかったのに、ぼくはおかしくなってしまったのだろうか。
──私は、ドラリア。貴方は?
ブイだけど。
考えたことが、すぐ相手に伝わるようだった。
──なるほど、オークのブイね。ねえ、貴方今困っている?
いや、困っているといえば困っているけど。
──なるほどなるほど、大丈夫。私が助けてあげましょう。でもその代わり……これからももっと私の繁栄に協力してね?
繁栄に協力って……。
──具体的にいえば、私が地中から根を出して水の勢いを弱めてあげる。だから貴方は私のところに、しっかりと栄養を運んできてくれればいいの。そうしたら若木を沢山出せるし、森を形成できるかもしれないわ。
森なんて作ってどうするのだろう。
──貴方達は周りの雑草を抜いてくれるし、私の成長のために栄養をくれるから特別に、ね。
ぽんと、遥か頭上からまた実が落ちてくる。それを口にすると、なんだか不思議と力が湧いてくるようだった。
「ありがとう、ドラリア」
──どういたしまして。
そのあとすぐに川の流れを見に行ったけれど、ドラリアの言った通り水の流れは随分弱まっていた。そればかりか、弱まった水の流れに魚の姿まで見える。
僕の村作りは、順調だ。
後は怖いゴブリンをどうするか、人間からどうやって逃げようか、それだけが問題なのだけれど。
まずは同胞を増やすのが先だよね。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ブイのレベルが上がります。
36→40
ドラリアの祝福された木の実を食べたことにより、ドラリアとの意思疎通が可能となります。
【状態】《ドラリアの祝福》が追加されます。
ドラリアの恵みを受け取ることが可能になります。ドラリアの力が及ぶ限り、自然回復が上昇します。
◆◇◆◇◆◇◆◇
密かにゴブリン打倒をたくらむ強かなブイ。
ちなみにゴル・ゴルが狂化を発動するときにオークをまとめていた様子は……。
「行くぞォ、てめえら! ついて来いやァ!!」
「「オー!」」
「ブッチギリだァ!!」
「「いてもうたれっ! 大将ォ!!」」
「俺達オークはなんだァ!?」
「「最強っ!最強っ!最強っ!」」
的なノリと勢いで突っ走ってしまいました。
冷静すぎるブイが異端なだけで、本来オークはこっち側だったのですが、ヘラの加護を受けたブイが本編でどう動いてくるかは、未知数。