積み上げる犠牲と共に
5月18日ステータス変更。
主人公から、ギルミへ。
【種族】ガンラ・ゴブリン
【レベル】87
【個体名】ラ・ギルミ
【階級】レア・初めに射る者
【保有スキル】《統率B+》《遺志を継ぐ者》《3連射》《森の住人》《弓技B+》《直感》《精霊の囁き》《遠くを見る者》《射殺す鏃》
【加護】弓神
【属性】なし
「方向、距離を見誤るな。風は右から左、微風」
ふぅーっと細い息を吐き出し、ラ・ギルミは弓を構えた。相手は恐らく哨戒中のパラドゥア騎獣兵。ハールーというゴブリンが帰った後も、ギルミはパラドゥアの集落に向けて前進を続けていた。
ひゅん、という風切り音を残してまっすぐパラドゥアゴブリンの胸に突き刺さる矢。それを皮切りに周囲のゴブリン達も矢を射る。
弓矢の精鋭といってもいいガンラ・ゴブリンのみで編成された弓隊は、その実力の高さを物語るように、騎獣兵のみを射殺した。
「騎獣を追い払え。次を狙うぞ」
暗殺に近いやり方ながらも、着実にパラドゥアゴブリンを仕留めていくガンラ・ゴブリン。
さらに、5匹ほどを射殺したところでギルミは撤退を命じる。
「そろそろアルハリハ殿が、こちらの動きに気づく頃だ。撤収する」
風のように森の中を駆けるギルミに、15匹のゴブリン達が従った。
◆◆◇
「なんだと?」
ハールーから報告を受けていたアルハリハとラーシュカは、斥候からの報告に耳を疑った。
「……哨戒の奴らがやられてるだと?」
怒りに歪むアルハリハの表情に、知らせに来たゴブリンは怯えを隠しきれなかった。
「は、はい。ガンラの弓で射殺された者が数名。その者が乗っていた魔獣が集落へ戻ってきたため、確認したところ……屍が発見されました」
「野郎……やってくれるじゃねえか」
犬歯をむき出しに怒り狂うアルハリハに、ラーシュカは相変わらず巌のような表情で頷く。
「奴らを追うぞ、手下どもに集合をかけろ」
「はい」
「気持はわかるが、挑むなら我らガイドガの集合を待ってからだ」
「悪いが、若造。今回足の遅いお前らはお留守番だ」
「アルハリハ」
諌めるようなラーシュカの言葉も、頭に血が昇ったアルハリハの耳には入らなかった。
「やられたのは俺の手下だ。なら、仇は俺が取る」
魔獣に跨り遠ざかるアルハリハの背中を、ラーシュカは目を細めて見送った。
「やはり、諮るに足りぬか」
己自身以外に、ゴブリンを率いる者は存在しない。
四宝を集め、4氏族をまとめあげるのは己しかいないのだ。
◇◇◆
「来たぞ。全員固まって撤退する!」
ギルミの指示に従って森の中を走るガンラの集落のゴブリン達。
そのあとをパラドゥアの騎獣兵達が追いかける。
周囲の木々と小柄な体格はパラドゥアゴブリン達よりも、ガンラのゴブリン達に有利に働いた。
固まって逃げるよりは、個々に逃げた方が生存率が上がるのは言うまでもない。それだけ追撃の手は分散するのだから。だが、それではパラドゥアゴブリン達を、まとまって引っ張っていけない。
囮としての役割を重視するならば、まとまって逃げるしかなかった。
「待て! 小人め!」
後ろからかかる罵声と共に、パラドゥアゴブリンが迫る。槍を振りかぶって、怒りの形相で最後尾のガンラゴブリンが、突き刺された。
「くっ……全速力だ! 私が最後尾につく」
自ら最後尾につくと、ギルミは走りながら矢を手に握る。ほとんど狙いも定めぬままに、放った矢は周囲の木々に刺さり、追撃する彼らにはほとんど影響を与えない。
後ろから、左右から、囲い込むように走るパラドゥアの騎獣兵。
突き出される槍を掻い潜り、騎獣兵が入り込めないような灌木の間を潜り抜けて更に走る。
ガンラの弓兵よりも、パラドゥアの騎獣兵が数が多いのだ。止まれば囲まれ、串刺しにされてしまうのは火を見るより明らかだった。
故に走る。
鋭い木々の枝が、頬を打ち、剥き出しの足には木の根に躓いた時の生傷が絶えない。
いくら森を友とするガンラのゴブリンといえども、追撃するパラドゥアの騎獣兵もそれは殆ど同じなのだ。いくらかガンラのゴブリン達の方が森の仕組みに精通しているだけであり、走りぬけるだけならば決してパラドゥアの騎獣兵に不利ということはない。
「もう少しだ。もう少し頑張れ!」
最後尾から、前を走るゴブリン達に檄を飛ばし手にした弓で牽制程度に矢を射る。密生した木々が森を成す場所ではガンラの矢が通ることも稀だったが、パラドゥアの騎獣兵も手を出しかねていた。
木々の間隔が狭すぎて、槍を突き出す暇がないのだ。
だがそれも、包囲の輪を狭められることにより徐々に間隔が狭まって行っている。
「この先は、木々の密度が薄くなっていたはずだ。追い込め」
極めて冷静な追撃の指揮を執るアルハリハの指示の元、左右の密度がぐっと上がる。そうすることにより、逃げ道を塞ぎ自分達の優位な方へ誘導しようというのだ。
「流石は、アルハリハ殿だな」
息を切らしながら、追っ手の巧妙な追撃にギルミは舌を巻く。
左右を圧迫される恐怖に耐えかねて、活路を開こうとしたゴブリンがまた一匹犠牲になった。槍で貫かれる仲間を視界に収めながら、ギルミはこのままでは全滅するという未来を予想せずにはいられなかった。
更に左右から挟み込まれる密度が増えると、ギルミは僅かに後方を振り返った。
──やるしかない。
危険な賭けだというのは百も承知。だがそれ以外に、この危機を脱する術はない。手に持った弓に矢をつがえる。
「全員反転!!」
一瞬ギルミの声に耳を疑ったゴブリン達だったが、ガンラ・ゴブリンは走っていた足を止めて後方へと反転。走りだす。
「なにっ!? 正気か!?」
「身を屈めて走り抜けろ!」
アルハリハの驚愕の声と共に、ギルミの矢がアルハリハの騎獣のすぐそばに突き立つ。
「くっ……ジロウオウ!? 落ち着け!」
鼻先を掠めた鏃にジロウオウが驚いているその隙に、反転したガンラゴブリン達が手に手に矢をつがえた。
「放て!」
先頭を走るギルミの指示で、後方から迫る騎獣兵に矢が射かけられる。
まさか反撃などするはずもないと思っていた騎獣兵達は防御する暇もなく攻撃に晒される。騎獣に矢を受ける者、自身の体に受ける者と様々であった。
しかも一様に共通していたのは、一瞬でも追撃するガンラゴブリンより、自身や騎獣の傷の方に意識が取られてしまったことだ。その隙を突いて、ギルミを先頭とするガンラゴブリン達が騎獣兵の間を走り抜ける。
身を屈めて巨大な騎獣の間を走り抜け、ギルミに従って木々の密度の濃い場所へと走る。すぐさま追撃をしようと思っていたアルハリハだったが、包囲のための騎獣兵同士の距離があまりに近すぎた。反転し追撃しようと思っても、ガンラのゴブリンよりは大分手間がかかってしまう。
しかしそれでも、熟練の手並みで手下をまとめ上げるとアルハリハは追撃にかかる。
「追うぞ! 奴らはもう虫の息だ」
ギルミの機転で一度は包囲から逃したものの、アルハリハには彼らの状態がよくわかっていた。
「二度はない」
静かに燃える闘志で呟くと、ギルミを追撃すべく手下を走らせた。
◆◇◆
それからのアルハリハの追撃は熾烈を極めた。
包囲の輪を決して緩めず、だが万が一の奇策もさせぬとばかりに自身の有利な地にまで追い込む作戦だった。僅かでも隙を見せれば、ただちにそれに附け込むべく副官の二人を左右に配置。左の包囲にハールー、右の包囲にアッラシッドを置く。
一人も逃さないという決意を固めるアルハリハは、じわりと締め上げるように一段と包囲を狭めた。未だ一纏まりになって逃げるギルミ達だったがその数は徐々に減っている。
「このまま嬲り殺してやる」
殺された部下を思って、アルハリハは怒りと共に呟いた。
「だが、この進路は……」
アルハリハの記憶が正確なら、この後は深い森はない。ガイドガの集落にまで続く林だ。アルハリハの口元が、これからの狩りを思って歪む。
「全員狩りの支度だ!」
地を轟かす喚声があがる。手に持った槍を握り直すと、アルハリハは先頭を切って追撃を再開する。散発的に放たれるギルミからの矢を回避し、包囲の輪を今度は逃れる隙もないほどに狭めていく。
背に乗るパラドゥアゴブリン達の気迫の高まりに、騎獣である黒虎もが吠え、一気にその距離を詰めていく。
「続けぃ!」
深い森が切れるタイミングを見計らうと、ぐるりと、頭上で槍を旋回させるとアルハリハは先頭を切ってギルミ達ガンラゴブリンへ突きかかった。
「投擲、放て!」
深い森が切れ、林立する木々の隙間は広い。その中に響き渡ったのは、聞き覚えのある強敵の声。突如目の前に迫る石礫に、アルハリハを先頭としたパラドゥアのゴブリン達の足が鈍る。
「ぐっ!? なんだ!?」
「殲滅しろ!」
石礫を弾き飛ばし、視界に入ってきたのは木々を押し倒して作られた簡易の柵とその後ろに佇む、灰色の三本角!
見ればガンラのゴブリン達はいそいそと柵の内側へと逃れていくところだった。
「おのれぇえぇ!」
目の前の獲物を取り逃がした不覚。強敵に謀られたという屈辱が、アルハリハに思慮を忘れさせる。
「石礫ごときで、パラドゥアの騎獣兵を止められると思ったのか!!」
怒りのままに黒虎を御して突撃するアルハリハに、副官の二人も付き従う。むろん他のパラドゥアの騎獣兵達も付き従う。パラドゥアの騎獣兵全力を持っての突撃だった。
木々の枝を跳ね飛ばし、邪魔な小枝を撥ね退けてパラドゥアの騎獣兵が突撃する。簡易な柵程度では、止められそうにないその勢い。
──見ろ、若造! これがパラドゥアだ! これこそ我らが誇り!
「グルゥアアァ!」
怒りに猛るアルハリハの声が、パラドゥア全軍の士気を上げる。自然と溢れた咆哮がパラドゥア全軍に乗り移る。
「投擲、始めろ!」
──その程度の石でこの勢いが止まるものか!
投擲を意に介せず、むしろ勢いをより加速させるアルハリハの耳に悲鳴が届いた。
「ぬ!?」
走りながら左右を見れば、地面に投げだされる騎獣兵の姿。
──なんだ、何をした!?
止まるはずのないパラドゥア騎獣兵の勢いが落ちていた。
「何をしたあぁあぁ!?」
振り返ったアルハリハが見たものは、落とし穴と足元に張り巡らされた蔦の罠だった。
──謀られた!
そしてすぐ目の前には、簡易ではあるが飛び越えるのは不可能な柵。木々を十字に組み合わせただけの隙間だらけとも見える柵が、避けることも不可能な距離で迫る。
「おのれえぇ!」
怒りのままに、槍を柵に叩き付ける。アルハリハの力に柵の木が壊れるが黒虎は柵に衝突し、アルハリハは投げだされてしまう。
「突き殺せ!」
だが、投げ出されたアルハリハはまだ幸運だったかもしれない。勢いを弱めて柵に衝突した他のパラドゥア騎獣兵は柵の隙間から突き出された槍に、その身を貫かれた。
槍といっても、如何にも急造したような木の先を削ったようなものだ。それに貫かれ、悶え苦しむ同胞たちの苦悶の声に、さらに追い打ちをかけるように無慈悲な声が聞こえる。
「殲滅するぞ!」
柵の間から、ゴブリン達が駆けだし手負いのパラドゥアゴブリン達を殲滅していく。
──退却だ。
負けたという思いと、パラドゥア氏族を救わねばならないという思いに突き動かされて、アルハリハはふらつく足で立ち上がる。
だが、必死の思いで立ちあがった彼が見たのは自分達が来た後方からも押し寄せるゴブリン達の姿だった。くらりと、絶望で思考が落ちそうになるのを必死で堪える。
ここにきてアルハリハは自身の完全なる敗北を知った。
そして目の前に影が差す。
霞む視界の中に、灰色の三本角が立っていた。
「降伏すれば氏族の者たちは助ける」
無慈悲な声が告げる。
「……分かった」
もはやアルハリハに抵抗するだけの力は残っていなかった。
来週から、10日ほど出張が……更新がっ!
多忙極む。
出来るかどうかは微妙なところです。