弓と誇り
【種族】ゴブリン
【レベル】10
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv36)
残存していた幾つかのガイドガゴブリンのグループを文字通り血祭りにあげて、俺たちはガイドガの洞窟へ帰還した。
「変わりないか?」
「特には」
剣神の加護を受けるギ・ゴー・アマツキの出迎えを受けた俺は頷いて、手下を休ませるためにギ・ゴーに周囲の警戒を任せる旨を告げる。
「承知」
自身の手下を率いて洞窟を出るギ・ゴーは自身の疲れもあろうに、不満の一つも漏らさず頭を垂れた。
「ギルミ。早速だが、ガンラの集落に交代要員はいるか?」
洞窟内の一室に居を定めると同時に、ギルミを呼ぶ。ガンラの集落には今回の戦に加わっていない戦力が温存されている。ガンラの集落を防衛するための戦力として残しておいた者たちだ。
「およそ30ほど」
30、か。
問題となるのは、ガンラとガイドガの集落の距離だ。そして、パラドゥアの騎獣兵の速度。
なるべくなら疲れた戦士は交代させて、休ませたい。できれば安全が確保されているガンラの集落が望ましい。だが、それを妨害するのがパラドゥアの騎獣兵だった。
帰ってくる最中、風術師ギ・ドーから聞いた話によれば、ギ・ザー率いる追撃部隊が襲撃を受けたのは、ガイドガの洞窟から半日程度の距離だった。
南へ下ること2日ほどでパラドゥアの集落があることは知っている。だが、これでは明らかに計算が合わない。
無論、幾つかの推論は成り立つ。
まず一つ目は、こちらの集落へ向かう途中だったという可能性。
これに関しては、追撃を諦めたことによって疑問が残る。更に俺達がガイドガ・ゴブリンを血祭りにあげている間、手をこまねいて見ていたことになる。
これは明らかにおかしい。
二つ目は、ガイドガ・ゴブリンの集落襲撃の報せを受けてからパラドゥアの騎獣兵を動かしたということだ。
だとすれば、騎獣兵の機動力は俺の想像の遥か上をいくことになる。駆け通しで来たとしても、歩いて二日の距離を僅か半日に縮めて見せるその速度。
馬などと一緒にしていては奇襲を受けることにもなりかねない。
しかもここは森の中だ。馬が走る平坦な道を想像すべきではない。木々が乱立し、整備された道などはない。獣道があればまだマシという森の中を駆け抜けてくるパラドゥアの騎獣兵。
俺達が移動する間に、奴らは2倍の距離を走り、弱い所から食い破られていく。
ゲリラ戦法というやつだ。正面からの決戦は避け、徐々に戦力を削っていく。
もしパラドゥアゴブリンがそれをしてくるなら、かなり厳しいことになる。もちろん、弱みとはガンラの集落のことだ。
最悪の予想を立てておくべきだろう。
負傷して下がるギ・ザーに、期待するしかない。
ガイドガ・ゴブリンを血祭りにあげたことを見逃したことから、俺達主力の動きを察知してはいないのだろう。
「……ギルミ。後顧に憂いはないな?」
俺の言葉に、何かを感じ取ったのだろう。ギルミは、噛みしめるように頷いた。
「私達の犠牲は、お気になさらず」
ギルミは、自身の立場をよくわかっている。強力な同盟者に対して、信頼を勝ち取るにはまず自分達が血を流すしかないのだ。
その悲壮なまでの覚悟に、俺は応えねばならない。
「パラドゥアとガイドガを誘い出す。その為に、囮に為ってくれ」
「……我が身命に代えましても」
機動力の勝る相手にガンラの集落を守りながら勝つには、俺にはこれしか思いつかなかった。
◇◇◆
使者として選ばれたのは、アルハリハの右腕を務めるハールーという若いゴブリンだった。
「使者の口上は覚えたな?」
「はい、親父殿」
特に若いゴブリンからは、愛称として親父殿と呼ばれることの多いアルハリハは、ハールーの従順さに少しだけ胸を痛めた。
最悪ハールーが殺されることにもなりかねない。
その懸念はあるが、胸のどこかであの灰色の三本角がそんな愚かなことをするはずがないとも踏んでいた。
「よし、ならば行け! パラドゥアの槍と手綱はお前と共にある!」
「おうとも!」
槍の柄同士を打ち合わせると、ハールーを送り出した。
ガイドガの武骨者どもを使者などにすれば、それこそ戦を仕掛けてくださいと言わんばかりだ。だからパラドゥアの誰かを使者にせねばならないのは当然のこと。
だがしかし、近しいものを危険の只中に送りだすことに忸怩たる思いを抱かずにはいられない。それが戦ならばまだ良い。
パラドゥアの騎獣兵は戦を恐れない。
その誇りにかけて、敵を打ち破る。
だが今回はそうではない。策謀などという騎獣兵には似合わぬものだ。
「貸しは、どでかいぞ。ラーシュカ」
老境の域に差し掛かったといえども、その覇気は依然として衰えることはない。もし、奴らに勝ったあと望み通り王が得られなかった場合は例え4氏族で最も力があるゴブリンだろうと容赦をすることはない。
手綱と槍にかけて、討つ。
森林の中に消えるハールーの背中を見やりながらアルハリハは歯を噛みしめた。
◆◆◇
ギルミ達ガンラ・ゴブリンの精鋭は、一塊りになって進路をパラドゥア・ゴブリンの住居に向けていた。派手に音を立てると、自分達の存在を周囲にアピールしながら、森の中を走り抜ける。
ギルミに従う15名ほどの集団には、既に策の内容を話して聞かせてある。極めて危険度の高い作戦であることも。
だが、外から彼らの力を借りる以上ギルミ達はやらねばならない。最も危険な場所を引き受け、自分達の力を示す。それでこそ、将来あの東の主の心証を良くし、ナーサの立場を良くするのだから。
ゴブリンに限らず、弱肉強食は世界の真理だ。
東の主が何を考えているか、ギルミには分からなかったが、これだけは分かっているつもりだ。敵に回しては厄介だとあの東の主に思わせることができれば、きっとガンラの将来は明るい。
「……前から、来るな」
先頭を進んでいたギルミの耳に届いたのは、木々の葉をかき分ける巨大な獣の音。
『待機、矢をつがえよ』
動作だけでそれを指示すると、木々の影に分散して隠れる。
囮といえど、相手にそれを悟らせてはいけない。全力で戦ってこそ、役目が果たせるのだ。
引き絞った弦の音が、ギルミの意識を集中させる。
果たして現れたのは、一騎の騎獣兵。槍には使者を示す白い布を巻き付けた若いゴブリンだ。初めに射る者の尊称は、その名の通り一番最初に射るべき場所を決めて、矢を放つ者だ。
使者の到来に、弦を引き絞っていたガンラのゴブリン達も怪訝な視線のまま、ギルミを注視する。
「そこにいるのだろう!? ガンラと外のゴブリン! パラドゥアの5番槍ハールーが講和の使者として来た!」
騎獣の四肢を大地に張らせ、堂々たる宣言をするその若いゴブリンは、誇り高きパラドゥアを象徴するかのように眩しい。
「姿を現せ!」
『弦を緩めるな』
合図だけをだして、ギルミは自身だけハールーの前に進み出る。
「ガンラが初めに射る者ラ・ギルミが承る!」
ギルミの姿もまた堂々としたものだ。その姿に、周囲を睨んでいた視線を向けると、ハールーはその眉を開いた。
「ほぅ、ガンラの一番弓か! 不足はない。我が族長アルハリハ様からの言葉を伝える!」
その言葉をギルミは黙って聞く。
要約すれば、不可侵の約束とガイドガの集落の返還が条件の講和だった。
「よくよく吟味されよ」
その言葉と共に、槍を地面に突き立て腕を組むハールー。
なかなか度胸がある。
たった一人恐らく幾筋かの矢が自身を狙っている中で、堂々とした態度を取るのは並大抵のことではない。
ギルミは惜しいと思う。
なぜ、このような若者と争わねばならないのか。
やがてはパラドゥアを背負って立つだろう若者と。ギラン様の時なら、やがてはパラドゥアだけでなく4氏族の希望ともなっていただろう若者と。
そうは思いはしても、ギルミの決断は決まっている。今さら、講和など望むべくもない。東の主に、どのように言い訳するのだ。
手打ちになったから帰ってくださいとでもいうのか。
既に彼の手勢にも被害が出ている。自分達が頼んだ戦でだ。
「要件は承った。だがこのラ・ギルミの決断は決まっている!」
ぎり、と瞬時に弓の弦を引き絞ると、一点に向けて矢を放つ。
風切り音を残して放たれた矢は、ハールーの突き立てた槍の柄に命中する。恐るべき技量だった。
「帰ってアルハリハ殿とラーシュカ殿にお伝え願いたい。我らは退かぬ。頭を垂れるなら、早くすることだ。不服があるなら、ガンラのラ・ギルミがお相手いたす!」
「……よかろう」
突き立った矢を一瞥し、槍を手に取るとその矢を抜き取りへし折る。
「返答、確かに承った!」
ぶん、と槍を一振りしてハールーは背を向ける。
その背に向かって届くことのない声をギルミはかける。
「あの背を追い打たない私は甘いと思うか? ギ・ザー殿」
考えたのなら、行動し、自身の望む最大の成果を上げねば意味がない。その言葉が、ギルミの胸に小さな魚の骨のように突き刺さっていた。
現在更新と平行して、全編見直し中。
誤字・脱字などあれば報告していただけるととてもうれしいです。