奮起
【種族】ゴブリン
【レベル】10
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv36)
「王、血のニオいがしマス」
声をかけてきたのは、獣士ギ・ギー。双頭駝鳥を使役し、手には斧を携えたレア級ゴブリンだった。俺たちよりも遥かに鼻の利く野犬などを使役する部下を引き連れて、ギ・ギーは俺の横を走る。
「敵か?」
敗残の敵なら、上手くすれば捕らえることも可能だろう。
「いエ、どウヤら……」
尻すぼみに小さくなった言葉に、不吉な予感を覚える。
「味方、だというのか」
戦をする以上、全くの無傷のまま敵を倒せるとは思っていない。ある程度の犠牲は覚悟の上で戦わねばならないだろう。だがギ・ザー達は敵を追撃していったはずだ。なぜこんなところで血の匂いがせねばならない。
動けなくなった少数の者がいるだけならまだいいが、もしや伏兵に遭ったのか?
「その場所に行く。先導せよ」
どちらにせよ、放ってはおけない。まだ助かるようなら、早急にガンラの集落へ運んで休ませねば。
「……王!」
それを最初に発見したのは、やはり獣士ギ・ギーを中心とする者たちだった。
「これは、ひどいな」
思わず口に出た一言が、その場の状況を物語っていた。追撃していた俺の部下達の傷つき疲れ果てた姿。何より、意気消沈してその覇気は見る影もない。
「王よ、すまぬ」
風術師ギ・ドーに体を支えられて出てきたのは、左の肩から血を流したギ・ザーだった。
「ギ・ザー、お前がいながら……」
「何を言っても言い訳になる、俺の判断ミスだ」
悄然と首を垂れるギ・ザーの姿に、俺は何も言えなかった。追撃を命じたのは俺だ。それはギ・ザーを信頼しているということでもある。敵を見定め、撃破する能力。頭の回転だけとっても、ギ・ザーは恐らく最も群れの主に近いと思われる。
そのギ・ザーが敗れたのだ。
「分かった。とりあえず傷ついた者はガンラの集落にまで下がれ。ギルミ、構わないな?」
「分かりました。何人かに先導させましょう」
俺はギルミの言葉に頷くと、敗残の徒となっているゴブリン達に声をかけた。
「俺は貴様らに失望したぞ!」
びくりと、レア級のゴブリン達が恐る恐る俺を見る。
「王よ、今回の責は俺に……」
尚も言い募ろうとするギ・ザーを押しとどめ、ゴブリン達に視線を向ける。
「貴様ら、いつまで下を向いている!」
体に電流でも走ったかと思われる動作で俺を見上げるゴブリン達。
「一度や二度の敗戦で何を気落ちする! 一度負けたのなら、それ以上の勝利でもってそれを補えばいいだろう!」
敗戦気分を一新せねばならない。このまま引き上げたところで、厭戦気分が蔓延してはこれからの戦いに差し支える。
「ギ・ギー、ギ・ジー偵察だ。周囲の敵情を探れ!」
「はイ」
頷く二匹とその部下達を放つと、俺は下を向いているゴブリン達に再び視線を向ける。
「お前達が真に俺の戦士ならば、こんなところで座り込んでいるはずがない。オークの群れとの戦いを思い出せ。あの絶望的な戦いでも下を向かなかったお前達が、なぜ一度の敗戦で下を向く!?」
「思い出せ。お前達は王の戦士だ。王の戦士ならば、不屈の闘志を持って俺に付き従え!」
怒声にも近い俺の声に、怯えた視線は徐々に消えていく。
「戦士達よ! お前達に機会を与える。俺に付き従い、敗れた汚辱を雪げ!」
「……王ヨ。確かニ、我らガ間違っテおリマした」
見開く瞳のギ・ヂーが頭を上げる。俺を見つめる視線には、並々ならぬ闘志が浮かんでいる。
「怪我を負った者はギ・ザー、お前に任せる。それが敗戦の罰だ」
怪我を押してでもついてきそうなギ・ザーに、一言付け加える。顔を歪めて悔しがるギ・ザーを横目に、立ちあがった“戦士”達を見やる。
「ギ・グー、先陣を任せる。ギ・ヂー、ギ・ズー、ギ・ドー、補佐をせよ」
悪いが出会った敵には死んでもらう。いつもなら捕獲を考えるところだが、今回ばかりはそうもいかないだろう。
最も恐れるべきはこの遠征が失敗することだ。
「出発!」
「我らが王と共に!」
抜き身の剣を掲げたギ・グー・ベルべナの声に、気勢を上げてゴブリン達が続く。
俺の号令と共に、一塊りになったゴブリンの群れが動き出した。
◇◆◇
ギ・ザーとの戦いを終えて戻ったアルハリハは、ガイドガゴブリンの族長であるラーシュカと合流し、態勢を整えることを選んだ。
「あまり集まりは良くないか」
逃げ散ったガイドガ・ゴブリンをパラドゥアゴブリン達を使って呼び集めている最中、ラーシュカは誰ともなく呟いた。
もう少し逃げ散ってきていてもいいはずなのだがと予想し、次いで手下を見る。猛々しさは鳴りを潜め、今や怯える鹿に等しい。
それほどまでに敵が恐怖だったのか。自身もガイドガ・ゴブリンでありながらそこまでの恐怖を叩き付ける相手がいるのだろうかと疑問に思う。
ガイドガ・ゴブリンは恐怖に鈍感だった。他のガンラ、パラドゥア、ゴルドバと比べて、勇猛であり強暴であるというのが4氏族の間で一般認識だった。
それがこうも恐怖する。
一体相手は何者なのか。
「数は集まったか?」
手下をまとめたパラドゥアのアルハリハが問いかけてくるが、首を横に振らざるを得ない。
「未だ十分ではない」
「分かってると思うが、時間を置いたら相手が立ち直るかもしれん」
「充分承知している」
分かってはいるが、集落を取り戻し、更にガンラの集落を飲み込むまでには、数が揃っていないのも事実。迂闊に動けば、今度こそ頓挫してしまう。
「それよりも、ガンラに加勢した敵はどうだった?」
「大したことはねえ。と言いたいところだが、持ち直してくるようなら侮れねえな。わしの槍を何度か避け、反撃までしてくるのが手下に収まってる」
「ふむ」
アルハリハの槍は、その熟練した手並みと騎獣であるジロウオウと一体となって繰り出すことからも、非常に避けにくい。それを避け、反撃までしたとなれば侮るわけにもいかない。
しかもそれが、群れの主ではなくただの手下だというのだから質の高さを窺わせるに充分だった。
「群れの主と会話したと聞いたが」
「ギの集落を率いる東の王だそうだ。灰色肌に三本角、一本は捻じれてたな。後は尾までついてやがった」
「昔話に聞くロード級というものか。氏族の初代もロード級までは到達していたらしいが」
「氏族の始祖と同じというわけじゃなかろう。だが」
「強いだろうな。何故今になってそんなものがガンラに付く?」
さぁて、と首を傾げるアルハリハはその質問の意図に気がついて、ラーシュカを睨む。
「まさか、味方に引き込むつもりか」
巌のような表情を崩さないまま、ラーシュカは頷いた。
「可能ならば、だが」
思うように手下が集まらない現状、小細工をしてみてもいいかとラーシュカは思っていた。
要は勝ちを拾えればいいのだ。
不満そうなアルハリハに向けて、ラーシュカは諭すように言う。
「今はゴブリン同士で争っている時ではない。一刻を争うのだ。それは分かっているはず」
「だがな」
尚も不満そうなアルハリハだったが、渋々頷く。
普段殆ど何も喋らないラーシュカが、言葉を尽くして説明をしているのはそれだけ追い詰められているからなのだ。集落を失い、手下は半減している。だがその状況でも、このゴブリンの身に纏う巌のような重厚な雰囲気は微塵も揺らぐことがない。
内心で敬意を表しつつも決して表には出さずに、アルハリハはラーシュカを見る。事実彼は戦ってみたかった。
ギの集落を統べる王。
胸に蟠るこの霧が払拭されるなら、真正面からぶつかってその実力を確かめてみたいとさえ思ってしまう。
そうすれば、納得できるのだ。
あれが王だと。
だが氏族を率いて来た者としての矜持が、長年培ってきたその技量が、それを許さない。簡単に降ることなど出来はしないのだ。
4氏族の代表格たるラーシュカに対する信頼と、王と呼ばれる者の持つ強烈な吸引力の間で、アルハリハの心は揺れていた。