ギルミの誇り
【種族】ゴブリン
【レベル】8
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv36)
「攻める。他に選択肢はないはずだ」
俺の一言に、ガンラの集落の幹部級のゴブリン達は互いの顔を見合わせた。ギ・ザーに任せた敵の別働隊の襲撃に見事成功した俺たちは、今後の方針を話し合っていた。
場所は、全員に聞かせられるような集落の広場。
発案はナーサだった。その方が集落全体に意志決定が伝わりやすいから、ということだったが、本心がどこにあるのかはわからない。
大量に抱えた捕虜をどう使うか。そして今後の動きをどうするか。その二つを話し合う場だった。元の集落では、俺の方針をどうやって成功させるか、という話し合いだったが、こちらではその前段階からだ。
「……だが、捕虜はどうするんだ。あれだけの大量の捕虜を養っていけるだけの食料はガンラにはないぞ」
ここで一度交渉を!
その代表がナーサだった。本人自身の意志なのか、それとも俺に反対するという形で会議の流れをスムーズにしたいのか。それはわからない。
少なくても、年をとったゴブリン達の支持は確かにナーサにある。逆に俺を支持するのはギルミを中心に若手だ。
「では捕虜を殺しますか」
しれっと残酷なことを口にするのは、意地の悪い笑みを浮かべたギ・ザーだ。どうやら4氏族に対してはこの姿勢を貫くつもりらしい。過激さを際立たせることで俺の意見を通りやすくするつもりのようだった。
いつもながら苦労をかける。
「馬鹿な」
一蹴するナーサを、ギ・ザーの氷点下の視線が射抜くが、苦もなくナーサはその視線を跳ね返す。
「では、お伺いしますがどうやって捕虜を養うので?」
「交渉の席を設ける。パラドゥアでもガイドガでも良い。そこで和睦を話し合う」
和睦という言葉を聞いて、ギ・ザーがふん、と鼻で笑う。
「和睦ですと? 貴女達はつい先日、何の交渉もなく集落を襲われ、我らがいなければそのまま追い落とされていたでしょうに、もうそのことをお忘れで? 何匹のガンラ・ゴブリンが犠牲になったのか、忘れたわけではありますまい?」
若手を中心に、頷く声や目じりに涙を浮かべる者を見かける。
「忘れるはずがないだろう! だが、このまま戦えばさらなる被害が集落に出る!」
ナーサの言うことも一理ある。
最終的な俺の目的は深淵の砦を落とし、ゴブリンの王国を築くことなのだ。であれば、被害はなるべく少ない方がいいに決まっている。強力な王国を作る為には有能なゴブリンは一匹でも多い方がいい。
一人考えに没頭する俺を余所に、会議は進んでいく。
双方ともに結論が出ないまま、時間だけが過ぎていく。
「長老の方々。ガンラの戦士達。皆聞いてほしい」
進み出たのはギルミだ。
頭を垂れるその姿は咎を背負った罪人のようだった。重い荷を背負い切れずに、頭を垂れていると言われても遜色ないほどに気落ちしているようだ。
「今東の主殿が、もし気を変えて立ち去ったなら私たちはガイドガに対抗できるだろうか?」
その声に、一瞬ガンラの長老たちの顔が引きつる。
「今私たちは自分たちの力では集落を維持することが出来ないまでに弱っている」
真摯に語りかける様子に、会議場は先ほどの白熱ぶりとは打って変わって静かだった。
「私は先代のギラン様に拾われて、この集落には返しきれない恩義がある。だからこのままガンラの集落が立ち枯れていくなど我慢できない」
次第に熱が籠もるその声は、ラ・ギルミの胸の内に宿る炎を見るような激しさだ。
「……ギルミ」
小さく呟いたナーサの声。そのあと強く瞼を閉じて、痛みをこらえるような彼女の様子に、一瞬だけギルミは視線を移したようだった。
「先代のギラン様は、偉大なる“初めに射る者”であられたが、それでもガイドガには勝てなかった」
初めに射る者? 尊称か何かだろうか。
「このままでは、我らは負ける。負けて、集落を追われ、そして死ぬだろう」
反論しようとしたガンラの長老衆は、口を噤むしかなかった。
「では、どうすればいい? 俺達が生き残る為に、ギラン様のご遺志を継ぐために、どうしたらいい!?」
戦おう、と若手の一匹から声があがる。
雨が徐々に激しくなるように、その声は次第に大きくなっていき、ガンラの集落全体を飲み込んだ。
◇◆◆
「いやいや、なかなかお見事でした」
会議が一段落した後、ギルミに声をかけたのはドルイドをまとめるギ・ザーだった。人間のような嘘臭い笑みを浮かべたこのゴブリンを、ギルミは好きになれなかった。
「……これで、良かったのか?」
かといって積極的に排除したいと思うわけでもない。主であるあのゴブリンに尽くす様子は、見ていて決して非難出来るものではないからだ。
「もちろん。失礼ながらナーサ殿では今のガンラを率いるには力不足。貴方がナーサ殿を支えたいと願うなら、彼女が成長できるだけの時間を稼ぐべきでしょう?」
「それは、そうですが……」
「悩むのも結構。知恵ある者の特権ですが、それで決断が鈍くなってはどうしようもない。考えたのなら、行動し、自身の望む最大の成果を上げねば意味がない。違いますか?」
俯き言葉を探すギルミに、ギ・ザーは尚言い募る。
「それにあなたはもう一歩を踏み出してしまったのです。貴方と貴方の集落のために、戦って勝つことが最良の道ですよ」
「そんなことは、分かっています。もし戦い負ければ、ガンラの集落は崩壊の憂き目をみる。そして族長であるナーサ様は……」
満足げに頷くとギ・ザーは立ち去る。
後に残ったギルミは、集落を覆う巨木の一本に手を当てて悩むしかなかった。
会議が始まる前に、ギ・ザーから言われた言葉を思い出す。
「ガンラは貴方が仕切るべきだ。でなくば、王はいずれガンラに見切りをつける」
確かにギルミは四宝の一つである流星の弓とガンラ氏族の有用性を東の主に説明はした。だがその氏族自体が、東の主の言うとおりに動かないのならば全く意味はない。
そして、会議で放った言葉がギルミの恐れていることなのだ。
東の集落のゴブリン達は、強かった。ギルミは自身の眼に狂いがなかったことに半ば安堵し、半ば恐怖した。今、東のゴブリンが戦線を抜ければ、ガンラはガイドガとそれと結託したパラドゥアに蹂躙されるだろう。
特に、機動力のあるパラドゥアが敵に回ったのだから、今度は容赦なく殲滅させられる可能性もある。追い詰められたガンラの集落を救うためには、戦って勝つしかないのだ。
だが、あの東の主は何を欲しているのか。
妖精族の姫を一人差し出すと言ったときにも、大して興奮する風でもなかった。いったい何が狙いで、ガンラの集落を助けるのか。
その存在が不気味ですらある。
「ギルミ」
深く物想いに沈んでいたギルミの意識が、その声に浮上する。
「お嬢さ……いえ、族長」
片膝をつき、畏まるギルミを見て、寂しく笑うナーサが首を振る。
「呼びやすい方で良い」
「……族長は、どうしてこんなところに?」
「お前がいると思ったからだ」
「私が、ですか」
「そうだ」
思わず片膝をついていた頭をあげる。
「昔、よくここで遊んだな」
「……はい」
遠く振り返るのは、いまだ彼女の父が存命だったころの記憶。弓を与えられ、二人で競った懐かしく甘い記憶だ。
「最初、父上がお前を拾ってきたとき、私は新しい弟が出来たと思ったのだ」
「もったいないことです」
「今日のお前は凄かったな。亡き日の父上を見ているようだった」
「……私では、ギラン様に遠く及びませんし、比べられるのも憚られます」
「なぁ、ギルミ」
巨木によりかかり、手には宝具である流星の弓を携えるナーサ。
「お前にとって、この集落は守るに値するものか?」
ナーサの問いは、ナーサ自身とギルミの胸を刺す。ギルミはナーサの父であるギランに、憧憬とすら思われる感情を向けていた。そのギランがなくなり、族長の地位を継いだのは兄妹同然に育ったナーサ。
しかも弓の腕も、氏族をまとめる力も、ナーサはギルミよりも劣っている。
「万難を排してでも、守るべきものです」
しっかりと自身の眼を見返して、答えを返すギルミに、ナーサは安堵したような悲しいような視線を向ける。
「ならば、これはお前に与える」
差し出されたのは族長の証ともなる流星の弓。
「ガンラの集落は、これから先もずっと立ち枯れたりしない。そうだな?」
「その通りです。そしてそれを率いていくのは、族長……」
「もう言ってくれるな。私は疲れたんだ。私は弱い。私は、お前や、あの東の主のように、強くはいられない。さっきの会議でも、長老たちの言葉を代弁するだけだ」
引き攣るような声で、ずっと押し殺していた心を吐露するナーサの姿に、ギルミの胸は痛んだ。
「これを頂戴するわけにはいきません」
「どうしても、か」
「族長は、ナーサ様です。それは譲れません」
今ナーサは苦しみから族長の座を辞そうとしている。だが、もしナーサから族長という肩書が消えれば、彼女の居場所はガンラの集落には無くなる。
それは、それではいったい何のためにギルミが戦うのかわからなくなってしまう。
「ですが、もし願いが叶うなら“初めに射る者”の称号を私に与えてください」
「望むなら、与えよう。お前にはそれだけの力がある」
ナーサは巨木を見上げて、ギルミに声をかけた。
「なぁ、ギルミ。私はお前の主に相応しいかな?」
「……私の誇りを捧げるのに、貴女様以上の方はいらっしゃいません」
「そうか」
「はい」
ガンラの夜の帳は暮れていく。
翌日、ガンラ集落のゴブリン達は、ガイドガ集落を攻めることになる。