パラドゥアの騎獸兵
【種族】ゴブリン
【レベル】8
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv36)
夜眠っているところに、ガンラの集落の一匹が報せをもってくる。
「お、王、て、敵です! て、敵が来ました」
ひどく興奮しているゴブリン。
「まず、座れ」
「ですが!」
無言で圧力をかける俺にいたたまれなくなったのか、そのゴブリンは俺の前に座る。その呼吸が落ち着いたのを見計らって声をかける。
「で、どの方向から何匹きた? 対処はギ・ザーに任せているはずだが」
「は、はい。敵は西の方向。数は不明ですが、パラドゥアの騎獣兵が押し寄せてきています!」
西か。
「奴らは攻撃してきたのだな?」
「い、いえ……。それが集落の外に集まってこちらの様子を窺っているだけで」
「そうか」
なおも言い募ろうとしたゴブリンを一旦遮る。
「俺が出向いた方がいいな」
攻撃を開始しないのは、ガイドガと連携して他の方向から仕掛けてくる可能性も考えられるが、もしかしたら交渉の余地があるのかもしれない。
下手に攻撃などして、敵を作られてはかなわない。
ガンラのゴブリン達は4氏族ということで信頼していたガイドガが近頃攻撃してきたことで、疑心暗鬼になっているところがあるようだった。
どうにも、浮足立っている気がする。
「俺が行くまで積極的に打って出ることは禁ずる。相手が仕掛けてきたなら、その時は応戦してかまわん。良いか、徹底させよ」
「は、はい」
尾を地面に叩きつけて、立ち上がる。
意外と尾の方も調子が良いな。
さて、パラドゥアの騎獣兵はどれほどのものかな?
苦にならない闇を見据えて俺は歩きだした。
◆◇◆
ゴブリンは、人間と違って夜目が利く。闇を苦にしないのだ。
「ほお……」
ガンラは、幾多の柵と自然の木々を利用した壁を集落の周りに張り巡らせていた。周囲から一段高くなった場所に集落を構えていることもあり、敵を見下ろす形になる。
横倒しになった木々は、その幹から新たな芽が芽吹き、植物の蔦が絡みついて補強されている。自然の防御壁というに相応しいその上から見える眼下の光景は、なかなかに圧巻だった。
「あれがパラドゥアの騎獣兵か」
幾多のゴブリン達が、手綱を握って魔獣を使役している。
その魔獣は、一言で言ってしまえば毛の長い虎だ。全身に生える体毛は、その姿を一回りも大きく見せるほどに長く、特に口元と足を覆い隠す。だが、目元だけはネコ科特有の夜に光る性質を反映して、爛々と輝いている。
黄色と黒の縞模様に、その体格はノーマルゴブリンの遥かに3倍はあろう。
それが集落を取り囲むように並んでいるのだ。気が弱い者が見たら倒れかねない光景だった。だが、俺の中に湧き上がるのは歓喜に近い。
──こいつらを、俺のものに!
湧き上がる欲望は、宝を目にした冒険者の心境だった。
抗いがたい魅力を彼らに感じる。
「パラドゥアが攻めてきたというのは本当か!?」
騒がしい声とともに、ナーサが壁の上に乗ってくる。
「まぁ、まだ攻めてきてはいないがな」
「何を悠長なことを! 速く攻撃しなければ蹂躙されるぞ! 奴らはガイドガと違って足が速い!」
ガンラの者たちはみな不安そうな顔をして俺たちの問答を見守っている。彼らにしてみれば、つい先日集落を攻撃され、落とされたばかりなのだ。
「ギ・ジーの帰りを待ってからだ」
隠密のスキルを使う俺の部下であるギ・ジーに周囲を偵察させている。今の状態でこちらから仕掛ける必要はない。いたずらに敵を攻撃して、ギ・ジー自身を危険に晒すのも面白くない。
悔しげに俯くナーサに、フォローを加える。
「いずれ戦うことになれば、ガンラの力は大いに使ってもらう。それまでは待機だ」
「……分かった」
渋々ながら引き下がるナーサに、俺は内心ため息をついた。
面倒なことだ。心から俺に心服していない部下というのは、これほど面倒なものなのか。
いや、一族を率いてるという重圧が彼女をして、あのような態度を取らせるのか。
どちらにしても改善を要するな。
いずれゴブリンの数が増えて、俺の統制が及ばなくなれば、あのように俺に心服はしなくとも、利益を見出し従う者がいてもいい。だが今はその前段階だ。
トップダウン方式で全てを決めてしまわねばならない。
決断の速さこそが、群れを生き残らせるための最大の武器となるはずだ。
弱いゴブリンに、俺以外の意見はまだ必要ない。
やはり、ギルミにガンラの指揮を取らせるべきだな。だが、問題はどうやって……。
「王、たダ今もどリマしタ」
ギ・ジーの声に、俺は思考に埋没していた意識を向ける。
「で、どうだった?」
「南にガイドガ、数ハ30ほドかと」
「なるほど、な」
ゴブリンは夜目が利く。
ならばこの奇襲の意味は、パラドゥア・ゴブリンに注意をひきつけ、その間にガイドガが集落を攻撃するつもりなのだろう。
「パラドゥアより、一騎!」
ガンラ・ゴブリンの声に視線を向ければ、一騎が集落の前まで進み出て、交渉を叫ぶ声が聞こえる。
「あれは、アリハルハ殿!?」
ガンラの姫であるナーサの声に、俺は口元を歪めた。
「芸が細かいな」
騙し合いをお望みなら、応えてやろうじゃないか。
「よし、ナーサ。応えてやろうじゃないか」
「え? 奴らは奇襲をするつもりなのだろう?」
「そうだ。それを逆手に取る……ギ・ザーを呼べ」
やってきたギ・ザーは、すでに編成を終えた手下を連れていた。中にはガンラのギルミもいるのだから、手が速いというか手回しが良いというか。
「やることは分かっているようだな?」
当然と言わんばかりに頷くギ・ザー。
「狙いはガイドガだ。それが終わればパラドゥアも脅かしてやろう」
意地の悪い笑みを浮かべるギ・ザーに、俺は同じぐらい意地の悪い笑みを口元に浮かべて頷いた。
騒ぎを聞きつけて集まってきた部下達に指示を下す。
「ギ・ゴー・アマツキ、ギ・グー・ベルベナ。悪いがお前達は俺と同行だ。俺だけでは恰好がつかないからな」
「承知」
「御意」
剣神の加護を受けた曲刀使いのゴブリンは、重々しく頷き、元集落のリーダーであるゴブリンは、畏まって受けた。
「ガンラの者らは集落を守れ。攻撃の必要はないが、かといってこちらが手薄だと悟られるようなことはするな」
青ざめて頷く彼らに頷きを返すと、俺はギ・ザーに向き直る。
「ギ・ジー、案内をしてやれ。他の者はギ・ザーの指揮下に入れ」
ガンラの集落──森の捻じれた巨人をめぐって、第二回戦の幕が開いた。
◆◇◇
ノーブル級のギ・グー、ギ・ゴーを従えて、ナーサと共に歩いていく。
交渉の場所として選ばれたのは、集落とパラドゥアの軍勢のちょうど中間地点。
攻撃手段が弓であるガンラと機動力に優れるパラドゥアの妥協をとった形だ。交渉の席といえど武装は決して緩めてはいない。
俺は肩に鋼鉄の大剣を担ぎ、ギ・ゴーは腰に二振りの曲刀を佩いている。ギ・グーについても背に長柄の斧と、腰に長剣を下げていた。ナーサにしても同様で、流星の弓をその手にしっかりと握っている。
対するパラドゥアの代表は、見あげるばかりの巨大な魔獣に乗っていた。
黄色と黒の虎模様の、いささか黒が勝っている色合いに、月の光を受けて爛々と輝く目。大地を踏みしめる爪は森の王者の貫録がある。髭に隠れて全体は見えないが、その口元には巨大であろう牙の先端が覗いていた。
それに乗るのは、青いゴブリン。
ノーブル級なのだろう。氏族は俺たち普通のゴブリンと多少違うとはいえ、その肌の色合いからすれば間違いないと思われる。
皺の寄った顔は、そのゴブリンが長い年月を生きてきたことを窺わせる。頭から背中にかけて生えた毛が白くなっているのも、老ゴブリンという印象を強くさせる。
一方の手で手綱を握り、もう一方の手を腰に結わえた剣の柄に置いている。気難しそうに口を真一文字に結び、ぎろりと音がするほどの視線でこちらを見るさまは中々の威圧感がある。
「若いな……」
腹の底に響く声というのだろうか。
低く重みのある声で、目の前のノーブル級ゴブリンが呟いた。
「お久しぶりです。アリハルハ殿」
代表として話しかけるのは、ナーサに譲り俺はその様子を眺める。
「王」
俺の横に進み出てきたギ・グーが小声で俺に声をかける。アルハリハと呼ばれたゴブリンの後ろには、3匹ほどの護衛が控えていた。
どれも騎獣に乗っていることから、逃げるのは不可能だ。なら、やるしかない。
「もしものときは、護衛を抑えろ」
黙ってうなずくギ・グーは後ろに下がるとギ・ゴーにも話をつけている。
「本日はどのようなご用件で」
ナーサの言葉に、アルハリハは面白くもなさそうに鼻を鳴らすと、一層視線に険が増す。
「無駄な芝居はやめようや……」
不機嫌極まりないという態度を全身で表現し、魔獣の上からナーサを睨みつける。
「降伏しろ。そうすりゃ命までは取らん」
「パラドゥアは……ガイドガに屈したということですか?」
懇願するようなナーサの眼差しに、暗い視線と口元には嘲笑に似た笑みでアルハリハは応えた。
「ふん、氏族の争いに余所者を招き入れるような奴にとやかく言われる筋合いはねえさ」
肯定と俺は判断した。そしてそれはナーサも同じだったのだろう。
「パラドゥアの誇りは、始祖より受け継いだその役目はどうなるのですか!?」
「くっくっく、そんなものは……犬にでも喰わせてやれ!」
アルハリハの威圧が増す。
絶句するナーサをよそに、俺は心の中で臨戦態勢に切り替える。
このゴブリンは、やる気だ。
まぁ分かりやすくて良いが、問題はナーサを見捨てるかどうか。
ナーサがいるからガンラの動きは今一つ俺の期待を裏切っている。
軍としてゴブリンを見た場合、俺以外の意志は不要だ。
だが今現在俺に不服従だからといって、見捨てるのか。それが正しいのかと聞かれれば、俺は考えざるを得ない。
俺は、王だ。
誇りを忘れた王など、ただの力のある化け物ではないか。
助ける。少なくともその為の努力は怠るべきではない。
俺の口元に、笑みが浮かんだのが見えたのだろう。アルハリハが鋭い視線を俺に飛ばす。
「若いの。何か言いたいことがあるなら言ってみろ」
「誇りを忘れた者は、王ではない」
ぎり、と離れたこちらにまで聞こえてくるほどの、歯ぎしりの音が聞こえた。
「餓鬼がァ」
その殺気に、アルハリハの後ろに居る護衛の3匹が武器に手をかける。
ナーサは余りの殺気に声も出ないようだった。
俺の後ろでもギ・グーとギ・ゴーがじりっと前に出てくる。
肩に担いだ大剣を握り直す。
小指から、薬指、中指と徐々に力を込めるように握りを確かめ、相手との間合いを測る。
湖面に張った氷のような緊張感の中、俺とアルハリハは互いの距離を確かめあう。
グルゥゥ、と俺たちの殺気に当てられたのか魔獣もうなり声を上げる中、遠くで喚声が上がったのが聞こえた。
無言で一瞬だけそちらに視線をそらすアルハリハ。
「あいにくと、貴様らの策はお見通しだ」
「なぁにぃ?」
悪鬼も裸足で逃げ出すような恐ろしげな表情のアルハリハが、俺を睨む。
「俺達を交渉のために呼び出し、その隙にガイドガゴブリンたちで集落を攻め取るつもりだったのだろう?」
一瞬思考するように、アルハリハの視線がそれる。
遠くで聞こえた喚声が徐々に近づいてくるようだった。
「……帰るぞ。交渉は決裂だ」
手綱を引くと、魔獣に乗ったアルハリハは護衛を連れ、背を向けて去っていく。
「……どう見た? ギ・ゴー」
率直な意見が聞きたくて、ギ・ゴーに問いかける。
「斬れと仰るなら、斬ります……が」
「だが、どうした?」
「中々に強い」
猛獣を思わせる笑みを浮かべるギ・ゴー・アマツキ。
「ギ・グーはどうだ?」
「護衛の3匹も含めれば、厄介な敵だったかと……ガイドガより、恐れるべきはこちらでは?」
概ね俺の感想と同じだった。
年老いたパラドゥアのゴブリンであるアルハリハ。
老いが、決して弱さにつながらないことの証明をしているようなゴブリンだった。
「面白いな」
面白い。あれを傘下に加えれば、より王国は強大になるだろう。
「帰るぞ、ナーサもだ」
未だに呆けているナーサに声をかけると、俺はガンラの集落へ引き上げた。