西へ
【種族】ゴブリン
【レベル】5
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv1)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv36)
【状態異常】《聖女の魅了》
俺が尻尾を振ると、それにじゃれついてくるシンシアとガストラ。俺の尻尾は猫じゃらしか何かなのだろうか。
そんな灰色狼の2匹だが、最近その体が大きくなってきている。今や50センチぐらいにはなっているだろうか。間違っても手に乗るサイズではなくなった。
レベルもそれぞれ1から20程度にまであがっている。
相変わらず幼生のままなのがいただけないが。
ハイコボルトに進化したハスがたまに現れると、取っ組み合いの喧嘩になるが、別段命の取り合いというところまではいっていないので暖かく見守っている。
序列でもめるのだろう。同じ犬族同士だしな。大きなくくりで見れば狼もコボルトも犬で間違いないだろう。
集落の復旧は氏族からの使者が到着して3日目で大きな目処は立っていた。
北の大樹の根元に移住したオークに命令して屍を引き取らせに来させたのも大きい。落とし穴は半分程度まで使えるようになり、集落を囲む柵は1割が復旧した。
食料を確保させるための狩りを大規模に行い、氏族の使者からガンラの集落に至るまでの経路を聞き出しながら、過ごす。
方針としては、ギの集落に最低限のゴブリンと人間を残して西進。ガンラの集落を拠点として、ガイドガと他の4氏族を俺の支配化におきたい。
もちろん、使者殿には言っていないが。
最終目的地は、深淵の砦と呼ばれるゴブリンの故郷の奪取。そこを中心としてゴブリンの王国を築く。希望する人間やコボルトを呼び寄せるとしたら、その後でも良いだろう。
だがそうなると、長期間この集落を空けることになる。
そのとき、人間を守れるのは……。
尻尾の先で戯れている灰色狼に視線を移せば、シンシアが仰向けになってじゃれつき、ガストラは遊ぶのにも飽きたのかうつ伏せで欠伸をしていた。
段々とハイ・コボルトのハスに似てきているぞ……ガストラ。なにが、とは言わないが気をつけろ。
「人間を……いや、レシアをか。しっかり守ってやれ」
ガストラの小さな頭をなでながら言葉をかける。俺の言葉をわかったのかわからなかったのか、ウォン! と鳴いて応えてくれた。
村の管理のために、ある程度のレア級のゴブリンを残さねばならないだろう。
誰を残すか。悩みどころだ。
あるいはノーブル級の誰か、人間の問題もあるしドルイドの者を一人は残さねばならないだろう。
頭の痛い問題だ。
「王、呼んだか?」
ギ・ザーが王の家の扉を開いて入ってくる。
「ああ、少し聞きたいことがあってな。氏族についてだ」
ローブで腕を組む姿は、一端の学者じみている。なぜこいつが、ゴブリンなのだろうな。
「4氏族とは、俺たち普通のゴブリンとは何か違うのか?」
「何が、か。うむ……」
考えをまとめるように目を瞑り、俺の前に座る。
「そうだな。前にも話したが、4氏族はゴルドバ、ガイドガ、パラドゥア、ガンラがある。それぞれゴブリンの始祖とも言われる古い血筋を持っている」
前に聞いた話だ。戦い方を知る上での前置きとして、その知識を頭に入れながら聞く。
「特徴的なのは、氏族ごとに得意な得物が違うことだ」
俺が聞きたかった本題はそこだ。氏族、というからにはその一派でまとまって生活しているということだ。ならば、独自の進化を遂げたゴブリン達がいてもおかしくはない。
「ガイドガは4氏族の中で最も怪力を誇り、パラドゥアは、騎獣を乗りこなす」
騎獣?
「騎獣とはなんだ?」
「見たことがないなら、説明するのは難しいが、4つ足の魔獣だ。ギ・ギー殿がやるようにして、その背に乗って、森を駆け抜ける」
騎獣兵ということか。
「ゴルドバは、数多の魔獣を使役することに長けた氏族で、ガンラは最も手先が器用だ。ゴブリン族の中でも、細工と弓を扱えるのはガンラだけだろうな」
なるほど、それぞれに特徴があるということか。だが……。
「ゴルドバは全員が獣士ということか?」
「俺も詳しくは知らぬな。あの使者殿に聞いてみたら良いのではないか?」
難しいことを言ってくれる。だが、確かに必要があれば聞くべきだな。
それにしても強力と騎乗と弓に使役か。
欲しいな。
強力な前衛戦力、騎乗による機動力、長距離攻撃能力、特殊技能。これだけがあれば、王国の建国も夢ではないだろう。
人間との戦いに、やっと駒が揃って来たと言って良い。
必ず手に入れなければ。
そうして騎乗、か。もし、騎乗が俺たち普通のゴブリンにもできるようなら、その技を学びとりたいものだ。
もし……仮定の話だが、それが可能なら足を失ったゴブリンが再び戦場に立つことも可能なのではないだろうか?
ギ・ガー・ラークス。
口の端が笑みの形に歪む。
待っていろよ。
◇◆◆
共感というのは、人間が持つ感情の中で最も他の種族達と異なるものだ。
親近感とでも言うのか、オークの襲撃以降リィリィが人間たちの世話を焼かなければならないことは、大幅に減っている。
「リィリィ姐さん」
腰に剣を履いたベルンとノイマンの言葉にリィリィは不満気に頬を膨らませた。
「姐さんはやめろと言ったはずです!」
「いやぁ、申し訳ない。つい、な?」
頭をかきながらベルンの声に、ノイマンも苦笑して答える。
実質的にリィリィが命を救ったことになる流入してきた15人の難民たち。彼らから、リィリィは何かと頼りにされている。
以前まではゴブリンとの些細なことにまでリィリィが立ち会わねばならなかったが、あの襲撃以降そのようなことも減ってきていた。
ベルンとノイマンは難民の中でも数少ない、剣の心得があるものたちだった。心得があるといっても、徴兵された先で少しかじった程度。冒険者として身を立てようとしているリィリィとは雲泥の差がある。
ベルンとノイマンはリィリィよりも5歳ほど年上だが、そこには拘らず、彼女の剣の腕を尊敬している様子だった。
「パロネの様子はどう? ミィールは遊びまわって怪我していない?」
パロネはベルンの妻で、妊娠している女性。ミィールは、ベルンの長男だ。今年で5歳になるやんちゃ坊主。
「いや、パロネはもうそろそろですね。二人目とはいえ、男には手助けもできやしねぇ。ま、ミィールに関しちゃいつも通りでさ。ゴブリンの旦那方にじゃれついたりしてましたぜ。危ねえからやめろって言ったんですが、聞きやしねえ」
ほとほと困り果てた様子のベルンの肩を、ノイマンが叩く。
「なぁに、なんとかなるさ」
「だといいんだがなぁ」
二人の様子にリィリィは目を細める。
「そういえば、この集落には慣れた?」
彼らが流入してから、半月以上が経過している。
「……まぁ、油断はできませんが居心地は悪くねえです」
「俺らを人間扱いしない徴税官はいないし、戦に引っ張りだされることもないしな」
ゴブリンの王には税をとるつもりがないようだった。集落に囚われた後は、奴隷よりも惨めな生活が待っているのではないかと心配したリィリィの予想を大きく外れ、王は寛容だった。
必要なものを生産すれば、他には何も要求されない。
王の求めるものとは食料、あるいはその保存方法だ。
時々リィリィが話をしていると、王侯貴族と話しているような感覚に陥ってしまう。しかもとびきり上等な、だ。
今森の外は乱世である。
世は麻のごとく乱れ各地で群雄が割拠し、鎬を削っている。
悪徳な雇い主など吐いて捨てるほどいるのだ。その人間の汚さを知っているからこそ、ゴブリンの態度に疑問と戸惑いを覚えてしまう。
モンスターを討伐するときに決まって持ち出される名目。奴らは悪逆非道で残酷な生きているだけで害悪となる存在、という名目が建前でしかないのだと思い知らされる日々だ。
だとしたら、自身はどうしたらいいのだろう?
リィリィは敬愛する雇い主のことに思いを馳せる。
おそらく、森の外ではレシアを探すべく捜索隊が組まれることだろう。
“聖女”レシア・フェル・ジール。
象牙の塔を最年少で卒業した神童。若きゼノビアの信徒にして、西方教会の枢機卿候補。否応なく権力と権威が彼女を飾り立てる。
本人が意識しているのかはわからないが、レシアの影響力はひとつの国を動かすに足るものだ。
今はまだいい。
あのゴブリンが本格的に人間を敵にしたとき、レシアはどちらにつくのか。
そして自分の身の振り方……覚悟だけは決めておかなくてはいけない。
ただ、今はもう少しこの奇跡のような平穏をかみ締めていたい。
「ウォン!」
足元で尻尾を振るガストラを抱き上げる。
「だいぶ重くなったな、お前も」
獰猛なはずの灰色狼が、こんなにも可愛らしいとは知らなかった。
願わくば、こんな時間がずっと続けば良い。
リィリィは、ガストラに頬ずりしながらそっとため息をついた。
◇◇◆
夜の風は、やさしく頬をなでる。虫の音色が遠く近く響いていた。季節感のないこちらでもしっかりと季節は移ろい行くものらしい。
ぼんやりと月を眺めていると、後ろから近寄ってくる気配。
「お月見ですか?」
レシアの声を背中で聞いて、尻尾をあげることで返事とする。
「ものぐさですね。女の子に嫌われますよ?」
「あいにくと、縁がなくてな」
苦笑に口元をゆがませる。
「まぁ、良いです。隣に座っても?」
「好きにすれば良い。もうすぐこの集落はお前たちのものだ」
「まだ、違うでしょう」
まぁそれはそうだ。
二人でぼんやりと月を眺める。
「ギ・ガー達の様子はどうだ?」
「ゴブリンの治療をしたことはありません。ですが、命は助かると思います」
命は、か。
「……後悔しているのですか?」
「いや、していない」
後悔をするぐらいなら、はじめから戦おうなどと思ったりはしない。
ただ俺の覚悟が足りなかっただけなのだ。
この胸がどうしようもなく痛むのは、俺のために他人を犠牲にして生きていくという決断に、心が伴っていないからだ。
当然のはずの生き方が、人であった心を掻き毟る。
まるで、親しき者を食い散らかして生きていかねばならない呪いのような俺の生き方。
耐えて進む。でなくば、意味がない。
「あなたはなぜ、そんなに強いのですか……誰だって悲しければ泣き、苦しければ逃げ出します。それを責める権利は誰にもありはしません」
「……俺が化け物だからだ。弱ければ俺が許さない。強く、ただ強く俺が生きた証をこの世界に刻むまで、俺は涙も流さないし、逃げ出すこともない」
俺は人か、化け物か。
人の記憶と思考、体は超常の化け物。
この生を生きると決めたときから、俺に人の弱さは必要ない。
「あなたの前に誰が立とうとも、ですか?」
「ああ、そうだ」
俯いたレシアは何を考えているのだろう。
この聡明な少女は、聖女と讃えられ、運命の鎖に締め付けられるこの少女は、いったい何を思うのだろう。
自分の運命に、自分の生き方に、自分の意志に。
「私は、聖女になりたくてなったわけではありません。私は逃げ出したい。ただのレシアでいたい」
レシアは膝で立ち上がると、そっと俺の正面に回って俺の胸に手を当てる。
ぱりん、と音がして何かが砕け散る音がした。
「これで、あなたを縛るものはない……私を殺すこともできます」
俺を見つめる瞳は熱情に浮かされ、その頬には朱が刺している。
吐き出される息遣いが、俺の内なる衝動を呼び覚ます。
──コノ女ヲ食イ殺シタイ。
──犯し食い殺すことに何の躊躇がいる? コノ女は俺の前に体を差し出しているではないか。
それを自分の意志でねじ伏せて彼女の瞳を見返す。
「ならば抗えば良い。ゼノビアにも、人にも。それこそが人の意志だ」
目の前に癒しの女神の非人間的な整いすぎた表情を幻視して、睨み付ける。
「言ったでしょう。誰もがそんなに強くはない。人は弱いんです」
悲しげに潤んだ紫水晶の瞳が俺を射る。
「私を殺してください。でなければいつか、貴方を殺すでしょう」
それが私の運命です。怯えた声で囁くレシア。
「断る。お前は逃げているだけだ。人なら、人たる意志をもって運命に抗って見せろ」
「厳しいのですね。王様」
悲しげに微笑む彼女に、俺はその頭に手を当て撫でてやる。
「明日、西へ立つ。俺はゴブリン達を統べる王となって戻ってくる。それまでギ・ガー達を頼むぞ」
土を払って立ち上がる。
「……あ、」
立ち去る俺の背中を見つめるレシアの気配がしたが、俺は何も言わずに立ち去った。
王となる。
犠牲になった者のために、これから死ぬ者のために。
それまでは、俺は何者をも求めはしない。
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