閑話◇従属魔の憂鬱
甘い話を、との要望がありましたのでコボルトの気持ちになってみました。
閑話とありますように、読まなくとも全然問題ありません。
時期的には、オークの襲撃前のお話しです。
【個体名】ハス
【種族】コボルト
【レベル】1
【階級】ハイ・群れの主
【保有スキル】《大食い》《早食い》《悪食》《雑食》《疾風の一撃》《群れを呼ぶ声》
【加護】なし
【属性】なし
【従属】ゴブリン・デュークに従属
最近、ご主人が来ない。
私の不満は、そこに尽きる。
いない、いない、いない! なんでいないのだ馬鹿ご主人!
赤い奴が、肉を持ってくるけど、ご主人がいない!
ご主人が肉を持ってきてほしいのに!
ご主人に見せるために毛繕いも最近は欠かしていない。毎日起きたら、水辺で顔を洗って、水を飲んで、肉を食べてから毛繕い、ちぃからワンになってご主人があんまり来てくれなくなった。
ちぃの方がご主人の好みだったのだろうか。
……いや、そんなはずはない!
ちぃたちよりも毛並みも、体格も、尻尾の角度だって、私の方が立派なのだ。
退屈だ。
だからとりあえず食べる。
目の前をぴょんぴょんと跳ねてる白くて小さいのを、追いかける。
柔らかくて、艶のある毛並みのためには、運動が必要なのだ。
ご主人のところになんて私からは行ってやらない。
だって、えさを持ってくるのはご主人の仕事で、ご主人に私の毛並みを触らせてあげるのが私の権利なのだ。
だから、ご主人が餌を持ってくるまで私のほうからは、行ってあげたりしないのだ。
それにしても、この間赤い奴が持ってきたオーク肉は美味しかった。
また食べたいなぁ……。
もしご主人の所に行ったら、食べ放題なのだろうか……?
ぅぅぅう。
自慢の爪で、白いのを捕まえる。
頭からがぶっと食べて見るが、やっぱりオーク肉の方がいいなぁ。
◆◆◇
気がついたら足が勝手に、ご主人の所に向いていた。
口の中でさっきの白いのの骨を弄んでいる。
はしたないとか言われちゃうだろうか。
でも、そんなの気にしない。悪いのはご主人なのだ。
ご主人がオーク肉をしっかり持ってきてくれれば、私だって白いのの骨なんて食べたりしないのだ。
ん~それにしても、私の鋭い牙でがりがり骨を齧るのは楽しいなぁ。
骨に染み付いてる味がなんとも美味だ。
「ウゥ~」
思わず鼻歌がもれてしまう。
ハッ、……だめだめ。
ご主人に会ったら思いっきり不機嫌に後ろ足で砂をかけてやらなくちゃいけない。
その為にも私の気分を惑わすこの白い奴の骨を……捨て、棄て、す……いや、別にご主人の近くまで持っていっても良いじゃないか。
ご主人に見つからないように穴にでも埋めてしまえばバレたりしないさ。
というわけで、骨をくわえたまま、ご主人の下へいこう!
ご主人は、二本足の小さいのを沢山つれている。
緑のが一番下っ端だ。
赤いのがその次に下っ端だ。
青いのはちょっとえらい。
そして茶色のご主人は一番偉いのだ。
もちろん、ご主人から餌をもらう私は、ご主人の次に偉い。
二本足の細いのもいるけど、あいつらはよくわからない。
ニンゲンというあいつらは、たまに森に入ってくる。私たちをいじめたりするから嫌いなのだが、ご主人の所にいるニンゲンはよく肉をくれるから好きだ。
そんなことを考えて歩いていたら、もうご主人達の匂いがする場所につきそうだ。
「ウォオォン!」
心浮き立つ私の耳に、て、天敵の声が!
◇◆◆
灰色の2匹は私の天敵だ。
毛並みは灰色、大きさはこの前まで小さかったのに、今では私の半分ぐらいはある。
不公平だ!
きっとご主人から一杯肉をもらっているんだな!
威嚇のための遠吠えも、奴等には全く効果がない。
舌を出して息を荒げる2匹、尻尾を全速力で振りながら、私の持っている白いのの骨を見つめる2匹!
や、やらないからな!!
2匹が左右に散って私に襲い掛かってこようとする。
「くぅ~ん」
そんな甘えた声になどだまされない私は優秀なのだ。
だが、左右から迫られるこの危機! どうしたらいいのだ。
ああ、お前らのニンゲン臭い毛を私に擦り付けるな!
痒いのが移ったらどうする!
私の綺麗にした尻尾を前足でいじるな!
鼻を突きつけるな!
いいにおいがするのは当たり前なのだ。この艶を撫でるのが許されるのは、ご主人だけなのだ。
ええい!
白いのの骨などくれてやるっ!
私の投げた、白いのの骨に向かって走り出す2匹を尻目に、走り出す。
ここまでくればご主人まであと少し。
ご主人に言いつけて、奴らの悪行を叱ってもらおう!
「ウォォン!」
その声に振り返れば、全力で走ってくる2匹の姿!
ああ、ご主人!!
私は走るのは得意じゃないのだ。
柵に囲まれた、緑の下っ端が一杯いる場所にはいる。その足元をすり抜けて、ご主人を探す。
ご主人! どこだご主人! せっかく私が来てるのに、なぜ姿を見せないのだご主人!
「ウォォン!」
近いっ!
後ろからの猛追を振り切れそうにない。
早くご主人の所に行かねば、私のご主人のひざの上へ!
いた!
隣に二本足の細いのがいるが、気にすることはない。
私の特等席はあいている!
「ウォォン!」
まずい。 奴らがもうすぐそこまで追ってきている。
ご主人っ!
あ、目があった。
何だその迷惑そうな視線は!
せっかく私が来てやったのに!
そんな目をするなら、帰っちゃう──。
「ウォンウォン!」
──やっぱり助けてご主人!!
ご主人の前で華麗にジャンプ! そうして見事私はご主人のひざの上に着地する。
我ながら華麗な妙技、こんな真似は灰色の2匹には、まねできないだろう!?
と思ってたら、2匹とも跳んでくる!?
うわ、ああ、わわ!
ご主人なんとかしてっ!!
「何なんだ全く」
そんなぼやきとともに、灰色の2匹がご主人の手で空中で捕まえられる。
……ふぅ。どうだ、ご主人は私の味方なのだ。これに懲りたら、お前らも私をもっと敬え!
私はようやく、安住の地を手に入れた。
ご主人のひざの上でまるくなる。
ふぅ、何者にも変えがたい至福の時間だ。
ご主人が後は私の毛並みを褒めて撫でてくれればいう事はないのだが、そこまでこのご主人に期待するのは、酷だろう。
私はなんて心が広いんだろうか。
「レシア、鍛錬をするからこれを頼む」
ま、まてまてご主人!
今ようやく休息をとったばかりじゃないか!
摘み上げられて二本足の細いのの膝の上に乗せられる。
ああ、ご主人~~。
「頼むぞ」
「ええ、喜んで」
む、何なのだ。この親密な空気は!
ま、まさかご主人浮気か!
私というものがありながら、尻尾も毛並みもないようなニンゲンが気になるのかご主人!?
ちくしょう!
お前なんてこうしてやる!
「今日はずいぶん不機嫌ですね。ハスさん」
「ウゥゥ〜!」
この前見つけた硬い石と同じような視線で私を見るニンゲン。
ご主人をとるお前なんて嫌いだからなっ!
放せ、ハナセ、離せ!
暴れる私の抵抗むなしく、抱えあげられてしまう。こうなると、私は無力だ。
「はいはい、おとなしく貴方のご主人様の戦いを見守ってましょうね」 私は抱えられたままご主人の戦いを観戦する。
おお、強いぞご主人。緑の下っ端を次々投げ飛ばしている。
機嫌の直った私は、憎い恋敵のひざの上だろうと全く躊躇わずに丸くなる。
今日は疲れたし、眠ろうかな。
明日はご主人と遊べるといいな。
コボルトのハスがメスだったという驚愕の事実。
そして、まったく気付かない主人公の鈍さっぷり!