気弱なブイ
【種族】ゴブリン
【レベル】5
【階級】ロード・群れの主
【保有スキル】《群れの支配者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B+》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》《直感》《王者の心得Ⅱ》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv1)灰色狼(Lv1)
【状態異常】《聖女の魅了》
巨大蜥蜴を、巨大蟻を、角蝸牛を駆逐しながら、一路西へ向かう。
「オークの足跡は辿れているな?」
俺の声に先を進んでいた、祭祀のギ・ザーが頷く。
「もちろんだ」
ギ・ザーと先の戦を通じてドルイド級にあがった風術師ギ・ドーを中心に魔法の使えるゴブリン達を中央に据えている。
前を行くのは、見開く瞳のギ・ヂーと剣神の加護を受けたギ・ゴー。この中では俺に次いで階級の高いノーブル級であるギ・ゴーの補佐をするため、連携を得意とするギ・グーの派閥のゴブリンをつけている。
怪我で動けないギ・ガーの代役として槍使いのギ・ダー、さらには狂神の加護を受けたギ・ズーが後尾を固める。 そして一日先に先行させた、獣士ギ・ギーと隠密ギ・ジー。
彼らから断続的に入る連絡によって、オークの足跡はほぼ正確に辿れているといっていい。
「王よ、ギ・ギー殿から使いだ」
頭二つ分彼らより図抜けた俺の視界に、草原地帯を走ってくる犬の姿が見える。ギ・ザーの言葉に頷くと、俺は走り続けだった全軍に停止を命じた。
「テキ、ふたテにワカれたよウでス」
ギ・ギーの部下で獣を使役できるゴブリンが、犬と会話する。
敵が二手に分かれた……か。
「数はわかるか?」
俺の質問に、ただのゴブリンであるギ・ギーの部下は首を振った。
「方向は?」
指差す方向は西と北。
「ギ・ゴー3組を率いて北へ迎え」
「承知! ギ・ヂー、一緒に来てもらうぞ」
「へイ」
ぺこり、と頷いてギ・ゴーと共に走り出す。ノーブル級であるギ・ゴーなら単独でオークと渡り合えるだけの実力がある。なおかつ、連携が得意なギ・ヂーと一緒ならオークが6匹程度までならなんとかなるだろう。
もちろん、こちらが追う側で向こうが追われる側だという心理的要因も含んでの計算だが。
「先頭はギ・ダーとする。ギ・ズーは引き続き後尾を守れ。出発するぞ」
干し肉を一口かじって懐にしまう。
案内の使役された犬を先頭に、オークの追撃に移った。
◇◆◆
オークを追撃してから2日ほど、夜の闇の中を黙々と俺たちは進む。
夜目が効くというのは随分便利だ。人間だったころには夜の闇が天敵だったが、こちらに来てからはむしろ味方といっていい。
オークが通る道は、錯雑した森林内ではなく比較的開けた場所を選んでいるようだ。確かにその方が速度は増す。だがそれゆえに、追っ手の追撃も容赦のないものになる。
彼らが通りやすいということは、こちらも十分な速度を持って追えるということだ。
しかも怪我をしたオークを抱えているのだろう。昼間草原を確認したが、所々に血の跡があった。
いまだどのくらいの距離が離れているかわからないが、優位なうちに距離を詰めておきたい。いざ襲い掛かるときになって体力がありませんでは話にならないからな。
口にする干し肉をかじりながら、周囲に目を配り、案内の犬を追った。
そのとき、ツンと鼻につく臭いを嗅ぎ当て俺は立ち止まる。見れば先を進んでいる犬も、うなり声をあげて止まっている。
「血の臭いだが」
ギ・ザーの呟きに、俺は黙って頷く。
視線を巡らせて気配を探ってもほとんど何も感じない。風は前から吹いているから臭いで勘付かれたということでもないのだろう。
では、追いついたか?
「ギ・ダー部下を連れて進んでみろ」
前衛を任されている槍使いのギ・ダーは、ゆっくりと頷いて足を進める。周囲を警戒しながらも、その足並みは驚くほど早い。
「王、オークノ屍でス」
警戒をしたまま俺はその屍に近づく。臭いの正体はこれか?
見れば全身に傷跡があり、ここで力尽きたのだと容易に想像がつく。
「ここで力尽きたか」
周囲を警戒する槍使いギ・ダー達に、命じてオークの屍を処理させる。
「……近いな。明日には追い付けるか?」
ドルイドの長であるギ・ザーがその屍を覗き込みながら声をかける。
「なるべくそうしたいものだ。だが……」
奴等が、ただ一方的に逃げるだけならいい。だが、伏兵を持って俺達を待ち受けるということも考えられる。油断しないようにしなければ。
オークが屍を残していくということは、奴等も相当追い詰められてきているのだろう。屍を隠す余裕もないのか。
それとも俺達の鼻を効かなくさせるための罠か?
その可能性を考えて首を振る。オークをまとめられるような者はもういないだろう。 いるとすれば瀕死の俺を放っておいて逃げ出すはずも無い。
恐れることはない。
このまま一気に追撃だ!
◆◇◇
夜通しで歩き続けたため、ゴブリンの中にも疲労が見え隠れする。
だがそれだけの成果はあった。隠密のギ・ジーが追跡していたオークの群れの尻尾にとうとう追い付いたのだ。
今は隠密のギ・ジーと合流し、ゴブリン達を森林内で休ませながらオークの群れの様子を伺っている。
その数20を数えるオークの群れ。
俺の予想よりも遥かに多いオークの群れだが、その様子は疲れきっている。風向きに注意しながら、森林の中からその様子をうかがう。
「先ほどかラ、あのオークが群れをまとメテいルヨウデす」
ギ・ジーの指差す先には、周りのオークより一回り小さなオークの姿。
「子供、か?」
俺の疑問に少し考えた後ギ・ジーは首を振る。
「いエ、そコマでは。でスガ、アレが群れノ中心なノは明らカ」
集団戦では群れをまとめる頭を崩すのがもっとも手っ取り早く、確実だ。
目を細めてその様子を伺っていると、オークの群れの中で体の大きなオークが小さなオークを突き飛ばしている様子が見える。
「仲間割れ、しているように見えるな」
「はイ。今まデにも何度カありマシた」
惨めな敗戦で参っているところに、自分より体格で明らかに劣るオークに指示されることへの不満といったところか。
「先日別れたオークの集団の様子を聞かせろ」
「はイ」
ギ・ジーが話をする間にも、俺の視線の先ではオークが争っている。
どうやら別働隊も、あの小柄なオークと喧嘩別れしたようだ。
今、あの群れを指示しているのは小柄なオークだ。その方法としては完全な逃げの一手。おそらくオークの拠点となる場所まで一気に逃げ切るつもりなのだろう。傷ついたオークをここまで見捨てずにつれてきたことからも、その思考は弱肉強食のみに染まっているわけではなさそうだ。
つまり知恵が回る。少なくても無駄にあの小さなオークを小突きまわしている大柄なオークよりは、だ。
先のゴル・ゴル戦でわかったことだが、オークといえどもある程度の会話はできるようだ。
今までは威圧の咆哮ぐらいしか交わしたことがなかったが、オークに知恵が回るものがいるなら、交渉をすることができるかもしれない。 何もオークを絶滅させる必要はないのだ。ゴブリンの王へと至る途上の石ころでしかないものに、こだわる必要などない。
集落の復旧も半ばだ。無駄にゴブリン達を危険に晒したくはない。
『奪われるわよ?』
冥府の女神の声が耳元でよみがえる。
東から来る人間の脅威。オークを撃破した今、警戒すべきは東だ。持ち駒の非力さを補うためには、あらゆる物を利用せねばならない。
俺が思考をまとめている中、大柄なオークが5匹ほどを連れて、集団を離れるのが見える。
「どうナさイますカ?」
「無論、襲う」
口元が自然と釣り上がり笑みの形を作る。問題はどちらを先に、ということだけだ。
◇◆◆
「ブイ様……」
傷ついた同胞の視線に、僕は落としていた視線を上げた。
「ゴイ様達が」
おろおろとする彼らを宥めるために、明るい声で応じた。
「彼らには、別働隊としてゴブリン達を止めてもらう」
虚しい嘘だろうか、でもそれでも僕がめげている所を見せてはいけない。
怪我をした同胞を見捨てることができず、仲間を集めてから撤退にかかったことでだいぶ時間を浪費してしまった。間違ったとは思わないけれど、それでもすぐ後ろからゴブリンが追ってくるようで恐怖を感じる。
ゴル・ゴル様亡き後、傷ついた同胞達を率いてゴブリンの集落を逃げたのは、ただ恐ろしかったからだ。
あのゴブリンの王。
僕と同じような小さな体だったにもかかわらず、身に纏う雰囲気はまったくの別物だった。
恐ろしい。炎を揺らめく大剣を使って、たかがゴブリンがゴル・ゴル様と打ち合い……そうして打ち倒してしまった。
驚天動地。寝耳に水。なんと言っていいのかわからないがとにかく衝撃だった。
「少し休憩しよう」
そうだ。
ゴブリン達にも相当な被害を与えたはず。そうそう追撃などできはしない。
ここで少し休憩して、皆の体力を回復させてから動いたほうがいい。
「ハイ」
頷く同胞を確認して、僕も腰を下ろす。
手に持った剣と盾が異常に重い。
取り落としそうになるそれを、地面に置いた。
同胞の中ではまだ年若く小さな僕を重用してくれたゴル・ゴル様はもういない。
ゴイや、グイ達年長の同胞は僕の指示を聞いてくれず勝手に群れを抜ける。
わかっている。僕に力がないからだ。
彼らを納得させるだけの力がないから、彼らは抜けていった。
ここにいるオーク達だって、ゴル・ゴル様の影響力がまだ残っているから僕の元にいるだけだ。
力が欲しい。
せめてあのゴブリンの王のような。
そのとき森のほうから悲鳴が聞こえる。
くん、と鼻を動かせば臭ってくるのは血の臭い。しかも同胞のだ! 距離は……うそ、なんでこんな近くにゴブリンの臭いがこんなにたくさん!?
「みんな、立ち上がって!」
慌てて盾と剣を取ると、進路を定めようとして愕然とする。
なんで、前にもゴブリンの臭いがするんだ!?
そうこうしているうちに、すぐ後ろで悲鳴が聞こえた。
「ゴブリン……!」
僕らより弱い下等な種族のはずだ。だが、目の前にいるのは、灰色の肌に黒の鬣を靡かせた三本角の、凶悪な顔をして体格は成人した僕らと遜色のない……あいつだ!
ゴル・ゴル様を殺したゴブリンの王が、追ってきた!
「ブ、ブイさま」
誰かが僕を呼ぶ声がする。
震える足で、ゴブリンの王に向き合う。その顔がにやりと、凶悪に歪む。
こわいこわいこわい!!
ゴブリンの王の後ろから、その手下たちが何かを投げる。
「ゴイっ!?」
先ほど離脱したゴイ達が、首だけになって僕らの足元に投げつけられていた。
「グルゥゥゥアアァア!」
ゴブリンの咆哮は、背筋を凍らせ、足の震えをいっそうひどくさせる。
こわいこわいこわい!
巨大蜘蛛と出会ったときよりも怖い!!
「オークよ!」
ゴブリンの王が口を開く。
腹の中を揺さぶられるようなその大音声。こわい!
「貴様らに機会を与える!」
同胞の前に立たされている僕の後ろでまた悲鳴が聞こえる。
恐怖に負けて視線を走らせれば、すっかり僕らはゴブリンに包囲されていた。
「俺の下について命をつなげ! さもなくばここで死ね!」
食べられてしまう!
こわいこわいこわい!!
「あ、あぁ……」
うまく舌が回らない。
「ど、同胞達とと、き、協議を、させてください」
その時黄金色に輝くゴブリンの瞳が一瞬光った気がする。
「ならぬ! お前が群れの主なら、お前が決めろ!」
無理だよ!
僕はゴル・ゴル様や他の同胞たちみたいに力があるわけじゃないんだ。ここまで群れを率いてこれたのもゴル・ゴル様の威光のおかげだ。
そんな僕が一人でなんて。
「そ、そんな……」
「ブイ様……」
悲鳴に近い声に振り返れば、僕の後ろにいる同胞が僕を見ていた。
その縋るような視線に、僕は泣きたくなる。
皆の期待にはこたえられない。僕は小さくて、弱くて、泣き虫で。
だから、こんな選択しかできない。
「ほぅ」
ゴブリンの王の手下から、呆れたような感心したようなそんな声が聞こえた。
手に持った剣と盾と捨てて、両手を挙げる。
「……降伏する。ゴブリンの王」
「受け入れよう。オークの王」
違う。オークの王は、ゴル・ゴル様だけだ。
僕は、僕なんかが王であるはずがない。
そう思っても、ゴブリンの王に言われた言葉が、妙に頭を揺さぶる。
オークの王。
そうして、僕達はゴブリンの支配下に入った。
◆◆◇◇◆◆◇◇
オークキングのブイ(Lv34)が【従属魔】になります。
◆◆◇◇◆◆◇◇