激突Ⅲ
【種族】ゴブリン
【レベル】62
【階級】デューク・群れの主
【保有スキル】《群れの統率者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B−》《果て無き強欲》《王者の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》《狂戦士の魂》《三度の詠唱》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv1)灰色狼(Lv1)灰色狼(Lv1)
【状態異常】《聖女の魅了》
背に担ぐように負った鋼鉄の大剣を握る。
茂みの中を突っ切るように姿を晒して俺が先頭を走る。続くのは、曲刀を操るギ・ゴー、隠密を使えるギ・ジーを始めとした5組15匹のゴブリンたち。
集落の前に展開しているオークの群れは既にこちらに気づいているようだった。
何匹かが防御壁を作るように、こちらに向かって壁をつくる。
文字通り肉の壁だ。
先ほどまでなら気づかれた時点で踵を返していたが、今度ばかりは違う。
「グルゥゥゥアァァアアァ!!」
【スキル】《威圧の咆哮》を叫び、反対側にいるであろうノーブル級のギ・グー、長腕のギ・ガーに合図を送る。
目の前に迫るオークが、棍棒を振りかぶるのが目に入る。脇に大剣を抱えるようにして構えると同時。
──遅いんだよ!!
「我が命は砂塵の如く!」
出し惜しみはなしだ。
空気の壁が俺を押し潰そうと正面から襲い掛かってくるのに逆らって、大剣をまっすぐに構える。
見る間に近づくオークの巨体にそのままぶつかり、貫いた。
「グゥルォオオオォオァ!」
瞬時に【スキル】《狂戦士の魂》を発動。
狂戦士の魂による精神侵略と引き換えに。
筋力30%、敏捷性30%、魔力30%が上昇する。
横からオークの棍棒が叩きつけられるが。
ダメージの軽減20%により致命傷には至らず、オークの体を貫いていた大剣に魔力を纏わせると、オークを貫いたままの大剣を頭上に振り上げる。
「我は刃に為りゆく!」
オークの体を薄紙を裂くように切り裂いて、頭上に掲げられた黒き炎を纏わせた大剣を隣のオークに振り下ろす。
「ピュグァ──」
棍棒を盾にしようとしたオークをその棍棒ごと胸まで切り裂いて、大剣を引き抜く。
返す刀で、背後にいたオークを横薙ぎに切り払う。
──前だ! 前に行かねば!
それだけを念じて、足を進める。
「グゥルゥォオアアァァ!」
──邪魔だ! 目の前に立つは全て敵だ!
進路をふさごうとしたオークを一刀の元に切り倒す。
──斬る斬る切る斬るキル伐るキルき斬斬斬斬斬斬る。
「──オオアガオオァガアァ!」
目の前に立ちふさがる2匹のオークが長槍を振り下ろしてくる。
打ち下ろしてくるタイミングにあわせて、大剣を一閃。その柄を斬り飛ばす。
瞬時に得物を捨てたオークが素手で殴りかかってくるのを、懐に入り込むようにして大剣を振るう。地を這うようにして下から上へ。オークの首筋に吸い込まれる剣先が、その首を刎ねる。
【スキル】《剣技B-》の技量を遺憾なく発揮して、激情の中に揺るがぬ剣捌きが生まれる。
頭上に降りぬいた剣先を力ずくで下に向ける。落ちる流星の如き一直線の軌道を描いて、迫りくるもう一匹のオークの太ももを刺し貫く。
根元まで貫いた大剣を態勢を立て直すと同時に引き抜き、後ろ向きにバランスがとれず崩れ落ちるオークの首を刎ねる。
──敵だ敵だ、敵がいるぞ敵が敵が敵が敵がアァ!
荒ぶる《狂戦士の魂》が命じるまま、剣を振るう。
周りは全て敵だ。ここでは何を憂慮することもなく、力を、魔力を思い切り振るえる。
「グルゥオォオァアアアァァ!」
再び魔力を後方に集める。
「我が命は砂塵の如く!!」
立ち塞がろうとするオークに向けて、加速し体ごとぶつけて道を開く。
倒れたオークの頭に大剣を叩き込み、左右から迫りくる2匹に向けて大剣を振るう。
腕を叩き切り、それでもなお向かってくるオークの頭を左手で掴むと、全身の力を使って投げ飛ばす。
遠めに、オークキングと思わしき巨体のオークの中でも更に巨躯を誇るオークの姿が見える。
「見ィつけェタアァァ!!」
──道を、開けろォ!
左右前後から襲い来るオークを気配だけで感じ取り、勘に任せて大剣を振るう。
左右前後……? う、しろ……?
「っ!?」
咄嗟に振り返った俺が見たのは、オークに囲まれながら必死の防戦を繰り広げるゴブリンの姿。
突出しすぎて、ゴブリンが付いて来れなかった。
──まずい。
思った瞬間前から衝撃が来る。
棍棒を横薙ぎに思い切り振られ、弾き飛ばされる。
《狂戦士の魂》が解かれ、漲っていた力が萎んでいく。
大剣を右手で握りなおし、鎧に仕込んでおいた短剣を握る。ゴブリンを囲んでいるオークに向けてけん制のために投げつけ、その背を襲う。
「王に、続ケ!」
ギ・ゴーの号令の元、犠牲を出しながらゴブリンが俺の背を追って走り出す。
足を止めたら死ぬ。
オークキングの所まで、決して止まってはいけない。
生きたくば、死ぬ気で走り抜けるしかない。
「どけェ!! 我は刃に為りゆく!!」
刃に魔力を纏わせる。
立ち塞がるオークに向けて、刃を振るう。
オークの巨躯を切り裂き、その血を全身に浴びながらひたすら足を動かす。
オークキングの巨躯まで後10歩──。
剣を構え盾を持ったオークが目の前に3匹!
「ココは、お任セヲ!」
すぐ背後からかかる声とともに、ギ・ゴー、ギ・ジーがオーク3匹に向かっていった。
もはやその数は10匹を割り込み、オーク3匹を相手にできるかは微妙なところだ。
だが、あえて俺は奴らに任せる。
【スキル】《狂戦士の魂》と連続の《魔力操作》。立て続けに使った【スキル】の影響で、集中力が今にも切れそうだった。
剣と盾を構えたオークに向かってギ・ゴーが仕掛ける。
3匹の只中に飛び込むと、足下からすぐさま膝を狙う2連撃。中心のオークだけを狙って攻撃を繰り出したそのすぐ後に、続くようにして手下のゴブリンが仕掛ける。
膝を突くオーク。オークの構える盾に敢えて防ぎやすい一撃を加えて相手の視界を潰し、三匹目が死角を突いてオークの顔に一撃。
残った2匹からの攻撃を受け止めるギ・ジーと名も無きゴブリン。吹き飛ばされるのを覚悟の上で受けた一撃は無駄ではない。続いた2匹目達が、オークの足下を狙って攻撃し、その追撃を断ち切る。
──よくやった!!
悲鳴をあげ、うずくまるオークを踏み台に俺は先に進む。
踏み潰す勢いでオークの背を蹴って跳躍。着地地点を眼下に納め、そこにいるオークに向かって魔力を纏った一撃を空中から繰り出す。
肩から胸までを切り裂き、着地の勢いを全てそいつにぶつける。
一緒になって転げる間に大剣を抜き取り、そうして目の前にはオークキングの巨躯があった。
俺を見下ろす灰色の肌の巨人。遠目で見るのと、近くで見るのとではその威圧感はまったく違ったものだった。手にしているのは大剣のはずだが、オークキングが持つと、ただの長剣のように見えてしまう。
瞳に宿るのは、他のオークのように欲望に濁った瞳ではなく知性の輝き。
ゆえに解る嘲笑の色!
──ぶち殺す!
「名乗れ、矮躯なる者」
大剣を軽々と大上段に構えると、その大きさは目を見張るばかりだ。
「教えてほしければ、お前から名乗れ!」
その足下に向かって身を屈めながら一気の加速。
「我が名は──」
──馬鹿が、名前を名乗りながら死んで行け!
「ゴル・ゴル」
足下を狙った俺は背筋に走る悪寒に反応し、全力で横に跳躍。地面を擦るように減速して止まる。視界に入ったのは、抉れる地面と爆発音。ゴル・ゴルと名乗ったオークの一撃は、文字通り地を割る一撃だった。
正気か!?
「ほぅ、避けるか」
どっしりと腰を落とした一撃から、視線が俺を射る。
一気に頭を割ってやろうと足を動かそうとし、水中にいるときのように動かない体に気づく。
──ま、さか!!
「動くか、矮躯の者」
口元に笑みを浮かべると、奴が息を吸い込むのがわかる。まずいと思うと同時に、俺も息を吸い込む。
「ウグゥゥラァアァアアァァ!」
「グルゥウゥゥウアアァァ!」
相手の咆哮に俺の咆哮をかぶせる。
威圧の咆哮!?
威力を相殺できたのは運が良かったとしかいいようがない。
「ほぅ、お前も使えるのか」
何を、とは口に出さなくても解る。こいつも意図してスキルを使えるのだ。
キングともなればスキルを発動させられるのか。しかも──。
「名乗れ、矮躯の者」
迂闊に名前を名乗れば、俺の《王者の心得Ⅰ》のように発動条件が整って絶望的な差が更に広がる恐れがある。
「名など無い!」
実質的に俺の《王者の心得》はこれで封じられてしまった。
さらに、肩に担いだ大剣をそのままに接近しようとし、地面を割った敵の大剣が振り上げられる。その剣風だけで、俺は突進を止められた。
受ければ一撃で俺は死ぬ。
《死線に踊る》もおそらくは使えない。
《青蛇の眼》の発動条件である人数差もオークに囲まれた状況の中では、使用不可能。相手の弱点を探るすべは無い。
今手持ちで使えるのは、《狂戦士の魂》《魔力操作》《三度の詠唱》ぐらいか?
《威圧の咆哮》は相殺された、どちらかといえば分が悪い。
どうする!?
「ならば」
太い声がゴル・ゴルの口から漏れると同時、一歩踏み出したかと思った瞬間急激な加速で俺に迫るその巨躯。
──考える暇も無いのかっ!
その軌道から、体をひねって避ける。横で文字通り爆発する地面。
足を地面に突くと同時、距離をとるべく更に離れようとする俺にゴル・ゴルの巨躯が迫る。地面に突き立てたままだった大剣がそのまま俺に向かってくる。それに必死で大剣を合わせるが、それが精一杯だった。
そのまま大木の根元まで弾き飛ばされる。
受身を取る余裕も無く背中を強打。吐き出される息と動かない体が、間近に迫る俺の死を告げている。
悠然と迫るゴル・ゴルの巨躯を睨み付ける。
「ほぅ、まだ戦うか」
その声には最初の嘲笑などはない。あるのはただ感心するような響きだけ。
一か八か、《狂戦士の魂》で打ち合ってみるか?
いや、あの力は《狂戦士の魂》を発動したところでどうにかなるものではない。
まるで氷砕機のように間合いに入るもの全てを破壊しつくすあの大剣。
──一撃必殺か、全く羨ましい限りだ。
だが、な!
「ぬん!」
振りかぶられる大剣、再び加速するゴル・ゴル。
「我は刃に為りゆく!」
まだ俺は手札を切っちゃいないぞ!
目で追えるギリギリの速度の大剣の軌道。振り下ろされる大剣に向かって、炎揺らめく大剣を合わせた。
狙いは武器破壊。
軋みを上げる腕で大剣を受け止めはじき返す。
「ほぅ」
にやりと笑ったゴル・ゴルが気に食わない。俺の狙いは半ばまで成功したにも関わらず、大剣を完全に破壊するまでには行かなかった。ゴル・ゴルの技量なのだろう。
ひびの入った大剣を楽しげに眺め。
「ならば」
オークキングの体から赤い魔素が噴出すのが見えた。
「我は強力我は無双」
俺と同じように刃に魔力を纏わせやがった。燃える炎の赤い魔素が、奴の大剣に揺らめく。
「これなら折れぬな」
口元を笑みの形にしながら俺を睨む。
両手で構えた大剣を俺に向ける。
落ち着け。状況は変わらない。一撃でもあの大剣を身体に受ければ死ぬ。
それだけ。それだけだ!
「グルゥゥオオォォオァァアァ!」
負けるなどと許されるはずも無い。
思うことすら、今まで俺のために死に、今まさに死んでいこうとする手下に対する侮辱だ。
俺は勝つ!
「心地よい威圧だ」
勝負に出るのは俺だ。奴が余裕を気取っている間に、殺してやるっ!
その慢心とともに死んで行け!
踏み込みは自身の考え得る最高速。
振りかぶった大剣を上下流れるように一撃、難なく受け止めるゴル・ゴルに舌打ちしたくなりながら、歯を食いしばって更に一撃。
黒と赤の炎の間で火花が散る。周囲に衝撃波すら見えるその激突の只中に身を置く。
踏み込みの際に下から上に加速を載せて一撃。これも受け止められる。
僅かたりとも揺るがぬその巨躯。
それどころか俺が放った一撃を受けて悠々と反撃してくる。
大剣を必死の思いで合わせるたびに、足が地面にめり込む。
──馬鹿力がっ!!
敵の間合いの中で打ち合うこと十合。
いまだ決着はつかないが、俺は徐々に追い込まれている。当然だ。俺の一撃が相手にとっては程よい威力だろうと、ゴル・ゴルの一撃は俺にとっては大剣を握る手どころか腕まで痺れる一撃なのだ。
もらうたびに身体ごと吹き飛ばされるのを耐えるのが既に十度。
そうして再び振るわれる。
俺の限界はすぐそこだ。
上から下へ重力ごと落ちてくるんじゃないかと思われる一撃を、距離をとって回避。
「下がったな!」
歓喜に沸くゴル・ゴルの声。
「ぬん!」
瞬く間の加速が目の前にゴル・ゴルの巨体を現出させる。避ける暇も無く激突。
トラックに正面衝突されたような衝撃の中、後ろに弾け飛ぶ。細い木々をなぎ倒し、5メートルは吹き飛ばされただろうか。
背中に当たった大木に強かに打ちつけられる。
それでもなんとか大剣を手放さなかったのは、自分自身不思議だった。
「ぐはぁ」
赤い血を吐き出して、咳き込む。
「よくやったぞ。名も無き矮躯の王……ほぅ、まだ立ち上がるか?」
杖にした大剣には黒き炎が揺らめく。
──当たり前だ。
震える腕に力を込める。