表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
遙かなる王国
369/371

冥府臨界

 空の要塞たる“箱舟”が堕ちる。

 墜落していくガウェインと相討ちとなった形だ。続いて起こったのは、残った龍達とその上に乗るドルイド達の特攻である。

 旗艦たる箱舟を失った飛翔艦隊は未だに対魔障壁を再構築出来ず、針鼠のような対空砲火こそ健在であったが、なす術なく敵の接近を許す。双方の指揮官であるギ・ザー・ザークエンド及びリューリュナ亡き後、彼らの動向は対象的だった。

 飛翔艦隊は指揮の混乱により秩序を保ちえなかった。艦毎に離脱を開始し、それを追い撃たれる。対する龍達であったが、此処も冷静さを維持していたとは言い切れない。対魔障壁を無効化出来ている現状なら遠距離からの攻撃も有効である筈だったが、激発した龍とドルイド達は敢て接近戦を挑んだ。

 まるで自ら死に突き進むような、多大な犠牲を代償とした執拗なまでの攻撃は、最期の艦が墜落するまで何度も繰り返された。

 そうまでして敵の箱舟艦隊を討ち果たした空の戦いは、決して無駄ではなかった。

 普段の理知的なドルイド達を知るゴブリン達は、その非効率と思える戦いに彼らの決意を見た。

「持ち堪えろ! 我らは戦士だ! ドルイド達があれ程の戦いを見せて、どうして我らが此処で退けるのだ!」

 押される戦況の中、ギ・グー・ベルベナは部下を叱咤した。最早戦力に余力など無い。傷付いた者を後ろに下げる余裕すらないフェルドゥークは、だがここから驚異的な粘りを見せる。

 乱戦に持ち込んだザイルドゥーク、最左翼の同盟軍、中央で有利に戦いを進めるサザンオルガの残党とレギオルの先陣を切る形で、更なる再攻勢へと転じた。

 軍の基幹となるべき高位のゴブリン達ですら多くの死傷者を出しながら、それでも前進を止めない。それは将軍たるギ・グーをしても同じだった。既に彼の体には数多の傷が刻まれている。特に左肩を貫いた氷結の槍による傷は深く、もう少しで致命傷になりかねないものだった。

 だがそれでも、ギ・グーは退かない。

「王を信じよ! 我らの王を! 進め! 肉が裂け、骨が砕けようとも、王の御許まで道を切り開けッ!」

 自身も深手を負いながらのギ・グーの檄は、傷付き体力も尽きかけていたゴブリン達を再び奮起させる。殆ど意地と気力だけになりながら、彼らは戦い続けた。

 疲労が積み重なり、頭は考えることを放棄しても尚、彼らは動き続ける。それは血の滲むような訓練の賜物だった。倒れ込みそうになりながらも、鍛えられた三か月。

 ギ・ザーが策を巡らせ、ズー・ヴェド達が死に物狂いで稼ぎ出した三か月が、ここに来て彼らの攻勢を支えていた。

 フェルドゥークの再攻勢に引き摺られるような形で、アルロデナは最前線を押し込んでいく。

 箱舟は既にない。

 となれば、後は彼らの王が敵を討ち果たせば、全てに決着が付く。


◇◇◇


 大地に突き立てた大剣に体重を任せ、ゴブリンの王は声を絞り出した。

「……ああ、お前は、友達だ。俺の、ただ一人の……」

 言葉に出した後、噛み締めた歯が鳴る。

 また一つ、王の肩に積み重なったものがある。だが、その全てを口に乗せることはしない。先程まで自身を苛んでいた絶望は、友の命を賭けた叱咤の前に色を無くしていた。

「やってくれたな」

 目の前には尚も笑みを浮かべる勇者の姿。

「だが、まぁ構わんさ。箱舟も絶対ではない。龍共を材料に、また作り直せばいいだろう」

 片腕たるリューリュナを失った動揺など欠片も無く、薄ら笑いを浮かべる勇者を前に、ゴブリンの王は立ち上がった。手にした黒き太陽(アルディア)を両手で構える。

 箱舟の墜落と共にアーティガンドという国は陥落した。あの箱舟は、この地上で最も安全と思われた場所だった。それ故に王族が乗っていたのだ。

 アルロデナはアーティガンドを陥落させた。そう見ることが出来る。

 アルロデナは大陸のあらゆる国を打倒し、暗黒の森から立ち塞がってきた国々の尽くをその支配下に収めたと言っていい。

 覇王としての野望は果たした。

 故に、ここから先は──。

我は刃に成り往く(エンチャント)

 灯のように燃え滾る黒き炎が、刀身に絡み付く。

「勇者……いや、アティブよ」

 吐き出す息は灼熱にも似る。

「不愉快だ。貴様などに名を呼ばれる筋合いはないぞ」

「──貴様を、倒す」

 異なる世界へ落とされた者の成れの果て。人の魂と魔物の身体が交じり合う、ただ一人の男の復讐だ。

「──ハッ」

 笑うアティブを待つつもりはなかった。

 踏み出す一歩は神速に達し、振り切られる大剣はこれまでの領域を超えていた。黒き炎は既に全身を包み、補助の役割を果たしている。踏み出した一歩によって大地が割れる。振り切った大剣による風圧は、衝撃となって周囲を蹂躙する。

 咄嗟に反応出来たのは偶然か、それとも勇者の奇跡故か。

 鋼が鋼を食い合うような火花が散り、遅れて弾かれた鋼が悲鳴を上げる。

「──な、に!?」

 驚愕に目を見開く勇者。その隙とも言えないような、針の穴を通すような虚を突く。

「グルゥウゥゥウウウルオォォオアオオオァオオオァァアア!!!」

 天地も人も神すらも威圧する咆哮は、確かにアティブの背筋に冷や汗を流させた。

 空気を震わせ、大地は鳴動し、それに呼応するかのように男の背後に居る生者の軍勢が吠える。死したる冥府の軍勢までも鼓舞する、男の咆哮。

 数万の軍勢など及びもつかない。生きとし生ける者、死すべくして死したる者。その全てを背負って立つ男の咆哮は、神たるアティブをして威圧される程のものであった。

 男が剣を振るう。

 受け止めた一撃が重い。

 足が浮き、体が後ろに流れる。

「──っ!?」

 自身が吹き飛ばされたのだと知覚するまで、アティブは数瞬の間を要した。

 そして驚愕と共に認めざるを得なかった。

 目の前の敵は、勇者たる自身に伍する存在となったのだと。振るう剣には世界が乗り、語る言葉には真の理がある。その領域にまで、この男は登って来たのだと。

 怖気を振るう容姿。この世のものとは思えぬ魔物の軍勢を従え、冥府の軍勢と共に自分の前に立ち塞がる明確な敵。

 だが、それでもアティブは笑う。

「ふ、ふはは、ふはははははは!!! そうだ、そうでなくてはな! 勇者の前には魔王が立ち塞がる! ふ、ふふははははは!!」

 間合いを取ったアティブは哄笑を上げつつも、その視線は尚も油断なく敵を睨み、手にした長剣を徐々に構えていく。

「良かろう、相手をしてやる! 座興の続きだ! 貴様のその理も塗り替え、世界を人間の手に帰すのだ!」

 光が奔る。

 閃光のような七閃。奔り抜ける剣筋の鋭さは、人の鍛えた技の上位に君臨する神の御技。その剣戟は並の人間では何を捨て去っても到達出来ない境地にある。空気すら切り裂き、敵の急所を抉る人智を超えた剣。

 だが、男は怯まず、前に出る。

 飛び散る血潮が、黒き炎となって燃え尽きる。例え臓腑を抉られようと、痛みは全て噛み砕く。その程度の覚悟なくて、どうしてその太刀筋に世界が乗るのか。駆け抜けていく苦痛の一つ一つが、己の積み上げて来た罪業と思えば、どうして己を奮い立たせずにおれようものか。

 激情と共に歯が噛み合い、音を立てる。

 憤怒の咆哮と共に振るわれる大剣が長剣と衝突し、火花を散らす。

 一閃、二閃。尚も連続して振るわれる地に生きる者の鍛えし大剣と、迎え討つ神の鍛えし長剣が、互いに喰らい合う。夜の闇に明星を謳う激突の赤は音を置き去りにして風を巻き起こし、大地に亀裂を走らせる。

 互いに振るった剣風で風が逆巻き、颶風となって周囲を切り刻む。大地すら切り裂く鎌鼬が周囲に拡散し、衝突する二つの剣戟が荒海に狂う大波のような衝撃波となって颶風を駆逐する。

 男は既にして死兵。

 敵の刃を己の体で受け止め、己の刃を敵に叩き込む為に、ただ只管に前に出て剣戟を振るう。幾千幾万振るってきた大剣の軌道は、相手の息の根を確実に止めるもの。振るわれる鉄塊じみた巨大質量は掠りさえすれば相手の態勢を崩し、己の暴風じみた剣戟の嵐の中に巻き込む。

 受ける神は、世界そのもの。

 この世界は、全て彼の為に在ると言っても過言ではない。彼の力で叶わぬものはなく、彼の魅力で従わぬ人はない。彼が振るう剣が最強でない筈がなく、魔物相手なら傷すら付かないその力は、敵に絶望を与えるに十分なもの。

 なのに、だというのに。

 押しているのは明らかに復讐者となった男である。

 咆哮と共に振るわれる袈裟掛けに切りかかった斬撃。他とは隔絶した速度。込められた殺意は必殺にして、秘められた威力は神すら砕く。

 軽やかに身を捻ると同時に、斬撃の軌道を逸らす。

 散る火花が夜を照らす。一瞬の陰影に彩られた両者が瞬きする間に再び剣戟を交わし、振り切られた大剣は大地に断層を作り出す。勇者は飛燕の如き優雅なる舞に似た動きを繰り返し、斬撃を見舞う。七閃を七度、手数は向かってくる敵を圧倒している。

 その一撃一撃が、この世界の者なら死して当然のものだ。それを四十九撃繰り返し浴びせるが、それでも尚、崩れゆく体を黒い炎が支える。荒海を切り裂くかのような手応えの無さ──否、荒海ですら神の一撃を四十九回繰り返せば海底を覗かせよう。

 だが、現に目の前の敵は未だに立ち塞がり、剣を振るっている。

「ッチ!」

 屈辱である。神である自身の矜持を穢されたと言っていい。

 己が定めた世界の理の中で牙を突き立てられるという屈辱が、アティブをして苛立ちのままに距離を取らせた。

 迫り来る男に向かって振り切られる勇者の腕が、空中に槍を現出させる。無数の槍が槍列を作り、その数は千を軽く超える。しかも、その一つ一つが毒を滴らせ、電撃を帯び、高熱を発している。ガウェインを撃退したアティブの真の言葉(まほう)

串刺せ!(ヴァナ・セ)

 飛び交う致死の槍の群れの中、男は走る。

 目に映るのは敵の姿のみ。瞬時に最短経路を見い出し、地よ砕けよとばかりに大地を揺らす。男の周囲に黒き炎が幻影を映し出す。飛び交う千の槍に対して、男が持ち得るものと言えばそれしかない。

 走る男の周囲を守るように、黒い炎は人型となって並走する。

「グルウゥウゥウオオォォアアアアァァァアアァアアア!!」

 吠える男に従って冥府の炎は形を宿し、猛き戦士達が槍を弾く。

 人の王たる者(ブランディカ)が手に黒炎の戦斧を握り。

 聖剣の担い手(アイザス)プエナの勇者(アレン)が長剣を振るう。

 進む男の前に立ち塞がる槍列の悉くを、黒き炎の戦士達が弾き飛ばしていく。

「──ッチ」

 舌打ちと共に更に距離を取ろうとしたアティブの足元に雷撃が奔る。七条に分かたれた黒き雷鞭が地面を削り、アティブの周囲の槍を巻き込んで焼き尽くした。

 にやりと、黒炎の戦士が笑う。

 不屈の英雄(ガランド)が肩に担ぐ大剣は巨人の守護剣(ティタンダガー)。刀身に纏う黒い雷撃は、黒炎と相まって気焔と共に燃え滾る。

「小賢しい!」

 長剣を大地に突き立てるアティブ。周囲には神槍・魔槍が飛び交い、黒炎の戦士と熾烈な激突を続ける中で、走る敵対者に向けて手を翳す。

封ぜよ(ラロド)!」

 捲れ上がる大地は天を衝き、進む男の四方を囲む。土も、石も、鉱石すらも取り込んで大地の封印を作り上げる。土の壁にして三重、石の壁にして五重、あらゆる鉱石の壁にして七重の壁を四周に作り上げ、迫る男を取り囲む。

 力の弱い神ならこれだけで封じてしまえる護り土。それだけの言葉と力を込めた筈の土壁が、一瞬の後に燃え上がる。まるで高熱を浴びたように天を衝く鉱石の壁が溶解し、燃え滾る溶岩のような黒き炎が天を焦がす。

人形よ、踊れ(ゴラム・ラピエル)!」

 赤き呪印が幾千となくアティブの周囲に現れる。その全てが転移の門。小型のものから大型のものまで様々なそれらによって出現するのは、鎧を纏った戦士に見える

 一歩を踏み出す彼らの醸し出す違和感は、その全身が現れるに至って判明する。

 鎧は肌となり、腕は剣となっている。鋼鉄製の肌を持ち、指先がある筈の箇所には一本の剣が伸びている。口は鎧に覆われ表情は見えず、全身から軋むような音を立てて人形の軍勢が召喚される。

 元は人間だったのか、それとも生きている武器として作られたのか。

 目の前に死力を尽くしてアルロデナを受け止める軍勢があって尚、アティブは更なる軍勢を召還する。その数、凡そ千。面覆い(フェイス)の隙間から敵を見据える彼らの視線の先には、黒炎燃え立つ中を歩み進む男の姿。

 それを瞬時に敵と認識し、鋼鉄の戦士達が一斉に行動を開始する。

 天を焦がす黒き炎の壁と化したラロドの土壁。溶解したその隙間から流れ出る濁流となって、黒炎が姿を変える。

 雄々しく踏み出す馬蹄は大地を削り、上げる土煙を追い越して騎馬を駆って草原を疾駆せしは、常勝の戦姫ブランシェ・リリノイエ。彼女の後に続くのは、鋼鉄の黒き鎧を纏い、冥府の闇を越えて尚付き従う戦乙女達(ヴァルキュリア)

 鋼鉄の戦士達を蹂躙し、ただ戦場を貫きし一閃の矢となって、嘗ての草原の覇者は大地を駆ける。

 その中を、男は走る。

 踏み越えてきた戦場が、うち砕いてきた強敵が、男に前へ進めと言っている。

 男に近付こうとする鋼鉄の戦士は、巨大な狼と人馬族の二人の英雄によって打ち払われていく。

 一直線に鋼鉄の戦士を蹂躙した濁流は、アティブへの道を作ると左右に分かれて消滅する。一兵たりとも敵に背を見せず、目の前の敵を葬り去る様子は、草原の覇者の矜持を思わせた。

「どうした、アティブよ! 臆したか!?」

 正面切って戦うことを避けるアティブを、男は挑発する。

 笑おうとして、遂にアティブの笑みが引き攣った。

「そこまで言うなら、我が手で殺してやろう!」

 再び激突する鋼と鋼。

 暴風と疾風が嵐となって激突する。

 切り上げた大剣の先の空は割れ、雷雲の先の星々すら覗かせた。降り注ぐ赤き姉妹月の柔らかな光を避けるように、彼らは再び剣戟に身を躍らせる。

 光の速度で振るわれた長剣の先端が男を貫通し、人体の急所たるべき場所を全て切り裂く。魔物の核があるとされる体の中心すらも貫いて、男の背後の大地すらも切り裂く。

 だが、全ては黒き炎の下に再現されていく。

 相対する者に無限の回復力を想起させる冥府の炎。

 しかし、確実な苦痛は魂すらも削って男を苦しめる。

 それでも男は止まれない、目の前の敵を倒し、愛する女を解放する。嘗て出来なかったことを、成し遂げられなかった無念を、今一度繰り返さないその為に──!

 吠える男の声に従って、冥府の炎が変化する。

 振るわれる大剣の一撃と前後して、冥府の炎がギ・ダーの槍となって突き出され、大剣を避けるアティブに更なる追撃を加える。再び振るわれるアルディアの一撃。躱すアティブの先に回り込むように、黒炎が形作るのはギ・バーの戦斧。

 叩き落とすアティブの剣を封じるように、連続して撃ち出されるのはギ・ゾーの水弾。

 受けに回ったアティブに、男の剣戟は止まらない。大剣の暴風の内側から、人の胴体程もある棍棒が黒き炎を振るう。地面を砕き、黒き光を衝撃として放つ。

「くっ……!? ええいっ!」

 苛立たし気に長剣を振るうアティブが、初めて姿勢を崩す。王の背後から突き出された杖先。込められた魔法は沈まぬ筈の飛翔艦を堕とし、神にすら誤算を生み出させる程のもの。

 左右から迫る黒光と風の槍。ほぼ同時に現出したそれらの脅威に、切り払うのでは間に合わないと判断。アティブは咄嗟に後ろに下がろうとし──。

「──下郎がっ!」

 神の矜持と共に前に出る。

 この世界は彼の為にある。それは疑いない。地上の誰しもが彼に敵う筈がなく、傷を負わせることなど出来はしない。況して彼を打倒するなど、この世界に生きとし生ける何者にも不可能な筈なのだ。

 恐れるに値しない魔物。精々が、彼の前に立ち塞がる有象無象。だが、その魔物がこれ程までに神を苦しめる。断じて許せることではなかった。この世界に生きる者は須く神に首を垂れる存在であって、脅威を感じさせる存在ではない。

 だからこそ、アティブは前に出る。

 そして、それをこそ男は待っていた。

 振り被られた間合いは必殺。

 振り下ろされた一撃は、神すら殺せると自負するもの。

 神の武器に走る激震。落下してきた巨大質量を支えきれずに沈む地盤。掛かる負担に剣が悲鳴を上げる。あまりの衝撃に、渦巻く魔素が烈風となって周囲の全てを切り裂く。

 神の体から溢れ出る神威が振り下ろされた必殺の剣に抵抗し、長剣を押し上げる。だが、それでも勝る男の力。受け止めきれないと悟った神は即座に反撃に出る。

串刺せ(ヴァナ・セ)天槍(グングニル)!」

 瞬時に神の周囲に現れた短槍が男の体に突き刺さり、貫通する。胸を突き刺した三叉の槍先は心臓を抉り、首狩りの鎌槍は右足を、紫電纏いし雷槍は左足を貫く。大剣を握る右腕には鎖付きの黄金槍、左腕には滴る毒を込めた致死の槍。

爆ぜよ、天命(バースト)!!」

 男の体に突き刺さり、突き抜けていた槍が爆発する。体の内部と外側から同時に焼かれ、体内には爆発した槍の破片が飛び散る。だが、囂々と燃える黒炎は尚も男の体を支え続ける。敵を睨む目は、神を捉えて離さない。

 振り下ろされた大剣と、受け止める長剣の間で火花が散る。

 押す力が弱まるばかりか、寧ろ強くさえなっていた。男の吐き出す息は灼熱の炎。それさえも黒く染めて咆哮し、それと同時に神の長剣を押し切った。

 神の威を込めた長剣を砕き、その身に刃を届かせる。肩口から脇腹まで一刀両断に切り裂いた一撃は、致死以外に結末を認めない。溢れ出る血潮。吹き出す血液は、確かに神に傷を与えたことを男に確信させ──。

「──貴様ァアアアァアアァアァア!!」

 ──そして男は、神の逆鱗に触れたことを知る。

 溢れ出る神威が魔素を凶器に変える。その身から溢れ出る魔素は、それ自体が既に魔法の領域に至っている。ただそこに存在し、魔素を解き放っているだけで周囲の生き物を傷付けかねない神の威。

 黒き炎諸共吹き飛ばされる男の目の前で、たった今神に与えた筈の傷が塞がっていく。

「許さんぞ、貴様ァ!」

 叫ぶ神に余裕などない。

神罰を受けよ(ダー・イスト)!」

 全てを裁断する真の言葉(まほう)が、折られた剣から繰り出される。

「オォォオオォァアアア!!!」

 その一撃を真正面から迎え撃つ。数秒後には、他の未来を許さず男の体を両断するその一閃。その一閃の線上へ、男は全身全霊を掛けて大剣を叩き付ける。砕け散り両断される未来と侵蝕される間合いが、神に男が距離を詰めてきていることを知覚させる。

 再び一閃。黒き炎が振り抜かれる。

 左脇腹から右肩に向かって振り抜かれた剣先は視認出来ず、大剣の纏いし黒炎の残滓だけが空中に弧を描いていた。遅れて噴き出す神の血。

この身は不滅(リジェネ)

 時間が巻き戻るように、勇者の体が再生していく。

 忌々しそうに唸り、勇者は舌打ちした。

「……この世界は我が為にある! 貴様のような魔物では、我に致命傷を与えることなど出来はせぬのだ!」

 既にニ度、致命傷になり得る斬撃を繰り出している男は、大剣を天に掲げた。

「ならば、俺が世界を創り出す」

 アティブの背に悪寒が走った。

 目の前の敵の中と外で渦巻く黒の炎は、歓喜を上げるように天に向かって燃え立っていた。

 目の前の魔物との戦いに熱くなり過ぎていた。今更ながらに現状を確認すれば、世界の理を定め直す為の準備は既に整っている。

 だが、目の前の男にその方法が分かる筈がない。そう考えて──。

『そうかしら?』

 耳に囁く異界の女神の声。

「……アルテーシアかっ!?」

 アティブの頭脳が高速で回転し、現状を整理し始める。冥府の女神の声が聞こえるなら、それは古き神々が誓約を放棄したことを意味する。風の神が精霊に力を貸したのは、気紛れなどではなかったのだ。

 とすれば、森の神と水の神らも反旗を翻したに違いない。勝てると見込んだのか、それとも敗者の地位に耐えかねたのか──。

「──我が女神の名において、扉は開かれん!」

「くっ!?」

 敵の詠唱する呪文の意味を瞬時に理解し、アティブは慄然とする。

『あぁ、聞こえるかしら、愛しい人。歓喜の声が』

 そして更に耳元に囁くアルテーシアの声が彼の集中を掻き乱す。艶めかしくも、殺意を込めて。憎悪と共に、愛しさを込めて。冥府の女神が嗤う。

「我に従った戦士達よ! 我と覇を競った宿敵達よ! そして戦場に朽ちた全ての魂達よ! 冥府の門を潜りし者達よ!」

「させると思うてか!」

 七閃。煌めく剣閃が男を切り刻む。だが、止まらない。

 胸の奥から絶望が押し寄せてくるのを感じながら、アティブは尚も必死に剣を振るう。ここで止めねば、自身の望む世界は後400年は来ない! 永劫にも等しき400年!

「──今、我を鍵として世界を開かん!」

 受けた傷は瞬く間に修復され、男の周囲には黒い炎が渦を巻く。

「貴様、消滅を恐れぬのか!? やめろ──!」

「──いざ、到れ(クライズ)! 美しき混沌の世界よ(アルテーシア)!!」

 男の剣先で空が割れ、冥府が臨界する──。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ