友
「このままでは勝利はない」
龍が吠え、砲塔が唸りを上げる。雷雲は空を覆い、稲光は大地と空の間にある敵へ向けて降り注ぐ。だが、武器の神が生み出した空を征く船は、超然と人の敵と対峙する。弾丸雨飛の空戦で、それでもギ・ザー・ザークエンドは眼下に広がる戦況を冷静に分析した。
数多の激戦を乗り越えてきた黒き太陽の王国の誇るゴブリンの軍勢。だが、それも神代の昔に戻ったかのような人間の大軍勢の前に、今まさに力尽きようとしていた。
フェルドゥークは攻勢の限界点に達しつつあり、アランサインは奮戦しているものの、あの曲芸じみた戦術機動がどこまで続くか分かったものではない。ザイルドゥークも予備の戦力まで出し切って、今は乱戦となっている。
体力と気力が続く限り暴れるつもりだろうが、それでも数の差は如何ともし難いものがあった。他の諸部隊も同じ。レギオル、サザンオルガの残党、特務部隊、同盟軍。それぞれが限界まで力を発揮し、発揮し尽くそうとすらしている。
それに何よりも、ゴブリンの王。
王と勇者の戦いは、その壮絶さ故に空中からでも俯瞰出来る。その勝敗の行方も、ゴブリンの王が圧倒的な劣勢に立たされていることも。
「ならば──」
ならば、勝利は作り出すしかない。
ギ・ザーの覚悟が聞こえたのか、彼を乗せるガウェインが不敵に笑う。
「やるのか」
「無論!」
「死ぬぞ」
「望むところだ!」
口元を凶悪な笑みで歪ませ、ガウェインは笑った。
「小さき者よ、その覚悟やよし! 誇れ、貴様は我をその気にさせたのだ!」
雷雲の主にして黒雲を統べる者は、呵々と笑って速度を上げる。
「──俺は、今度こそ……!」
あの背中に、追いつかねばならない。
猛烈な風に目を細めて、ギ・ザーは杖を構えた。
◆◆◆
精鋭たるドルイド部隊を率いるに当たって、ギ・ザー・ザークエンドはその一匹一匹に至るまで魔石を渡していた。魔素転移を利用して人工的に創り出したものだ。本来、魔石とは自然に形成されるか、或いは特定の魔獣の腹の中で生成されるものである。
冒険者が非常時などに使うことで知られている便利な道具だ。砕けば溢れ出る魔素により一時的に強大な術の行使が可能となるそれを、ギ・ザーは予め自身の配下となったドルイド達に配っていた。
それこそ暗黒の森を出る時からずっと貯めておいたものを彼が開放したのは、考えあってのことだ。
飛翔艦に遠距離攻撃は通じない。
神代の昔から生きた龍達ですら、その対魔障壁を打ち崩すことが出来ないのだ。並大抵の攻撃では傷一つ付かない。だが、飛竜騎士達はその飛翔艦から飛び立ち、此方に攻撃を仕掛けてくる。
であれば、生身の体であれば近付けるのではないだろうか?
推論に基づく可能性の話であったが、試してみる価値はある。少なくても、ここで戦況を逆転出来ねば、全てが終わる。
魔石に込めたのは、風の魔法。
それを受け取ったドルイド達は、怪訝な表情でギ・ザーを見る。説明を求めるその視線に、ギ・ザーは冷然とした表情で使い方を説明した。
「……つまり、これは加速の為の触媒だ」
全員が息を呑む気配がギ・ザーに伝わってくる。
「飛翔艦に取り付き、内部から破壊する」
ギ・ザーは、限りなく生き延びることが難しい作戦を己の配下達に強いた。だが、それでもギ・ザー配下の祭祀達は、無言の内にそれを受け入れた。
いや、正直に言えば、実行の寸前まで戸惑っていた筈だ。
ギ・ザーは言ったのだ。
「これは背徳の策。生き延びれたなら奇跡と言える、死を前提とした策だ」
だが、彼らの立ち位置がそれを許さない。
見下ろす眼下に広がる光景は、彼らに決断を強いていた。他でもない彼らがやらねば、戦に敗北する。基本的にドルイドはノーマルやレアと比べて知恵が回る。だから、その敗北がどういう結果を齎すのか、一匹一匹にまで容易に想像が出来た。
破滅と絶望が押し寄せてくる。
纏めるべき王を失い、戦士達は死に絶える。戦える者達が居なくなれば、ゴブリンは狩られるだけの獣に逆戻りする。そして、今度は人間も容赦しないだろう。眼下に広がる軍勢が自分達を生かして帰すとは思えない。
いや、自分達が死ぬだけなら未だ良い。その後、故郷に残った者達はどのような目に合うだろうか?
それを止められるのは、今此処に居る自分達だけなのだ。
震えそうになる自身を鼓舞し、彼らはギ・ザーの掲げる合図に従って、背徳の策に乗った。
ガウェインの背中に乗ったギ・ザーから、合図となる風の蛇が頭上へ昇る。それを機として500もの龍達が半数に分かれる。上空に昇る者、下降する者……。だが、それらの何れも、狙いは既に定められていた。
戦船であるからには、自ずと役割が決まってくる。ギ・ザーは数多くの書物を収集し、知識を蓄えてきた。その知識の中には、勿論船戦に関するものもあった。
7隻からなる飛翔艦隊。飛翔艦隊の旗艦たる〝箱舟”は、その巨体を悠然と先頭に押し立てて進む。一回り小型の護衛艦3隻は、旗艦を守るようにその左右に控える。更に飛竜騎士の止まり木となる空母艦が1隻。最後尾を進み、飛竜騎士達はそこを拠点として彗星の如き速度で龍達に接近戦を挑む。そして、残る2隻は針鼠が如き砲口を備えた戦艦。
戦船の役割を読み解けば、そのようになるだろう。
ただ、これはあくまでもギ・ザーの予想でしかない。あまりにも分の悪い賭けに思えるが、ガウェインはそれに乗った。
何れにせよ、ギ・ザーとドルイド達の策が成功せねば、地上のゴブリン達は壊滅する。
「掛かれっ!」
空を震わす天空の王者の大喝に応え、龍達は一斉に飛翔艦へと突入を開始した。
「あら、随分無謀な突撃ね」
その様子を見て微笑むのは運命の女神。幾千幾万もの死すべき運命の者達を救い、それと同じだけ不幸に嘆く人々を生み出す世界の支配者の一柱。彼女が指差す方向には、下方から襲い掛かる龍達の姿。
飛翔艦隊の全砲門が開く。
試射を加えたのは、箱舟の船底から伸び出た砲身だった。優美な曲線を描く船底部から生え出した武骨な槍。魔法弾の威力は槍の大きさによって変化するが、それは主砲と言っても良い大きさだった。向けられた槍状の砲身から、運命の女神の微笑と共に魔法弾が放たれる。
「──拙いっ!」
上空へ上がっていたガウェインの上でギ・ザーは叫び、ガウェインも主砲の矛先を見て舌打ちした。
「貫くは、御神槌!」
貯め込んでいた最大級の魔法を放ち、何とかそれを迎撃する。
「あら、惜しい」
地上には一進一退を続けるアルロデナの軍勢。いや、何とか敗北を回避していると言い直すべきだろうか? 龍達が避ければ、地上の部隊に被害を及ぼすよう計算された射角の砲撃だった。
「やむを得ぬ」
吠えるガウェインの指示の下、上空で飛翔していた龍達が飛翔艦へと接近戦を仕掛けるべく一斉に加速する。
「あら? でも、そちらはね」
微笑を溢すリューリュナの言葉の先は、飛翔艦からの猛烈な射撃に変えられた。一定の空間に魔法弾をばら撒く連射。上空360度に向けて、対空砲火の弾幕が満遍なく張り巡らされる。
特に戦艦は、それに特化したかのような対空装備を充実させていた。
神代の空を制する武器として開発された飛翔艦は、無論のこと想定される相手が居た筈だ。それが竜や龍達、空を支配していた神代の生き物であるなら、当然の結果とさえ言えた。
「……ガウェイン」
「何だ?」
「箱舟に乗り込む」
ギ・ザーの堅い声に、ガウェインは笑う。
「良し、不倶戴天の敵に一泡吹かせてやろう! 我が戦を穢した報い、とくと味わえ!」
天空を支配する王者の咆哮が周囲一帯を震わせる。彼の眷属全てが、一瞬だけガウェインに注意を向けた。
「……我が強敵に比すれば、名乗るのも馬鹿らしいが、敢て名乗らん」
龍の中の龍たるガウェインが古風な名乗りを上げる。
「遠からん者は音にも聞け! 近くに寄らば目にも見よ! 我が名はガウェイン! 冥府の女神の眷属にして、天を統べる者! 我と思わん者は、我が眼前に現れ出よ!」
天地の間に朗々と鳴り響くその名乗りは、飛翔艦隊を通り越して地上で戦う者にすら聞こえた。だが、敵から返されるのは嘲笑のみだった。
「あ、あはははっは!! ガウェイン、耄碌でもしたのかしら? それとも所詮は獣? いつの時代の戦をしているの?」
リューリュナが腹を抱えて嗤う。だが、ガウェインはそんなリューリュナの態度に鼻を鳴らしたきり、相手にもしなかった。
「……見直したぞ。お前は尊敬に値する戦士だ」
しみじみとしたギ・ザーの声に、ガウェインは口元を歪めた。
「さあ、命を懸けた戦の時間だ! 覚悟はいいか?」
「無論!」
その声を聞くや、ガウェインとギ・ザーは遥か上空へと針路を取った。
雷雲の空を抜けて、更に上空。星々の神々が輝く夜空へとガウェインは昇っていく。火の神の胴体は既に沈み、赤い姉妹月が優しく雲海を照らす世界に抜け出る。
「さあ、征くぞ!」
或いは触れられるかと思う程に眼前に広がる姉妹月を視界に収めながら、ギ・ザーはガウェインの声に頷いた。吠えるガウェインの声に応じて、雲海が割れる。
地上まで遮る物の全く無い視界の中、見えるのは七隻からなる飛翔艦隊。神代の時代の遺物が我が物顔で空を飛行するのは、ガウェインにとって屈辱と侮辱以外の何物でもない。
広く果て無き空は、自身と黄金竜グリムモアにのみ許された戦場であり、領域である。
「この空に貴様らの居場所はない! 早々に消え去れ!」
重力の導く加速に乗って、ガウェインが牙を剥く。落下する中で放たれる雷の槍は九つを数え、それぞれが護衛艦や戦艦からの砲撃を防ぎながら自在に奔る。だが、それでも圧倒的な数の前には雷槍と言えども全てを防ぎ切ることは叶わない。
「迎え撃て!」
ガウェインの意図を悟ったリューリュナの声に応じて放たれる無数の迎撃弾。七色に空を染め上げる対空迎撃の弾幕は気流を捻じ曲げ、空気を引き裂き、ガウェインに殺到する。
迫り来る各属性の弾幕に、ガウェインは九つの雷槍を百に分裂させて弾幕とする。雷の嵐が吹き荒れ、水弾が蒸発し、火弾が燃え広がる。岩弾は砕かれ、風弾は相殺される。立ち昇る水蒸気が周辺を包み、それを割るようにしてガウェインが姿を現す。
天に反逆するが如きニ本の角を怒らせ、迫る飛翔艦隊に向かって落下するガウェインに追撃の魔法が繰り出される。光属性と鉄属性を混ぜたその攻撃は、鉄属性にのみガウェインの得意とする雷が引き寄せられ、光属性の攻撃を素通りさせてしまう。
雷撃の弾幕を素通りした光弾が、ガウェインの漆黒の鱗に突き立つ。7隻からの集中砲火。如何に神の一柱と言えど、その神を相手取る為に作られた神代の武器を前に、血を吹き出し、全身に傷を負う。
「ガウェイン!」
「──何、まだまだッ!」
焦れるギ・ザーに、ガウェインは口元を歪めて強がる。
全身を朱に染め、身を捻る度に傷口が開く。続けて放たれる光弾の弾幕を全身に浴びて、それでもなお睨み付けるのは旗艦たる〝箱舟”の巨体。本能か、或いは神の慧眼か。ガウェインにはそれが一体何によって出来ているのか、分かっていたのかもしれない。
千の雷槍を操り、空の王の撃球を撃墜して見せる天の王は、自身の力を解き放つのを今か今かと待ち構えていた。
「──七天崩雷!」
瞬間、耳を劈く雷鳴と共に七条の神雷が天を引き裂く。放たれた魔法の一撃は、ガウェイン自身が一瞬浮き上がる程の威力を秘めた神の一柱の最高最大の術。
失った強敵を葬る為に秘蔵していた代物だ。
「やってくれる……ッ!」
揺れる箱舟の舳先で、リューリュナは冷や汗を浮かべながらも勝利を確信した。ガウェインに既に往時の力は無い。今の一撃を防ぎ切った時点で勝負は決まったようなものだ。対魔障壁は一時的に麻痺を起こしているが、それも直ぐに再起動するだろう。
その時、彼女の視界にガウェインの頭上から飛び立つ一匹のゴブリンの姿が映った。瞬時に彼女が感じたのは悪寒。この世のものとは思えぬ程に不吉な何かを、そのゴブリンから感じたのだ。
古き神々と対峙した時ですら、それ程のものを感じることは無かったというのに! それを理解出来るからこそ、リューリュナは憤怒に鬼面を晒す。
「殺せ!」
たかがゴブリン一匹に、神たる自分が不吉なものを感じた。決して認められない屈辱だった。彼女の意思を反映して激しくなる対空砲撃は、嵐か暴風の様相だった。対龍相手では殆ど使われなかった鉄弾も織り交ぜ、7隻全ての火力を一匹のゴブリンに集中させる。
「今だ!」
言うやガウェインは姿勢を崩し、力無く地上へと墜落していく。
「応っ!」
砕け散る魔石と共に、ギ・ザーはガウェインの頭上から飛び立つ。落下の加速と相まって、身を引き裂くような風圧が襲う。風の神の加護を以てしても、風圧に潰されるかと思えた。
「オオォオォアアア!」
その中で、ギ・ザーは吠える。
構える杖に込めたのは、狂える風の精霊が導く風の神の力。激流の中で僅かに姿勢を制御し、機動を調整する。ガウェインの最大火力の一撃によって、対魔障壁は一時的に麻痺に陥っている。残すは、尚も繰り返される対空弾幕の暴風。
運命の女神の千手によって導かれる確率の変動が、ギ・ザーに弾幕の被弾を許す。
「──ガッ!?」
僅かに掠っただけの水弾が片腕を吹き飛ばす。噴き出る血潮が頬を染めた。
姿勢を崩したギ・ザーに、対空砲火が更に襲い掛かる。
ギ・ザーの至近で爆発する鉄弾。細かな破片が臓腑を抉った。
「──ッ!?」
苦痛を奥歯を噛み締めることによって耐える。口から漏れる血が風に流されていく。
だが、それでも狙いは外さない。構えた杖の先に集める風の一撃の集中は切らさず、射程を測る。
「御名は高く、我は願う!」
開かれた口から大量の血が噴き出る。それに構うことなく、ギ・ザーは自身に残る力を杖先に込めた。
「風の神よ! 我が槍先となれ!」
狂える精霊が、吹き付ける風に逆らうように一本の槍へと姿を変える。ギ・ザーの杖先の指し示す方向に鋭い切っ先を向け、解き放たれるのを待ち構える。
「──堕ちろ!」
振り切られた杖先から放たれた狂える精霊の風槍は、狙いを外すことなく箱舟の機関部右舷に突き刺さる。拉げる神鉄製の舷側に内部が露呈する。
不沈艦たる箱舟を揺らす激しい振動。吹き上がる黒煙。
だが、堕ちない。
神の鍛えし鉄は、狂える精霊の全力の一撃を以てしても貫通すること能わず──。
「……ッチ! やってくれたわね! だが、箱舟は堕ちない! お兄様の傑作! 神の作りし武器が、魔物などに!」
それを落下する中で確認したギ・ザーは、直ぐに認識を改めた。
──道が出来た。
ギ・ザーは霞む視界で姿勢を制御し、開いた箱舟の中へと落下した。
「汚らわしい魔物がっ!」
リューリュナは、直ちに王族を守るべく乗り込んでいた近衛を向かわせる。
首を取って投げ捨てれば、眼下の魔物の軍勢も少しは大人しくなる筈だ。
そう考えるリューリュナに導かれた屈強な近衛の戦士達が直撃を受けた場所に向かった時、その場所にあったのは床に広がる大量の血液と、機関部へと続く血痕だった。
近衛達は、思わず息を呑んだ。
例えそれがゴブリンであろうとも、これ程の血を流せば当然瀕死の筈だ。
その筈なのに、あのゴブリンはどうやって生き延びて、そして何故機関部へと向かったのか?
その執念に、強き想いに、足が竦む。
途中で血痕は何かを引き摺ったかのように床に張り付き、流れている。
どうやら這って進んだようだ。
「近いぞ。油断するな」
近衛の長の警告に、部下達は思わず喉を鳴らした。
重い扉に付着した血糊。それを開いた先には、機関部に背を預けた一匹のゴブリンが手に魔石を持ち、今まさに生き絶えんとしていた。
◆◆◆
……王よ。俺は、お前の背を追っていた。
笑ってくれて構わない。
だが、俺はお前に並び立ちたかったんだ。
俺に名前を与えた男の隣に。
権力が欲しいとか、数多くの部下が欲しいとか、そんなことじゃない。
恥ずかしいが、最期ぐらいは、自分の気持ちに正直に……。
俺は、お前と出会った時、夢を見た。
俺達ゴブリンは、明るい未来など抱きようもなかった。戦士達は欲望のままに争い、その戦士達ですら、他の魔物の餌でしかない現実。
ドルイド達を纏め上げはしたが、それ以上の先がない未来に、俺は絶望していたのだ。
父の下を去って苦辛の末に群れの長となったが、俺はこのまま此処で終わるのかと内心で膝を抱えていた。
笑ってくれ。
そんな情けない俺が、お前に敗れた。
当然だ。
ああ、だが、あの決闘は心が躍ったなぁ……。
俺は死ぬと思った。だが、それならそれで良いとも思っていた。所詮、俺達はどこまで行っても互いに喰い合い、惨めに死ぬ運命なのだと。
俺がここで失敗しても、お前が失敗するのが先に延びただけだと、そう思った。
だが、お前は──。
──俺は国を作る。全てのゴブリンを纏め上げた強大な国だ。付いて来い! 俺にはお前達の力が必要だ!
ああ、今でもはっきり覚えている。
そして、お前は国を作った。
俺達だけでなく、妖精族も、亜人も、人間すら、お前の夢に魅せられた。
オーガ・ロードと戦った時のことを覚えているだろうか?
あの時、俺は本当に心臓が止まるかと思った。
そして、死を覚悟した直後にお前の背を見た。
あの背に追いつかねばならない。
その時だ。その時、俺は誓ったのだ。誰にでもない。この俺自身に……!
──未だ戦えるか? ギ・ザー。
ああ、戦える。
お前がそう言ってくれるなら、何度でも戦える。
だが、叶うなら少しだけ褒美が欲しい。
汚れ仕事は全て俺が引き受ける。優しいお前は部下に死ねとは命じられないだろう。お前は俺達の頭上で輝く太陽であればいい。
……俺の判断が間違っていたとは思わない。
俺と、俺の部下の命で、アルロデナとお前を救える。
ならば、俺は鬼にも悪魔にもなろう。冷酷無比の仮面も被ろう。
龍だろうと神だろうと、皆俺が殺してやる。俺達の王国の繁栄を邪魔するなら、敵も味方も殺してやる。
……お前は優しいから、そんな俺にも変わらず接してくれるだろう。
だから、そうだな……。
褒美は、そうだな……。
ああ、そうだ。
俺は、ずっとお前に並び立って……。
そうして──。
「友……だ、ち……に」
ギ・ザーの手から滑り落ちた魔石は床に衝突すると同時に砕け、吹き荒れる風が内部から箱舟を蹂躙する。共に戦場を駆け抜けた狂える精霊に、ギ・ザーに加護を与えた風の神が力を貸し与え、解き放たれた颶風が箱舟の内部を切り裂いていく。
ゴブリンの中で唯一、ゴブリンの王に並び立とうとしたゴブリンは死んだ。
ギ・ザー・ザークエンドの死と引き換えに、箱舟は堕ちた。
◇◇◇
【個体名】ギ・ザー・ザークエンド
【種族】ゴブリン
【レベル】75
【階級】魔術師・サブリーダー・王の友
【保有スキル】《魔流操作》《三節詠唱》《五節詠唱》《詠唱破棄》《知恵の神の導き》《風の守護》《王の信奉者》《風操作》《魔素転移》《権謀術数》
【加護】風の神
【属性】風
【状態】精霊憑き




