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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
遙かなる王国
367/371

戦旗流転

 黒き冥府の炎の化身が現出したのを見て、勇者は眉を顰めた。

「小賢しいな」

 不快を鳴らす勇者の声に答えて、彼に寄り添う運命の女神の影たる少女が、そっと囁く。

「では、飛翔艦を」

「ああ、そうしてくれ。座興も良いかと思ったが、不愉快極まりない」

 手傷を負わされた場所が、未だに痛む。

 アリエノールが自らの部隊の危機を顧みずアーティガンドの本陣とアルロデナの騎兵突撃の間に滑り込ませた重装歩兵に、冥府より戻り来る黒き炎の英霊達が襲い掛かる。

 炎の化身と成り果てた、嘗ての亜人達の英雄。

 ゴブリンの王に勝るとも劣らない巨躯に長柄の両刃斧(バルディッシュ)を引っ下げ、立ち塞がる歩兵を薙ぎ払うのは、嘗て覇を競った人の王。

 それを追い越すように、2騎の騎兵が一層激した黒き長剣を振り翳して疾駆する。砂漠に生まれた聖剣の担い手と、ゴブリンの王に敗北を教えたその親友。

 彼らを先駆けとして、敵と近衛の間には縦横無尽に平原を疾走する騎馬兵の群れ。冥府へ堕ちても、その変幻自在の騎行は些かも衰えることなく、常勝の乙女は彼らの主としてその中心にあった。

 そして──。

「馬鹿な……! どこまで死者を愚弄するつもりだ!?」

 黒き冥府の炎が七条の雷鞭となって地を駆ける。血を吐くようなユアンの叫びに無慈悲に応えるのは、槍列に突き刺さる黒き雷撃。不屈の英雄は、その身を黒き炎に宿して叛逆の覇王の戦列に加わる。

 その吶喊は、既にして濁流の如きものだった。

 冥府の鍵たる王の現出させし黒の炎は、戦神の加護の下、死したる魂を呼び戻してその戦列に加えていく。黒の濁流が確かな指向性を持って大地を流れ、その上に林立する敵兵を薙ぎ倒す。源たるゴブリンの王をして、冥府魔道の領域と恐れたその道へ踏み入らせる禁断の呪文。

 故に我が名は(コール)叛逆の覇王(レベリオン)は発動された。

 だが、当然ながらゴブリンの王に襲い来る負担も並大抵ではない。

 全身の骨という骨は軋みを上げ、肉は熱を放ち、風に触れるだけで周囲を焼くようだった。だが、全ての苦痛をゴブリンの王は噛み殺す。歩兵の陣列にして、後2列。それを破れば、直ぐ目の前に敵が居る。己が倒すべき敵が、勇者を名乗る男が、直ぐそこに! 

「グルゥゥウウウオオオオオオアアアア!!」

 咆哮をもって己を奮い立たせる。天を震わせ、地を圧し、人を震え上がらせる異形達の王の咆哮だ。

 今奮い立たずに、いつ奮い立つのか。今力を出さずして、いつ出すのか。黒き炎の化身となった冥府の鬼達は、既に勇者までの最後の列を食い破っている。愛馬の〝推”も怯える様子を見せない。

 振り翳した黒き太陽(アルディア)が、黒き炎の化身達が討ち漏らした雑兵を叩き潰す。

 そして目指す先、未だ腕を組む勇者の姿を見つけ、ゴブリンの王は目指すその首に向けて駒を走らせる。

「よくぞ来た。死ね!」

 哄笑する勇者。打ち鳴らされる指先に、咄嗟に頭上を見上げる。幾多の戦場で生き延びてきた直感が危機を伝えていた。見上げる先には空中に描き出される赤き文様と、浮かび上がる巨大な竜の咢を象った門扉。

 開くと同時に生まれ出てくる飛翔艦の姿に、ゴブリンの王は砲口が地上を向いているのを確認すると、腹を括って大剣を振り上げた。

「──散会!」

 ゴブリンの王の合図に気が付いたギ・ベー・スレイが咄嗟に叫ぶが、直後に地上に降り注ぐ魔法弾の雨が何もかもを押し潰していく。王に付き従う近衛も、咄嗟に愛馬の手綱を操れた者は半数程だった。

 味方の人間達すら巻き込んで魔法弾の雨を降らせた飛翔艦の攻撃。だが、その本命はゴブリンの王その人に他ならない。次々と降り注ぐ魔法弾が、降り注ぐ槍のようにゴブリンの王の周囲へ突き刺さる。

 その中を愛馬を駆りながら疾走するゴブリンの王の姿は、続く近衛達の目に強く焼き付いた。

 振り上げた大剣はそのままに、頭上から降り注ぐ魔法弾を仰ぎ見ることもせず、ただ一心に狙うは勇者の首。今まで露払いを務めてきた黒き炎の化身達ですら、天上から降り注ぐ魔法弾の雨にその身を貫かれ、霧散霧消していく。

 まるで一瞬の幻であったかのように消え去る黒炎の化身達の間を擦り抜けて、最後の歩兵の列をゴブリンの王が突破する。

 直後、一筋の閃光が奔る。それと同時に〝推”が首を振った。〝推”の体を掠めていったそれは、当たれば致命傷を負ったであろう勇者の一閃。

「ぬ!?」

 体に掛かる生暖かい血潮に、ゴブリンの王は愛馬の負傷を知る。速力の落ちた推の首筋を撫で、感謝の気持ち伝えると、ゴブリンの王は思い切り良く飛び降りる。疾走する愛馬から身を躍らせた王は、着地と同時に岩をも砕けんとばかりに地面を蹴り飛ばして跳躍する。

 一呼吸に勇者との間合いを詰めると、勢いをそのままに黒き炎の燃える大剣を叩き付けた。

 勇者が片腕で構えた長剣が当然のようにそれを受け止めるが、更に一撃。反対の手で持った巨人の守護短剣(ティタンダガー)でもって、再び斬り付ける。

 ほぼ間髪を入れぬニ連撃。しかも突撃の勢いそのままに振るったそれを、勇者は当然のように受け止め、笑う。

「どうした、化け物! そんなものか!?」

「グルゥウウォオオアアア!!」

 勇者の言葉に真面に答えている暇などある筈がない。一瞬でも、刹那でも、刃を振るう。鉄塊のような大剣を敵に叩き付ける。呼吸を忘れ、疲労を忘れ、ニ連撃から始まったゴブリンの王の攻撃は、更に数を増していく。袈裟から左胴。更に股下から逆袈裟……終わりを見せない驚異的な技術と集中力の為せる業だった。

 左右の大剣を自在に扱い、勇者に反撃する隙を与えない。それどころか、徐々に勇者の体を後方に押してさえいる。無論、勇者も一撃も受けないように余裕をもって対処している。だが、そこに更に追い打ちを掛けるべく黒炎の化身達が殺到する。

 死してなお忠義を忘れぬ戦士達が耳に聞こえぬ咆哮を上げつつ勇者に襲い掛かり、一瞬にして周囲は黒き炎の海と化した。

 王に勝るとも劣らぬ巨躯を誇るラーシュカが、ノーブル級では頭抜けた実力者であったヴェドが、両手に長剣と戦斧を携えたギ・バーが、小さき体で杖を構えたギ・ゾーが、傍らに魔獣を従えたギ・デーが、槍を構え走るギ・ダーが、王の後に続いていく。

「その程度、防げぬと思うてか!」

 だがそれでも、竜を狩り神を殺す勇者には及ばない。王が放った剣戟も、冥府から戻ってきた戦士達の力を以てしても、勇者に一撃も加えることは出来なかった。

 それどころか、勇者はゴブリンの王に反撃して見せる。

「神威七閃」

 攻防の一瞬の隙を突き、剣を脇に構えた勇者から放たれる七条の光がゴブリンの王を切り刻む。その度に身を焼く苦痛がゴブリンの王を蝕むが、すぐさま傷口から黒き炎が噴き出して傷を癒す。

「首まで刎ねて再生出来るか、試してみようかっ!」

 哄笑する勇者の攻撃は止まらない。

 重ねて三閃。ゴブリンの王との間合いを詰めると、大剣が振り下ろされる直前に離脱する。光のような速さで移動する勇者の攻撃はゴブリンの王の体力と魔素を確実に減らし、精神力を蝕んでいく。鼓動が鳴るまでに、更に二閃。刃の煌めきが十字に奔る。

 その傷跡に沿って黒き冥府の魔素が噴き出る。飛び退いた勇者が再び接近。

 ラーシュカの黒光を躱し、ギ・ゾーの水弾を跳ね除け、ギ・ダーの槍を擦り抜け、ゴブリンの王に肉薄する。間近に迫る圧倒的な脅威。迫りくる白刃の煌めき──。

「グルウゥォオオオオオオオ!!」

 ──だが、それをこそゴブリンの王は待っていた。

 黒き炎達の攻撃を束ね、勇者がそこへ来るように誘導したのだ。如何に高速を誇ると言えど、来る場所が分かっていれば反応出来ぬことはない。驚異的な身体能力と戦場で磨かれた直感が無ければ、到底不可能な反撃だった。

 直後、音の速さで迫る勇者に向かって振り下ろされる首狩りの剣(ティタンダガー)。僅かに目を見開いた勇者は、即座に長剣を防御に回す。狙うは本体ではなく刃。満身の力を込めて振り下ろされたティタンダガーが、勇者の掲げた長剣に激突する。

 まるで剣が悲鳴を上げるが如き轟音。

 軍馬の馬蹄の音よりも高く、雷鳴よりも尚響く。鉄と鉄がぶつかり合った破局の音だけではない。その武器に込められた神威の消滅する音が響いたのだ。砕け散る刀身の破片を確かめる間もなく、ゴブリンの王はもう一本の大剣を握る手に力を籠める。

 確かに勇者の持つ長剣を粉砕したゴブリンの王は、ほぼ反射で反対の手に握るアルディアを振り抜く。だが、尚も届かない。強大な風切り音を残して振り切られたアルディアの黒炎が空しく宙を舞う。

「武器破壊か……。成程、存外馬鹿でもないらしい」

 即座に飛び退いて危機を脱した勇者は、砕かれた長剣を見下ろして不敵に笑う。

魔物殺しの長剣(ディアスランダー)。良い剣だったが……では、何本までいけるかな?」

 直後、赤き紋章が勇者の右手の周囲を包む。その紋章から現れ出たのは先ほどよりも尚、神々しい気配を放つ長剣だった。

「これは天翼飛剣(エルディサロ)……。嘗て、古き神々の一柱を打ち破った剣だ」

 試し切りとばかりに一振りするだけで、その脅威を感じられる圧倒的な存在感。だが、ゴブリンの王がその程度で退くことはない。

「──っ!」

 言葉すらも不要。全ては行動でのみ示される。

 地面を蹴るゴブリンの王は、全身でそれを現していた。

「ならば味わえ! 迫り来る災いを切り裂くこの一撃を!」

 勇者が頭上に掲げる長剣の刀身が、羽を広げるように三枚に分かたれる。直後、音速よりも速く振り切られた長剣は飛翔する刃となってゴブリンの王のみならず、その背後の近衛を直撃した。倒れる騎馬に、上がる部下の苦鳴。だが、ゴブリンの王は振り返らない。

 覚悟はとうに決めたのだ。

 如何なることがあろうと、目の前の敵を倒す。

 極限の集中力を以て、ゴブリンの王は刃の群れの中をひた走る。

「滅せよ!」

 天に向けて掲げられた長剣の切先に、再び戦場を周遊してきたであろう飛翔艦。太い槍の如く数多降り注ぐ魔法弾を覚悟する。勇者は先程嵌められた意趣返しに、その攻撃を思いついたのだろう。

 充填される槍先の砲口。今までにない威力を秘めたそれが、今正に放たれんとした瞬間──。

「──憤怒の雷鎚(メギド)!」

 天の怒りを束ねた雷が飛翔艦に突き刺さる。対魔障壁に阻まれたが、その衝撃は殺せなかった。王に照準を合わせていた魔法弾は、受けた衝撃の分だけ後方──勇者の方向へとズレた。

 大気を震わせ地面を削り、地形すら変えて放たれる破壊の魔法弾が勇者の近辺へと降り注ぐ。

「ッチ……」

 舌打ちと共に頭上に掲げた長剣で、それを防ぐ勇者。

 その隙を、どうしてゴブリンの王が見逃すだろうか。

 再び降り注ぐ魔法弾の雨の中を突き進む王の姿は、如何なる蛮勇の者をしても及びもつかない勇気の現れ。不幸にして命中した魔法弾を意に介さず、即座に噴き出る黒炎によって苦痛を引き受け、傷を癒やす。走る傍から爆発するような地面を駆け抜け、勇者に連撃を見舞う。

「鬱陶しいわ!」

 掲げた長剣はそのままに、翳された勇者の左手から放たれる無色の魔法。衝撃波となって襲い来るそれを、ゴブリンの王は完全に知覚していた。

「オオォオォオオオ!」

 振り下ろされるアルディアの一刀を以って切り裂いた。丁度その位置を基点として、両断された衝撃波が地面を削る。敵を睨む王は未だ止まらない。渾身の一撃を以って衝撃波を切り裂いた王が、再びの加速から勇者に向かって剣を振るう。

 激突する鋼と鋼が火花を散らす。魔素を帯びていると言っても、その本質までは失いはしない。王の振るう大剣は嵐に違いなく、その只中へ身を躍らせ繰り出される勇者の剣戟もまた嵐といって遜色ない。当然、嵐と嵐が激突するからには周囲にも被害を及ぼす。

 大地はひび割れ、衝撃に浮き上がった岩石が砕け散る。大気は震え、風すら巻き起こして周囲に亀裂を穿っていく。既に余人の手が出せる範囲を超えたその戦いは、黒き炎の化身達ですら再びその身を王の握る大剣に戻して参戦する他なかった。

 況してや、近衛達では遺憾ともし難い。

 だが、彼らにも担うべき役割が存在する。王の戦を守るという、彼らにしか出来ない役割が。掲げる大紋章旗は王と勇者のぶつかり合う余波で、激しくはためいていた

 頭上では到着した翼なき空蛇(ガウェイン)率いる龍達と、飛翔艦による壮絶な魔法の撃ち合いが展開されている。だが、どうにも分が悪い。

 運命を操りし千手の女神が、飛翔艦の舳先に悠然とその身を置いているからだ。可憐な少女の様相はそのままに、圧倒的な気配は数多の生き物を怯ませる。それは龍達も例外ではなく、ガウェイン以外の龍達の動きは総じて鈍かった。

 その鈍った彼らに対して、彗星の如く疾風を刻むのは飛竜騎士の槍先。

 迎え撃つのは百戦錬磨の祭祀達が放つ弾幕。切り裂く風の刃が、飛竜の翼を掠めて飛ぶ。或いは槍の如き魔法弾が彼らの袂を掠めていく。だが、竜人ラーファに率いられた飛竜騎士は恐怖すら感じずに突き進んでくる。

 黒雲の合間から天雷を呼び寄せるガウェインの一撃を擦り抜け、彼ら彼女らは怯んだ龍達の鱗に牙を立てていく。嘗て争った竜達の牙を持って、人の子は龍を追い詰めていく。

 天空の戦いの天秤が傾けば、地上で戦う幾万の兵士達に影響を及ぼさない訳がない。余裕を取り戻した飛翔艦はその船体を傾け、舷側を地上に向ける。放たれるのは、降り注ぐ暴雨の如き魔法弾。

 それは、正に天の裁きと言って差し支えない。

 敵も味方も構わず叩き潰し、擦り潰すその攻撃は、受けたアルロデナを次第に劣勢に追い込んでいく。恐怖どころか味方の死にすら一切の動揺を見せないアーティガンドの攻勢は狂気などという範疇ではない。何かに操られているとしか思えない進撃だった。

 時間が経てば経つ程に不利になるのは黒き太陽の王国(アルロデナ)。ゴブリンの王は半ば一騎駆けのような形で勇者と直接対決に至る。だが、それは陽動の為に圧倒的大多数の兵力を、極々少数で抑え込んでいることの裏返しだ。

 特にギ・ガー・ラークス率いるアランサインの奮戦は凄まじいものであった。

 凡そ10倍近くの敵騎兵を引き摺り回すその動きは、突出していたと言って良い。飛翔艦からの攻撃すらも彼らの機動を妨げるには及ばない。眼前に降り注ぐ魔法弾の雨。左右に回り込んだ味方の数倍の敵騎兵。その状況をして、古今無双の騎兵指揮官は部下を叱咤する。

「我が鉄脚の騎兵達よ! 我らは王の槍! この戦場に、我らに為そうとして為せぬことなど何一つとしてない! 我らがアランサインの前に不可能は無いのだ! 続け!!」

 そう言うや、先頭を切って降り注ぐ弾丸雷雨の中を駆け抜ける。勇猛無比な指揮官に率いられた騎馬兵は、百頭の獅子にも勝る咆哮を上げて降り注ぐ槍の如き魔法弾の中に突っ込んだ。

 殆ど被害を出さずに駆け抜けたアランサインの驍勇は、しかるべき形でもって報われる。騎馬兵の一番弱い横腹に喰い付き、それを喰い破ったのだ。

 右翼方面を一手に引き受けたアランサインの奮戦は、ゴブリンの王が勇者と一騎打ちを演じる貴重な時間を作り出した。

 だが、左翼ではそうアルロデナばかりに都合よく戦況は進展しない。

 フェルドゥークとザイルドゥーク、そして同盟軍の奮戦をもってしても、旗色は徐々に悪化してきているのだ。圧倒的大多数の敵正面を受け持つ為に陣形を薄くしていたフェルドゥークは、既に予備戦力が枯渇し始めていた。

 妖精族のプエル率いる弓隊。更にはギ・ドー・ブルガ率いる祭祀隊が精密射撃じみた攻撃を繰り返し、敵の攻勢を挫き続けているからこそアルロデナの優位は崩れていないものの、敵が能動的な動きに転じれば敗色濃厚となるのは明らかだった。

 それが分かっているからこそ特務部隊の剣士隊などを要所で繰り出し、南方ゴブリンや魔獣達の損耗を可能な限り抑えているのだ。だが、それも時間と共に押されていく。疲労は覆うべくもなく、高位のゴブリン達が最前線へ躍り出て何とか戦線と士気を支えている状況だった。

 こと、そこまで至ってはプエルにしても揮える采配は殆ど無い。

 そもそもの話、この戦の勝利はゴブリンの王が勇者を討ち取るという一点のみに賭けたものだった。後退は出来ない。それをしてしまえば、余裕の出来た敵兵が王の元へと殺到するからだ。

 故に、攻める。

 最後の一兵になろうとも、ただ只管に攻めて攻めて、攻め続けるしかない。

「相手に反撃の隙を与えるな!」

 死に向かって進む行軍のようなそれを、ギ・グー・ベルベナは先頭に立って鼓舞する。アルロデナの軍勢の中で最大勢力を任せられている指揮官が最前線に立つなど、理屈からすれば不利点ばかりが目立つ。だが、それでもギ・グーは先頭に立って配下を叱咤激励し続ける。

 決して折れぬ鋼のように、その強靭な精神力は配下のゴブリン達を感化する。獣並みの知性しか持たないと言われ、森では弱者の地位に貶められていたゴブリン達は、厳しい訓練と注がれる愛情によって百戦錬磨の精鋭となる。そして、その精鋭達の尊敬を一心に集める精神的支柱こそが、南方の支配者にして偉大なるギ・グー・ベルベナ。

 そのギ・グーが自ら先頭に立つのだ。

 死を乗り越えたその先にある勝利の栄光(へカテリーナ)を信じさせてくれる雄姿。精鋭たる彼らがそれに従わぬ筈がなく、フェルドゥークは一丸となってアルロデナの攻勢を支え続けた。

 フェルドゥークが攻勢を続ければ、当然ザイルドゥークも前に出る。

「俺も前に出る」

 ギ・ギー・オルドの発言に、周囲の獣士達は奮い立つ。

 普段はギ・ギーに甘えるだけの獣達も毛を逆立て、地面を叩いて戦意を示す。囂々たる雄叫びの吹きすさぶザイルドゥークは、大型魔獣を既に投入している。残るは、ギ・ギーの周囲を守る最後の一握りでしかない。

 統制を取りながら攻勢を掛け続けるのは限界だと見極めたギ・ギーは、本陣を前に出すと共に乱戦に打って出る。三つ首駝鳥に飛び乗ると、自身の斧を担いで駆け出す。周囲を固める魔獣達も走り出し、それは周囲の魔獣を巻き込んで巨大な一撃となってアーティガンド側に衝突した。

 同盟軍も、その勇戦に変わりはない。

 ヴィラン・ド・ズールの指揮の下、最左翼という強みを生かして敵の攻勢を抑え込む。

「やはり、オークも侮れないな」

 人間達が覇権を手にして辺境へと手を伸ばしていった過程で最も被害を蒙ったのは、ゴブリンではなくオーク達だった。その事実を改めて突き付けるような光景に、ヴィランは静かに呟いた。

 ゴブリンのように圧倒的に数は増えないものの、単独でゴブリン三匹に相当し、その肉体は生身ですら鎧のようだった。

 そのオーク達が大族長となったブイに率いられ、ゴブリン達と勇猛を競うように最前線で暴れているのだ。古き神々であれば、嘗てのディートナの侵攻時を思い出すような光景であっただろう。

「ブルウゥゥアアアア!!」

 先程まで談笑していたとは思えない猛り狂うブイの姿は、全てのオークが憧れて已まない蛮勇の王に他ならない。はち切れんばかりに膨張した肉体には筋肉の鎧を纏い、手にした棍棒で一切の容赦なく敵を砕き、進む。天も裂けよとばかりに上げる咆哮は、配下のオーク達に死の恐怖を忘れさせる。

 幾重にも重なった咆哮は魔獣達すら怯ませ、遠き山々を震わせる。

 蛮勇の王に率いられて進むオーク達に敵はなく、狂化したオーク達を防ぎ止める防壁もまた存在しない。少なくとも操られている程度の人間では、如何に上質な装備を纏っていたとしても彼らの勢いに抗し得ない。ゴブリンの王が率いる王国の風下に立ったとは言え、暗黒の森に蟠踞する魔物達の一翼を担うだけの力をオーク達は発揮していた。

 彼らが死力を尽くすのは、全て王の為。

 ゴブリン・オーク・その他の魔物達、妖精族・亜人達・人間の区別なく、アルロデナ側で参戦した者達はゴブリンの王の勝利を疑わない。それ故に彼らは死力を尽くして各々の戦線を維持する。

 賢明なりしゴブリンの王。

 強靭なりしゴブリンの王。

 人間の支配を覆し、死にゆく定めにあった種族を救い、堕ちたる神々の寵愛を一身に集める大帝。

 世界の半ばを飲み込み、あらゆる強敵達を退けた偉大なる叛逆の覇王。

 だが、そのゴブリンの王をして、目の前に立ちはだかる敵は強大に過ぎた。

 嵐となって剣戟を見舞うゴブリンの王は、徐々に力負けし始める。冥府の力を呼び込み、自らの死を賭して剣戟を打ち込んでも尚、勇者の力はその上を行く。世界の理を定めた神々の一柱にして、狂える祖神の憑代となりし勇者。

 世界の代弁者たるその力は、魔物では打ち勝つことが出来ないのだ。

 凡そ考え付く限りの剣戟を見舞い、体に漲る力を惜しみなく注ぎ込んだ一撃を繰り返した。だがそれでも、魔物は神に勝ち得ない。

「神威七閃」

 分かたれた三つの刀身が、七閃を更に三倍にまで引き上げる。

 今までゴブリンの王が積み上げて来た連撃などものとものしない。嵐を大嵐に引き上げる暴風の剣戟がゴブリンの王に襲い掛かる。傷の無い箇所を探すのが難しい程、ゴブリンの王は切り刻まれる。

 同時に冥府の炎が王の体を包み込むが、それの上から重ねて四閃。合わせて十二連撃を重ねる勇者の攻撃。刻まれる傷が絶望を伴ってゴブリンの王に襲い掛かる。

 だが、それでも前に出ようとしたゴブリンの王は自身の足が吹き飛ばされて既に無いことに気付かず、遂に膝を屈する。

「終わりだ」

 片腕が斬り飛ばされ、全身を黒き炎が包む。地面に突き立てたアルディアに身体を凭れ掛けたゴブリンの王は、勇者を睨んだ。

「──……っ!」

「良く見ておくことだ。貴様の率いてきた者達の末路を」

 口元を歪ませる勇者は、視線を空に向ける。

 押し込まれる龍達。

 綻び始めた各戦線。

 追い詰められたゴブリンの王。

 勝利を見出す要素は、どこにもない。過去にも、未来にも、見渡す地平にすら……。

 

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