空蛇来襲
ゴブリンの王を抱え上げたギ・ガーは王の近衛とアランサインと共に勇者の包囲網を突破し、黒き太陽の王国本軍に帰還を果たす。
だが、その被害は甚大であった。凡そ半数が死傷という状態で戻ってこれたのは、ギ・ガーの統率の賜物であろう。だが、その時にはゴブリンの王は既に意識を失っていた。
張り詰めていた緊張の糸が壮絶な戦いの疲労と激痛で途切れ、一時的に彼の意識を奪ったのだと思われる。
「……お叱りは後で幾らでも……! ですが、今はお許しを」
プエルは意識を失ったゴブリンの王に頭を下げると、即座に撤退に掛かる。
「時間が勝負です! 同盟軍に通達、これより撤退行動に移る!」
後退を繰り返していた斧と剣の軍を殿とし、その殿を補佐する遊撃隊としてガイドガ氏族及びギ・ゴーの剣士隊を指名すると、プエルはすぐさま全軍を反転させた。聞けば冥府の女神の眷属神が顕現したという。ならば、少なくない時間を稼げる筈である。
「バンディガムまでか?」
王の無事を確認したギ・ザー・ザークエンドの言葉に、プエルは首を横に振る。
「いいえ。バンディガムにも兵を残しますが、本隊が下がるのは……エルファまでです」
「下がり過ぎではないか?」
「……はっきり申し上げます。軍を再建したとしても、アレに勝つ手段を考えねばなりません。その為の時間が必要です。軍にも、そして王にも」
プエルが睨むのは、空中でドゥーエと熾烈な大魔法の撃ち合いを演じる飛翔艦の群れである。確認出来るだけで五隻。巨大な戦船程の大きさのものが一隻。恐らく旗艦であろう。それを護衛する三隻の飛翔艦と、後方に控える一隻。
陸軍しか有さないアルロデナでは絶対に勝てないと思わせるその威容。攻撃手段の有無。手の届かない所から一方的に攻撃されることの恐怖を、プエルは考えずにはいられなかった。
「補給隊に物資を捨てるように指示を。油を撒いてください」
同盟軍の若き軍師ヴィラン・ド・ズールは最低限の食料だけ持たせると、後は全て投棄。武器や防具まで捨てさせて、撤退に掛かる。
「宜しいのですか?」
尋ねる部下に、ヴィランは敵を見据えながら吐き捨てた。
「忌々しいことに、僕らは足が遅い。少しでも目眩ましになれば……というのが本音だね」
投棄した物資から距離を取ると、火矢でそれらに火を点ける。充満する黒い煙が戦場を覆い、平原の草木を焼く。
「ミラ……必ず、帰るよ」
ヴィランは歯を食い縛って敵に背を向ける。若き英雄には苦過ぎる敗北だった。
◆◇◆
構えた長剣に光が纏わり付く。
まるで剣自体が光っているかのような輝きである。大気の中に存在するマナを集め、武器に収束させる技術。才能有る人間が一生を掛けても到達し得ない領域に在る絶技を呼吸するように難なく使いこなし、勇者は剣を振るう。
間合いも全く詰めず、その場で剣を振り抜いただけだ。
だが、その軌道が剣撃となって空間を固定し、剣に纏わせたマナの解放によって一定の指向を持たせた凶器となった。
つまり、勇者の振るった剣筋が間合いを詰める必要もなく目の前の敵に襲い掛かったのだ。しかも一閃だけではない。
人体の急所と呼ばれる九箇所を的確に貫くべく、人智の及ばぬ速度で振り抜かれた長剣は、銀の閃光が奔ったようにしか見えなかった。
「九斬一閃」
更に、長剣に纏わせた属性が付与効果を齎す。
嘗ての大戦において勝利した故に世界に掛けられた誓約の一端。光は闇を駆逐する。つまりは相性の問題である。
火・水・土・風などが殆ど誤差の範囲でしか互いに影響を及ぼさないのに対して、勇者の持つ光・神聖属性は、ほぼ全ての属性に対して優位に立つ。
特に闇や死を司る者に対しては絶対的な優位を確立する。それは神々すら例外ではなく、冥府の神々にとって勇者が持つ属性は、それ自体が弱点なのだ。
最初から仕組まれた世界の理。
だが、その理を知って尚、戦神は祖神に戦いを挑む。
一閃の内に九つの斬撃がヴァイシュラを切り刻む。だが、命中し、彼女の身体を削る斬撃は黒き炎となった身体を通過するだけであった。悠然と腕を組んだまま、ヴァイシュラは憤怒と狂喜の狭間で勇者を見つめる。
「どうしたんだ? 攻撃してこないのかい?」
自身の攻撃に動じぬ目の前の敵を、勇者は挑発する。
「それとも、出来ない……いや、したくないのかな?」
その姿は幻影の如く。勇者の斬撃を受けても即座に黒き炎が吹き出し傷を埋めていく。まるで巨大な炎を相手に剣を振るっているような光景である。
だが、勇者は怯まない。彼には攻撃する度に確実にヴァイシュラを削っているという確信がある。故に彼の余裕は崩れない。
「血は報復の刃たれ」
更に斬撃を仕掛けようとした勇者の動きを止めたのは、ヴァイシュラの言葉だった。
「私は、勝利の為の算段をしているに過ぎない」
先程までの激情とは裏腹に、冷徹な声で戦神は告げる。
「そして、戦神の名において戦勝は直ぐそこにある。貴様の冥府への道行もな」
「戯れ言を」
ヴァイシュラの手に顕現したのは、黒き炎で出来た剣である。燃える刀身に、柄までもが炎に包まれている。一振りし、その手応えを確かめると彼女は獰猛に嗤った。
「さあ、邪魔は誰にもさせぬ!」
瞬間、勇者と彼女の周囲に炎の壁が湧き上がる。
それに触れようとした勇者側の兵士が、忽ちに燃え上がり、跡形もなくなって灰燼に帰す。
「結界か」
僅かに感心したように、勇者は笑う。
「しかも詠唱もせずにか……。貴様、本当に消え去る覚悟が出来ているのだな」
「笑止!」
言葉が放たれると同時、ヴァイシュラの身体が掻き消える。
「見えぬと思うてか!」
何も無いの空間に振るった勇者の剣が、硬質な音を立ててヴァイシュラの剣と衝突する。行き場を失った衝撃が地面を砕き、大気を奮わせる。天の雲さえ切り裂いて、再び打ち合わされる神々の剣。
だが、それ程の衝撃が走りながらも炎の壁の外側には一切被害はない。文字通りの結界として、全ての衝撃を炎の壁が緩和したのだ。
ヴァイシュラの踏み込む足が大地を砕き、受ける勇者の足が大地に沈む。
「焼き尽くせ」
黒き炎の刃から迸った黒炎が、勇者の身体を包み込む。兵士達を灰燼に帰した神々の言葉の一端である。
「この身は不敗!」
対するアティブも、すかさず反撃する。
黒き炎に包まれたのも一瞬、即座にその炎を打ち消し、瞬く間に剣戟の嵐を繰り出す。
「七斬一閃」
繰り出す七条の銀線がヴァイシュラを切り刻むが、それでも彼女は止まらない。
「我が剣に宿れ、災厄!」
七条に走る銀線に合わせて黒炎剣を合わせる。同時に弾かれる勇者の剣。思わず距離を取ろうとした勇者の懐に、戦神が迫る。
「黒炎よ、爆ぜよ」
「な!?」
驚愕の声は勇者のもの。
翳した手の平に、一瞬にして膨大な魔素が集積する。凝縮された黒炎が、時の壁すら追い越して黒き光の奔流となって勇者の身体に殺到する。女神の言葉の通り、絡め取った勇者を逃すまいと即座に爆風と衝撃が辺り一面を喰らい尽くす。
上がる土煙を両断して距離を取った勇者を、戦神が見据える。
腕は千切れ欠け、足は曲がってはいけない方向に曲がり、顔は火傷に引き攣れ、首すらも取れかかった勇者の姿。だが、戦神は表情を緩めずに相手の出方を伺う。
「我が身は不滅となる」
時が戻るように肉体が修復され、元の姿に戻る勇者。
「流石は戦神。だが……どうする? その程度では、僕を殺すことは出来ないなァ」
ヴァイシュラの口元が釣り上がる。
「それがどうした」
「悲しいかな……貴様では僕を殺せないと言っても、受け入れられないか」
両手で剣を構える勇者に対して、ヴァイシュラは笑う。
「憤怒!」
彼女の周囲に浮かび上がる撃球。竜王グリムモアが得意とした魔法の塊である。魔素としての原初の姿を晒すその数は、凡そ12。
「火線!」
彼女が言葉を口にした瞬間、撃球から勇者に向かって黒炎が濁流となり押し寄せる。一つ一つが空気すらも振動させ、高次元の光と熱を発生させる。12線の圧縮された火線とも言うべきそれが、勇者に襲い掛かる。
「何?」
だが、勇者は驚きはしても対応にまでは影響しない。
「世界よ我が為に在れ!」
剣に再び属性を纏わせると、踏み込みと同時に黒炎の柱を切り払う。だが、殆ど同時に放たれた12の火線だ。どんなに勇者の切り払いが速くとも、当然その幾つかは勇者の身体に着弾すると思われた。
そして着弾したならば、全てを吹き飛ばす威力は正しく濁流である。
だが、勇者が驚いたのはそこではない。
相手は、自らの神性を投げ打って現世に顕現した神である。永遠とも言える神々の時間の中で、直ぐ目の前にある自身の消滅。それを前提として戦いを挑んできているのだ。12発の濁流の如き砲撃も、さして驚くには値しない。
アティブが驚いたのは、黒炎の化身たる目の前の神が本物の炎の属性を宿していたからだ。巧妙に隠しているようだが、先程の攻撃は黒炎のみで出来るものではない。
何故なら黒炎は冥府の炎。冥府の魔素を拠り所にして形を与えたものに過ぎないのだから。
とすれば、黒炎以外の本物の炎を使えるのは、どういうことか?
それ故、アティブは驚いたのだ。思わぬ攻撃であった。
右足と左肩に着弾したそれが勇者の身体を抉り、結界に衝突して消えていく。
「我が身は不滅となる」
再び回復する勇者だったが、目の前の敵の不可解さに眉を顰めた。
「黒き炎の化身……だけではないのか」
他の神の力を取り込んだのか、或いは……?
「確かめねばな」
勇者は余裕を漂わせ、剣先をヴァイシュラに向ける。初めて構えらしきものを取る勇者に、ヴァイシュラもまた、前傾姿勢を取った。
「神罰を受けよ」
振り切られた一閃は、時間すら切り裂く一撃。手数に頼らず、竜王の首すら切り落とした渾身の一撃を放つ。アティブが繰り出す一撃よりも僅かに一瞬前。その動きを察知したヴァイシュラは既に回避行動に移っていた。
如何に黒き炎の化身と言えども、受けてはいけない一撃というものはある。
飛燕の如く斬撃を避けると、再び巨大な槍の如き圧縮された黒炎を繰り出す。だが、勇者はものともしない。自身の体を削る黒炎を僅かに体を捻るだけで避けると、空中を舞うヴァイシュラに向けて、再び一閃。
「神罰を受けよ」
だが、またしてもヴァイシュラは避ける。結界を割るまでには至らないが、それでもその余波だけで雲が割れる。埒が明かないと判断した彼女は、12個生み出した撃球を天井に翳した手に集中させる。
「燃やし尽くすは我が涙」
集まった撃球が融合し、黒い竜巻となって天上に舞い上がる。高位の魔法の余波に、結界の中の温度が急上昇していく。暖められた大気は上空へ昇り、あまりに急激に跳ね上がった気温は陽炎を生む。膨れ上がった大気は雷雲を呼び、上空に逃げた熱風は再び急激に冷やされて黒く空を染めた。
──やはり、黒炎だけではない。
気候すら揺るがす戦神の魔法に、勇者は目を細める。
その時、勇者の視界に飛翔艦が移る。何故、目の前の敵は、あのゴブリンを撤退させたのか? 必勝の策があるのなら、撤退などさせる必要はない。今この場で、勇者たる己を倒せば済む話だ。
結論は一つ。
目の前の敵は、勇者たる己に勝つ自信がない。故に、あのゴブリンを逃がしたのだ。純粋な神々にそのような情があるだろうか? 否である。古き神々は、そのような感情など既に消えている。新しき神々は、自身を含めて情に惑わされる程弱くはない。
そうして、目の前の敵を見る。過去何百年と見続けてきた人の営みの歴史の中から、その記憶を掬い取る。自ずと目の前に立ち塞がる神の正体に、勇者は辿り着く。人を核として亜神にまで成り上がった者。
ならば、候補は絞られる。
天を焦がす程の炎の遣い手にして、星降らしの勇者。炎の聖女。だが、彼女1人ではない筈。流石にそこまでの素養は無かった。
ならば、同時期に現れたもう一人の勇者を核として取り込んだか? 足りないなら、他から持ってくる。歴代で五指に入るであろう魔法使いならば、その程度はするだろうか。
確信を得たアティブは、口の端を釣り上げる。
「貴様か、エリザ・ゾル・レイン! 友を犠牲に、アルテーシアに媚を売ってまで僕に復讐とはね!」
その名を呼ばれた時、初めて戦神に動揺が走る。
「貴様が、口にして良い名ではないぞ!」
憤怒と共に振り下ろされた指先から、圧縮された黒炎が地上へ向けて降り注ぐ。超高速で打ち出された炎の竜巻が、勇者とその周囲を灰燼に帰す為に天の高きより地上へと降り注ぐ。
腰だめに剣を構えた勇者は、だが余裕の笑みを崩さない。
「行け、飛翔艦! 奴らを追い詰めろ!」
その言葉に、僅かに戦神が飛翔艦に注意を向ける。それを待っていたかのように、勇者は剣を振り切った。
「神罰の一撃!」
「飲み込め濁流の如く」
全てを切り裂く勇者の一撃が、迫り来る黒炎の嵐を両断する。それだけに留まらず、天上で魔法を放った戦神と、更には飛翔艦と熾烈な魔法の撃ち合いを演じていた火炎龍ドゥーエをも巻き込んで結界ごと切り裂く。硝子の割れるような音を伴って結界は砕け散り、炎の壁は消え去った。
墜落する戦神は、何とか態勢を立て直して地上に降り立つが、その消耗具合は先程までの比ではない。手にした黒き炎の刃も、どこか風に揺れる火のように弱々しく揺らめいている。
だが、勇者にも相応の手傷は与えた。
黒き炎の竜巻は確かに勇者によって両断されたが、その勢いを弱めること無く勇者に降り注いだのだ。冥府の炎に焼かれた勇者の腕は僅かに火傷を負っていた。消えぬ手傷として、勇者に燃え移る黒き炎。
「亜神と言えども、流石は神か?」
だが、勇者の余裕は崩れない。その力は既に亜神と呼ばれる者達を超えている。
歴代の勇者の中でも最強の力の持ち主だろう。アティブが彼の精神を奪ったか奪わないか、そんなことは問題ではない。根本的に何かが決定的に違うのだ。
「だが、無駄だったなぁ」
剣を肩に担いだ勇者は、膝を突く戦神から視線を空に移す。
「よく見ておけ。貴様が逃がした薄汚い魔物が死ぬのをな」
荒い息を吐き出すヴァイシュラは顔を上げない。それを諦めと見て取った勇者は、楽しげに笑う。
空中では、勇者の命に従って飛翔艦がアルロデナの軍勢に追いつこうとしていた。その速度は地上を走る軍勢と比較するのも烏滸がましい程に違う。馬と人が並んで走るよりも、尚速い。
軍勢の真上に来ると姿勢を傾け、その砲門を地上へ向ける。
「さあ、悲鳴を聞かせてくれ!」
舌舐めずりするように、勇者はその瞬間を待ち侘びる。プエルを始めとして、将軍級ゴブリン達が被害を減らす為に散開を叫ぶが、如何せん飛翔艦が速過ぎた。ドゥーエが居ない今、アルロデナに飛翔艦を防ぐ術はない。
地上から見上げれば、魔法槍の矛先に充填される魔素の収束が視界に入る。魔法弾が地上に向けて放たれんとした瞬間、天を揺るがす咆哮と共に一陣の雷撃が飛翔艦を撃ち貫く。
対魔障壁でもって機体に対する損耗を極限まで軽減していた飛翔艦だったが、それが故に空を押し戻される。アルロデナに向かっていた飛翔艦は、五隻纏めて潮流に押し流される船のように押し戻された。
「ほう?」
勇者が僅かに不機嫌そうに片眉を上げるのと、俯いていたヴァイシュラが口元を釣り上げるのは同時だった。
空を覆うは黒き雷雲。その中を泳ぐは、雷鎚を統べる者にして天の支配者翼なき空蛇。冥府の女神の眷属神にして、400年もの間、天空で竜王と覇権を争ってきた生ける災厄。
天に反逆するが如きニ本の角を怒らせ、小さき手には宝玉を握る。
戦場に来襲したガウェインは最初から怒り狂っていた。
彼の怒りは、その眷属たる龍達の怒りである。咆哮と共に、その巨大な口を広げる。展開したのは魔法陣たる組成式。500と巨大な一匹の一斉射撃である。天変地異を操り、森羅万象の理をそれぞれの組成式に組み込むと、怒りの咆哮と共に解き放つ。
「我が好敵手を滅ぼした者に、死を!」
風・水・土・火、そして雷。集められた森羅万象の魔法弾が、空を貫く巨大な槍となって飛翔艦に襲い掛かる。飛翔艦は再び後退する。極大の魔法弾の衝撃に、後退せざるを得なかった。
だが、飛翔艦は無事だったものの、その途上に居た飛竜騎士団は全滅した。火炎龍ドゥーエを陥落させ、勝鬨を上げていた彼ら彼女らだったが、逃げようとした時には既に手遅れだった。一匹一匹の攻撃が巨大な龍による一斉射撃の前では、逃げ場すらなかった。
飛竜騎士達が装備した魔法を弾く鎧も、魔素を中和させ龍鱗すら傷付ける竜槍も、ガウェインらの攻撃の前には一切の意味はない。全てを薙ぎ払う龍達の攻撃は戦場の色を塗り替える。
地上で撤退するアルロデナの軍勢も、半ば唖然としてその光景を見上げていた。
「これは……まるで神代の戦い……」
どちらが勝利するにせよ、プエルは撤退を辞めるつもりはない。王を安全な場所に移す。全てはそれからだと、彼女は考えていた。
ガウェインは視界の端に地上で苦しむ己の眷属の姿を認めると、再び赫怒の声を上げる。
「我が好敵手のみならず、我が眷属にまで手を出すか!」
城よりも巨大なその身を雷雲の中に隠すと、天上から地上へと無差別に雷を落とす。大地を貫き、木々を焼き払い、山を削る豪雷。地上に展開していた勇者の軍勢にも降り注ぐが、それでもガウェインの怒りは収まることを知らず、三度の一斉射撃で飛翔艦を完全に押し切るとドゥーエの近くに降り立つ。
怒りに任せて攻撃を繰り返すガウェインの頭を、レシアが叩いたからだ。
「ドゥーエさんが心配なら、私を下ろしなさい!」
小癪な信徒め。そうは思ったものの、ガウェインはレシアをドゥーエの傍に下ろす。
既に息も絶え絶えで、身体には無数の傷がある。如何に龍とて、このままでは死ぬ。故に、癒やしの女神の信徒ならばと考えたガウェインの直感は間違っていなかった。だが、正解とも言えない。
如何にゼノビアの信徒と言えども、これ程の傷を誰もが治癒出来る訳ではない。ゼノビアの寵愛を受け、“聖女”と呼ばれる程の力を持つ彼女だからこそ可能なのだ。
傷付いた全ての者にそうするよう、彼女は両手を翳す。閉じられた瞼と引き結ばれた口元。祈りを捧げる敬虔な横顔。癒やしの女神の愛と慈悲を以って、生きとし生ける者に奇跡を呼ぶ聖女。
マナが集積し、輝く風となって聖女レシア・フェル・ジールを包む。
「全ての者に癒やしを!」
死せる運命を覆し、悲しみと苦痛を消し去るべく、彼女は神の慈悲を体現した。




