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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
遙かなる王国
358/371

戦神降臨

 プエルは目の前の光景に歯噛みしていた。各所の戦線で、アーティガンド側の攻撃により自軍が押し込まれている。ギ・グー・ベルベナに任せた中央。ギ・ギー・オルドが担当する右翼。同盟軍及びラーシュカとギ・ゴー・アマツキに任せた左翼。

 何れの戦線でも膠着か、悪ければ崩壊の一歩手前ですらあった。祭祀(ドルイド)部隊の集中砲火と妖精族の弓による集中射で応急的に綻びを縫うように戦線を支えているが、それにも限界がある。

 地上戦ばかりに気を取られている訳にはいかない。頭上で繰り広げられる神代の戦い。嘗ての大戦を再現したかのような龍と飛翔艦による魔法の撃ち合いは、天秤が少しでも傾けばすぐにでも地上の殲滅戦へと移行するだろうことが見て取れる。

 端的に言って、火力が違う。

 頭上で撃ち合う魔法が一発でも軍の中央に降り注げば、即座に壊滅してしまう。それは火を見るよりも明らかだった。そして何より、ゴブリンの王である。勇者と呼ばれる人間側の突出した戦力に、現状太刀打ちする術がない。

 本当はあるのかもしれないが、それを探る手段も時間も彼女には残されていない。

「……ギ・グー殿に伝令。戦線を下げます」

「ですが」

 戸惑う妖精族の伝令に、彼女は言い切る。

「私は王から軍の指揮について全権を任されています。時間が惜しい。急いでください」

「了解致しました」

 彼女は決断せねばならなかった。ゴブリンの王が居れば、或いは退く決断はなかったかもしれない。指揮官の判断とは、単純に戦局を見つめるだけではない。苦しい時でも何かしらの決断をすることが求められるのだ。

 断固として退かぬ。彼女の傍でゴブリンの王がそう言うのであれば、彼女はそれに応じた策を考えるだろう。だが、彼女は軍師であり宰相である。繰り広げられる眼前の戦いの帰趨に考えを及ぼさずにはいられなかったし、被害を最小限に留めたいと願ってしまうのは軍を率いる者なら誰しもが持ち得る願望である。

 不名誉で苦痛を伴う決断である。敗北を受け入れるのも苦痛であるが、至難の撤退戦を潜り抜けねばならない。少なくない犠牲が出るだろう。進むより、退くことの方が余程難しいものだ。特に敵が優勢であるなら、必ず追撃がある。

 だが、そうせねば全滅する。空中で攻防を繰り広げる飛翔艦の砲門が地上を向けば、それが現実となるだろう。

 それだけは阻止せねばならない。

 そして、それ以上に王を救い出さねばならないのだ。

 故に彼女は決断する。

 王の身体以上に大事なものなど、少なくとも黒き太陽の王国(アルロデナ)には存在しない。

斧と剣の軍(フェルドゥーク)の後退に合わせて戦線を立て直します! 突出する敵に逆撃を加える。千鬼兵(サザンオルガ)(レギオル)にも後退を指示! 同盟軍にも連絡を!」

 プエルの指示が伝わると、ギ・グー・ベルベナは各所で食い破られている戦線を睨みつけながら悪態をついた。

「くそっ! 仕方あるまい! だが、王を救い出さねば退く訳にはいかんぞ! あの女、策はあるのだろうな!?」

 即座にレア級ゴブリンの伝令兵を走らせると、徐々に戦線を下げる。最前線で長槍を交える兵達の戦列は、食い込んで暴れる人間側の戦力に蹂躙されている。それを抑える為に少なくない高位のゴブリンを投入せねばならず、真面に指揮機能を発揮することすら難しいのが現状だった。

 故に、ギ・グーは伝令兵によって直接全軍の指揮を握った。

 両手に斧と剣を握ると、ギ・グー自ら最前線へと赴く。直率する5000の兵士に大盾を持たせ、隙間なく並べたそれを押し出すことによって戦線を整理。高位のゴブリンを指揮に専念できるようにさせた上で後退を指示する。

「グー・タフ、グー・ナガ、グー・ビグ! それぞれに手勢を指揮して後退せよ。殿は俺がする!」

 怒鳴るように伝えると、千匹単位のゴブリンを手足のように指揮して敵の進撃を僅かの間だけだが止めてみせる。

 だが、そのギ・グーの正面にも人間側の突出戦力は繰り出されていた。

流れよ湖水(キャスケド)!」

 振るわれる左の長剣から流れ出る水が、大地へ染み込む。

氷柱よ、穿て(フロズン)!」

 大地へ染み込んだ水が人の胴体程の巨大な氷柱となって地面から突き出る。大盾を並べたゴブリンの身体を貫いた氷槍は、遠目に見るギ・グーからでも一目瞭然だった。

「こんな時にッ!」

 最前線の三兄弟の軍を後ろに逃がす為、中央のギ・グーの正面は薄くなっている。

 両翼を開く形で5000の兵を展開し、その中央に最前線の兵を回収しようとしていたギ・グーの正面に、湖面を切り裂く一陣の風のように滑り込んで来たのが狂信者ユーディット。

「……」

 無言の内に二刀一対の剣を振るう。再び生成される氷槍に、ゴブリン達の何匹かが身体を貫かれていく。ギ・グーは奥歯を噛み締めながらその光景を見ていることしか出来ない。

 戦線を下げ、王を奪還する隙を相手の敵陣に作り出す。その為ならば、部下の命は忖度に値する筈もない。

 王と雑兵の命。秤に掛けることがそもそもの間違いである。

 だが、しかし──。

「部下を無為に死なせて、何が将軍か!!」

 地面を踏み締め、怒りを吐き出す。

 最前線で戦っていた兵士達が後退する流れに逆らい、ギ・グーは僅かな手勢だけを率いて前に出る。向かう先は狂信者ユーディット。暴れ狂う氷槍の遣い手に挑むべく、犬歯を剥き出しにして吠えたギ・グーは疾走した。

「グルウゥォオオオ!」

 咆哮と共に駆け寄ったギ・グー。視線だけを向けて、ユーディットは僅かに口元に笑みを浮かべた。だが、それが声音に乗ることはなく、吐き出されるのは絶対零度の怜悧な声。

流れよ湖水(キャスケド)!」

 一連の動作によって、大地へ染み込む流水。

氷柱よ、穿て(フロズン)!」

 地面から突き出される氷槍の数は4つ。殆ど同時に突き出た氷槍を潜り抜け、更には手にした斧で叩き折り、ギ・グーは進む。背後で氷槍の餌食となったゴブリンの悲鳴が聞こえるが、無視するしかない。

氷弾よ、穿て(フローゼル)!」

 彼我の距離10歩に迫ったギ・グーに対して、ユーディットは流水の剣から湧き出る水を空中にばら撒く。即座に氷結の剣を振るって空中に氷弾を作り出した。

 空中に漂う氷弾が猟犬の如くギ・グーに襲い掛かる。だが、ギ・グーは足を止めず、手にした斧と長剣で氷弾を弾き、更に迫る。至近に迫る氷弾は速い。それを弾きながら走り迫るのだから、ギ・グーの技量が低い筈がなかった。

 また、恐ろしい程の反射神経も有していると言って良い。だが、ユーディットは僅かに笑みを浮かべて流水と氷結の剣を構える。

「……来い」

 怒声を上げて迫るギ・グーに対して、ユーディットは静かに声を上げた。

氷刃(ロ・ゼン)!」

 空中を奔る水の斬撃が、急激な温度の低下により氷の刃となってギ・グーに襲い掛かる。氷弾を防ぎ切ったギ・グーだったが、氷の刃を躱すには距離が近過ぎた。斧を盾代わりに前に翳すと、そのまま突っ込む。

 下手に退けば追撃を受ける。それは軍隊同士の戦いだけに当て嵌まる訳ではない。個人の戦いだとて、劣勢だからこそ前に出て距離を詰めた方が良い時もある。況して、相手が遠距離攻撃の手段を豊富に持っているなら尚更だ。

 肩口に氷刃を受けて僅かに蹌踉めくが、噴き出る血潮を振り払い、ギ・グーはユーディットを間合いの内に捉える。

 無言の内に必殺の気合を込めて長剣を振るうギ・グー。だが、既に人間以上の力を得ているユーディットは平然と氷結の剣でその攻撃を受け止める。

流れよ湖水(キャスケド)!」

 地面に流水を振り撒く。後、一工程でギ・グーに氷槍が突き刺さる。近付き過ぎた間合いに、氷結の剣の力により長剣自体が氷に絡め取られ、鍔迫り合いを強いられている状況。身動きの取れないギ・グーに対して、彼女が止めの詠唱をしようとした瞬間。

「その程度の浅知恵が、俺に通じるかっ!」

 ギ・グーが左手に持った斧が、ユーディットに振るわれる

「くっ!?」

 予想以上の膂力と、思いがけぬ方向からの攻撃。中断する詠唱と、そして更に──。

「今だ!」

 叫ぶギ・グーの声に反応して四周に目を奔らせれば、彼女の左右にゴブリンの姿。手にした短槍を構えて突っ込んでくる。その様子から、如何に彼女が勇者の力を賜った特別な存在でも傷を負うのは確実であろう。

 それを嫌った彼女はギ・グーを蹴り飛ばすと、己自身も後ろへ飛び退く。

「撤退だ!」

 途端、背を向けるギ・グーと彼の配下のゴブリン達。

 気付けばフェルドゥークの後退は完了しており、此処でギ・グーが彼女と一騎打ちをせねばならない理由は無くなっていた。

「……良いだろう。苦しみが伸びただけだと知れ」

 目を細めて冷笑を浮かべたユーディットの姿は、揺らめく幽鬼に似ていた。


◆◇◆


 フェルドゥークの後退と前後して、ギ・ヂー・ユーブのレギオルとギ・ズー・ルオのサザンオルガも後退を開始する。そうして出来た両軍の隙間に、当然の如く勇者の軍勢が進んでくる。

「このまま後退です!」

 だが、アルロデナ側は更に後退を繰り返す。その分だけアーティガンド側は前進し、陣形は長くなっていく。彼らが前に出る段階で、どうしても邪魔になってくるのがギ・ギー・オルドのザイルドゥークであった。

 神獣に対して足止めしかできなかった魔獣達を、ギ・ギーはせめてもの意趣返しとして、フェルドゥークを追い詰めつつある勇者の軍勢の横腹に誘導したのだ。

 攻撃させたのではない。移動させただけである。

 大小様々な魔獣が勇者の軍勢の間に入り込み、各個に攻撃する個体や、逃げる個体が入り乱れた結果、勇者の軍勢は大混乱に陥った。プエルにも思いもよらぬことであったが、勇者の軍勢は柔軟性に欠いていた。目の前の敵を倒すことについては化け物じみているが、こと事態が予想外の展開となると著しく動きが鈍る。

 この幸運を利用しない手はない。

 プエルは直ちにアランサインにゴブリンの王の救出を命じると、王の近衛共々大きく左に迂回させた。その姿を隠すのは同盟軍の上げる土煙である。長く伸びた戦列の横腹に、鋭く尖った槍の穂先を突き入れる。

 プエルの思考した作戦はそのようなものであった。

 だが、その動きに勇者が反応する。

「ははは、成程……この戦場の混乱の中でよく見えるものだ。だがね、侮ってもらっては困るな」

 その勇者の言葉に反応したかのように、今まで沈黙を守っていた騎馬兵達がその動きを活発化させていく。勿論、普通の騎馬ではない。

 三つ目の悍馬(ヒッパリオン)と同等の体格を有した巨大な騎馬に、騎馬専用の鎧を纏わせた完全武装の騎馬隊である。騎手としてそれに乗るのは、竜鱗を利用した軽鎧と竜槍を備えた騎士達である。数は僅かに2000ではあるものの、騎馬兵という概念を根底から変えてしまうだけの力を秘めた者達。

 アランサインの動きに呼応して、彼らが動き出す。

 大地を駆る速度は旋風のように速く、手にした槍先に秘めるは必殺の意気。アルロデナ最速であるアランサインに充分対抗出来る速度を保持したまま、突撃態勢を取る。

 遠目にそれらを捉えた戦乙女の短剣(ヴァルキュリア)の盟主ファルは、ギ・ガーの傍に馬を寄せると、陣形の変更を具申する。

「奴らの力を侮るべきではない。多少時間を掛けてでも、矛先を躱すべきだ」

 ギ・ガー自身はこのまま突撃したかった。何よりもゴブリンの王の身が危ないのだ。だが、彼は自身のそのような感情も俯瞰的に眺められる度量を備えていた。

「俺は焦っていたのかもしれん。ファル殿、意見具申感謝する。陣形を円状に!」

 嘗て戦姫ブランシェが王の騎馬隊を受け流したように、縦深陣形を再編すると、最高速度を以って騎馬を奔らせる。まるで蛇が高速で獲物に迫るが如く蛇行する騎馬兵の陣形。一直線に突っ込んでくる敵騎馬兵と触れ合うか触れ合わないかの間際に、急遽の方向転換。

 擦れ違いながら敵の鋒矢陣形を躱していく。勿論手の届く範囲の敵に対しては槍を繰り出すが、それでも殆ど手傷を負わずに背後に控える勇者とゴブリンの王を捉えた。

 最後に立ち塞がるのは、勇者とゴブリンの王を囲む歩兵達だ。手にした長槍と身に纏った鎧の重厚さから、或いは勇者の近衛かと狙いをつけてギ・ガーは付き従う騎馬兵に命ずる。

 であれば、当然相応の被害を覚悟せねばならぬ。

「命を捨てよ! これより我が王をお救いする! これ以上の誉れは他にないぞ!」

 自身が先頭に立つ忠義の騎士は、勇者とゴブリンの王が戦う戦場に横槍を入れた。

「ふん、中々素早いな」

 王と苛烈な斬り合いを演じつつ、勇者は横目でアランサインの突進を確認した。

「だが、天の裁きから逃れられると思われては困る」

 そうして視線をゴブリンの王に向ける。

「君も、そう思うだろう?」

「抜かせ!」

 王の怒声を嘲笑で切って捨てると、勇者はゴブリンの王の斬撃を長剣で捌きながら、空いた手を頭上に掲げる。

「撃て」

 瞬間、大地が揺れた。空中に浮かぶ飛翔艦の一隻が船体を傾かせ、舷側を地上に向けていた。舷側に並ぶのは魔法を射出する砲列である。そして、まるで豪雨の如くに魔法弾が地上へ向けて降り注いだ。

 その先には、全速力で王へと迫るアランサイン。

「散開!」

 頭上から響く不穏な音に、ギ・ガーは部隊を散会させることしか出来なかった。魔導騎兵の中には空中に向けて魔法弾を打ち上げ相殺する者も居たが、極少数である。絶え間なく広範囲に降り注ぐ魔法弾の雨は地形を変え、部隊の突撃の勢いを弱めたように思えた。

「残念だったね」

 嘲笑を浮かべた勇者と必死のゴブリンの王。

 一度の斉射で態勢を戻した飛翔艦の姿は圧巻であった。

 まるで空飛ぶ要塞。しかも、難攻不落という形容詞が似合う重厚さ。

「……集え、我が鉄脚の騎兵達! 我らこそが敵を切り裂く槍である!」

 だが、驚くべきは飛翔艦よりも騎馬兵指揮官としてのギ・ガーである。

 突撃前に部隊を散り散りにされてしまったアランサインは、驚異的な統率力で突撃の前段階には態勢を立て直してみせた。

 先頭に立ったギ・ガーは普段は見せない咆哮を上げて、王と自身を隔てる歩兵の列に突撃を敢行。

 ぶつかり合う鉄と鉄。砕ける鎧と突き殺される騎馬。血が噴き出し、肉は裂けた。大陸最高峰の騎兵部隊をして、歩兵相手に互角である。だが、互角にまで持って行ったギ・ガーの勝利であろう。

 勇者と王を囲む包囲網に亀裂を入れ、そこに洪水の如く分け入った。

「王をお救いしろ!!」

 パラドゥアゴブリンの大族長ハールーに一隊の指揮を任せ、包囲を敷く歩兵に更に突撃。

 だが、流石の勢いもここまでである。

 飛翔艦からの攻撃を最小限の被害に留め、そこから態勢を立て直し、突撃を成功させることが既に達人の技量である。それ以上の戦果を望むのは、あまりに酷というものだろう。包囲を破ったアランサインは徐々に勢いを無くす──。

「ギ・ベー!」

「吶喊! 御旗に続けぇ!!」

 ──が、更に後ろから追随した王の近衛が、アランサインの開けた穴を通って勇者1人に殺到した。

「はっ──、くはははははははは!! あっははっはっははっはっはっは!」

 高笑いする勇者だったが、その目だけは既に笑みを消していた。

「やってくれたね。まさか僕の予想を上回るとは! 一寸の虫にも五分の魂というやつか!」

 こめかみに指を当てて笑いを収めると、勇者はゴブリンの王から近衛に向き直る。

「褒美として皆殺しにしてやろう。僕の手によってね!」

「くそっ、俺の臣下に手を出すな!」

「王よ! 戦局は遺憾ともし難く! ここは一時撤退を!」

 王の御前に辿り着いたギ・ガーは黒虎から降りて膝を突く。

「この俺に退けと言うのか、ギ・ガー! 怨敵を目の前にして! 奴を殺さずに、このまま退けと!?」

 赫怒の声を受けて尚、ギ・ガーは言い募る。

「このままでは我らは殲滅されます! 頭上のあれを何とかせねば!」

 深く頭を垂れるギ・ガー。だが、その間にも勇者の前で亡骸が量産されていく。王と共に大陸を遍く震撼させた近衛達が散っていく。

 怒りに狂う王の姿に、ギ・ガーもまた決断を迫られる。急がねば、近衛が全滅する。

「御免! 王を後方へ!」

「ギ・ガー、止せ! 俺は戦わねばならん!」

 ギ・ガーは王の体を抑え付けるが、配下達はどちらに従うべきか迷う。

 届きさえすれば、その膂力で勇者の首をへし折って……! その時、不意に伸ばした右腕の黒き炎が蠢いた。

『弟よ、ここは退くのだ』

 聞き慣れぬ声に、ゴブリンの王は眉を動かす。だが、自身を弟と呼ぶその口調は、紛れもなく──。

 ──その瞬間、黒き炎は400年の封印を解かれ、再び地上に燃え上がる。

 姿は戦乙女の如く。だが、腕を組んで敵を睨むその貫禄は、やはり神と呼ぶに相応しい。風に靡く長い黒髪は彼女の操る黒き炎を圧縮したかのように黒く輝き、人と変わらぬ肌には、戦神の名に相応しき数多の傷跡。眼帯をした右目と閉じられた左目。整った美貌は黄金の調和を見せる。

「……貴様、ヴェリドか?」

 目の前に顕現した戦女神に、ゴブリンの王は問い掛けた。

「如何にも。我が名を問うか、弟よ」

 開いた眼は黄金色。幾度討たれても輝きを失わぬ、闘争とその先にある勝利を渇望する色だ。

「何をしに──」

「可愛い弟の危機を見過ごせる筈もない」

「何!?」

 気色ばむゴブリンの王に背を向けて、戦神ヴェリドは勇者に向き合う。否──祖神アティブ。400年来の仇にして、主を冥府に貶めた不倶戴天の敵。

「ここは譲ってもらおう。行け!」

 肩越しに命じる。

 抵抗しようとしたゴブリンの王だったが身体に力が入らず、ギ・ガーにあっけなく担ぎ上げられてしまう。

「……随分、無理をするじゃないか」

 虫でも払うように群がる王の近衛を皆殺した勇者(アティブ)は、ヴェリドの姿を見ても余裕の笑みを崩さない。

「貴様に報復する為なら、どんな無茶でも通そう」

 不敵に笑うはどちらの神も同じ。

「ふふふ、この世界に留まっていられるのは、後どれくらいだい? 1日かい? それとも1刻かい? そんな体たらくで、僕に報復? 笑わせてくれるね」

 アティブは嘲笑を以ってヴェリドを迎え撃つ。

「冥府に堕ちてより、400年……。やっと、この時が来たのだ。これが歓喜以外の何だと言うのだ!」

 今までアティブの戦いを見守るだけだった兵士達が、槍先をヴェリドへ向ける。

「これから世界を救わねばならないからね。君程度に係らずっている暇はないんだよ」

 指を鳴らすと、その場に居る全ての兵士の身体から光が弾ける。

我が御代に黄昏はなし(オーバーエンチャント)!」

「聖人か。懐かしい技だ」

 口元を歪めて笑うヴェリドを、アティブは指差す。

「殺せ。冥府の女神の一柱を」

 音の速さで迫る聖人化した兵士の群れ。四周から迫り来る其れ等に、ヴェリドは嗤った。

「──下がれ、下郎!」

 響いた咆哮は大気を震わせ、視線が合った聖人が黒炎に包まれる。

「──我こそは冥府の女神が眷属にして、戦の先触れ! 災いの黒き炎!」

 ヴェリドが言葉を発する度に、聖人化した兵士達が燃え上がる。冥府の底より吹き出した黒き炎が大気を伝わって燃え広がる。

「畏れよ、怯め! 我こそが戦神! 我こそが世界の敵なるぞ!」

 神の言葉は、それ自体が魔法である。

 四周から襲い掛かった聖人化した兵士達は瞬く間に冥府の炎に焼かれ、跡形もなく消え去る。

「さあ、アティブ……! 今こそ報復の時ぞ!」

 禍々しく笑う戦神の歓喜の声が戦場を覆い尽くした。


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