リュシス平原の戦いⅠ
ゴブリンの王率いる黒き太陽の王国と、勇者に因る軍政改革後のアーティガンド帝国軍の決戦場は、リュシス平原と想定された。
南北に山脈地域を抱え、早期に海上戦力が用意出来ないアルロデナにとっては敵の海上戦力を気にしないで良い点、更にアーティガンド側にとってはバンディガム陥落後の難民をリュシスに収容出来る点から、宰相プエルが決戦場に選んでいた。
草原地域を抜けて広がるリュシス平原は、緩やかな丘陵地帯を内包する見通しの良い平原地帯である。南北35キロ東西50キロにも及ぶ地域を主戦場に選んだのは、これまでのアルロデナの決戦思考からすれば当然だった。
一戦を以って敵の主力を壊滅させ、その後に国を占領する。
会戦を以って当たる以上アルロデナに敵はなく、これからも敵はないだろう。大陸最大の陸軍国家にして、大陸の3分の2を支配下に置くアルロデナは間違いなくこの決戦思考となる。
機動力・攻撃力・兵站能力・装備の質。何れの能力も大陸最高峰であり、事実その通りであっただろう。
一昼夜で最大160キロを駆け抜ける虎獣と槍の軍の機動力。攻城兵器の運用から近接戦まで臨機応変に対応出来る斧と剣の軍。最大で5万もの軍勢を遠征させる兵站能力と、それを維持出来る文官の充実。
大陸最大の鉄鉱石の生産地を占領したことによる原材料の確保。妖精族・小人・亜人・ゴブリン・人間など種族を問わない技術者の登用。
夜の神の時間を最大限に活用出来る魔物の特性。闇の女神の翼の中を見通す目を持ち、膂力は並の人間の数倍に及ぶ者すらいる。
それらの優れた能力を持ちながら、数年前まで人間に押し込まれるばかりだったのは結束の弱さ故だった。だが、それもゴブリンの王という異端の存在が現れてから一変する。
ゴブリンや他の魔物達ばかりではない。亜人や妖精族ですらゴブリンの王に感化され、確実に種族的な思想や主義を変化させていた。
ある者は種族を超えてゴブリンの王に忠誠を誓い、ある者は自身の望みの為に協力し、ある者は力尽くで従えられ、その支配下に収まった。
全てに共通するのは、ただ一匹のゴブリンによってそれまでの生き方を変えられた事実。何れ他の魔物の為に食い殺されるか、寿命で死ぬか、侵入してきた人間に殺されるのか。それらの未来を変えたのは間違いなくゴブリンの王の出現である。
リュシス平原に向かうアルロデナの兵力は、補充兵を含めても3万近くになっていた。
4将軍が率いるフェルドゥークが8000。アランサイン4000。ザイルドゥークが1500。
王の特務部隊として近衛750。千鬼兵1000。ガイドガ氏族1500。軍2000。ドルイド部隊800。妖精族500。剣士隊200が続く。
そして、同盟国ブラディニアの“赤備え”からなる3000と、属国シーラドの歩兵1000である。
主力とは別に、バンディガムとヤークシャ、バークエルを占領する為の弓と矢の軍5000が後続に控えている。
万全の布陣を以って東征するアルロデナの軍勢であったが、対するアーティガンドもまた、難民を回収し終えた後に新たな布陣を整えていた。
王都を出発した歩兵6000。騎馬兵2500と魔法兵として1000。そして飛竜の騎士団500騎を引き連れたアーティガンド側は、そこにバンディガムから逃れてきた部隊を加える。
辺境伯軍2000。鉄牛騎士団2000。義勇兵2000。聖騎士団1500。因みに聖騎士団は1番から3番までの部隊を合わせての総数である。
また、電撃的に落とされたバークエルとヤークシャーからも500程の守備部隊が落ち延びていた。彼らも総数に加え、凡そ1万8000。
地上戦力ではアルロデナ側が大きな差を空けているが、アーティガンド側には航空戦力たる飛竜騎士団の存在がある。僅か500騎と言えど、一騎当千と豪語する彼らの運用次第では、充分にアルロデナを撃退出来るとアーティガンド側は踏んでいた。
当然、アーティガンド側も飛竜騎士団を運用する際の利点を考えてリュシス平原を決戦場に想定している。飛竜の行動を妨げる障害物がなるべく少なく、航空戦力を充分に活用出来る地形を。
故に、両者の考えがリュシスという地で一致したのは必然であった。
将兵の資質など、最早アルロデナは語るまでもない。勇敢にして決断力に富む王を頂点とし、将器に恵まれた幾多の将軍達と、国を飲み込み人間の支配を覆し、世界の半ばを踏破した兵士達。
対するアーティガンド側は勇者に因る軍政改革以後、急速にその練度を高めていた。以前は古き因習によって割り当てられていた地位は実力によって得られるものと為り、勇者の手により士官学校と言うべきものも創設された。
その第一回の卒業生達の大半が、この戦場に投入されている。この戦に勝利すれば、アーティガンドの将来を背負って立つ人材も生まれるかもしれない。歴史と伝統はなくとも、新進気鋭の気概に溢れた若者の大半が軍に参加していた。
彼らの中で最も高い地位に就いたのは、未だ青年と言って良い歳のグレンダルという男だった。グレンダル・アルディアド。下級貴族の三男に生まれた彼は、食う為に軍人にならざるを得なかった。
勇者の台頭以後も、自身の能力に自負があった彼は他の貴族のように勇者に阿ることを良しとせず、時には勇者の行いを批難さえした。
「今回の出征に当たり、総指揮をグレンダルに任せる」
王の勅命を以って発せられた総指揮官の職務。だが、彼はそれ自体に胡散臭い意図を感じていた。
「どうかされましたか、総指揮官殿?」
軍議の席上で黙り込むグレンダルを心配して、席上に顔を並べる者達が彼の顔を覗き込む。
「いや、少し王都の方々の思惑が気になってな」
そう言われて、出席者達は互いに顔を見合わせる。強力なコネを持っているものは誰も居ない。ガランドは辺境伯軍を率いているとは言え、現辺境伯に嫌われて出征させられたようなものだ。鉄牛騎士団を率いるラスディルも、エルファでは顔が効いたが、今は傭兵に近い。
義勇兵は元々各国の難民を主体としており、聖騎士団は“教会”の意向を反映して動く為、俗世とはあまり関わり合いを持とうとしない。特に実戦部隊である彼らは祈りと戦いこそが職分であると、徹底して教えられていた。上層部は別だろうが、少なくとも実戦部隊の彼らは王都に強力なコネなど無い。
東部十三武家に生まれたアリエノールも、地方ではそれなりに力を持つものの、中央ではあまり影響力の強い方ではない。
「心配とは?」
居並ぶ将兵の中で、最も王都に感心を寄せているアリエノールが問いかける。
「勇者殿のことだ」
「……あの方を批判など」
一度勇者に会ったことのあるラスディルは、眉を顰めてグレンダルを見る。アリエノールも、自分の地位を引き上げてくれた恩人を悪く言われて面白い筈がない。
「何故、批判が出来ないのかね?」
「それは……」
「完璧な人間など居ない。どんな人間にも、どこかしら欠点があるものだ。完璧に見えるのは、それを覆い隠す圧倒的な力が有るからなのだろう……だがね」
「その勇者とやらは、違うと?」
あまり興味がなさそうにガランドが問い掛ける。
「私の性格が悪いだけかもしれんが、どうにも勇者殿には得体のしれない何かを感じてならない」
直言を避けたグレンダルだったが、彼があまり勇者を快く思っていないことが将兵達に知れ渡る。
「それで? 会戦前にそれを言い出す意味はあるのかね?」
「ジェラルド殿、貴方は王都の三番街にある店のアプリルパイを御存知か?」
ジェラルドの問いに、グレンダルは少し考えて別の問いを返した。
「……いや、知らん」
困惑顔のジェラルドから視線を移し、総指揮官は女性陣に視線を移す。
「アリエノール殿は?」
「いえ……存じません」
「ユーディット殿は?」
「……知っている」
若干気不味そうに、ユーディットは頷く。
「私はあれが大の好物でね。両親に叱られても、仲間に呆れられても、どうしても止めることが出来なかった。因みにユーディット殿は?」
「……同意する」
大衆受けはしないが、一部の者には熱烈な支持者を作り出す類いのものである。皆の興味の視線を受けて、ユーディットは居心地悪く頷いた。
「パイ生地の上から溢れんばかりのクリームと砂糖をこれでもかと塗して、更にその上に蜂蜜漬けの果実が並べられていて……」
「……考えただけで胃もたれしそうだな」
想像を絶する限度を超えた甘味に、顰めた顔を見合わせるガランドとラスディル。
「だが、それが良いのだ」
じわりと口の中に広がる味の錯覚にユーディットが大きく頷き、直後に袖を引っ張るアリエノールの視線が突き刺さっていることに気付く。何故教えてくれなかったのかという若干の非難が混じった物欲しそうな視線に、狂信者ユーディットは僅かに狼狽えた。
「そうだろう、そうだろう。実に、そこなのだ」
「あー……で、総指揮官殿は何が言いたいのだろうか?」
グレンダルの言葉を遮るように、ジェラルドが問いを投げ掛ける。これ以上会議で趣味趣向を語られても困る。
「済まない。つまり私が言いたいのは、そういうものを守る為に我々は戦わねばならないということだ」
「パイをか?」
惚けた回答をするジェラルドに、ユーディットから殺意に似た視線が突き刺さる。アリエノールからも塵を見るような視線が向けられる。
「いいや、我らの日常をだ」
腰の座ったグレンダルの答えに、その場に居る者達は例外なく表情を引き締めた。
「確かに、勇者殿は強大な力と豊富な知識を持っている。だが、そもそも我らは民から剣を預けられて戦ってきたのではないか? 民から税を取り、偉そうな地位や肩書きで踏ん反り返っているのは、偏にこの時の為ではないのか? 民達が大過なく日常を過ごせるように尽力する。それこそが軍人の本懐だと、私はそう考えている」
そこには、既に軽口を叩いてた総指揮官の姿はない。
「その為に貴公らの力を私に貸してもらいたい。得体のしれない何者かではなく、我々が、自らの手で、この国を守ろうではないか」
皆が力強く頷くのを確認し、会議は解散となった。
「今度の指揮官は人柄の良さそうな人ですね」
「ああ、ジェラルドよりは遥かにな」
「それはそうと……ユーディットお姉様?」
「……な、何だ?」
「どうして私に教えてくれなかったのですか?」
「……いや、それは、その……アリエノールには未だ早いかと……」
狂信者もたじろぐことがあるのだと、随行するユアンは認識を新たにした。
◆◆◆
リュシス平原の戦いに臨むに当たって、どちらの陣営も無策という訳ではなかった。陸上戦力では圧倒的にアルロデナが上であるというのが、両陣営の共通の認識だった。
故にアルロデナは攻め、アーティガンドは守る。そして戦いの鍵を握るのは航空戦力。アーティガンドの飛竜騎士団500騎と、アルロデナの火炎龍ドゥーエ。プエルは、この二つの戦力の運用が勝敗を分けると考えていた。
アーティガンドも火炎龍ドゥーエの存在は認識している。エルファの援軍に向かった飛竜騎士団が、一匹の龍に怯えきって逃げ帰ってきた経験がある為だ。ただ、その情報の受け止められ方は半信半疑と言ったところだろう。
半ば伝説の存在である龍がアルロデナに力を貸しているという事実が飲み込み辛かったのもあるだろうが、前提として龍のような高位の存在が地上の争いに介入してくるのかと言う疑問がある。
龍は伝説の彼方の存在である。長寿を誇る妖精族ならまだしも、短命種たる人類からすれば、龍や竜など御伽話に語られるような存在である。それが、邪悪な魔物の軍などに手を貸すだろうか?
現実的であるが故に、グレンダルもまた龍を敵対視するのに疑問を持った。
また、敢えてそれ以上踏み込めば、龍という強大な存在が出てきた時点で飛竜騎士団の総力を上げても勝利が覚束なくなる。地上戦力では不利なのだから、完全に勝利の目が潰されることになる。
これから戦に向かうアーティガンドにとって、それは目を瞑りたいほど残酷な事実であった。
故に、彼らは龍の存在を無視する。
守勢を敷くアーティガンドに、攻勢を貫くアルロデナ。
「……援軍は無いのですね?」
「四方見渡す限りにおいて、援軍の影はありません」
ギ・ジー・アルシル率いる斥候兵達は、これまで完璧と言っていい仕事ぶりを発揮して敵の目を潰してきた。
その職務遂行能力の高さに、疑いなど挟む余地も無い。
「王よ。御采配を」
軍師プエルは援軍の危険がないと判断すると、ゴブリンの王に開戦の指示を仰ぐ。
未だ飛竜騎士団の脅威は確認出来ず、正面の敵勢力は自軍に比して弱い。そう結論を下したプエルは、膝を突いてゴブリンの王に裁可を問うた。
大陸の行く末を決める戦を始めようと。
「……ここまで来て何を言うことがあろう! 全軍を以って攻め立てよ! 奴らに、誰が大陸の覇者なのか教えてやるのだ!」
力強く言い切るゴブリンの王の声に背を押され、プエルは指示を出す。
「全軍、前進!」
弓矢による信号により、瞬く間に全軍に広がるプエルの指示。それに従ってアルロデナの全軍が動き出す。
「進め!」
ギ・グー・ベルベナの号令に従って、フェルドゥークが進む。
「前進!」
敵の騎馬兵戦力を警戒しながら、アランサインが静かに動き出す。
「……行け」
言葉少なに指示を下すギ・ギー・オルド。ザイルドゥークも進撃を開始する。
「王の御前に立ちはだかる者は、何者であろうと排除せよ!」
「応!」
ギ・ベー・スレイを筆頭とする王の騎馬隊は、“傷モノ”達で構成されている。崇拝にも似た彼らの士気は、王のある所、常に高い。
「遅れるな!」
ギ・ドー・ブルガ率いる祭祀軍は、王の騎馬隊の後ろを進む。
「我に続け!」
ガイドガ氏族の族長ラーシュカは、威風堂々と一族の先頭を切って進む。
「ガイドガ氏族に負けるな!」
ラーシュカに負けじとギ・ズー・ルオが声を張り上げれば、隣接するギ・ヂー・ユーブは隊形を維持しつつ前進を開始する。
「我らは前に出なくて宜しいのですか?」
王の特務部隊として後尾に付けるのは、ギ・ゴー・アマツキ率いる剣士隊だった。だが、ギ・ゴーは戦場を見渡すと、最後尾に付いたまま前進することを良しとしなかった。
「必要ない」
「了解しました」
頷くユースティアと雪鬼の剣士達は、ギ・ゴーの指示に従って最後尾を守る。
「敵は前進を開始したようですね」
アーティガンドの指揮官たるグレンダルは前進を開始した目の前の大軍勢に目を見張っていたが、ユーディットの声に頷くと陣を固く組んで防御を指示する。
「攻撃こそ最大の防御とは思いませんか」
「天秤を傾けるのは我らの役目ではない。残念ながら、な」
フェルドゥークの猛攻に当たるのは、ジェラルド率いる聖騎士団である。アリエノールとユアンらも正面から“暴風”と称される彼らの猛攻に抵抗する。
フェルドゥークの基本戦術は、距離が詰まるに連れて投石・投槍・長槍・抜剣隊の順番で繰り出される柔軟な攻勢である。
だが、ジェラルドはそれを許さない。
「魔法弾、用意! ──放て!」
ジェラルドの号令によって放たれる魔法弾の雨が地面を焼き、盾を凹ませ、フェルドゥークの前衛に襲い掛かる。先の一戦でジェラルドもまた、ゴブリン達の攻撃力の高さを認識していた。
「敵を寄せ付けるな! 接近戦に持ち込まれれば、我らが不利だぞ!」
柔軟性には欠けるが、ジェラルドもまた優れた戦闘力を持つ聖騎士の1人である。遠距離からの火力の圧倒によって、フェルドゥークが接近戦に持ち込もうとする機会を作らせまいとする。
「うぬ……流石にただでは負けぬか。投石の密度を増せ! 全て撃ち切って構わん!」
放たれる魔法弾の密度に突撃を躊躇させる火網を構成した聖騎士団。それに対して、ギ・グーは相手の魔力切れを狙う作戦に切り替える。
地を焼き、空を燃やすような魔法弾の射撃がいつまでも続く筈がない。大陸最強と謳われたシュシュヌ教国の魔導騎兵ですら、ギ・グーの眼前で展開される火網を終始構成することは困難だったのだ。
「やつらの火力が弱まった時が勝負だ!」
突撃の機会を図りつつ、歴戦のギ・グーは膠着状態を良しとした。
フェルドゥークの正面に圧倒的な火力が集中されている。それを横目に、ギ・ガー・ラークスのアランサインは静かに対峙を続けていた。騎馬兵を止めるには騎馬兵である。質と量で敵より勝ると自負しているアルロデナでは、同じ兵種には同じ兵種を充てるのが常だった。
「今は未だ、静かに待て」
ギ・ガー・ラークスも、ギ・グーと同じ判断だった。
隣接するフェルドゥークの足が止まっている状況で、必要以上に突出するのは下策だ。無論、相応の犠牲を覚悟で突撃すれば敵の騎馬兵を駆逐することは可能だろう。
だが、敵の火力が弱まり、フェルドゥークに合わせる形で突撃を敢行すれば、更に高い効果が見込める。或いは、その一撃で敵全軍を壊乱させることも出来るかもしれない。
ギ・ガーの判断を支えるのは、嘗て大陸最強を謳われたシュシュヌ教国の騎兵達である。彼らの意見を取り上げる形で、今は未だ勝負を仕掛ける時期ではないと判断する。そして、ギ・ガーは突撃の時期は刻一刻と近付いていると感じていた。
「先陣を任されたのはギ・グー殿だ。呼吸を合わせねばなるまい」
獲物を狙う猛獣が息を潜めるように、アランサインは静かに対峙していた。
アランサイン・フェルドゥークと膠着状態に陥った正面と左翼に比して、最初に動きがあったのは右翼である。
「押せ! ただ只管に押すのだ!」
魔獣を操る獣士で構成されたザイルドゥーク。
編成された魔獣を繰り返し突撃させる波状攻撃で、只管敵の正面を飲み込む。それがザイルドゥークの常用戦術である。獣士の数自体は1500と少ないながらも、従える魔獣の数は1万に迫る。
組織的な運用を苦手とするが、その圧倒的な数の力は並の脅威ではなかった。当初は義勇兵相手に優位に戦況を進めていたが、敵の援軍が到着してからの攻勢は鈍くならざるを得なかった。
遠目にも確認出来る、魔獣を焼き殺しながら大地を奔る七条の雷。
盾を並べた防御陣形を取る敵の隙間を縫って、突出と後退を繰り返す少人数の敵であった。
「あの攻撃、見覚えがあるぞ! 我らの故郷で好き勝手してくれた冒険者共だ!」
犬歯を剥き出しにして怒るギ・ギー。魔獣が天高く吹き飛ばされ、攻め寄せる大群を蹂躙し、攻勢を弱めるとすぐさま陣地に引っ込んでいく。ギ・ギーは歯噛みして見送るしかなかったが、歴戦を経たその戦いぶりは間違いなく強敵の存在を示していた。
「我らの攻勢は何も変わらぬ。力の限り押し続け、敵を押し潰すのだ!」
だが、ギ・ギーも幾多の城を落とした実績がある。経験を積み、苦戦を経験し、幾度となく勝利の栄冠を掴み取ってきたのだ。強敵がいるとて、その指揮が乱れることはない。
故に、数の力を全面に押し出した戦い方を変えることはない。
強敵が自身の目の前に居るということは、見方を変えればその強敵は他の援軍に向かうことが出来ないということだ。敵の戦力を拘束し、全軍の勝利に貢献する。自身の役割を見極めたギ・ギーは攻勢の手を緩めることなく敵を攻め続けた。




