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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
遙かなる王国
348/371

バンディガム前哨戦

 遭遇戦に敗れた神聖帝国アーティガンドは、その勢力地域を僅かに後退させた。ラーシュカとギ・ザー・ザークエンドに率いられたガイドガ氏族は山脈地域の監視網を丁寧に潰すと、アーティガンド側の目を晦ますことに成功する。

 アーティガンド側の主力となったのは、“教会”の保有する戦力、聖騎士団である。

 1・2・3番隊を中心とした彼らは、祖神アティブこそ至高の神であるという教義を盲信する者達の尖兵であるばかりでなく、個々人が高い戦闘力を有していた。先の遭遇戦でガイドガ氏族相手に手も足も出なかったのは、完全な奇襲であったことと純粋に経験不足が足を引っ張った為だ。

 日中の警戒しながらの強行軍に引き続き、やっと到着した先での宿営地の建設など、外征を行わない彼らにとっては心身共に疲労の溜まる軍行動だったのだ。そして疲労の溜まった中で奇襲を受ける形になった彼らは、本来の力を発揮する間もなくガイドガゴブリンに打ち負かされる形になってしまった。

 要塞バンディガムに到着した1・2番隊は、すぐさま3番隊と合流。

 汚名を雪ぐべく、日夜バンディガム警戒の任務を買って出ると、周辺地域の巡回へ駆け回った。山脈地域の監視網を潰された彼らにとっては一日で見て回れる地域が活動の限界であり、暗夜に強い黒き太陽の王国(アルロデナ)側の攻勢を警戒するしかなかった。

 3番隊を中心とした遭遇戦で損害を負った者達は、それらの回復こそ急務とされ、罰らしい罰は与えられることはなかった。

「……ですが、これでは」

「真面目なのは良い事だが、あまり思い詰めないことだ。勝敗は兵家の常とも言うしな」

 忸怩たる思いに握り締めた手を震えさせる3番隊の指揮官アリエノールを優しく諭すのは、1番隊の隊長であるジェラルド・ホーエンガム。

 東部の名家出身の彼は貴族的な性格ではあったが、確かな実力で聖騎士団の隊長の地位を射止めていた。

「しかし、酷い顔色だな。ちゃんと眠れているのか?」

 細い顎の先を指で上げさせられ、上を向かされる。

「……」

 強く結んだ口元に、2番隊長ユーディット・ファルネの指先が伸びる。

「目の下の隈ぐらいは隠したらどうだ? 将兵に不安を抱かせるだけだぞ」

 長身のユーディットは嫣然と微笑むと、アリエノールの顎先から指を離して、その頭を撫でる。

「ではな」

 2人の先達の隊長達に慰めの言葉をかけられた少女は、尚その場に立ち尽くしていた。

「しかし、あの跳ねっ返りがこうまで落ち込むとは意外でしたな」

「少しは歳相応の所があって可愛らしいと?」

 ユーディットの言葉に、ジェラルドが笑みを口元に貼り付けて応じる。

「妹同然のあの娘が落ち込む姿は見たくはない。まぁ、可愛らしいのは当然ですが」

「麗しき姉妹愛だ。だが、それが原因で失策をされたくはないな」

「信じる神を持たぬ者に負けるとでも?」

「有り得ないと、そう思うかね? 君の愛しの妹を、それこそ完膚なきまでに敗走させた相手だが?」

 優雅に笑うジェラルドの問いかけに、ユーディットは腰元の剣に手を掛けて笑う。

「神は、それをお許しにならないでしょう。ならば、私が負けることは有り得ません」

「成程……おっと、私はこっちだ」

 失礼する、と言って踵を返すジェラルド。そんな彼に背を向けてユーディットも歩き出す。僅かに振り返ったジェラルドは同僚の背を見つめた。

「狂信者ユーディット……か。精々役に立ってもらわねばな」

 アリエノールと合わせて、どう利用するか。ジェラルドは口元に笑みを形作って足を進めた。


◆◇◆


 遭遇戦による華々しい戦果は旧エルファの王都に伝えられ、ラーシュカの凱旋と共に広く知れ渡った。

「陽動の筈が、先駆けを許されたような働きではないか!」

 挙げた戦果に歯噛みして悔しがるギ・ズー・ルオだったが、概ねの将兵は勝利は勝利だとして歓迎した。

「全く、困ったものですね……」

 アルロデナの政治と経済、更には軍事の面にも多大な影響を及ぼす宰相プエル・シンフォルアも、受けた報告に苦笑を禁じ得ない。

「ですが、功績は功績。これを利用しない手はありません」

 大陸制覇間近となった今、ゴブリンの王を追って彼女は今最前線となる旧エルファにまで出張っている。アルロデナの戦略を考える彼女なくしては、空前の大王国もこれ程までには早く形にならなかっただろう。

「この機に乗じて一気に攻勢に出る、というのは些か早計だろうな」

 体調も良くなり、最前線で剣を振るうのを半ば己の義務としているゴブリンの王は、腕を組みながら地図を睨む。

「地下道の状況は?」

「進捗は、凡そ7割。これ以上急がせては落盤の危険もありましょう。完成は来月までお待ちを」

「ふむ。では、更なる攻勢により敵に圧力を掛けるか。山脈地域に橋頭堡となる砦を作り、バンディガム要塞攻略の足掛かりとしよう」

「良き発案かと」

 頷くプエルは、その具体的な構想を王の前に示してみせる。

 一つは、飛竜対策に孥と呼ばれる大弓を備え付けること。一つは、石と木だけでなく鉄を使った強固な建造物にすること。

「砦を強固にするのは問題はないだろうが……鉄は大丈夫なのか?」

「その為の鉄の国でございます」

「成程な」

 深く頷くゴブリンの王は、プエルの言葉を支持する。

「地上と地下から一挙に攻めれば、如何に堅固な要塞だとて落とせるか」

「御意」

「地上を任せるのはラーシュカとギ・グー・ベルベナ。地下からの侵攻はギ・ズー・ルオとする」

「大役ですね」

「だが、それに応えられる男だと俺は思っているぞ」

「ギ・ズー殿が聞いたら、感涙必至ですね」

 かもしれぬ、と笑いながらゴブリンの王は地図を睨んだ。

「あと少し。この国を手に入れたなら、大陸を制覇したことになるのだな」

「ええ。王の名は不朽のものとなりましょう。我らの王国と共に」

 蒼穹は遥かに高く、ゴブリンの王と宰相プエルの視線の先には、侵略されるべき大地が広がっていた。


◆◇◆


「偵察任務だと?」

 ガランドの元に訪れた使者の口上に、英雄は皮肉っぽく口元を歪めた。

「ええ、その通りです。辺境伯軍を率いての偵察をお願いしたく」

「馬鹿な! ゴブリン共の跋扈する山脈地域に分け入れと!?」

 ガランドと共に居た辺境伯軍の兵士が声を荒げる。

「死んでこいと言いたいのか!」

「流石は聖騎士様だな! 御高尚過ぎて、平凡な人間の痛みが分からんらしい!」

 次々浴びせられる罵声に、ユアンは無言で耐えた。彼らの言うことは尤もであり、彼自身この偵察任務が犠牲を伴うものであるということを自覚していた。

「……受けよう」

「ガランド殿……」

 ユアンの目を見つめ返したガランドは、何故この話を自分に持ってきたのか思い当たっていた。

「俺を頼ってきた奴を、無碍に追い返したりはしねえよ」

 鉄の国エルファの精鋭騎士団ですら、ゴブリンの前に完膚なきまでに叩かれた今、尤も犠牲を少なく偵察任務を行える人材は、ガランドしか居ない。

 過去のしがらみや、今のユアンの立場に思うところがある筈のガランドは、だが躊躇せず危険な任務を引き受けた。ユアンの肩を軽く叩いてガランドは笑う。

「おいおい大将。簡単に引受けちまったが、勝算はあるんだろうな?」

 ユアンが去った後、辺境伯軍の兵士から問いかけられる疑問は、寧ろ当然のものだった。

「勿論だ」

 にやりと笑うガランドは、獰猛と呼べる笑みを浮かべた。興味津々と言った風にガランドに集中する視線を、彼は当然のように受け流す。

「確かに、ゴブリン共は夜目も鼻も人間より断然上だ。だがな、それが全ての生き物より上かと言われれば、そうじゃねえだろう?」

「そりゃあ、そうかもしれねえが……」

「なら、俺達はゴブリン共より鼻が利いて、夜目が効く生き物を連れて行けばいい」

「そんな都合の良い生き物がいるかねぇ?」

「ああ、居るんだよ。それがな」

 翌日ガランドが率いて来たのは、大柄な犬だった。

「犬かっ!」

「そうだ。奴らの最大の利点をこっちが真似する訳だな。おい、犬師!」

 辺境伯軍は、先代の頃に様々な才気溢れる人材を抱え込んでいた。その中には、犬師と呼ばれる犬を躾ける専門の職人までも含まれる。犬師と呼ばれた青年は手に太い縄を10本も持ち、その先にはそれぞれ、まるで人間の軍隊のように規律正しく並ぶ犬達の姿がある。

「こいつらは犬師が訓練した軍用犬だ。普通の犬よりも俺達の命令に従順だし、魔物にも向かっていく」

 目を見張る兵士達に、犬師は胸を張って犬達を手渡す。

「斥候兵は必ず犬達を同伴しろ。陣形は扇だ」

 本隊の周囲に多くの斥候兵を配置して、敵の接近を知らせる配置にしたガランドの陣形は、歴戦の指揮官のものだった。

「目的は、あくまで偵察だ。無理に戦う必要はない」

 ガランド率いる辺境伯軍はバンディガム要塞を出発し、アルロデナの兵が犇めく山脈地域へ足を踏み入れ、結果として建設中の要塞を発見することに成功する。

 その貴重な情報はバンディガム側の主力である聖騎士団へ伝わり、義勇兵を含めての討伐隊が編成される運びとなった。


◆◆◇


「何者かが侵入していることは間違いない」

 ギ・ジー・アルシルは、不機嫌そうに眉を寄せて鼻を鳴らす。

「大胆な敵だな」

「どうも、今までの奴らとは毛色が違うようだ」

 ギ・ギー・オルドを相手に、自身の統括する斥候兵達が敵を発見出来ていないことを不満そうに相談していた。

「だが、地上で指揮をしているのはギ・グー殿だろう?」

 ギ・ギー・オルドは、不満を漏らす友を安心させるように尋ねる。

「それは、勿論そうだ。万が一にも敗れることはないだろう」

「ならば心配することはない」

 ギ・ジーとギ・ギーはそう結論を下したが、事態はそれ程簡単ではなかった。アーティガンド側も、何の工夫もなくここまで押し込まれている訳ではなかったのだ。

 アルロデナの優位とは、一つは夜戦の強さ。

 そしてもう一つは、人間側より優れた身体能力である。

「夜を昼に変えてみようか」

 主力となる聖騎士団の1番隊隊長ジェラルドが提案すると、軍議に集まった者達は怪訝な顔をして互いの顔を見合わせた。

「我がホーエンガム家は古い家柄でね、過去に様々な魔物と戦った経験を通じて、奴らへの対策を編み出しているのだよ」

 そう言って彼が取り出したのは、小さな壺に入った軟膏だった。

「これを目元に塗れば、夜の闇を見通すことが出来る。我が家の秘伝だが、敵の巨大さの前には使わざるを得ないだろう」

 驚く周囲の者達。与えられた軟膏を早速試してみると、確かに暗闇の中で物が見える。本来は蜘蛛脚人が好んで使う薬品だが、人間の世界ではとうの昔に失伝した筈の技術をホーエンガム家は保持していたのだ。

「砦の攻略となれば、大規模な攻城戦を覚悟せねばならないだろうな」

 ユーディットの発言に、それぞれの軍の代表者は頷く。

「故に、どうしても魔王軍の撃破を急務とせねばならない」

 その結論にも、代表者達は頷く。

「だが、山脈地域は大軍の運用には向かない。無論、偵察のような任務なら別だが」

「……つまり、敵を我らが有利な地域まで誘導し、そこで戦いを挑まねばならない、ということだな?」

 ユーディットの発言を引き継ぐ形で、ジェラルドは軍の代表者達を見回す。

「……では、その役目は誰が引き受けるかだが」

 ジェラルドの視線は、鉄牛騎士団を率いるラスディルと辺境伯軍の代表たるガランドに止まる。

「先の偵察任務の結果からすれば、辺境伯軍の実力は疑うべくもないのだが……」

 鼻を鳴らして視線を窓の外に飛ばすガランドと、目を閉じて腕を組むラスディル。彼ら2人は進んで囮をやるつもりなど毛頭なかった。聖騎士団と言わず東部出身達の心根など、読み取るまでもなく分かってしまう。

 無駄な損害を嫌う彼らは、その損害を傭兵や外様の部隊にやらせたいのだ。好き好んで犠牲を払いたい者など居ないし、それでは貧乏籤を引かされる兵士達が納得しない。命を賭けても良いと思わせるだけの何かを提示させねばならないのだ。

 それが金か大義かは別として。だが、ジェラルドと外様の2人の無言の駆け引きを終わらせたのは、同席していた少女と呼べる年齢の娘だった。

「その役目、私が!」

 椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったのは、アリエノール。

 義勇兵も、辺境伯軍も、更には鉄牛騎士団からも異論が出ないことを確認して、ジェラルドは再度アリエノールに問いかける。

「構わないのかね? 未だ部隊の損傷は治り切っていないのでは?」

 内心を隠したジェラルドの問いかけに、アリエノールは大きく頷いた。

「そうか。ならば、帝国軍には私の方から具申しておこう。会議は以上だ」

 ガランド・ラスディル・ジェラルドが退席する中、ユーディットがアリエノールの肩に優しく手を置いて、耳元で囁く。

「大変な任務だが、神は常に信仰を抱く者の味方だ。神を信じれば、自ずと道は啓けるだろう」

 視線鋭くアリエノールの後ろに控えていたユアンを見ると、ユーディットは斬りつけるように言い放つ。

「貴様がしっかり支えねばならんのだぞ。先代の恩義に報いる為にもな! ユアン・エル・ファーラン!」

「……」

 無言の内に頭を垂れるユアンの姿を確かめると、ユーディットもまた退出する。

「……愚かなことをしたと思っているんでしょう? 私は分別のない子供だと。無駄な危険に兵を巻き込むつもりなのだと!」

「いいえ」

 静かに頭を下げ続けるユアンに、僅かに震える声でアリエノールは叫ぶ。

「……御屋形様から仰せつかっております。アリエノール様をお支えするようにと。東部十三武家にとって、貴方様は大事な御方。どうぞ、御心のままにお進みください。我ら、身命を賭して仕えさせて頂きます」

「……行きましょう。副長、頼りにしています」

「御意」

 翌日、山脈地域に向けて出発した討伐隊を待ち構えていたのは山脈地帯の一部を防御陣地に変えたフェルドゥークと、敵が来るのを今や遅しと待ち構えるガイドガ氏族の姿だった。


◇◆◆


 飛来する投石が頭上を通り過ぎて、後方で着弾し土煙を上げた。

「3番隊! 前進!」

 身を伏せ、泥と汗に塗れる兵士達の指揮をするアリエノールは、繰り返される投石の中でも敢えて立ち上がって指揮杖を振り翳す。

「前進!」

 先頭を切って走るのは、副長ユアン。

「来るぞ! 障壁!」

 降り注ぐ矢の雨を認めると、すぐさま部下に魔法の展開を命じる。自身は身に付けた盾を翳して更に前に進む。矢の雨を切り抜けた聖騎士団の前に立ち塞がるのは、鉄製武具を構えた南方ゴブリンの群れだった。

「投石ッ!」

 フェルドゥークの前衛を勤めるグー・ナガの号令で、一斉に拳台の石が聖騎士団へ向かって投げられる。地形は急峻としてもいい高所をゴブリン側が占拠している。

 故に投げられる石は落下の速度を伴い、真面に当たれば人一人を昏倒させるなどわけもない。だが、ゴブリン側の放った投石の殆どは盾と障壁によって阻まれた。

「投槍!」

 だがそれで終わりではない。距離が近づくにつれて射程の短い武器の使用も可能になってくる。ギ・グーは、エルファで産出される軽くて丈夫な鉄を利用した新たな装備を兵達に与えていた。

 ゴブリン至上主義であるギ・グーだが、それが良い物だと判断すれば迷わず部下に与えている。例えそれが人間の発明したものであってもだ。

 最前線のグー・ナガ隊が構える大盾は、エルファの精鋭たる鉄牛騎士団と同じ素材で作られたものである。投槍が高所から再び聖騎士団へと降り注ぐ。

「もう一度だ! 盾と障壁を翳せ!」

 ユアンの号令で再び防御の態勢を取る聖騎士団だったが、そこに向けて第2陣で控えていたグー・タフらが巨石と丸太を投げ落とす。戦奴隷と南方ゴブリンを率いるグー・タフの部隊は一度目の投石で効果が薄いと見るや、高所という地理を利用しての落石へと攻撃を変えた。

 三兄弟を筆頭としたフェルドゥークの百戦錬磨の中級指揮官達は、ギ・グー・ベルベナの元、戦局に応じた臨機応変な対応をするようになっていた。人間の部位に例えるなら、優秀な頭脳となるべき将軍が号令を下すのに反応して、背骨とも言うべき中級指揮官達が軍を動かす。これが出来るからこそフェルドゥークは強い。

 ゴブリン最大の勢力を誇るフェルドゥークが、軍勢として4将軍の中で最も強いのではないかと謂われる由縁である。

 如何に盾を翳し、障壁を張って矢と投石の雨を凌いでも、自身の胴体程もある落石を防ぐことは出来ない。

「距離を取れ! 避けろ! 回避だ!」

 声を荒げながら先頭を進むユアンは指示を出すが、それに応じて聖騎士団が動いて見せたのはやはり個々人の非凡な実力のお陰だろう。だが、それでも幾許かの被害は出てしまう。

 まるで土砂崩れのように落ちてくる落石と丸太を超えて、ユアンは進む。殆どの聖騎士団員も各々の技量を発揮し、ゴブリンからの攻撃を凌いでみせる。

 元々高所を攻めるというのは難しいものだ。

 もたつけば敵が攻撃してくるし、急いで昇ればそれだけで体力を消耗してしまう。だがそれでも、聖騎士団3番隊がゴブリン達へ攻撃を仕掛けたのは彼らを誘い出さねばならないからである。

 大盾を翳して下からの攻撃に備えるフェルドゥークの最前線。

 優秀な将軍と、それを支える中級指揮官も有能であり、末端の兵士は従順にして勇敢。ある意味理想の軍隊を目の前にしながら、ユアンは獅子奮迅の働きで聖騎士団の先駆けを務める。

「火炎弾! 放て!」

 盾を翳しながら小高い丘の上に陣取るゴブリンらに向かって配下の聖騎士達に号令を下す。魔法と武技そのどちらにも熟達した者が多いからこそ、“教会”の盾と剣として畏怖される存在でいられるのだ。

 杖を翳した聖騎士達の放つ火炎弾が、フェルドゥークの最前線に突き立つ。

 一時的に歯の抜けた櫛のようになった戦列。すかさず後続の兵が詰めるが、その僅かな合間に聖騎士団の先頭を走るユアンが戦列に食い込んだ。縦横無尽に剣を振るい、戦列の傷口を広げる。

「火炎弾! 放て!」

 ユアン目掛けて集中する聖騎士団の火炎弾。

 その幾つかはユアンの至近に着弾し、火柱を挙げる。

「続け!」

 だが、そこからユアンは更に奥へと道を切り開いていった。

「俺がやる!」

 最前列の混乱を抑えきれぬまま聖騎士団の侵入を許したフェルドゥークだったが、層の厚さにおいては他のゴブリンの軍勢と一線を画す。長剣を振るうユアンの前に立ち塞がったのは、ギ・グー配下の三兄弟グー・ビグである。

 片手で斧槍、もう片方の手で盾を振るい、ユアンを撃退すべく立ち回るグー・ビグ。

 剣聖ギ・ゴー・アマツキの部下程ではないが、鍛錬に余年のないギ・グー・ベルベナ配下のゴブリン達である。振るう斧槍の一撃の鋭さは、決して聖騎士に引けを取るものではなかった。

 何合かの打ち合いの後、ユアンはグー・ビグに背を向けると撤退に掛かる。

「逃げるか!」

 ユアンが戻ると、聖騎士達も一斉に撤退を開始する。

「追え! 敵を逃がすな!」

 小高い丘の上から降り始めたフェルドゥークの喚声を聞きながら、ユアンはゴブリンを引き付ける役目が半ば成功したことを確信していた。

「……後はこの命があるかどうか、か!」

 立ち塞がる敵を斬り倒し、ユアンは丘を駆け下りていった。


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