表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
遙かなる王国
345/371

エルファ陥落

1月23日誤字修正

 地上を見下ろすミーシャの視線の先に、森から這い出る黒き軍勢の姿が映る。

「ゴブリン……いや、魔王軍か」

 昨今、急速に広まったその呼称。

 魔王軍。

 ゴブリンを主体とするも、魔獣を飼い慣らす一群、戦奴隷を伴ったゴブリンの一群、快速を誇る魔獣を乗りこなす一群、そして裏切り者の人間達の軍勢。

 ミーシャの元に届けられたエルファからの情報では、その4つが主な軍団だった。

 その中で彼女が先頃まで対峙していたのは、魔獣を飼い慣らす一群である。今まで見たこともない数の魔獣達が一斉に砦を攻める様は、正にこの世の終わりの光景だった。

 飛竜騎士専用の槍(ドラゴンランス)を握る手に力が入る。

「中隊長殿!」

 飛竜の羽ばたく音に混じって、部下から声を掛けられる。部下が槍先で示す方向に視線をやれば、常とは違う魔物の姿がある。

 凡そ500程だろうか。

 明らかに高位のゴブリンに囲まれた一群がいる。更に、それを中心として両翼を広げるように魔獣を操る一群と、ゴブリンの一群が広がっていく。

「本命が出て来たか」

 勇者から命じられたのはエルファの援軍として働き、もし陥落するようならエルファの民をアーティガンドへ導くというものだ。

「……」

 年若くして人の上に立つ少女は、都合の悪いことは黙考するようになっていた。

 北上したエルファの軍勢が南へ戻ってくるには未だ時間がかかる。エルファの王都を守る守備兵力は半減している状態だ。

 彼女の理解者であるエルファの将軍ラスディルは、北部方面で魔獣に跨がる一群と対峙している。時を同じくして始まった魔物の南北同時侵攻。これを偶然と見る程、彼女は楽天的ではなかった。

「足止めには好都合か」

 狙うは、群れの中心となっている高位の魔物。

 頭を討てば、魔物の群れなど自然と崩れ去るだろう。

「皆、狙いは新手の中心! 鷹の陣形! 続け!」

 自身が先頭となって空を駆けるミーシャ。それに続く声も勇ましく、彼女は微塵も勝利を疑っていなかった。


◆◇◆


 迫る空からの軍勢を目の当たりにして、ギ・ギー・オルドの双頭獣と斧の軍(ザイルドゥーク)に動揺が奔った。

「おい、どうする?」

 盟友ギ・ジー・アルシルの問いかけに、ギ・ギー自身も眉を顰める。王からの命令は変わらぬ前進である。

「我が王のことだ。何かお考えが……」

「それはそうだが……本来なら、アレは我らの敵であったものを」

 不幸中の幸いか、目の前に立ち塞がるのは飛竜に乗った人間のみである。

「飛竜に掛かれば、大型の魔獣も捕まえられてしまうからな」

 その後は言うまでもなく地上へ落とされての絶命だ。

「考えたくない未来だ」

 ギ・ジーは視線をゴブリンの王に注ぐ。空の敵と対峙するゴブリンの王は、悠然とその速度を変えない。

「最悪、俺が身代わりになる。動揺を抑えて進軍させろ」

「分かった」

 ギ・ジーの決意に、ギ・ギーは頷いた。

 ギ・ジーは己の手勢を率いるとゴブリンの王の近衛たる500騎の後ろに展開し、もしもの時は命を捨てて王の身代わりになれと部下に命じる。

 自身は王の傍に走り寄ると、王に注進するという形で付き添う。

「我が王よ。どうかお側で戦うことをお許し下さい」

「どうした。ギ・ジー・アルシル」

 大剣を肩に担ぐ形で空を見上げるゴブリンの王は、いつにも増して威風を纏っていた。

「あの飛竜……侮るには危険過ぎる相手かと」

「分かっている。まぁ、見ていろ」

 口元に笑みを刻むと、ゴブリンの王は近衛の一騎を伝令としてギ・グー・ベルベナの剣と斧の軍(フェルドゥーク)へと走らせる。

「各員、距離を保て!」

 王の一声で王の騎馬隊が一騎一騎距離を取りつつ広がっていく。慌てたギ・ジーは視線を左右に走らせるが、王は満足そうに頷くだけである。

「むぅ」

 これでは飛竜の格好の的ではないか。

 唸るギ・ジーは、焦りを感じて空を見上げる。

 王を守るべき近衛をこのように離してしまっては、飛竜は王を狙ってくるのは必然である。

「我が王よ……!」

「案ずるな! それよりも、我が傍に居るというのなら備えよ。ギ・ジー!」

 王の声に覇気が灯る。

 睨み上げる視線の先、飛竜達の降下が始まっていた。

 王を中心に円形に広がった陣形を保持しつつ、ゴブリンの王は速度を上げる。遅れまいと必死に走るギ・ジーの頭上から飛竜の唸り声が聞こえてくる。

「──来たか!」

「王よ!」

 唸りを上げて飛来する飛竜の襲撃に、ゴブリンの王は獰猛な笑みすら浮かべて大剣に黒炎を宿す。

「──我は刃に為り往く(エンチャント)!」

 刀身に燃えるは、冥府の黒き炎。異形の者達の主にして、世界を征服せんと望む覇王が一騎で飛竜と対峙する。騎馬兵が扱う突撃槍(ランス)よりも、更に長い特別製の槍を構えた飛竜騎士が、頭上方向から迫る。

 落下の勢いだけで相当な速度と脅威となり得る飛竜騎士の降下。更にその速度をドラゴンランスに乗せて突撃してくるのだから、並みの兵士では耐えられる筈もない。

 だが、それでもゴブリンの王の進軍を妨げる程の脅威ではない。

 突き出されたドラゴンランスを弾くと、返す刀で一閃。

 飛竜の首が宙を舞い、飛び散る血潮と共に飛竜騎士が地面に墜落する。

 ──流石は、我が王!

 内心で喝采を上げつつも、ギ・ジーは油断なく次の襲撃を待ち受けた。難なく退けたように見えた今の攻防だったが、果たしてゴブリンの王以外でこれ程容易く飛竜を打ち倒せる者が居るだろうか?

 その時、遅まきながら知恵の女神がギ・ジーの脳裏に閃きを与えた。

 だからこそ、王は騎馬隊に距離を取らせたのだ。

 自身を囮にして、敵の攻撃を集中させたのだ。

 その考えに至った時、強烈な羞恥心と悔しさでギ・ジーは歯を噛み締める。戦場で王に守られてどうする。ぎりり、と奥歯を噛み締めると同時、彼の視界に次々に飛来する飛竜の姿が映った。

「王よ、ここは我が身に代えましても!」

「案ずるなと言ったろう!」

 数多の飛竜騎士の襲来にも、ゴブリンの王は全く動じない。

「速度を緩めよ!」

 逆ではないのかと、振り仰ぐ王の視線は空から飛来する飛竜を微塵も恐れては居なかった。

「死ねィ!」

 再び飛竜騎士の槍が突き出されるのに合わせて一閃。羽を切り落とされ、無様に地上へ落下する飛竜騎士を、王は振り返りもしない。

 今度は槍ではなく、飛竜自体の強靱な爪で王に襲い掛かって来る。

「投げよ!」

 直後、王の騎馬隊から投擲される手投げ槍。更に、後方からは妖精族の矢が次々と飛竜に突き立てられる。フェルドゥークからは南方ドルイド達の魔法弾も降り注ぐ。

 飛来する飛竜に合わせて放たれたそれらは、細心の注意と必殺の意気を込めたものだ。

 狙いが少しでも外れれば、崇拝する王に傷を付ける。

 だが、それを恐れて威力を殺せば飛竜騎士が王に襲い掛かる。

 命じる指揮官達も、己の身命を懸けて攻撃を命じなければならなかった。

 王の周囲に墜落する飛竜騎士の屍が数を増す。交差する鏃と魔法弾と手投げ槍。それは正しく、王を中心とした十字砲火だった。

 風の魔法が飛竜の翼を切り裂き、妖精族の矢が騎乗する兵を射抜く。接近してきた飛竜には一撃離脱の手投げ槍が叩き込まれ、王への接近を防ぐと同時に突撃の威力を弱める。

 それらを掻い潜ってゴブリンの王へ挑み掛かった飛竜は、ただの一太刀で斬り伏せられる。

 飛び交う十字砲火の中、ゴブリンの王は悠然と戦場を走る。

「王。危険では!?」

「我が臣下を信じずして王が務まるか、ギ・ジーよ」

「はっ!」

 頭を下げるギ・ジーを一瞥すると、再び王は視線を空に上げる。

 突撃を止めた飛竜騎士に向かって大剣の切っ先を向けると、大音声で宣言する。

「我はここに居るぞ! さァ、飛竜共よ! 騎士共よ!  我を打ち倒さんと欲するならば、降りてきて戦え!」


◇◆◆


 ミーシャは、眼下に広がる光景が信じられなかった。

 空からの攻撃には如何なる敵も弱点を曝け出す。その筈なのに、既に30騎もの飛竜が撃ち落とされ、屍を地上に晒している。

「……」

 魔王軍の進軍は止まらない。

 既に魔獣を率いる一群は速度を増し、山岳地帯に入り込もうとしている。今から追っても、その勢いを減じることは出来ないだろう。

 エルファは陥落する。

 魔王軍の中心たる頭を狙い討つという、此方の戦術が読まれていたのか。だとしても、あれ程の集中攻撃を自身の周囲に張り巡らせるなど正気の沙汰ではない。

 あの魔物は、死ぬのが怖くないのだろうか?

 それとも、絶対に当たらないという確信があるのか。

「ミーシャ隊長、いかがしましょう?」

 部下の声に、考え込んでいた自分を恥じる。

 何を迷うことがあるのか。自身の後ろには勇者様が居る。例え飛竜騎士団が全滅したとしても、必ず勇者様が仇を取ってくれる。

 ドラゴンランスを握る手に再び力を込めると、結び付けた太陽に王冠(ロンドメル)の旗を掲げる。勇者様の命令を達成出来ずに、何の為の命なのか。

「総員、突げ──」

「──隊長、東より伝令が一騎!」

 気勢を削がれたミーシャは、東の方向を睨み付ける。

 快速を活かして迫る一騎はミーシャの隣に並ぶと、すぐさま撤退せよとの命令を伝える。

「何故だ!? 私は未だ勇者様の命令を達成できていない!」

「勇者様からの命令だ。ここは大人しく引け!」

 同年輩の騎士に言われて、ミーシャは地上を進む魔王軍を睨み付ける。

「分かった……」

 撤退の合図と共に東に引き上げる飛竜騎士団。

 彼女らの預かり知らぬことではあったが、火炎龍ドゥーエが出現したことによりミーシャの援軍として派遣された一個中隊規模の飛竜騎士団が撤退したというのも大きい。

「魔王軍め……いつか必ず!」

 悔しさにドラゴンランスを握り締め、ミーシャはエルファの王都へと撤退していった。飛竜騎士団が撤退していくのを見たゴブリン軍から歓声が上がり、その勢いは留まることを知らず、エルファの王都へ届こうとしていた。


◆◇◆


 血盟(クラン)赤の王(レッドキング)

 嘗ては大陸南方を席巻し、アティベルという巨大国家を興したクランは今、往時に比べれば風前の灯と言って良い有り様だった。

 偉大な盟主(ブランディカ)の死と、それに前後する大陸最高峰の軍師(カーリオン)の死。

 クランの中心たる2人の死は、赤の王を覇権を握るクランから中堅以下へと追い落としてしまった。だがそれでも、彼らが中堅に留まっていられるのは盟主の地位を引き継いだサーディンの実力故だった。

「はっ、何が魔王軍だ。ゴブリンだろうがよ」

 ゴブリンの打ち建てたる黒き太陽の国(アルロデナ)の東征。それに際して、嘗てゴブリンらと戦った経験のある赤の王の働き口は、それこそ掃いて捨てる程あった。小国が乱立するランセーグ地方においては、彼らは引く手数多だった。

 それに乗じて一時は落ち込んだ勢力を僅かなりとも挽回し、数多の敗戦の中でも700からなる血盟員を維持出来ているというのは、サーディンの力量と盟主としての器の大きさを物語っている。

 小さな勝利は何度かあったが、殆どは敗戦である。その中で生き残っているということだけに注目してみれば、サーディンの生き汚さはそれこそ奇跡的な領域にあった。

 戦い敗れる度に、サーディンの周りの人員は入れ替わった。嘗てブランディカやカーリオンと共に戦い、同じ夢を見た仲間は既に数える程しか残っていない。別段それを寂しいとも思わないのがサーディンという男だったが、そろそろ終わりが見え始めているのも事実だった。

 敗戦と抵抗の繰り返しの中で、ある者はゴブリンに討ち取られ、ある者は怪我や病に、ある者は戦自体に嫌気が差して姿を消していった。

 それでも、サーディンは潔く終わる訳にはいかないのだ。

「俺たち赤の王が居る限り、エルファは落ちやしねえんだからな」

「……懐かしい名前だな」

「あん?」

 酒場で管を巻いていたサーディンを見下ろす長身の影が差す。

「てめぇ、騎士野郎か」

「ガランドだ。今はただの冒険者だよ」

「はン。しがねえ冒険者ってか」

「違いない」

「……ふん! おい、酒だ! 追加持ってこい!」

 運ばれてくる酒杯を酌婦から奪い取ると、乱暴に机に置く。

「飲めよ。騎士野郎」

「……」

 喉を鳴らして目の前に出された酒を一息に飲み干すガランドに、サーディンが口元を釣り上げた。

「ははっ、飲めるんじゃねえか!」

 仰ぐようにして酒杯を干したガランドが、寸毫も変わらぬ顔色でサーディンに応じる。

「お前は飲まないのか?」

 サーディンは、顳顬に青筋を浮かべて虎狼のように笑う。

「てめぇ、俺を誰だと思ってやがんだ!」

 そう言うなり、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がると手にした酒杯を煽るように飲み干す。

 酒臭い息と共に酒を飲み干したサーディンは、空になった酒杯を叩き付けるようにして置く。意図せず始まった飲み比べに周囲の酔客は皆観客へと変わり、囃す声は鳴り止まない。

 早くも5杯目を空にした2人の酒豪は、殆ど同時に椅子に崩れ落ちる。目は座り、頬には赤みが指していた。

「おい、ガランド。てめえ、ゴブリンに勝てるか?」

 周囲の喧騒に紛れた小さな声で、サーディンは問い掛ける。

「さぁな。お前なら勝てるか? サーディン」

「ふん、バカ言え!」

 鋭い視線を交わし合うと、互いに視線を逸らす。

「やれやれ飲み過ぎたぜ! 帰るぞ、てめえら!」

 構成員に声を掛けると、千鳥足で歩き出すサーディン。

 去り際、サーディンは肩越しにガランドを睨むように見た。

「俺の下に来たいってんなら、歓迎するぜ?」

「……それこそ、“バカ言え”だな」

 ガランドの口元に刻まれる笑みを確認して、サーディンは鼻を鳴らして歩み去る。

 数日後、彼らは飛竜騎士団の敗北とアルロデナの北進を聞くことになる。


◆◇◆


 撤退の最中、飛竜騎士団のミーシャは遠く北の空から迫る巨大な影を発見する。

「っ!」

 突如自身を振り落とそうとする飛竜の動きに、咄嗟に手綱を握り直す。今までは従順だった飛竜の突然の挙動に彼女は周囲を見渡すが、他の飛竜達もまた騎乗を拒否するかのように飛行が乱れている。

 まるで北の空の巨大な影が影響を与えたようなと考えて、彼女は咄嗟に飛竜の進む方向を南に転じる。すると彼女の飛竜は今までの動きが嘘だったかのように従順となり、更に速度を増して空を駆けるではないか。

「……あれの影響か」

 ミーシャの睨む先には、火炎龍ドゥーエの姿。

 飛竜騎士団のエルファの援軍に派遣された中隊は、ドゥーエの姿を見ただけで方向を転換せざるを得なかった。文字通り生き物としての格が違い過ぎる。隷属の首輪を付けられた飛竜達ではあったが、根源的な生命の危機を敏感に感じ取り、必死で隷属の魔法に抗った結果だろう。

「……続け!」

 ミーシャの判断により、飛竜騎士団は撤退経路を変えて無事エルファまで辿り着く。飛竜達の生命の危機に対する反応が激烈だったことで、それが結果的に乗り手達を救うことになった。

 だが、若く挫折を知らないミーシャにとって、戦う前からの撤退はこれ以上ない初めての挫折になってしまった。

 一方、勇者とラスディルとの連絡の為に派遣された騎士ラーファにしても、状況は似たり寄ったりであった。若くして魔法の才に恵まれ、騎士としての剣技にも秀でた彼女は、その才能を勇者に買われエルファに使者として赴いた。

 勇者による若き団長ラスディルの勧誘が成功し、ラーファの任務は6割方成功したと言って良い。自身の優秀さに自信を持つ彼女は、勇者から更なる任務を与えられていた。

 エルファが充分にアーティガンドの盾となるよう、少しでも長くアルロデナに抗うように導くことだ。当然、同盟国の使者の意見など国の方針を決定するのに大して考慮される筈もない。

 だが、彼女には自信があった。

 若き団長ラスディルという手駒が居ると考えたからだ。彼女は助言という形で常にラスディルに張り付き、エルファの方針などに嘴を挟んでいたのだが、肝心のラスディルが北方の脅威を取り除く為に出陣する段になって、焦りを募らせていた。

 このままでは、自身がエルファに及ぼせる影響力が減少する。

 自分自身の優秀さを微塵も疑うことのないラーファからすれば、エルファが自分の意志で抗戦するにせよ、降伏するにせよ、どちらにしてもそれは誤った選択肢である。

 だが、ラスディルの出陣は決定事項。

 焦った彼女は、“友好国アーティガンド”の使者という地位を盾にして国政の会議の場にまで出席する。

 白眼視されるのを全く無視して自分の意見を“アーティガンド”の意志として発現する彼女に、エルファ側は非常に冷淡であった。彼女にとって悪いことに、エルファの国策に影響を与えたのは彼女の意見よりも、レッドキングを率いるサーディンと義勇兵を率いるガランドだった。

 歴戦を戦い抜いたサーディン率いるレッドキングは、国策の変更により傭兵という立場ながら大きな発言力を持つに至っていた。

 力があり、多くの血を流した者の意見に耳を傾けるのは、尚武の国エルファでは当然である。

 同じ理由で辺境伯モードレットの遺臣達によって結成された義勇軍は、北方で暴れるアランサインに撃破されずにエルファに到着した数少ない援軍である。

「……以上の理由により、我がアーティガンドはエルファに抗戦を望みます」

 微塵も己の正しさを疑わないラーファの発言に、国政の場は重い沈黙に沈んだ。

 追い詰められたエルファにとって、アーティガンドは無くてはならない頼みの綱である。だが、言いなりになるのは感情的に我慢ならない。嘗て辛酸を嘗めさせられた老大国の後裔に首を垂れるなど、アルサスの策略によって死した父祖に何の面目があって相見えるのか。

 親子二代で忠誠を尽くすラスディルという存在が居て、初めて国論の一致を見るような間柄なのだ。

 白け切った視線と沈黙に耐えかねて、国政の会議の議長を務める国王は義勇兵に水を向ける。

「……好きにすれば良い。俺達はエルファの意志を尊重する」

 義勇兵の代表として立ち上がったガランドの言葉にラーファは目を剥き、エルファの代表者達は驚きに瞬きした。

「聞き違いか?」

「いや、確かに我らの意志を尊重すると」

 会議の場で騒めきと好奇の視線が行き来する。

「ガランド殿、貴殿の意見は使者殿の意見と反するようだが?」

 首都防衛の為に残った重騎士団の団長の一人が、鋭い視線をガランドに浴びせる。

「そう取ってもらっても構わん。俺達は亡き辺境伯モードレット殿の遺命に従ってエルファを救援に来たまで」

 ラーファは無言の内にガランドを睨み付けるが、歴戦のガランドにとってラーファのような小娘の憎悪の視線など蚊に刺された程度にも感じない。堂々と“アーティガンド”の意見に拒否を叩き付けるガランドの態度は、エルファの首脳陣にとって喝采を送りたいものであった。

「レッドキングもガランド殿と同意見だ。金さえ払ってくれれば、俺達は意見を差し挟むつもりはねぇよ」

「……よく言ってくだされた。真の援軍とは貴方方のような人を言うのだろうな」

 その場を代表して、重騎士団団長がガランドとサーディンに感謝を伝える。

 当然、ラーファにしてみれば面白くなどころか完全な失策である。この後彼女が何を言い出そうと、エルファの面々は頑として拒否するだろう。それが分かる程度には彼女は優秀であったが、だからこそガランドとサーディンに怨念じみた視線を送る。

 結局、ラーファの意見とは無関係に会議は進み、ラスディル率いる騎士団が北方でアランサインを引き付けている内に民をアーティガンドへ逃す方針で固まった。軍は南方から迫ってくる敵を食い止める役割を与えられる。

 ラーファはアーティガンドへの水先案内人という役割を買って出ようとしたが、それすらもエルファ側に拒否される。

「北方の脅威を潜り抜けてきた義勇兵殿にこそ、この任務をやり遂げてもらいたい。我が民を守る任務である故な」

 暗に、信用ならぬ者に民を預けることは出来ないと拒否されたのだ。ラーファにとっては、いい面の皮である。

 屈辱に塗れながら、彼女は引き下がるしかなかった。

 所詮彼女は勇者の派遣した連絡係でしかない。如何に剣と魔法の才能があっても、経験も実績も不足している10代の少女には抗する術は無かった。

「我らは南から来る敵を食い止めよう」

 別れ際、ガランドに声を掛ける重騎士団の団長はガランドの肩を肩を叩いて励ます。

「貴公の武勇に期待をしている。嵐の騎士殿」

「……最善は尽くす」

 ガランドは苦い顔をして、言葉を濁した。

「当てにさせてもらおう。我らには少しでも希望が必要だ。英雄という希望がな」

「虚名でも無いよりはマシか」

「少なくとも民にとってはそうだ。頼むぞ」

 騎士団長の差し出した手を握ったガランドは、その視線と握る力の強さに驚いた。それ程までの信頼に対して、ガランドの胸の奥で燻っていたものが僅かに燃える。

「任されよう。エルファの民は、必ずアーティガンドまで送り届ける」

「うむ、それでこそ英雄! それでこそ我らエルファの民が見込んだ男よ!」

 翌日に脱出するガランドに従うのは、辺境伯軍の義勇兵と騎士団の一部である。

「一緒に来るとばかり思っていたが」

 サーディンは、ガランドの誘いを鼻で笑う。

「依頼主が困っちまうだろうが。悪いが、俺達は受けた依頼を最後までやり遂げなかったことは一度もねえ」

「……そうか。死ぬなよ」

「誰に物を言ってやがる。俺はレッドキングの盟主サーディン様だぜ」

 不敵に笑うサーディンを後に残し、ガランドは義勇兵と脱出する民草を率いて北を目指す。

「さぁ、恐れるものは何もない! 魔王軍とやらに一泡吹かせてやろうぜ!」

 意気上がる重騎士団。

「奴らはゴブリンだ! てめえらが戦い、駆逐して来たゴブリン共だ! 勝てねえ道理はねえ!」

 部下を鼓舞するサーディンの声に、レッドキングの生き残り達が応える。

 エルファの王都はアルロデナの接近を知って尚、意気軒昂であった。


◆◆◇


 臨時の王都とした街から外壁沿いに、重騎士団の1個軍約2000名の兵士が整然と陣を組む。水鉄と岩鉄を組み合わせて作った頑強な全身鎧(フルプレートアーマー)に身を包んだエルファに残る最後の重騎士団である。

 横一列の横隊を5重に並べた横陣。

 その中心に翻る旗は、エルファの紋章旗たる四つに重なる鉄の盾(フォーエルノム)。エルファでこの旗を掲げられるのは王のみである。

 横陣を敷く重騎士団の左右に遊撃戦に徹していた軽騎士団が両脇を固める。相次ぐゴブリン達との戦で数を減らし、定数の半分程になった軽騎士団は、エルファの基本戦術に忠実に重騎士団の補佐を務める。レッドキングも軽騎士団の不足を補う形で右翼に存在する。

 持てる兵力を全て注ぎ込んだ布陣でアルロデナを待ち受けるエルファ軍に、魔獣の遠吠えが聞こえてくる。

 いつもなら直ぐに止む筈の魔獣の遠吠えは徐々に数を増し、距離を詰めてくる。視界に入らないからこそ、誰もがその時を固唾を呑んで待ち構えていた。

 やがて、山岳地帯の隙間を縫うように土煙を上げる魔獣の群れが視界に映る。

「我らはランセーグの後裔である!」

 声を張り上げたのは、エルファの国王。

「父祖らが守り続けてきたこの地を、変わらず守り続けてこれたのは諸君らの献身によるものだ!」

 いつもはどこか頼りない国王も、後には引けぬと悟って腹を括っていた。

「その地を失うのは我が責である! 我が無能が招いたと言っていい! だが、それでも諸君らに今一度、力を貸してもらいたい!」

 咳き一つなく、国王の言葉に聞き入る騎士達。

「我らが抜かれれば後ろには民草が居る! エルファの民であり、諸君らの妻や子供達である! ここに至って降伏は無意味! あの魔獣の群れを見よ! あ奴らを何としてでも止めねばならぬ!」

 王の指差す先に、徐々に大きくなる魔獣の群れ。

「エルファの武人達よ! 誇り高き傭兵達よ! エルファの為に、死力を尽くして共に戦ってほしい!」

 怒声にも似た喚声が上がる。

「軽騎士団と傭兵団は左右に展開! 魔獣を一匹たりとも後ろに逃すな! 鉄の獅子団、前進開始!」

 重騎士団の団長の命令に従って、エルファが動き出す。

「エルファに栄光を!」

 小国の渾身を賭けた戦が始まった。


◆◇◆


 ゴブリンの王が戦場へ到着した時、戦場の様相は殆ど決していた。

 飛竜騎士団を撃退した後、ザイルドゥークを先頭にしてエルファの王都へと進撃を継続させたのだ。

 幾多の魔獣の屍を踏み越えて進むザイルドゥークの猛攻は、ただでさえ劣勢な人間側の包囲を今にも食い破ろうとしていた。

「敵は退かぬか」

 感嘆の声と共にゴブリンの王が漏らした言葉に、ギ・ジーが応えた。

「今までの人間達と同様に、城に篭もるかと思っておりましたが……」

 彼ら二匹の視線の先では、劣勢な戦線を立て直すべく新手の一軍が突出する光景が映る。

 掲げる旗は4つに連なる鉄の盾(フォーエルノム)

「未だ彼らには予備兵力があるようだな」

 肉喰らう恐馬(アンドリューアルクス)の馬上で、ゴブリンの王は思案げに大剣で肩を叩く。

「ギ・ジーよ。ギ・ギーに伝令を出せ。右翼に攻撃を集中させよとな」

「畏まりました」

 戦場を見つめる王に、伝令が背後から声を掛ける。

「我が主よ! フェルドゥークが到着いたしました! 願わくば、攻撃の許可を!」

 ギ・グー・ベルベナの言葉をそのまま伝える伝令に、ゴブリンの王は口の端を歪めた。

「先程は俺が出張ってしまったからな。許す。敵を撃破せよ、フェルドゥーク!」

 勢い良く頭を下げて、踵を返す伝令兵。

 伝令が到着したと同時、王の騎馬隊の左翼に展開していたフェルドゥークが動き出す。

 先頭を進む長槍兵。その後ろを走る長剣兵。魔法兵(ドルイド)まで備えたフェルドゥークは、4将軍でも最大の軍勢である。

「ギ・ベー・スレイ!」

 フェルドゥークが、まるで斧を叩き付けるように敵陣深く食い込んで往くのを確認したゴブリンの王は、近衛を率いるギ・ベーに命じる。

「御前に!」

「前線に出る! 近衛は我が後を追え!」

「御意!」

 狙うは、エルファの紋章旗4つに連なる鉄の盾(フォーエルノム)を掲げる新手の一団だった。

 ゴブリンの王の視線の先で、戦線を立て直そうと鼓舞するが如き部隊の存在がある。そして、それに率いられるように崩壊寸前の左右の布陣は、アルロデナ側の攻撃を凌いでいるのだ。

 とすれば、狙いは当然あの紋章旗を掲げる部隊である。

 抜き放った大剣は黒炎揺らめく大剣(フランベルジュ)黒緋斑の大剣(ツヴァイハンダー)。“推”の馬体を軽く蹴ると、王を乗せた騎馬は猛る主の気持ちを汲み取るかのように荒く息を吐き、牙を剥き出しにして速度を上げる。

「突撃だ! 我に続け!」

 応える王の騎馬隊は、ギ・ベー・スレイの掲げる黒き太陽の王国(アルロデナ)の旗に従って戦場を駆ける。

 手にした斧槍を揃え、突き進むその攻撃力は、先ず間違いなく大陸で最高峰のものである。

 王を先頭に進む彼らは鋒矢陣を取る。

 必死で戦線を盛り立てていたフォーエルノムの陣に、アルロデナの鋒矢が突き刺さる。

 一瞬だけ二つの紋章旗が交差し、そして盾の紋章旗は地に落ちた。

 王歴5年初春。鉄の国エルファは陥落し、王と主だった者達は城外の戦闘で戦死。アルロデナは小国家群の最後の一国を切り崩し、その侵攻を受け止めていたエルファを陥落させたのである。

 残る東の国は、神聖帝国アーティガンド。

 勇者の待ち構える国だけである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ