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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
遙かなる王国
342/371

竜王グリムモア

1月23日誤字修正

 黒き太陽の王国(アルロデナ)が東征軍の全力を以って鉄の国エルファと対峙している頃、東の大国神聖帝国アーティガンドは、虎の子の飛竜騎士団の援軍を決定した。

 御前会議においても混乱はなく、“勇者”の提言に軍部は素直に首を縦に振り、文官達も同様だった。

 また、御前会議に列席すべき貴族においても、勇者からの提案にはすんなりと従う。人間諸国の中で最も驕慢と陰口を叩かれる嘗ての老大国の姿は、まるで鳴りを潜めたかのようだった。

 飛竜騎士団の100騎を中隊という編成で組んだエルファへの援軍は、早くも御前会議の3日後に出発。歓呼に見送られながら彼らを率いるのは、未だ10代の少女であった。

 援軍をエルファに派遣して時間を稼ぐと共に、アーティガンドは軍の刷新を断行する。

 ゴブリンの打ち建てたるアルロデナは、現状で地上最大最強の陸軍国家であった。それに対抗するべく“空軍”という概念を持ち込んだ勇者は、それでも尚足りないと考えていた。

 アーティガンドの主力は、貴族が主体の私兵と国王直轄の国軍である。

 国軍と貴族の軍勢を合わせても、地上軍は精々1万を超える程度。そして、それらの指揮系統はてんでバラバラと言う有り様だった。これではエルファのような小国とすら真正面から戦うのは苦しい。

 故に、貴族の私兵を積極的にエルファの援軍に向けたのだ。

 国王の命令という形は取りつつも、出兵を強要していく姿勢は断固たるものがあった。無論、反対する貴族も居た。中でも宮廷に顔を出すことが稀な辺境伯モードレッドなどは国王の遠縁という立場から強固に反対したが、何故か反対の意を表明した翌日に謎の怪死を遂げる。

 連鎖するように出兵に懐疑的な貴族が次々と不審死を遂げる段になると、出兵反対の声は表立って聞こえなくなっていた。

 宮廷に出仕する貴族達は熱狂と共に、辺境を治める貴族達は恐怖に突き動かされ、誰しもが私兵をエルファの援軍として派遣することになった。

「勇者様。援軍の規模は5000程になりました。貴族達の私兵のほぼ全てですわ」

 翡翠色の髪を肩の辺りで切り揃えた女性が、若者の背に声をかける。

 彼らが見下ろすのは王城の監視塔。眼下に広がるのは歴史と共に拡張を続けてきた街だった。

 黒い髪が揺れ、鳶色の瞳が彼女を捕らえる。それだけで彼女の背筋には甘い痺れが奔るようだった。

「そうか」

 平均よりも頭2つ程高い身長の勇者から見下ろされる彼女は、頬を染めて俯いていた。

「しかし、どうなされるのですか? 確かに軍の指揮系統を統一なされる為には私兵は邪魔です。しかし、それでも兵力は兵力」

 秀麗な表情に微笑を浮かべる勇者は、才媛たる目の前の女の言葉を聞いていた。

「分かるだろう? 兵力なら彼処に沢山居るじゃないか」

 再び勇者が眼下を見下ろす。

 自身から逸らされた視線を惜しみながらも、好奇心に惹かれて彼女もまた勇者の見つめる先を追う。勇者は市街地の外側にある天幕群を指差していた。

「難民達を? でも……」

「時間はまだある。頼むよ」

 肩に触れられる。ただそれだけで、彼女の頬から火が出るようだった。普段の彼女からは信じられない蚊の鳴くような声で、小さく返事をする。

「お優しいのですね」

 監視塔から降りて自身の部屋に向かう途中、勇者に声をかける者が居る。

「そうかな?」

「ええ。御命じになれば、彼女らはすぐさま貴方様の足元に平伏するでしょうに」

 黒い髪を腰まで伸ばした勇者の侍女。未だ10代の半ばを超えない筈なのに、完成された美を持つ彼女は勇者の後ろを歩きながら笑っていた。

「ミーシャも、シャルロッテも、ラーファも、皆良い子だよ」

 飛竜騎士団を率いた中隊長、先程の女性士官、そして使者として先日エルファに赴いた騎士の子。それらの名前を言い当てた勇者に、黒髪の少女は不満げに口を尖らす。

「有象無象の名前など覚えておりません」

「困ったことだね。僕は君にも期待しているんだよ」

 歩んでいた足を止めると、勇者は手を伸ばし、未だ少女のままの彼女の頭を撫でる。

「良いね? 上手くやるんだ。僕は少し野暮用がある」

「……御心のままに。勇者様」

 それから10日間、勇者はアーティガンドの王都から忽然と姿を消した。


◆◆◇


 断続的に送り出されてくるアーティガンドからの援軍は、ゴブリン側のエルファ攻略に遅延を齎していた。鉄の国エルファを包囲したと思っていたゴブリン側の後背に、突如として軍が湧き出てきたような心持ちだった。

 また、アーティガンドの影響下にある小国も軍事物資の支援と援軍の派遣を決定していた。難民を出しつつも兵力を未だに維持していた小国は、エルファを囲もうとするアルロデナ側の背後を脅かす役割だった。

 そして、そこに水軍である。

 海洋国家ヤーマを併呑したアーティガンドは、大陸で唯一の海運国を殆ど無傷で手に入れることに成功している。群島諸国からの物資の買い付けに始まり、エルファに援助する物資の搬入なども周辺諸国を利用することによって速やかに行える。

 エルファを時間稼ぎの盾とする勇者の思惑は海洋国家ヤーマを飲み込んだ時点から始まっていたのだ。プエルは、そう認識を改め直していた。

 対するゴブリン側も手を拱いていた訳ではない。

 鉄の国エルファに援軍を出す周辺国に対しては、ギ・ガー・ラークスが攻略の手を伸ばす。北限の山脈沿いに攻略の手を伸ばしてきたギ・ガーの虎獣と槍の軍(アランサイン)が、その槍先を南へ向けた。

 周辺国の軍を文字通り蹂躙しながら進む様は、恐怖と共に語られる。

 一方、鉄の国エルファ自体の攻略を担当したのはギ・グー・ベルベナであった。

 斧と剣の軍(フェルドゥーク)を率いたギ・グーの猛進は、エルファと三国同盟との国境付近で火を吹いた。一度の戦いで国境線に配備されていた1個重騎士団とその補助たる1個軽騎士団を壊滅状態にまで追い込むと、更に前進して国境線を食い破る。

「逆らう者には容赦するな! 我らの恐怖の剣斧を、抵抗する気も失せる程に奴らに刻み付けてやれ!」

 フェルドゥーク全軍に檄を飛ばすと、自身が先頭に立ってエルファの国内に難なく進軍していく。

 飛竜騎士団を援軍に派遣されたエルファであったが、当初彼らはその運用方法を見誤っていた。エルファの重騎士団といえば近隣に鳴り響く武勇で知られている。

 エルファの強みは、豊富な鉄資源によって全身鎧を量産出来ることと、水鉄と岩鉄を組み合わせた独自製法によって全身を鎧で覆ったまま軽易に動ける重騎士団を創設したことだ。

 彼らは騎士団の実力に自信を持っていたし、当初飛竜騎士団を率いたミーシャという少女も同様だった。だが、フェルドゥークはその自信を彼らの命諸共木っ端微塵に打ち砕いた。

 真正面から当たれば当然エルファ重騎士団が勝利すると思われていた会戦は、圧倒的なフェルドゥークの攻勢によって重騎士団は元より補助たる軽騎士団すら逃がす余裕もなく、壊滅に追い込まれていった。

 偵察に徹していた飛竜騎士団の中隊長ミーシャは、その結果をエルファと本国アーティガンドに通告。自国の貴族の私兵などでは、真正面から戦えば壊滅するとの報告を送る。

 アーティガンドは、その報告にも関わらず私兵を送ったが、報告を受けたエルファは戦い方を大きく転換せざるを得なかった。

 山岳地帯を利用した遊撃戦である。元々山がちなエルファの地形と、海から補給される食料物資。そして鉱山を掘る為に至る所に掘られた坑道が、彼らの戦を支えた。

 重騎士団にとって屈辱的な国境からの撤退と王都の正面に砦を建設することを強引に推し進めたのは、やはり若き軍団長ラスディルであった。他の軍団長を説得すると、残る4個重騎士団と1個軽騎士団を王都周辺に集め、徹底抗戦の構えを取る。

 それと同時に2個軽騎士団を動員し、アルロデナの補給線を襲わせたのだ。

 ここに来て、フェルドゥークの進撃は鈍らざるを得なかった。

 エルファは南の隣国との間に山岳地帯を利用した物資搬入の為の隧道を設けており、それが有る限りアーティガンドからの支援を断ち切ることは出来ない。

 鉄資源を掘り出す坑道は無数に山岳地帯に顔を覗かせ、ゴブリン達ではその迷宮の如き坑道の全てを網羅することは不可能である。また、人が1人やっと通れる程度の広さしかない坑道では、如何にゴブリンとて被害は大きくなる。

 フェルドゥークの強みは、高位のゴブリンに率いられた際の連携の巧みさとギ・グー・ベルベナの指揮統率にこそあった。敵は鉄製の武具を身に纏った重騎士達である。軽騎士団でさえ要所に鉄を使った防具を装備しているのだ。それにも増して、四方を敵に囲まれて生き延びてきたエルファの兵士達は戦慣れしていた。

 人間よりも優れた身体能力を持つゴブリン達と言えども、苦戦は必至だった。そして、更に場所が悪い。エルファの戦の歴史の中で、隣国からの侵攻という事態も当然想定されていた。その為に騎士団は坑道を使った訓練を積んでおり、反対にゴブリン達にとって坑道は未知の戦場であったのだ。

 ゴブリン達の本拠地である“深淵の砦”は地下に膨大な面積を有しているが、それはあくまでも住居としてであり、ゴブリンの王誕生以後のゴブリン達にとって地下は安住の地となった。戦場と考えられていたのは常に地上世界であったのだ。

 それ故に、彼らは坑道での戦いに戸惑いを隠せなかった。

 煌々と焚かれる松明の群れ。

 武器を振るう余裕の無い狭い空間。

 ゴブリンですら2匹同時に並べない連携の難しさ。

 それら全てが、大陸最大の陸軍国家たるアルロデナのゴブリン兵達を苦しめていた。

 夜目が利き、鋭い爪牙を持っているゴブリンをしても、地下で戦う限り戦況は五分五分であった。自軍の不利な状況を知ったギ・グーは片っ端から坑道の入り口を塞ぐという方法で対処したが、彼らが去るといつの間にか軽騎士団が現れて坑道の入り口を開けてしまうのだから、鼬ごっこにしかならなかった。

 ここに至って、フェルドゥークの戦場は膠着状態に陥ったと判断せざるを得なかった。

 一方、南へ進撃を続ける双頭獣と斧の軍(ザイルドゥーク)と混成軍は、その進路を互いに南方の小国へ向けていた。ギ・グー・ベルベナのフェルドゥークが苦戦する原因がここにあると看破したのは、同盟国の軍師ヴィラン・ド・ズール。

 ブラディニア教皇国の若き俊才は、粘り強く冷静と評される指揮手腕と共に、ゴブリン達にもその才能を高く認められていた。

 千鬼兵(サザンオルガ)を率いるギ・ズー・ルオと(レギオル)を率いるギ・ヂー・ユーブからも絶大な信頼を得ることになったヴィランの意見で、彼らは鉄の国エルファに支援していると思われる南方の小国を攻めていた。

「彼らの喉元を断ち切ってしまいましょう」

 “赤備え”と呼ばれる異教徒出身の兵士を率いたヴィランの指揮は、攻勢よりも守勢に向いたものである。だが、それを巧く転用する形で彼は攻勢の中心にいた。

 戦の流れの潮目には必ず彼の軍があり、一気呵成に攻め立ててくる敵をいなしながら混成軍の攻勢を良く支えていた。属国シーラド王国の兵士達も、必死に戦わざるを得なかった。

 四周をアルロデナに囲まれた属国シーラド王国は、自分達がゴブリンの王の機嫌次第でいかようにも料理されてしまうのを肌で感じていた。ここで攻勢の手を緩めて国が滅ぶとあっては、何の為に降伏したのか分からない。

 国を存続させる為、彼らは必死に戦うしかなかったのだ。

 ゴブリンの王が親征を開始したのは、丁度その頃だった。

 王暦5年の初春、率いるのは近衛たる騎馬隊と西の深淵の砦から遥々移動してきた新兵3000。真新しい鎧と盾に身を包んだ兵士達を前に、ゴブリンの王は愛馬“推”の背に跨ると、大剣を空に掲げて宣言した。

「我が臣下達よ! 今、我らは岐路に立っている! 我らが大陸の覇者たるに相応しいか否か!」

 翳した大剣を振り下ろした風圧に、ゴブリン達は思わず仰け反った。

「我が臣下達よ。我らの進む一歩こそが、その証明となる! 我は退かぬ! 共に我らの覇道を敵に見せ付けてやろうではないか!」

 瞬間、爆発的な歓声がゴブリンの新兵達から上がる。

 彼らが初めて目にする王は、例えようもない偉大な王であった。胸の内から歓喜が湧き上がってくるのを感じながら声を張り上げる。

「王よ、王よ! 我らの王!」

 振り上げる槍の穂先。打ち鳴らされる盾の音。それらが混然一体となって場に満ちる。我が臣下達と呼びかけられる度に、彼らの胸に誇らしさが満ち溢れる。

 ゴブリンの王率いる3500の兵達は、東へと出発した。


◆◇◆


 人間とゴブリンが割拠する大陸中央から北側。最大人口のゴブリンと人間の活動領域を隔てる北稜山脈を越えて更に北に行けば、そこは一面の雪原であった。魔獣たる飛竜を従えた勇者の視界は空の高さを得る。見下ろすその大地は、白化粧を施した銀世界。

 飛竜の吐き出す息すら凍る空に、一匹の竜が飛ぶ。竜王グリムモアの眷属でも古参の部類に入るその風竜は、己の領域に入った小さな虫けらを飛竜の更に上空から見下ろし、一気に加速に入った。

「小癪な──」

 頭上から超高速で迫るその巨大質量に、勇者が気付かぬ筈がない。悠然と飛竜の上で立ち上がると、腰の剣を抜いた。

 口元に浮かぶのは、残虐な笑み。

 弱者を甚振ることに無上の喜びを見出す危険な顔で、勇者は笑った。遥か頭上、ロドゥの胴体方向から迫る風竜の巨大質量を殆ど真正面から迎え撃つ。

 自ら改良した隷属の首輪の力によって、飛竜は彼の思うままに飛ぶ方向を変える。迫る巨大質量と擦れ違うように頭上を目指して旋回。体長の格差にして、実に10倍近い風竜が急加速してくる。

「──蚊蜻蛉が」

 瞬間、銀色の光が奔ったかと風竜自身が見間違う程に鋭い斬撃が閃く。

 僅か一撃を以って、風竜の首は斬り落とされていた。

「墜落は拙いな」

 頭上方向に旋回させた飛竜を急降下させ、絶命して墜落する風竜に追い付くと、その身を8つに切り刻む。落下するのに合わせて、それらを1つずつ腰元の道具袋の口に触れさせると、いとも簡単に道具袋の中に遺骸が引き込まれていく。

「……おっと」

 風竜の遺骸を道具袋に収めるのと、飛竜が地面に墜落するのは同時だった。飛竜が地面に墜落する直前、僅かに浮き上がって地面に着陸する勇者。道具袋は自身よりも巨大なモノを収納したにも関わらずその形状を維持し、彼の腰元に収まっている。

 息絶えた自身の飛竜に感慨も抱かず、勇者は足を進める。

「さてと、身の程を弁えない下等生物に鉄槌を下してやろうか」

 下唇を舐めると、勇者は血塗られた長剣を手にしたまま、ゆっくりと歩き出した。

 数刻後、勇者は高き山の頂に到着していた。

 前人未到の領域である山岳地帯の、更に一つ抜き出た山岳地帯。雲海の上に浮かぶその領域には、人はおろか空を棲家とする有翼種ですら立ち入らない。

 彼らを作りし幻想(ファミル)夢の神(ジェジェ)の名を冠した、その山脈の頂。その懐に抱かれるような洞窟に勇者が足を踏み入れた瞬間、怒りに満ちた咆哮が聞こえた。

 神話の時代から語り継がれし空の王。黄金竜グリムモアが怒り狂っていたのだ。

 だがそれでも、勇者は悠然と笑って歩む足を止めることはない。

 その手に握るのは、総勢400と98匹の竜を葬った長剣。

 口元の笑みは禍々しささえ漂わせて、ただ狩るべき獲物を見据える。その目は狩猟者のそれ、目の前の獲物を逃さず、仕留めようとしている狩人そのものだった。

「よく逃げずに来たな、小癪な人間め!」

 歩みを止めない勇者が洞窟の中に入り、更に進んで黄金色の龍鱗を輝かすグリムモアの前に至る。

「実に勇気ある者だと言いたい所だが……愚かだな」

 竜の怒声に嘲笑を返した勇者は、軽く肩を竦める。

「我が眷属の恨み、思い知らせてやろう!」

「笑わせるな。たかが古き神々の眷属の、そのまた眷属が何匹死のうと知ったことか。寧ろ僕の役に立てることを光栄に思ってほしいくらいだよ。それに古き神の眷属如きが、この僕に勝てるとでも?」

 血塗られた剣を振り、血糊を飛ばす。

「その増長、死を以って贖え!」

 天を貫く怒声と共に、グリムモアの前面に撃球が姿を現す。狭い洞窟の中では、これ以上展開すると落盤が起きて生き埋めになる可能性がある。その程度で死ぬグリムモアではないが、やはり己の眷属を殺してきた目の前の怨敵には自ら手を下したいという欲望が勝った。

「人の力を知らぬ古き災厄め。我らの正義、その身を以って知るがいい!」

 炎の撃球から奔る炎が、空気を貪り喰らいながら狭い洞窟内を走り抜ける。一個の撃球から三条。合わせて六条もの炎が洞窟内を所を狭しと暴れ回る。

 だが、グリムモアの攻勢はそれで終わらない。瞬時に組成式を組み上げると撃球を自律させ、己の意志とは無関係に勇者を襲わせる。同時にグリムモアは、自身の爪牙で勇者の身を引き裂こうと前に出る。

 巨大な質量を備えた敵は、それ自体が既に脅威である。

 押し潰され、移動範囲を制限されるのは当然として、グリムモアの前には怒り狂ったような業火が洞窟内を縦横無尽に駆け巡っているのだ。

 だが、勇者は嗤う。

 この程度は想定の範囲内。仮にも竜王を名乗る獣を狩るのだ。

世界よ、我が為に在れ(エンチャント)!」

 長剣に纏わせるは、黄金色のマナ。

己等の主を守れ(シールド)!」

 身体を守るは、紫炎の防壁。

 踏み出す一歩は、人の到達し得る速度を超え。

 繰り出す一撃は、神撃の域に達していた。

 暴れ狂う超高温の炎を一撃の元に斬り伏せる。更に迫り来る二条、三条の炎も続けざまに切り裂いて、魔法それ自体を霧散させていく。

 炎の魔法を構成する組成式自体を切り裂き、勇者が前に出る。

「小癪な!」

 右の爪牙を振るって土と岩を飛ばすグリムモア。竜王の爪牙に触れられた岩は鋭い槍先に変化し、勇者に迫る。土はそれ自体が砲弾の礫となって襲い来る。

 如何に組成式を切り裂こうと、魔法で編んでいない物質は切り裂けない。一瞬でそこまで判断したグリムモアの攻撃は正鵠を射ていた。

 勇者は飛来する岩の槍と土の砲弾を避けながら、徐々に距離を詰める。

「消炭も残さぬわ!」

 次々に発射される岩と土の攻撃を繰り出しながら、グリムモアは次なる大魔法を紡ぐ。

 ──誕生せし灼熱星(ボルカノ)

 巨大な魔法陣が突如としてグリムモアの前方に浮かび上がり、それを中心として地の底から吹き上げる火炎が渦を巻く。一瞬の内に周辺の酸素を吸収して円状に膨れ上がったそれが、今や遅しと解き放たれる時を待っていた。

 火山の噴火をそのまま魔法にしたかのようなその一撃は、当たれば当然灰も残らない。それどころか、普通の人間なら近寄るだけで重度の火傷を負い、一瞬にして体中の水分が蒸発する程の魔法だった。

「──紅炎(プロミネンス)

 だが、勇者の言葉と共に彼の右手から放たれたのは、更に上を行く大魔法。

 グリムモアが一つの街を破壊出来る程の魔法を放ったのに応じて、勇者は一国を破壊出来る魔法を放った。炎と炎がぶつかり合い、行き場を無くして対消滅を起こす。強烈な光に変換されて消えていく互いの魔法が収まる前に行動を起こしたのは勇者が先だった。

 道具袋に手を入れると、それを上空に放り投げる。そしてそれを見た瞬間、グリムモアの動きが僅かに止まった。

 そして、その隙を勇者は見逃さなかった。

 強烈な光となって消滅し合う魔法の間隙を縫って、竜王の懐に入り込む。グリムモアの爪牙の間合いの内。だが、そこは勇者の長剣の間合いの中でもあった。

 憤怒と共に爪牙を振り下ろそうとするグリムモアが腕を振るうより早く、勇者の一閃がグリムモアの首筋に入り込む。

 奔る銀線。

 黄金の龍鱗に線が走り、そこから溢れ出る竜血は銀色をしていた。

「お、のれ……! 人、間、め……」

 無念の言葉を最期に、竜王グリムモアの首が落ちた。

 地響きを立てて崩れ落ちる竜王の身体。暫くそれを無感動に見つめた勇者は、後ろを振り返る。そこには未だ幼い瀕死の竜が半ば焼け爛れて落ちていた。弱々しく鳴く幼き竜の子に勇者が近付き、温度を微塵も感じさせない視線で見下ろす。

「……竜王の身体が手に入ったのなら、もう必要無いか」

 竜王を斬った長剣を一閃。

 幼き竜の首を刎ねる。

「僕の作る世界に、君達は不要だ」

 その日、遥か北方に割拠していた竜は全滅した。



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[気になる点] バランス崩れ過ぎじゃね?勇者の力を与えてるのが新しき神なら相当やっちゃってる
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