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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
群雄時代
325/371

魔人

 斬りかかる傍から炎の槍が飛来する。初見で12本を数えた炎の槍はその数を増し、20本にまで顕現している。ガイドガ氏族のラーシュカ、魔術師ギ・ザー・ザークエンド、錬金術士ギ・ドー・ブルガ、そして剣王ギ・ゴー・アマツキの4匹を相手にして全く押されていない。

 それどころか、笑みすら浮かべて彼らを追い詰めていく。

「切りがないぞ!」

 舌打ち混じりに吐き捨てたギ・ザーの言葉に、ギ・ドーも青い顔をして同意する。こちらが攻撃を加えれば倍にして返してくる敵の攻撃に、徐々に身動きすら危うくなってきている。

 ギ・ザーが構える杖の先に風が集まり、風槍を撃ち出すが、それとて積極的に攻撃するというよりは、無闇矢鱈と突っ込むラーシュカやギ・ゴーを援護する為だった。

 ラーシュカは遠距離からの攻撃が出来るだけ未だ援護しやすいが、ギ・ゴーは炎の槍が交差する最前線に突っ込んでいくのだから、度胸だけでも一流以上だろう。それで援護がしやすいかと聞かれれば、勿論否である。

 生きる伝説と讃えられるオーローンは、常に炎の壁を自身の周囲に展開させながら同時に幾重もの炎の槍を空中に浮かび上がらせている。更に投射される炎の槍を潜り抜けて炎の壁に攻撃を加えたとしても、その炎の壁から直接炎の槍が生まれてくるのだ。

 反撃気味に炎の壁から生み出される炎の槍は数こそ少ないが、致命傷を狙った一撃ばかりである。流石のギ・ゴーもそれを紙一重で躱し、駆け抜けざまに炎の壁に一撃を加えるのが精一杯であった。

「どうしたゴブリン共!?」

 平然と佇むオーローンの周囲には炎が渦を巻いている。炎の槍が地面に突き立つと同時に、障壁のように彼らの攻め入る進路を限定させていた。

「来ないならば、此方から行くぞ!」

 三本の炎の槍が絡み合う。元々実態のない炎の塊である。どのように変化しても不思議ではない。絡み合った槍は通常撃ち出されるものの二倍程の長さと、三叉の矛先を備えるに至っていた。

 そして、それが四本。長大となった炎の槍がオーローンを囲むゴブリン達に放たれる。常よりも速く飛ぶそれらに、魔術師と錬金術士の反応が僅かに遅れる。

 風の障壁を作り出して対抗する二匹。障壁に命中した炎の三叉槍が爆散し、周囲一帯を焼け野原にする。炎の三叉槍の直撃は防げても、爆散の衝撃までは防ぎ得なかった二匹は同時に吹き飛ばされ、地面を転がる。

 腕に走る痛みに顔を顰め、舌打ちすると同時に視界に入るのは迫り来る三本の炎の槍。

「忌々しい!」

 風槍を生み出して三本纏めて相殺するが、血と魔素を失った身体は否応なく動きを鈍くする。まるで無尽蔵とも思える敵のマナは、徐々にゴブリンで最高峰を誇る彼らの魔素量を圧倒しようとしていた。

 一方、ラーシュカに向かった炎の三叉槍は遠距離から一撃の下に迎撃される。だが、敵に接近したいラーシュカは続く炎の槍の攻撃によってその場に釘付けにされてしまう。如何に遠距離攻撃を迎撃出来ても、敵は倒れる気配すらなかった。

 炎の三叉槍が撃ち出された瞬間、ギ・ゴーはその射程から逃れた。速度を増して飛来して来ても、至近距離で命の遣り取りをする剣士には然したる違いはない。撃ち出された炎の槍を躱し、懐に入り一閃。それを試みようとしたギ・ゴーだったが、躱した筈の炎の三叉槍が自分を追尾してくるのに気付いた時、瞬時に失敗を悟った。

 目の前には迫る炎の障壁。背後からは迫る三叉槍。

 進むも退くもままならない状況に、歴戦の剣士は動じる素振りも見せず炎の障壁の前で停止すると目を閉じ、背後から迫る三叉の槍を待ち受けた。

 時間にして一呼吸。

 見開かれる瞳と共に視界に映る炎の三叉槍。

 体に触れるか触れないかの際を見極めたギ・ゴーは身を投げ出すように飛び退いて地面を転がる。勢いを殺しきれず、障壁と激突する炎の三叉槍。

「……何!?」

「何を驚く? 炎に形はない。とすれば、吸収されても不思議ではあるまい」

 ギ・ゴーの浅知恵を嘲笑うオーローンの声に剣王が視界を上げれば、三叉槍は爆発せず、炎の障壁に吸収されていた。

「我が火炎王の瞳(マルコキアス)は、絶対防御の神器。貴様らゴブリンなど、百が千になろうと変わりはせぬよ」

「その言葉、後悔するなよ!」

 ギ・ザーの言葉が響くと、彼の両腕には炎すら掻き消す程の風が集まっていた。

「ほう、我に挑むか! しかもマナでの勝負とは!」

 嘲笑と共に炎の障壁が猛りを上げ、炎の槍が数を増して彼の周囲に現れる。

 ギ・ザーの両腕に集まった魔素が風を巻き上げて収束していく。

「精霊よ、恐れるな」

 自身に取り憑いた精霊が怯えるのを宥め、その力を己がモノとしていく。

「くははは! 成程、貴様精霊憑きか! だが足りぬ! その程度では到底足りぬな!」

 更にマナを集めるオーローンが顕現する炎の槍は、既に40に迫ろうとしていた。

「我が炎の瀑布、その身に受けるが良い!」

「その程度が瀑布だと? 笑わせてくれる!」

「この状況で、よくぞ吠えた! 受けよゴブリン!」

 ギ・ザーの右腕が頭上に掲げられる。その手から放たれる風が炎を巻き上げて上空に昇っていく。

「死ねい!」

 オーローンの背後に顕現した炎の槍が一斉に矛先をギ・ザーに向け、解き放たれた。

 瞬間、空中で炎と風が相殺し合い、恐ろしい程の爆発が起きた。

「何!?」

 驚愕に視線を上げるのは、生きる伝説と謳われた男。

「……貴様は言ったな、百が千でも変わらぬと!」

 叫ぶギ・ザーの声に、爆発を繰り返す空から視線を戻す。

「ならば俺は使わせてもらうぞ。俺の軍勢(ドルイド)達を!」

 空中から炎の槍を突き抜け、彼が率いる魔法兵400の風の魔法弾がオーローンに降り注いだ。ギ・ザーが放った風は目標を設定する為の合図に過ぎなかったのだ。

 弧を描いて降り注ぐ魔法弾は嘗て赤の王が得意としていた戦術だ。熟練の魔法使い達を擁するシュシュヌの魔導騎兵を陣営に加える事により、ゴブリン達にもその方法が伝授されていた。

 空中から降り注ぐ風の弾丸は、鉄すら歪ませる威力を以って降り注ぐ。それは爆撃と言って良い程の威力と、瀑布と言って良い程の量であった。地面を抉り、土煙を上げて降り注ぐ風の弾丸が炎の壁を相殺し、オーローンを守る障壁を削り取っていく。

 彼らが一時的にでもギ・ザーの指示に従って魔法を撃ち出すことが出来たのは、軍師プエルによる軍の立て直しがあったからだ。両翼共に態勢を立て直したゴブリンの軍勢は食い込み過ぎた王の騎馬兵を救い出す為、一丸となって前進している過程にあったのだ。

 一個人に400もの魔法兵全ての攻撃を集中させるなど狂気の沙汰に近い。況して周りにはギ・ザーを始めとした高位のゴブリン達が居るにも関わらずである。

 少しでも狙いが外れれば尊敬する高位ゴブリン達を殺すことになる。それ程の精密射撃を躊躇いなく行える程にギ・ザーはドルイド達を鍛えていたし、ギ・ザーとギ・ドーに対する信頼もそれだけ厚かった。

 だが、そこまでしてもオーローンを殺しきれない。

 障壁は掻き消え、炎の槍を途中から防御に回したオーローンは、その体を炎の壁に守られながら降り注ぐ風の弾丸を防いでいた。

「さあ、場は整えてやったぞ! 近接馬鹿共! 敵の首を獲ってこい!」

 叫ぶギ・ザーに応えて、二匹のゴブリンが炎と風が渦巻く戦場を駆け抜ける。

「よくやったぞ! 小さきドルイド達!」

 口元を歪めて笑うラーシュカは青銀鉄で加工した棍棒を肩に担いで、冥府の女神の恩寵篤き己の力を解放する。

我は、吠え猛る(スラッシュ)!」

 敵まで一直線に炎を蹴散らすと、巨躯を揺らしながら走った。

「気を使わせてしまったな」

 獰猛な笑みを浮かべるのは、剣王ギ・ゴーとて同じだった。

 頭上から降り注ぐ風の弾丸を避けながら曲刀を振り翳し、オーローンに迫る。

「くははは! 我としたことが抜かったわ!」

 炎の障壁を頭上に展開しながら降り注ぐ風の弾丸を防ぎ止めるオーローンは、それでも笑う。この程度を防ぎ得なくて、どうして生ける伝説と呼ばれよう。彼はその名を世界に鳴り響かせる魔窟単独踏破者(オーローン)。人間の中で間違いなく頂点に近い古強者である。その強さ故に小国一国の戦力と比較される男の力は、神の理不尽とさえ思えた。

 頭上に展開する防壁に加えて迫り来る二匹のゴブリンを認めると、炎の槍を己が手元に顕現させてみせる。

「接近戦は不得手だと思ってもらっては困るな!」

 片腕を頭上に掲げたままで槍を構えたその姿を視界に収め、二匹のゴブリンは迫る。王を除けばゴブリンの中で最も個人での戦いに長けている二匹である。

 左から迫るラーシュカのスラッシュを炎の槍を変化させて受け止めると、その勢いのまま右から迫るギ・ゴーの剣を槍で受け止める。まるで本物同様の硬質な手応えに、ギ・ゴーが僅かに驚くのをオーローンは見逃さなかった。

 ギ・ゴーの曲刀を受け止めた姿勢から槍の穂先が三叉に変化。鎌首を擡げる蛇のように、突然湧き出た伸縮自在の穂先がギ・ゴーを襲う。

「ぬ!?」

 咄嗟に飛び退いたギ・ゴーだったが、それでも完全に防ぐ事は叶わず、腕に火傷の跡が出来てしまう。

「妙な得物だ」

「炎に形はないと言った筈だがな!」

 距離を取ったギ・ゴーを視界に入れつつ、更に迫るラーシュカに対して槍を薙ぐ。水平に振るわれた槍の後ろから中空に浮かぶ小さな短剣が現れる。炎で形作った短剣は五つを数え、まるで整列した猟犬のように主人の命令を待ちわびていた。

 ギ・ゴーから視線を外さないまま槍の一振りで命令を下された炎の短剣達がラーシュカに殺到する。主人の命令を忠実に守る猟犬のように地面を這い進み、五つの軌道を描いてラーシュカに襲い掛かった短剣達だったが、怒声と共に進むラーシュカの速度は緩まない。

 暴威の化身たる彼の身体は、並みの攻撃では傷一つ付かない

 それが例えオーローンの攻撃であったとしてもだ。炎の短剣を意に介さず突進するラーシュカに、オーローンは僅かに注意を向けて楽しげに口元を歪めた。

 そのほんの僅かな隙を突いて、ギ・ゴーは前に出る。飛び退いたとは言っても、己の間合いから避難した訳ではない。手が届く範囲には留まっていたギ・ゴーは、地面を蹴りつけ曲刀を構えて踏み込む。

「魔物め!」

 オーローンでさえも予想出来ない速度。だが、反応出来ない程ではない。

 反応したオーローンが、苛立ち紛れに振るった三叉槍の穂先と石突きが伸びる。

我、暴威を纏わん(ラ・ギリオン)!」

 ラーシュカの咆哮と共に黒光が大地を割り、伸びた三叉の穂先と激突する。衝撃波と共に土煙を上げて文字通り爆発した中心地。オーローンにはラーシュカの姿を確認している暇はなかった。

 炎の槍から伸ばした石突きを潜り抜け、踏み込んできたのは剣王ギ・ゴー。振るわれる刃が真空を切り裂き、不定形の炎の槍の柄を掻き消した。

「炎とて斬れぬ道理はない!」

「我が炎は硬軟自在よ!」

 続けて振るわれたギ・ゴーの刃が硬質な手応えを伝える。

 掻き消された筈の炎の槍が形を変え、柄が幾重にも別れてギ・ゴーの剣を遮っていたのだ。喉元を狙ったギ・ゴーの一撃を防ぎ止める程の硬度を備えた炎の槍。

 斬られた傍から、まるで傘の骨のように四方に伸び出した無骨なそれを睨み付ける。

「既に武器ですら無いな」

「言ったであろう! これが神器よ! 我が視界に貴様らがある限り、火炎王の瞳は我が身を守る!」

我、暴威を纏わん(ラ・ギリオン)!」

 土煙の向こうから響く咆哮。それと同時に黒光とラーシュカが姿を現す。

「小癪な!」

 降り注ぐ風の弾丸は未だ続いている。だが、このまま接近を許せば不利は否めない。そう判断したオーローンは正しい。掲げていた右腕を戻し、向かってくるラーシュカに向けて炎の槍を生成しようとした彼の肩に──。

「──ぐおぉ!?」

「私の存在を忘れていたのではありませんか?」

 ──風槍の錬金術士ギ・ドー・ブルガの一撃が突き刺さった。

精霊の忌み名と共に(ウィズスピリト)我は請い願う(ウォルト)御名は尊く我は呼ぶ(クライズ)その名は風神(カストゥール)槍として顕現せよ(ランス)!」

 五言詠唱によるギ・ザー・ザークエンドの巨大な風槍が魔石を触媒として呼び起こされる。

「馬鹿は御し易くて助かる」

 薄く笑うギ・ザーが巨大な風の槍を解き放つ。

 最初から支援に徹し、ドルイド達の一斉攻撃。ギ・ゴーとラーシュカをオーローンに嗾けて注意を向けさせる一連の流れは、全て魔術師の策謀であった。全てはこの瞬間の為。オーローンを殺す為に仕掛けたギ・ザーの駆け引きであったのだ。

 オーローンの意識から外れたギ・ドー・ブルガとギ・ザー・ザークエンドの放った風槍は、確実にオーローンの判断を迷わせた。既にギ・ザーもオーローンに接近戦を挑むべく走り始めている。

 迫るラーシュカか。一瞬でも力を抜けば、そのまま斬り込んで来る気配のギ・ゴーか。或いは今にもその身に襲い掛かって来そうな風槍か。

「我を舐めるな!」

 咄嗟に地面に右手を振り向けると、一瞬の内にマナを腕先に集中する。

 それは巨大な魔術の組成の前触れであった。今まで炎の槍を顕在させ、炎の壁を同時に扱っていた時ですら感じなかった巨大な気配が感じられる。

 ギ・ザーが思わず身構え、ラーシュカも死地を悟って突撃を迷う。

 口元に再び笑みを浮かべたオーローンだったが、直後聞こえた死神の声に視線だけを振り向ける。

「──貴様、我が剣を甘く見たな?」

 拮抗していた炎の槍の骨組みを切り裂き、ギ・ゴーは剣を振るう。鍔迫り合いのような状態から身体を開き、その場から斬撃を繰り出したのだ。

 腕先に集中させていた分だけ、顕現させていた炎の槍に集めるマナが弱くなっていた。それがオーローンの犯した致命的な失敗であった。

 炎の槍の骨組みを切り裂き、オーローンの喉元を切り裂いた銀色の軌道が視界に映る。それが終わらぬ内に更に一閃。右上に駆け抜けた刃の軌道は途中で跳ね返るようにオーローンの胴体を切り裂き、ギ・ゴーの手元に戻る。

「我が剣に、斬れぬ者なし!」

「お、おお……!」

 飛び退くギ・ゴー。その直後、ギ・ザーの放った特大の風槍がオーローンに直撃する。だが、それでも火炎王の瞳はその軌道を僅かなりとも逸らした。体の半分を切り裂かれながらも立っていたオーローンに頭上から風の弾丸とラーシュカの放った黒光が襲い掛かり、その身を引き裂いた。

 跡形も無く削り殺されたオーローンと共に、火炎王の瞳も消える。

 どのような形状の武器だったのかすら定かではなかったが、確かに魔人(オーローン)は死んだ。

 魔窟単独踏破者にして、北方の小国の最大戦力は潰えたのだ。


◆◇◆


 王無きゴブリンの軍勢で、全体を指揮統率したのは軍師プエルである。

 中央付近で挙がったギ・ザーからの合図に大胆にもドルイド全軍の攻撃を振り向けたのは、彼女の思い切りの良さと突出した戦力に対する今までの苦い経験があってのものだった。

 その代わりにゴブリン軍全域に降り注ぐ人間側からの魔弾による被害は増えたが、オーローン1人に戦況を覆される可能性を考慮すれば、ここで確実に仕留める必要があると彼女は判断した。

 それも終焉を迎え、再びドルイド達の魔法を駆使出来るようになると、彼女は妖精族とドルイドによる防御を繰り広げながら前進を命じる。ゴブリンの王が突入してから、既にかなりの時間が経過している。焦燥は確かに彼女の胸の内を焦がしていた。

 だが、それを表に出す訳にはいかない。

「中央への道を開きます! 斧と剣の軍(フェルドゥーク)千鬼兵(サザンオルガ)(レギオル)は更なる攻勢を! この一撃で王への道を切り開きます!」

 伝令の兵士を差し向け、厳しい口調で命令する。

 彼女としても必死であった。今までは傍らにゴブリンの王が居たからこそ、ゴブリン達は従順に自分の下す命令を受け入れていたのだ。王が居ない今、彼らに考える暇を与えること無く一気に戦況を押し切ってしまうしか無い。

 一度混乱を起こしてしまえば、王の救出は絶望的である。

 魚鱗の陣で固まった敵軍は、鶴翼に広がったゴブリンの軍勢の各個の動きに対応するように陣形を大きく広げていた。左翼ではフェルドゥークの攻勢と虎獣と槍の軍(アランサイン)の機動力が敵の陣形を大きく削り、右翼ではサザンオルガの突出とそれを助けるレギオルの巧妙な駆け引き。更には双頭獣と斧(ザイルドゥーク)の攻め一辺倒の攻撃が、今の状況を形作っている。

 攻め疲れの見えるザイルドゥークは、徐々に敵軍に押し込まれている。

 だが、彼女はそれで問題無いと判断する。寧ろ敵の攻勢を引き付け、中央に対する布陣を薄くさせることを目途として最左翼のアランサインを下げさせた。

「特務部隊を回収後、中央三軍の攻勢を梃子に特務部隊による突撃を敢行します!」

 ガイドガ氏族・雪鬼(ユグシバ)の一族・ドルイド部隊を中央に配置し、王と近衛の居るであろう敵の中央までの道を切り開く。聖騎士シーヴァラが得意とした中央突破を、彼女は実行に移そうとしていた。

「ギ・グー殿より伝令! 余剰戦力なし!」

「同じくギ・ヂー殿からも再考を促すと!」

「……王を殺すつもりなら再考しましょう。苦しいのは当然です! 今、私達は大陸の覇権に手を掛けようとしているのです! 例え、敵が絶え間なく傷を回復するとしても、それを乗り越えねば王を救い出すことは出来ません!」

 各軍から挙がる不服と悲鳴を無理矢理抑え付け、彼女は作戦を断行する。

「王が居ないだけで、この醜態!」

 僅かに表情を歪ませて彼女は弓を取る。

 恐らくゴブリンの王が最前線に立って彼らと共に戦っていれば、このような悲鳴を寄越す者は居なかった筈である。

 再度の伝令に了解の返事を送って寄越した各軍はプエルの合図と共に攻撃に転ずる。戦闘を開始してから既に半日が経過し、ようやく会戦は終結に向かってその舵を切ろうとしていた。

「突撃を!」

 弓を引き絞った彼女の矢が空を駆け、それに続く妖精族の矢が敵の前衛に降り注ぐ。それを皮切りに中央を固める三軍は気力を振り絞って一斉に突撃を開始した。

「突撃だ! 我が君を救い出せ!」

 ギ・ヂー・ユーブ率いるレギオルでさえ指揮官である彼が先頭に立たねばならない程、ゴブリン達は先の見えない戦いに疲れ切っていた。士気旺盛で、尚且つ傷を負ってもすぐに立ち直る不死身のような敵の兵士達。彼らとの戦いは予想以上の負担をゴブリン達に強いていた。

「我が王への道を開くのだ! 進め!」

 両手に斧と剣を携えたギ・グー直率の軍が先頭に立ち、三兄弟の軍が続く。

「野郎共、続け!」

 敵と味方の血に濡れたギ・ズー・ルオが先頭で拳を振るう。

 その突撃は、いつにも増して激しいものになった。

 敵兵の息の根を完全に止め、鎧ごと地面に突き刺し、串刺しにした敵兵が立ち上がらぬよう、地面に縫い付けるようにして進む。崩れた敵陣形の中央を切り裂いて進む三軍だったが、やはり疲労から来る攻撃力の低下は免れ得ない。

 徐々に討ち取られる者が増えてきた所で、プエルは特務へ出撃を命じる。

 丁度半ばまで来た時に出撃を命じられた特務の面々は、ガイドガのラーシュカを先頭に猛然と突撃を開始した。

「ガイドガ氏族の力を見せよ!」

 先頭に立つラーシュカが敵を叩き潰し、巨躯を誇る氏族のゴブリン達がそれに続く。

「……」

 後ろを一度だけ振り返ったギ・ゴーは無言のままに曲刀を抜き、彼に従うゴブリンの剣士達もギ・ゴーに習う。ユースティアはギ・ゴーの視線を感じて自分達に対する激励だと信じ、後に続く一族の歳若い戦士達に向かって声を張り上げた。

「時至れり、恩義を返す時は今! 今より我ら、鬼と為らん!」

 彼女に続くユグシバから吠えるような喚声が挙がる。

 瞬く間に先頭を入れ替わったガイドガ氏族と、それに続くギ・ゴーと剣士部隊が怒涛の勢いで戦場を駆ける。無人の野を往くが如き疾風の進撃を止めたのは、目指す先から突如全軍を覆う赤い光が風と共に駆け抜けた為だった。

 斬り殺した筈の兵士が呻き声を上げて立ち上がっている。地面に縫い付けた筈の兵士が痛みに涙を流し、苦鳴を上げながら槍を引き抜く。頭を潰された兵士が脳漿を溢しながら立ち上がってくる。それは正に死人の軍勢であった。

「……馬鹿な。敵は冥府を顕現させたというの?」

 血塗られた大地から立ち上がる人間の兵士達の姿に、プエルは怖気を感じて呟いた。


◇◇◇◆◇◇◇◆


【個体名】オーローン

【種族】魔人

【レベル】95

【職業】冒険者・魔窟単独踏破者

【保有スキル】《槍技B+》《カリスマ》《火炎王の瞳》《欲深き人の業》《魔流操作》《千鬼討伐》《失われた古代の叡智》

【加護】炎の神

【属性】炎


《火炎王の瞳》──己の意志に関わらず、敵の攻撃を防ぐ炎の壁を纏う。意志を向けるだけで炎の武器を呼び出し、攻撃することが可能。

《欲深き人の業》──魔窟単独踏破者に与えられるスキル。全能力上昇(大)

《失われた古代の叡智》──魔窟単独踏破者に与えられるスキル。火炎王の瞳を身体に同化させることにより、種族を人から魔人へと変更。

【魔人】──火炎王の瞳によって不老となった元人間。感情抑制(大)、マナの総量が上昇(大)、操れるマナの量が向上(大)



◇◇◇◆◇◇◇◆



4月26日誤字脱字修正

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